表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/12

8.次期女王へ手向ける花/婚約式前夜

 城下町のお祭り騒ぎが嘘みたいに静まり返った、王城の広間。

 ウルがここまで守ってくれたランタンを受け取り、玉座で待っていた黒髭のおじさん――パパの前で首を垂れた。


「やぁ2人とも、よく戻ってきてくれたね! “魂迎え”お疲れ様!」


 (パパ)の左隣の玉座は、1年中空席。

 それでも今この時期だけ、ここには女王(ママ)が帰ってくる。


「お帰りなさい……女王様」


 ランタンを空席の玉座へ掲げ、蓋を開くと――ランタンの中を飛び回っていた銀粉の蛾が、ひらひらと這い出ていった。

 不規則に飛ぶ虫が、ようやく玉座の手すりに留まる。


「ああ……お帰り、トルネア!」


 パパの気が早い声と同時に、蛾を取り巻く銀色の光が増していく。

 ママの魂を宿した虫――その光が女性を形造り、黒の冠を戴く女性の影が浮かび上がった。


「ああ……今年も帰ってきてくれて嬉しいよ!」


 触れられない、半透明の影。

 それでもパパは、1年ぶりに会うママを見て玉座から立ち上がっていた。

 ニコニコとして寄り添うパパに、いつも凛とした表情のママが、まず何を言うのかと思えば――。


『……あなた、少し肥えましたね』

「えっ! カボチャパイ食べすぎたかなぁ」


 相変わらず、パパには優しい笑顔を見せるママ。

 でも。

 娘であり、次期女王である私へ向ける顔は違う。


『我が娘よ。1年の間にまた成長したようですね。いよいよ明日、成人ですか』

「……はい、女王様」


 いつもこんな話ばかり。


 これが王家の使命を継ぐママの線引きなのだと、分かっている。

 だから私は、「ママに触れたい」なんて言葉を、決して口にできない。


「……」


 背後から刺すような視線を感じる。

 たぶん、ウル――。


 何か言いたげな空気を感じるけど、話しかけてはこない。

 そんなウルを、ママは私と見比べている。


『ここまで様子を見た限り、ふたりならば安心です。きっと、役目を果たしてくれることでしょう』


『頼みましたよ』、と真顔のまま言うママに、思わず「え?」と訊き返した。


 どうしてウルを見て、そんなことを言うのだろう。まるでウルと私が――いや、それはやっぱりあり得ない。


 でも。町でウルが言っていた「話」とは、何のことだろうか――“魂迎え”の後に話すと言っていたが。


(やっぱりお説教……?)


 カボチャ畑で迷惑かけたこととか、ウルを連れ込み宿に入れちゃったこととか――それに、6年前のことだって。

 思い当たることは多々ある。


「……ウル、そろそろ」

「ああ……」


 1年ぶりに再会した親夫婦を2人きりにするため、そっと玉座の間を出た。




「ねぇ、どこへ行くの?」


 ウルは玉座の間を出て以来、黙々と階段を上っている。

 この先は、城壁の上へ出るはず――町の高台よりもずっと広く、高く、都全体が見渡せる場所だ。


「あ……もう真っ暗だね」


 無数のランタンの明かりが揺れる、城下町。

 そのさらに向こうには、闇色の扉がそびえている気がした――流石にここからは、“冥府の扉”は見えないはずなのに。


「それで、話って何?」


 町を見下ろすウルの隣、黒い煉瓦(レンガ)壁に手をついた。


 そういえば、ここは私の部屋の真下だ――でも、今夜の花は見当たらない。


「……花か?」


 まるで思考を見透かされたかのような問いかけに、思わずウルを振り返った。


「どうしてわかったの?」

 

 彼は夜明かりを瞳に宿したまま、こちらを向いた。


 久しぶりに視線が重なる――瞬きひとつしない瞳と見つめ合っているうちに、思い出した。

 “冥府の扉”前で、花のことを話題に出した覚えがあることを。


「そっか、覚えててくれたんだね」


 毎夜、だれかが窓辺に「死人花」を届けてくれること。私は、その人が婚約者だと思っていた――でも。

 婚約式前夜、窓の下に花はない。


(誰だったんだろう、あの花……)


 約束したわけではない。

 それでも毎夜届いていた花が、ぱたりと途絶えた――言葉にできない寂しさが、胸に残った。


 今はウルが横にいるのに、なんだか涙が出そうだ――。


 震える唇を静かに噛み、必死に言葉を紡ごうとした、その時。

 隣で黒い火の粉が弾けた。


「え……?」


 無言のまま、ウルは手のひらに黒炎を宿している。それを、そっと握りつぶすと――再び開いた手に乗っていたのは、一輪の花。

 血のように美しい色を帯びた、「死人花」だ。


「……その花、どうして」


 震える息を抑え、ウルの顔を見上げると。

 彼は少し視線を逸らしつつも、私の胸の前へ花を差し出してくれた。


「……これは俺が贈っていた」

「えっ……?」


 一瞬、頭が真っ白になった。


(ウルが、私に……?)


 花が届くようになったのは、もう1ヶ月も前からだ。それも欠かさず毎晩、丁寧なラッピング紙に包まれて。


「本当に、ウルが?」

「……ああ」


 自分に起こった出来事ではないかのように、頭と身体が浮いている感覚だ。


 そんな中でも、「もしかして」という期待が芽生えてしまう。


 婚約者というのは――。


 でも、ウルはこれまで、はっきりと言わなかった。言える機会なんて、いくらでもあったはずなのに。


「あの、さ……」


 ウルが私の婚約者なのか。


 以前訊ねて勝手に傷ついた疑問を、震える声で繰り返すと。

 ウルはゆっくり、ため息を吐きだした。

 そして――碧眼の中で燻る炎が、弾けた瞬間。


「“婚約者”への贈り物……のつもりだ」


 私をまっすぐ捉えるウルの目に、いつもの遠慮や迷いはなかった。


(本当に、ウルが……?)


 喉が熱く締めつけられて、声が出ない。

 控えめに、それでも確かに、私へ向けて花を差し出す姿を見ると、目が溶けそうなほど熱くなる。


「……あ、ありがとう」


 花を枯らさないように、そっと胸に抱きしめた。


 ウルが、私を見ている。

 私が顔を逸らしているのをいいことに、じっと見られているのを感じる。


 本当に、気持ちがあるように勘違いしてしまう――まだ、ウルがどうして婚約の話を受けたのか、聞いていないのに。


 でも、それを聞くのが怖い――もし「家のため」と言われてしまったら、私は今度こそ涙を堪えきれなくなる。


「まさか、この花もジギ先生の入れ知恵?」

「お前は昔から変わらないな……」


 掻き乱された胸の中を誤魔化すように、軽口を叩いてしまったが――ウルの諦めたような微笑みに、胸を鋭く刺された。


 傷つけてしまったんだ――勇気を出して、本当のことを話してくれたのに。


「嘘よ……本当は嬉しかった」


 花はここ最近、毎日の楽しみだった。

 これはママとの思い出の花だったから――。


(もしかして……)


「ウル、どうしてこの花を選んでくれたの?」


 期待と不安混じりの視線を、ウルに向けると。

 こちらから視線を逸らした横顔が、遠くの明かりを見つめていた。

 “冥府の扉”の方角だ。


「……その赤は、女王の色。昔、中庭で女王様とお前が育てていただろう」


 俺は嫌いな花だ、とウルは顔を背けた。

 それでも、ウルが昔のことを覚えていてくれたと思うだけで嬉しい。

 冷たい態度を取るようになっても、ウルの中から私が消えていない――それだけで、また涙があふれそうになる。


「ねぇ、ウル」


 ただの“リリン”ならば、花を届けてくれていた人物の正体を知るだけで十分だっただろう。

 でも、次期女王として。

 ちゃんと、この先を聞かないと――。


「私との婚約を受けてくれたのは、どうして?」


(答えがどんなものでも、受け入れよう)


 6年前から、ウルが私を嫌っていたことは分かっている。でも、心の底から嫌われているわけではない――この花が、それを教えてくれた。


「出世のため」と言われたら、やっぱり落ち込みそうだけれど。

 


 自分を無理やり納得させようとすればするほど、勝手に身体が震える。

 それがウルにバレないように、言葉を繰り返した。


「……ねぇ、答えて。どうして?」


 改めて問いかけると、ウルはようやく私を見た。

 目の奥にある黒い炎が静かに燃えている。私の姿を、少しずつ蝕むように。


「俺は……」


 ウルの手が、私に向かって伸びてきた。

 少しだけ、表情が張り詰めている。

 それに――。

 迷う手が、私に“触れたい”と言っているような気がして、少し期待してしまう自分がいる。


 もしかしたら、ウルはとても個人的な理由で、私を――そんな都合の良い期待を。


「……っ!?」


 ウルの鎧から、黒炎があふれた。


『呼ばれたぜ、ご主人』


 いったい、なにが起こっているのか――理解できないうちに、ウルの傍へ大鴉が現れた。

「他の騎士の使い魔が、ウルに援軍要請している」という。


「昨夜の魔獣の残党か……」


 一度こちらを見て、ウルは踵を返した。

 城壁に飛び乗った彼は、遠くの空を見据えている。


「ウル、行くの……?」


 仕方ないとは分かっているけれど、明日は婚約式だ。

 それにまだ、昨夜の戦闘の疲れが残っているはずなのに――。


 ただ、今そんなことをウルに言うことはできない。“番人”はどんな状況だろうと、役目を果たしに行くのだから。

 私と同じ、だから――。


「……姫」

「え……?」


 黒炎の揺らぐ手が、私の前に差し出される――かと思ったけれど。

 ウルは顔を背け、伸ばしかけた指を引っ込めてしまった。


「……あ」


 やっぱりウルは、私に気持ちがあって婚約したわけではないのかもしれない。


 花は、体面的に送ってくれていただけ――?


 ずっと側にいてくれた彼が婚約者だってわかって、嬉しかったはずなのに。

 最初は、義務だから誰でもいいと思っていたはずなのに。

 思いが重なってほしいなんて、今さら虫が良すぎるだろうか――。


 外壁から飛び降りたウルが、大鴉の背に乗り浮上する。

 せめて「気をつけて」と、言葉を送ろうとした瞬間。


「……待っていろ」


 いつものように冷たい声色。

 でも――。


「うん……帰ってきてね」


 すぐに小さくなる黒い影を見送りながら、手元に残る死人花を抱きしめた。


 ウルの目は、私をまっすぐに見ていた――。


 どれだけ時間がかかっても良い。

 いつか、私が即位するまでに――彼の本当の気持ちが聞けたなら。

花を届けていたウルの、リリンへの愛――あなたは本物だと思いますか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ