第9話 寂れた町
70キロの道のり。その距離、体感約2万キロ。
長い旅路だった。山あり谷あり、川あり海あ.....流石に海はなかったな。疲労で死にそうだから妄言が出てしまった。しかし、ようやく僕とルナリアは目的の場所までやってきた。
「着いたねー」
「ああ、ようやくだな……」
探してたカフェ見つけたように軽く呟くルナリアに対し、足プルップルの僕は感慨深い思いだ。最初異世界に来た際訪れたアヴァロニアとは違い、ここ「グラスバード」は非情にみすぼらしい。活気がないのはあちらも同じだが、ピリピリした雰囲気とは違って、ここでは退廃的な空気が流れていた。建物のレベルも、あちらが石造りなら、こちらは木。この雰囲気.....懐かしさすらある。まるで地元のような安心感。
……いやまあ地元に木造住宅はないけどね。
「とりあえず中に入るぞ」
「そうだな……」
ルナリアに促されて、僕は町の中に入る。アヴァロニアにいた門番みたいなのはおらず、そのまますんなり入れた。
「……なんというか、陰気だな」
「そうだねぇ。街っていうよりここは村だ。それどころか……廃墟みたい、フフフ」
中も外で見る以上にボロボロだった。適当に放置された農作物と手つかずの民家。割れた窓ガラスに若干崩れてる外壁。朽ち果ててる。ただ、この町に人が全くいないわけではない。
道の外れで座り込んでる老人や、民家からこちらを覗く子供。皆一様に生気がなく、僕たちを訝しげに見ていた。ルナリアの派手な見た目と廃墟呼ばわりするデリカシーのなさから余計に目を引いている。
「なあ……やっぱここに来たのって間違いだったんじゃないか?」
「ここまできてそんなこと言ってもしょうがないだろー今更間違いを認める気にはなれないね」
とはいえ流石のルナリアもバツが悪そうに顔を顰める。空気が悪すぎて早くもどっか行きたい気持ちが募ってるんだろう。しかしどうしてこんなことになってるんだろうか。
「さっさと道具屋で物売って次の町行くかー」
「そうだね」
町の中をしばらく歩いてみると、それらしき建物が見えてくるが、やはり全体的に貧しく見える。補修されずに穴が開いているところやひび割れた壁、ペンキ?塗料がはがれかかって見えにくい看板、中に入れば開店しているものの品揃えは乏しく、店主の表情も冴えない。棚は埃っぽくて衛生状況の悪さを物語っている。アレルギー持ちの僕はここに長居すれば鼻水が止まらないだろう。まさに廃墟の一歩手前。もう一歩進んだら廃墟になるのに、そこをギリギリ踏み留まってるのは奇跡のレベルだな。
「いらっしゃいませ……」
店主が声をかけてくれたが、僕たちに対する警戒心が隠せてない。店内を見回す僕らを目で追っている様子が伺える。ルナリアはひとしきり見た後、交渉のテーブルに赴いた。
「買取をお願いしたいだけど、いい?」
店主は頷いた。
僕はルナリアの目配せを受けながらしょってた袋をカウンターの上に乗せる。すると店主は訝しげに僕らを見てきて。
「この中の物全部かい?」
「えっと……そうですけど」
「ふむ……」
怪しい人を見る目をしながら袋を開けた店主は中のものをジャラ...ジャラといじるとため息をついた。
「あー。悪いけどこの価値じゃ十分な値段で買い取れないな……」
「何で!?」
「金が足りないんだよ……こんな高級なものどこで手に入れたか知らないが……すまんな」
店主はそう言って頭を下げてくる。ルナリアが何で!?とか言って困惑した表情になってるけど、僕は内心あーそりゃそうだわって感じで納得していた。
この町には活気がない。その一因は金がないということだろう。商売なんざほぼ成り立たない。だから廃墟みたいになったわけだ。
「……はあ!?こっちは一文無しだぞ!!いくらか払えよ!!!できないなら最初からいえジジイ!!」
「わ、わかった....すまんがこれだけしか出せない……」
ルナリアの恫喝に動揺して置かれたのは銅貨3枚。日本円にしていくらかわからないが、少なくとも僕ら二人の飯代で終わってしまうんじゃなかろうか。ルナリアが悔しそうに銅貨を睨んでるが、ここでわめいても無駄だろう。
にしても店主も店主で何でこんな店を続けるのか不思議である。
「どうする?ルナリア」
「むむむむ……」
ルナリアは腕組みして唸ってる。かなり不服そうだが諦めたような顔をして、結果的にルナリアと僕は銅貨三枚を持って外に出る。そして町中に出てトボトボ宿を探した。あまりにも納得がいかなくて売るのをやめようか迷ったがこれ以上あの大荷物を持って移動するのは勘弁だったので売ってしまった。
「金貨二枚と噓ついて得た銅貨3枚でこっから移動出来るの?ルナリア」
「……厳しいだろーね。他の場所までどれぐらいか次第じゃない?」
「この辺のこと全く知らないんだね」
「うるせぇお前もだろ」
僕らは顔を見合わせてため息をつく。この町に来て損した気分。あれだけ重い荷物を必死こいて運んだのがこの程度の成果とは酷いもんだ……と考えていると僕らの前に建物の陰からふらりと人が飛び出していきなりナイフで刺し掛かってきた。
「危な!」
僕らは慌てて避けた、もし少しでも反応遅れていたら今頃死んでたかもしれないな……。
「チッ...一人もってけなかったか」
そう言いながら追加で二人、棍棒だの鎌を持った男が出てくる。服装はボロボロでいかにも生活困窮者って感じだ。僕と同じように。
「おい!貴様ら冒険者って奴なんだろ?20秒以内に道具、武器、食料、服、全部置いて失せろ!そうすれば命だけは助けてやる」
リーダー格らしい奴がそういう。なるほど、白昼堂々やるあたり治安が悪いどころの騒ぎではないな。
「拒否したら?」
「殺す」
僕が質問を投げかけると残酷な即答が返ってきた。あの時のルナリア以上に躊躇なしだ。貧しい生活が彼らをそうしたのか、それとも元々そういう性格だからこんなところにいるのか。
「殺すなんて簡単に言わないでくれ、こんなことも恥ずかしいだけだし先がないじゃないか。もっと他の方法があるはずだ」
「綺麗事ぬかしてんじゃねえよ!!殺せ!!」
残念。対話は無理だったか。三人が一人ずつ襲いかかってくる。僕とルナリアはその攻撃を回避し杖を構えた。内心ルナリアがいるから勝てると思ってたので余裕があったし、実際こいつらの動きはゴブリンとかゴルディアスに比べたら全然遅くて隙が大きい。……余裕だな。
「ラック、お前一人でコイツら倒せ」
「え?」
ルナリアから謎の申し出。意図が読めず困惑していると……
「こんな連中相手に魔法使って倒すの馬鹿馬鹿しいし。パーティーのリーダーっていうのは部下の能力把握しっかりとやらなきゃいけないわけだしさ」
「今までずっと一緒に戦ってきて君にみせているつもりだけどな」
「毎回見せられてるものが違うから意味ないんだよ」
よく分からん屁理屈こねられても困るなぁ。これは後でスキルの詳細な説明が必要だ。
「おい、なんだか知らんけど向こうは一人ずつで戦ってくれるってよ!チャンスだぜ!」
「俺たちを舐めてやがるぜぇ〜へへへ」
「なめ腐ったクソ野郎の脳みそぶちまけてやる!」
まぁ....後があるかは別として。三人まとめて来るだろうからまずは先制でスキルを使うべきだな。……頼む、良いのが出てくれ。
「ボッカス・ポーカス!!」
瞬間、僕の着ている服が光る。な、何がおころうとしてるんだと身構えていると……突然起きるメタモルフォーゼ……僕の服は爆散。パンツ以外すべてなくなった。
「な……はっ!?」
「おいおいマジかよ!ハハハハハハ!!」
驚きながら初心な娘のように恥ずかしがる反応をする僕に対し三人組が腹抱えて笑ってる。ルナリアの呆れた眼差しが痛い。これあれだな……「脱衣」のスキルだ。いやなんでやねん!なんでそんなもんあんねん!いや待てよ……裸になるとなんかいいものがでるとかそういう設定なのかも知れない。試してみるか!
「ボッカス・ポーカス!」
……何も起きない?そういうこともあるのか?だとしたらかなりひどいじゃない....
「ギャーッ!!」
ナイフ持ちが急にうつ伏せに倒れる。何が起こったかと思えば背中に手裏剣が刺さってた。彼らからみれば突然で不可解に見えるだろう攻撃にさっきの笑い溢れる状況から狼狽える二人。
「な、なんだ!?周りに誰かいるのか?!」
「ひぃ!怖い!痛い!!!」
「落ち着け!落ち着け!!」
敵の動揺が凄まじい。ナイフ持ちはなんとか生きているようで悲鳴が響き渡る。鎌持ってるリーダーは周囲を警戒し、棍棒持ちが一人、僕に向かって走ってくる。鎌と棍棒を一人で捌ける自信は無いのでありがたい。彼は明らかに焦っていて攻撃の精度は低い。だけども僕の身体能力が弱いせいもありギリギリの回避になり若干頬をカスる。このままではいずれ痛恨の一撃を受ける。どうにかしなければ。
「ボッカス・ポーカス!!」
棍棒を振ってくるタイミングでスキル発動。僕の服がなくなったんだからもう一回ぐらいいいことないとおかしいし……出たのは、剣だった。少々ボロいとはいえこの前出た剣より重く、刀身は僕の腕よりも太く長く逞しい。
「武器かよ!やる気か......」
緊張が走る。何も答えられず、体が震える。だが僕は意を決して両手で柄を握り、全力で相手と対する。もう一回魔法を発動するとか、色々考えようはあったかもしれないけど暇はない。仕方ないのでそのまま向かってくる相手へ構えた。目線が合う。相手の目は血走りが激しく、鼻息が荒い。絶対にこちらを殺す気満々。対して僕はどんな表情をしていたんだろうか。冷や汗が止まらない。唾を飲み込む音が頭の中に響いた。
「腰が引けてるぞラック」
横から飛んできたルナリアの声で我に帰る。目の前には振り下ろされる棍棒。考える時間などない。僕は慌てて剣で受け止める。火花が散った。力強すぎる!腕が痺れる程に力を込めて押し返した。
「うぐぐ……」
僕と相手の力量は均衡状態にあるんだろう。お互いに数歩後ろに下がって呼吸を整える。剣術については全く知らないし素人だが、とにかく振りまくればいいんでしょ?僕は先にかけて、思いっきり剣を振り上げた。相手の表情が、驚愕から恐怖に変わる。相手が完全に硬直し口が半開きになっていた。その表情を見て、僕は迷った。迷ってしまった。腕にストッパーがかかり振り下ろせない。息苦しい。口呼吸になる。喉の奥が乾く。僕は何をやってるんだろう……。一瞬の戸惑いを悟られたのか相手がニヤリと笑い、「バカめ!」とばかりに顔面の右側面へと棍棒をぶち当てた。悶絶、地面が視界の横から迫ってきていることに気づくがどこを踏ん張ったらいいのかわからず僕は倒れた。衝撃と痛みで視界がチカチカ。
「ぐぅう」
立ち上がろうと試みるも足が竦み思うように動かない。それどころか腕の感覚さえ曖昧で力も入りにくくなっていた。まずいぞこれは……。
「は、はは!!どうだ俺の攻撃の味は!」
「……」
敵は完全に調子に乗っているようで、僕に勝った程度のことで勝鬨を上げていた。何故だろう。以前魔族と戦った時のような暴力への踏み込みができないのは何故だろう。抵抗感があったのはあの時もだが、今は明らかに強い。敵が同じ人間だからか……?
「さぁ、エルフの嬢ちゃん。アンタも同じ目に遭う時が来るから覚悟しておき……」
「覚悟するのはオマエだ。僕をそこに転がってる奴と同じぐらいだと見てるのか?頭に花咲いてるな、腐った花が」
リーダーは鎌使いの肩に腕を乗せてルナリアに喧嘩を売るが逆にゾッとするようなことを言い、激昂。
「馬鹿にしてんのかァ!テメェ!」
「本当のことを言ってるだけだよ」
「クソ女がぁぁああ!!」
リーダーは我慢できなくなって叫びながら突進、だが魔法を使うまでもなく、彼女は相手の突進を最低限の動きで避け、無防備に晒された後頭部に一撃。相手はそのままズシャッと前に倒れこんだ。一人残った鎌使いは怯えて逃げだした。ルナリアはそれを追いかけず手を叩いて埃を落とし、ポーションを取り出して僕の傍にしゃがみ込む。
「今日のお前……弱いな」
「ごめん……」
「ラックってずっと躊躇してるよね。自分の手で人を深く傷つけることに。なんで?」
「それは……魔族はともかく同じ人を剣でぶった切ることに躊躇するなんて普通だろ?嫌なことなんだからさ.....」
「ふーん。つまり僕におとといゴルディアスを倒させたのは自分の嫌なことをさせたってこと?人にさせるのは平気なんだ」
「それは……」
違うと言いたいがうまく否定出来ない。ルナリアの指摘はもっともだ。だとしたらこの殺すかもしれない攻撃の際に出てくる抵抗感は一体なんなんだろう。自分でも理解できない感情に戸惑っているとルナリアが僕の顔にボーションをぶちまけた。腫れあがり、赤くなった箇所が、バキバキの骨が、徐々に治癒されていく。気持ち悪いほどに自然に……。
「......お前は他人を傷つけることを恐れてるんじゃない」
「え?」
「お前が恐れているのは『自分が傷つく』ことなんだ。他人を深く傷つけることで自分の中の何かが壊れたり、変わってしまうんじゃないかってな」
……もしかしたらそうなのかもしれない。僕は臆病だ。だけども他人が傷つくのを見るのも嫌というわけではない。まだ顔が熱い。鼻もツンと痛む。僕は俯き唇を噛んだ。




