2.姫様だけが知らない
「ちょっと、待ってってば!」
ウルはこちらを振り返りもせず、『冥府の夜』限定の祭屋台へ向かっていく。その手には、死者の魂を迎えにいくためのランタンが提げられていた。
「私、パパと“魂迎え”に行く予定だったんだけれど……」
どうして、パパとの約束の場所にウルが待っていたのか。
ようやく掴んだローブの袖を引けば、ウルはため息混じりに振り返った。
「……王様に呼び出された。娘を『黄昏の玉座』まで案内しろと」
“魂迎え”のためだけではない。
婚約式の1週間後に行われる結婚式で、訪れることになる玉座を下見してこい――パパはそう言ったという。
つまりそれは、次期女王としての覚悟を決めろということだ。
婚約相手は誰であれ。
「だが、それだけでもない……」
「え?」
『黄昏の玉座』へ続くまでの道で行われている夜祭を、ふたりで楽しんでくるように――パパは、そうも言ったという。
「どうしてウルと私が?」
「それは……いや」
いつものウルの癖だ。
何かを言いかけて、やめてしまう。
もどかしさを感じる私の気なんて知らずに、ウルは無数のランタンが連なる夜市へ向かっていく。
ウルは、やっぱり仕事で来ただけ――1年ぶりの大きなお祭りでワクワクしている私とは、違うんだ。
無言で進むウルの背中に続きながら、なんとか話題をひねりだそうとした。無言は気まずい。
「そういえば、昼間のカボチャ畑のことだけど」
毎年必ずかけられているはずのランタンが、昼間は提げられていなかった。
だからゾンビが出た――自分の物忘れを棚に上げ、「誰かが忘れた」と話すと。ウルは一瞬だけ足を止めた。
「……係の者も人間だ。忘れることはある」
「でも! ウルが来てくれなかったら、大変なことになってたよ?」
1回死ぬことだって、あり得たかもしれない。
切実に訴えたのだが――ウルはまた、無言で歩きはじめた。
(私の不注意だけど、もう少し心配してくれたって……。)
俯いたまま、ウルの靴を追っていると。
「ほら……」
目の前に差し出されたのは、巨大なカボチャのパイ。それも、屋台で一番大きなホールだ。
「えっ、なにこれ」
「……“お遊びの罰ゲーム”、だろ」
罰ゲーム――『冥府の夜』の間は、カボチャをぶつけられた相手にカボチャパイをお返しする風習がある。
畑では、あとでメイドに届けさせると言っていたのに――。
「ていうより、これ! 10人家族用のサイズだよ?」
笑いを堪えられずに言うと、「そうなのか……?」と、ウルは目を丸くした。
「すまない……お前付きのメイドたちと、一緒に分けてくれ」
こういうところ、鈍いのは変わっていない。
見た目が大きくなっても、態度が冷たくなっても、ウルはウルなんだ――。
思わず、笑みがこぼれた。
「……城まで送っておく」
ウルが指を鳴らすと、炎に包まれた大鴉が現れた。
『遣いですかい、ご主人?』
「……頼んだ、ヴァルグ」
彼は、“番人”を務めるウルの使い魔だ。
ウルがカボチャパイの包みを足にくくりつけると、ヴァルグは屋台よりも大きな翼を広げ、城へ向けて飛び立った。
こんなに美しくて大きな生き物、この国にはいない。
いつ見ても圧巻だ。
「……行くぞ。“真夜中”になる前に」
冥府の扉の前に佇む、歴代の女王が眠る『黄昏の玉座』。あそこは都から遠い場所にあるが、ウルの使い魔ならば一瞬で飛ぶことができる。
「ヴァルグが戻って来るまで、夜市を見ようよ」
「……ああ」
それにしても、なんだろうか――国民の視線が熱い。ずっと気になってはいたが、さっきから「おめでとうございます!」と声をかけられることが多いのだ。
「婚約式も誕生日も、まだなんだけど……みんな気が早くない?」
すると。ウルが口を開く前に、屋台の方から「リリン姫」と呼び声が聞こえた。
「あぁ、なんとお美しい“髑髏の髪飾り”でしょうか! どうぞ、ウチのカボチャパイをお食べください」
こうして食べ物を差し出されるのも、これで何度目か。
この国は“黄昏の国”ヴィリデス。
普段は喪中のようにおとなしい国民たちは、冥府の夜が行われる7日間だけ陽気になる。身分に関係なく、気軽に姫へ声をかけてくるほどに。
「ご婚約も間近ですね! おふたり揃ってお出かけなんて、仲睦まじいことです」
「え……?」
今、この人、ウルの方を見て言った気がしたが、まさか――。
期待と疑念混じりに振り返ると、サッと目を逸らされた。
(なんだ……あの態度は違うってことか)
いくらウルでも、婚約者にここまで素っ気ないはずがない。
それに。
私のこと、別に興味なさそうなのに――婚約なんて受けるはずもないか。
「おおっ、リリン姫……お顔をどうか、近くで拝見させていただけませぬか」
沈むまもなく、ご老人の薄い手のひらが伸びてきた。
握手に快く応じるのも、王家の人間の務めだ。
「あぁ、本当に、お美しい……人が生き絶える直前の、一瞬のきらめきを映したような眼差し……亡き女王様と瓜二つじゃ」
「……!」
亡き女王様。
ママ――比べられるのも、「似ている」と言われるのも、胸に穴が開くような気持ちになる。
ご老人の手を振り解けず、軽く唇を噛んでいると。
ウルの手が、間にそっと割り込んだ。ご老人の手が離れていく。
ウルが睨みをきかせるせいで、カボチャパイを持って並んでいた商人たちも、みんなそっと引いていった。
「……平気か?」
「え? う、うん」
もしかして、心配してくれたのだろうか――。
ウルはすぐに視線を逸らし、先へ行ってしまう。それでも、私の歩く速度に合わせて、時々立ち止まってくれる。
「ウル……」
どんなに冷たくても、無関心そうでも、ウルはやっぱり昔のままだ――。
やがて、城下町を見渡せる高台へ着くと。
ウルは完全に足を止め、夜闇に揺れるランタンの明かりを見下ろした。
その隣に並び、橙、紫、黒――とりどりの光を閉じ込めたランタンを眺める。
「きれいだよね、私たちの国」
「……ああ」
「黒づくめ文化」はいかがなものかと思いつつも、やはり自分の生まれ育った国だ。ここがどこよりも美しく感じる。
「町の人たちは、お祭りの時だけ積極的で面白いし。それに、いつもみんな優しいしね」
「仮にも姫であるお前に対して、気安すぎると思うが……」
ウルと、こうして言葉を交わすこと――改めて、「当たり前のようで、久しぶりだ」と思う。
「さっき、助けてくれた?」
「……なんのことだ?」
「ほら、私がママとそっくりって言われて。ちょっと困ってたら、ウルが」
みんなの輪から、私を連れ出してくれた。
「あれは……」
何かを言いかけては、口を閉じるウルの横顔を見つめていると――女性たちの高い声が近づいてきた。
「おや、アンタ!」
突然、ウルの腕を引いたのは、透けた衣装と白い化粧が目立つ女性。
「なっ……?」
他にも、同じ衣装の数人がウルを囲みはじめた。
「一昨日、先生が店に連れてきた色男だろ?」
先生――?
店――?
「ねぇ、やっぱりそう! こんな大きな人忘れないわ」
「番人様なんでしょ? 近くで見たの初めてだったから、わかんなかったね〜」
突然のことに驚いてしまったけれど――彼女たちの衣装から察するに、すぐそこの高台にある、『王国常設劇場』の劇団員だろうか。
(あの堅物が舞台女優たちと知り合いとか、どういうこと……?)
ウルはいつも通り、口を開くことなく固まっている。
「ん? こちらは……」
女性たちの艶めいた視線が、こちらに向いた。
「姫様!?」、「本物?」と、今度は私を取り囲みはじめる。
「えっ、可愛い! 肌白、金の髪きれー」
「すっごく高級なお人形さんって感じ〜!」
それは褒め言葉なのか――。
「今夜の劇で、『女王様役』をする子かと思っちゃいましたぁ〜! ほんとそっくり」
「てか、あの子まだ来てないの? もうそろそろ始まるのに」
女王役がいるということは、今日の劇は歴史系なのだろうか。
それにしても。
「女王と似ている」と言われるのは、やはり微妙な気持ちになる。
ただ微笑むしかできない。
「あれ? アンタが話してた女の子って、もしかしてひ――」
「……っ!」
言いかけた女性を、ウルが睨みつけた。
肌を刺すような殺気と同時に黒い炎が漏れ、黒髪の女性は口をつぐんでしまう。
この人と、外で個人的に会ったことがあるんだ――。
私とは、護衛の仕事で一緒にいるだけ。ウルと町に出たことなんて、これが初めてなのに。
(婚約者のことも、ウルのことも、私だけが何も知らない……)
鈍く痛む胸を、こっそり押さえつけていると。
「こら、お前たち!」
騒ぎを聞きつけたのか、厳つい黒の鎧を纏った男性が近づいてきた。どことなく、雰囲気がウルに似ている。
年は随分上に見えるし、鎧もレプリカみたいだけれど。
「おや、これは姫様! それに“番人”の騎士様!」
彼はこの劇団の団長と名乗り、流れるような所作でお辞儀をした。そして、ぜひ劇を見ていってほしいと言う。
「今年の『冥府の夜』は、いつもと違います! なにせ、姫様の婚約式が行われるのですから。ですがねぇ……」
私の婚約を祝うため、休戦協定を結んで50年の“暁の国”から、大規模な商隊がやってくる予定だった。
その人たちのためにも、『両国の誕生と歴史』を演目にしていたが――団長は剃り残しの髭を撫で、ため息を吐く。
「予定だった……ということは、商隊は来ないと?」
「いえ、それが」
彼らの到着が遅れている。
団長はため息を重ねた。
「お客が減って困っているのです! ですが、もし姫様にご観覧いただければ……」
つまり、客寄せになれということか――。
出しにされるのは嫌だけれど、パパは夜祭りを楽しめって言ってたし――『冥府の夜』の特別な演目を見てみたい。
「いいかな? 観てから行っても」
「……構わないが」
引っかかる態度。
でも――。
(最近はいつも、こんなものだよね……)
屋外に設置された、広く高さのあるステージ。
闇色のランタンが揺れる会場を、一番よく見渡せる2階のVIP席へ案内された。
隣にウルは座らず、背後に立って周囲を警戒している――そんな様子に、ため息が出た。
パパに「2人で夜祭りを楽しめ」と言われたのに、結局、ウルにとっては仕事なのだ。
それに、さっきの女性たちのことも――頭がすっきりしない。
「おい……」
「ん……?」
ウルが呼んだ気がして、振り返った、その時。
『本日の演目――「黄昏の誓約」、幕開けでございます!』
魔法で増幅した、演者の声が響いた。
いよいよ、死を司る国の物語がはじまる――と思いきや、なかなか幕が上がらない。
「姫様っ」
「わっ……!」
人目を忍ぶようにやってきたのは、さっき出て行ったばかりの劇団長だ。
「実は、姫様にお願いが……」
ある“役”をして欲しい――番人役の彼は、床へ着きそうなほど低く頭を下げた。
「どうか姫様に、“初代女王役”をお務めいただきたいのです!」
女優たちと顔見知りのウル、いったい何を隠しているのでしょうか……?




