エピローグ:また……婚約者?
『それで、どうでした? アナタの記憶をたどってみてっ』
婚約式の夜、誰が私を殺したのか――光射す懺悔室に佇む透明な影は、愉快そうに声を弾ませた。
「どうって……」
“王家の案内人”を名乗る彼に導かれ、私がたどった婚約式までの3日間。
ウルと過ごした婚約までの日――。
「私、何回も殺されかけてたんだ……」
暗殺とは無縁な国だし、「どうせ4回は生き返れる」――楽観的だった自分に、身震いがした。
演台の前で揺れる謎の声は、『イェス』と声を高くしている。
『疑わしいのは、最後の瞬間に立ち会った彼だけではなかったでしょう?』
中庭の、ゾンビ除けランタン。
劇場で、骸骨馬を興奮させたヴェール。
結局、その原因は分からないまま――。
「生き返ってよかった」なんて、このままじゃ到底思えない。
(誰が私を殺そうとしてたのか、分からないのだから……)
『ですが、その「胸に刻まれた花びら」が完全に散るまでは、何度だって生き返るじゃあないですか』
「何度でもって、あとたったの3回でしょ!」
今のまま、時間を3日前に巻き戻して生き返ったとしても。
犯人がわからないままだと、残り3回を無駄にするかもしれない――。
心臓の上に浮かび上がった、花の形の紋章。そっとドレスの胸元をめくると、4枚あったはずの花びらが1枚散っていた。
(怖い……)
即位するまで、4回も生き返れる。それに、即位さえすれば14年間死とは無縁になる――そう思っていたのに。
「待って。そもそも、どうして私は死んだんだっけ?」
『それもご自分でお考えなさいっ!』
「……意外と厳しいな、案内人さん」
最後の瞬間は、間違いなく寝室のベッドの上。
覚えている限りだと、意識を失ったのはウルとキスした直後。でも、命に危険が及ぶ何かをされた記憶はない。
ふと婚約式会場の様子を思い浮かべたが――あの時、何も口にしていなかった。
まさか、ウルが部屋に持ってきてくれたカクテルに――?
でも、仮に毒が入っていたとして。私と唇を重ねたウルまで死んでしまうではないか。
『解毒薬を用意していたのでは?』
「そんな……!」
違うと言い切る確証はない。
ただ――。
王族と扉を守る、“無焔の番人”。それを代々継ぐ家系の彼が、私を殺す理由が思い当たらない。
「……もしウルが犯人だとしたら、どうして私に触れたの?」
毒入りのカクテルを飲ませて、それで終わりだったのでは――。
(キスも涙も、なんだったの……?)
虹色の光を集める演台が、歪んで見えた。
ウルへの気持ちが、熱く溢れる――涙がこらえきれない。
『姫様ってば、殺されてもまだ“番人”の彼がお好きなのですか?』
「だって……本当にウルが殺したのか、まだ分からない」
しゃくりを抑えながら言い切ると、謎の声は深いため息を吐き出した。
『犯人探しの材料が、まだ足りないようですねぇ』
材料を集めるためにも、また生き返るべき――謎の声を発する「透明な影」が、闇色のベールをまとった。
彼の輪郭が、溶けるように消えていく。
この懺悔室ごと――。
「待って! 案内人さんは誰なの? 現実世界でお会いしたことは……」
『私は貴女の謎を味わい尽くしたいだけ』
「え……?」
声と影が遠ざかる、暗闇の中。
ほんの一瞬、彼の姿が赤く浮かび上がった気がした。
『それに今回は“なぜ死んだのか”、ちゃんと知りたいでしょう?』
当然知りたい。
ウルを信じたいから――。
それに。女王として生き残るため、即位するまで死ぬわけにはいかない。
そう、強く唱えた瞬間。
「はぁ……っ!」
身体がバネのように飛び上がった。
「ここは……」
横には灯火色のカーテン。上には天蓋ベッドの天井にきらめく星空。
ここは、私のベッドの上だ。
「カレンダーの日付は……」
婚約式の3日前。
カーテンの向こうの空は、東雲色に染まっている――中庭のカボチャ畑へ行った時より早い時間だ。
「1回死んで時間が巻き戻って……生き返ったってこと、だよね」
回数制限付きのアンデッドについて、ママから聞いてはいたけれど。
実際にこうなってみて、ようやくその仕組みが理解できた。
私は仮死状態であの懺悔室にいる間に、「過去」を振り返りながら、この3日前まで遡っていたのだ。
「でも……」
犯人はまだ、分かっていない。
(私を殺そうとしたのは、本当にウルなの……?)
さっきから頭が痛い。
額を押さえるうちに、頭痛を増幅させるような金切り声が響いた。
「ジギ様、夜が明けたばかりですよ!? 姫様はまだお支度が……」
朝支度をしに来たメイドと一緒に、強引に部屋へ押し入ってきたのは――。
「姫様! すみません、突然」
「えっ……」
白衣を翻す、私の主治医。
眼鏡の奥で光る薄紅色の瞳が、三日月型に細められている。
「なぜかこう、貴女の身に何か起こったのではと……胸騒ぎがいたしまして!」
瞳と同じ薄紅色の長髪は少し乱れ、急いで駆けつけてくれたことが分かる。
「ジギ先生……どうして」
まさか、死に戻ったことが分かるはずないよね――。
私がたった今生き返ったことと、先生の突然な訪問が重なったのは、きっと偶然。
「特に異常はない」と答えれば、いつもの妖艶な笑みが頬に咲いた。
「そうですか? それなら良いのですが」
相変わらず、白衣と眼鏡がなければ劇場俳優にでも見える美貌――これで夜遊びが激しくなければ、完璧な人なんだけれど。
薄い夜着を隠すように毛布を引き寄せ、「そろそろ着替えを……」と口にしたところ。
先生は「これはいけない」と声を高くし、白衣を肩にかけてくれた。
「これは……?」
「3日後はいよいよ、私たちの婚約式ですからね。体調を万全に整えておきませんと」
私たちの婚約式――?
聞き間違いだろうか。
先生が今、不思議な言い回しをした気がしたのだが。
「ええと……“ウルと私”の婚約式、ですよね?」
「おや! もう1人の婚約者をお忘れとは意地が悪い。私たちのですよ、姫様」
あの近衛兵も一緒なのは不本意ですが――そう言って、先生は苦い笑みを浮かべた。
「え……? だって婚約者は……!」
いったい、何がどうなっているのか。
生き返ったら、婚約者がひとり増えていたなんて――。
(私が死んだことで、何かが変わった……?)
まさか、運命がズレたというの――?
「……そんな」
目の前で膝をつき、甘く微笑む先生から視線を逸らした。
たしか先生は、「ウルの他にも婚約者候補が3人いた」と言っていた。その1人が先生だとも。
(やっぱり、何かがズレたんだ……)
「……確かめなきゃ」
ジギ先生のことも、1回目の死の時のことも。
まだ、アンデッドの力は3回ある。
その間に、真実を探してみせる――ウルが私を殺そうとしたのか。それとも、本当に愛してくれていたのか。
アンデッド姫はまだ知らない。
幾度も繰り返される婚約式で――自分が毎夜、だれに愛されているのかを。
この物語は、“選ばれる姫”ではなく、“選ぶ姫”のお話です。
死に戻りという仕掛けを使いながら描きたかったのは、「愛される痛み」と「選ぶ怖さ」。
誰かに愛されることは、時に命を奪われるほどの熱をはらみます。
そして、誰かを選ぶことは、他のすべてを手放す覚悟が必要になることも。
リリンは、まだ何も知らないまま死にました。
ウルは、すべてを知ったうえで彼女を殺しました。
それでもふたりの間に“愛”があったのか――それは、読んでくださった皆さんに委ねたいと思います。
今回の読み切りは、あくまでプロローグ。
リリンはこれからも死に続け、そのたびに立ち上がるでしょう。
婚約者が増え、選ぶことが苦しくなり、真実はさらに遠のいていきます。
けれど彼女は、“選ばれる姫”ではなく、“選ぶ姫”として生きていくはずです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
また、完成版でお会いしましょう。
真実を知ってしまえば、今の答えも揺らぐかもしれません。
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もし『アンデッド姫』を少しでも楽しんでいただけましたら、完成版の執筆の励みに、感想をひとこと残していただけると嬉しいです。




