第8話 信じるか疑うか
「食事の準備ができたぞーお二人さん」
ゴルディアスさんの声が洞窟の奥から響いてくる。それと共に湯気が立つ皿を乗せた盆を持った姿が見え、僕らが座っているテーブルへとやってきた。彼が持ってきた皿を見てみると色とりどりの野菜や肉を使った豪華な食事が盛られていた。見た目、匂い、どれをとっても食欲をそそられる最高級の一品といってもいい代物だった。だがここでがっつけば終わってしまう。湯気立ち昇る食前でしばらく考え込む僕。当然ルナリアは食べようとするそぶりはない。どう切り出していけばいいのかわからない。
「おう!遠慮せずどんどん食ってくれよ。なんせ久しぶりのお客さんだからな。張り切って作った甲斐があったってもんだ」
「……すいませんゴルディアスさん。実は食べれない理由があって」
「なんだぁ?まさか減量中ってワケじゃないよな? ガハハハッ!冗談きついぜ、あんたら数日間森の中で彷徨ってたってんだろ?」
「ええ。そうなんです」
「だったら尚更だ!腹いっぱい食べるといい!別に食った後なんかを要求することなんてねぇ。ゆっくりしてってもいいんだぞ?」
本当に疑う要素のない人ならば、僕たちの疑いをなんとなく察して行動に移してくれるはずだろう。でもゴルディアスさんは食事を勧めるだけで味見しようとする様子もないし僕らに合わせて食べる真似もしない。
「でも....ちょっと怖くて」
「.....なんだ?オラのこと信用できないのか?」
「いえ……できないって程ではないんですよ。でもですね……不安がほんの少し心を覆ってるんですよ。だから少しでも安心したいんです。だからあなたに一口だけ、目の前で食べて欲しいんです」
「……」
彼の顔が歪み焦っていそうな表情に変わる。今まで見せたことのない雰囲気。嫌な汗が背中を流れていく。気まずい静寂な空間がしばしば場を占める。
「な、なに言ってんだ兄ちゃん!オラは善意で君たちを助けてやろうとしてんだぜ?そんな疑われても困るよ!」
「それはわかっています。ですがやっぱり怖いです。お願いします」
「……」
料理を手渡す。緊張が走る。しばしの静寂の後、ゴルディアスさんは皿から肉らしきものをつかみ取り一気に口の中に放り込んだ。すると彼の喉仏が上下に動きゴクリと音が鳴る。そのまま咀嚼し飲み込もうとする彼の目がギョロっと大きくなり顔全体に赤みが帯びて苦悶に満ちた表情へと変わっていくのを見た。しかし次の瞬間には赤みが消え、元に戻っていった。
「……ぷはぁ!この通り。オラは健康そのものだ。にしてもちょっと味付けを辛くしすぎたかもしれんな。香辛料を入れすぎたせいかな?ガハハ!」
……あれ?本当に大丈夫っぽい?一瞬マジで死んじゃうかも?という想像をしちゃった僕だが杞憂だったらしい。ただ単に辛いものを食べた時に起こる生理的な反応だったようだ。やっぱりゴルディアスさんを疑ったのは失敗だったな。
「よかった……!安心しました。じゃあ遠慮なくいただきますね」
僕が微笑むとルナリアは「噓つけ」と立ち上がりゴルディアスさんにむけ杖を構えた。どうして!?
「ルナリア!?何やってんの!」
「盛ってんのがわかったからだよ。ほらみろあいつの手」
視線を落とすと彼の右手指先に小さな痙攣が見えた。ビクンビクンと大きく震えているわけではないが不自然な震え。僕は表情を見ていたからわからなかったけどルナリアは手を見ていたらしい。指先の微細な変化を見極めた彼女の観察力には舌を巻く。
「いっぱい食べると全身がそうなるんだろ?それで最後は死ぬー」
「まて嬢ちゃん!誤解だ!!死ぬなんてとんでもない!!ちょっと体が動かなくなるだけだ!!オラそんな誰かを殺すなんて恐ろしいことはしない!!」
「どちらにせよ毒盛ったのは事実だろう。お前の目的はなんだ?金か?僕たちを殺すことか?」
「そんなんじゃない!オラは……兄ちゃんに用があるんだよ!」
「……僕?」
ビシッと僕に指差すゴルディアス。ちょっと意味が....いや正直全くありえないってわけではないが。ルナリアじゃなくて?彼は困惑する僕を見据え懐から一枚の紙を出し広げる。それには僕そっくりというかまんま似顔絵が描かれており見た瞬間血の気が引いた。やっぱりアレがかかわっているのか?
「それは……僕?」
「認めるか?お前はオラの従兄弟が探してるラック・フォーチュナか?」
「まさか従兄弟って……」
「テオフィロだ。覚えているだろ?」
「!!」
唐突に言われた名前に思考が停止する。この前僕にしつこく取引を申し出た商人。まさかそんな人物の従兄弟だなんて思いもしなかったな....つまり僕を捕まえようとしてるってこと?だとすれば危険すぎる。これは一刻も早く逃げるしかない。
「へー指名手配犯ってワケか」
ルナリアは皮肉気に笑ってから杖をおろし、ニヤリとする。
「よかったら嬢ちゃんも捕まえるのに協力してくれねぇか?そうすりゃ報酬は分けるぞ」
げぇっ不味いぞ!ルナリアは友情とか恩義を大切にするタイプだとは到底思えない。これじゃあ二人に挟まれてしまう。逃げられなくなって終わりだ。
「残念だけどその誘いには乗れないね」
「!?ルナリアなんで……!?」
あっさり断ったルナリア。意外な返答にゴルディアスよりも僕のほうが戸惑った表情をしている。だけど僕としてはかなり嬉しかった。金で心が支配できるタイプの奴じゃないのか。
「他の商人だったら僕も乗ったけどあいつはダメだ。とはいえラックを助けるって訳でもないけどね」
「……どういう意味?」
「つまり一人で頑張れってことだ。僕が直接関係ない戦闘なんて面倒だ」
「助ける義理がないってことかよ……」
「まぁ頑張れ。応援はしてあげる」
呆気にとられてる僕を尻目に彼女は悠々と椅子に座りくつろぎ始めた。結局見殺しみたいなもんじゃないか?というツッコミはしたくてもできない。今のルナリアは傍観者という立場を貫き通す気でいるみたいだ。
「そうか。じゃあ……ラック・フォーチュナ!オラと来い!痛い思いはしたくないしさせたくないんだ!テオフィロだって君を酷い目に遭わせるなんてことはしないはずだ!」
「確かに待遇はよかったんですけど....苦痛は嫌いでね。拒否します」
「くっ……なら無理矢理にでも連れて行くまでだ!」
ゴルディアスは一気に距離を詰め僕の肩をつかむ。振り払おうとするけどその力強さと迫力は半端なものじゃない。握力が尋常じゃなく痛い。
「おい!離せ!」
「駄目だ!なあ頼むおとなしくしてくれ!オラにこんなことさせないでくれ!」
涙を滲ませて手汗でじっとりしている彼の腕、引き剥がそうとするが力負けしてしまい徐々に壁際へ押されていってしまう。力の差は歴然。今の僕が勝つにはあのスキルを活用するしかない。だけど……!
人に使うのは怖い!
自分を殺そうとしてるわけじゃないから僕はためらってしまう!ルナリアに使ったときはまだ出てくるものがどんなものか理解してなかったから躊躇なく使えた。テオフィロの時は周囲が広く多少危険なものが出てきても何とかなると判断して使えた!だけど今回は違う。下手なタイミングで使用すれば死ぬ!どうすりゃいいんだ?焦燥感に包まれながらなんとかして抵抗を試みる。しかし力の差が圧倒的すぎてどうにもならない。
「ラック」
ルナリアに呼ばれる。情けない顔でなんとか彼女の方を見ると微笑みを浮かべている。何故笑ってるんだ?と思う暇もなく彼女は言った。
「使えよ、スキルを。お前にはアレしかないんだから」
一瞬、彼女に女神アルテミシアの影が重なった。お前は今まで大した努力をせず生きてきたのだろう。だから弱い。私が与えた運次第の力に縋る以外ないのだからと嘲笑われているような感覚。その通りだ。やるしかない!ゴルディアスは僕を押し倒す勢いで襲いかかる。恐怖を呑みこむ。僕は全力で叫ぶ。
「ボッカス・ポーカスッ!」
その刹那。魔法陣の強い光が辺りを包み込み洞窟内部を照らす。ゴルディアスが悲鳴を上げ、よろけた隙をついて僕は拘束から逃れる。
「くそぉ……なんだこれは!?」
明かりが消えるとそこには大量の花束が出現していた。色とりどりの綺麗な花が僕とゴルディアスの周りを埋め尽くしている。ロマンチックな情景。だがこれは外れだ!ゴルディアスは驚愕した表情を浮かべて立ち止まってしまったがすぐに我に帰り僕を捕まえようと右手を伸ばしてくる。だが間一髪で避けた後すぐさま距離を取る。
「面倒な真似するなよぉ!!こうなったら死ぬ寸前まで殴ってやる!!」
ゴルディアスは雄叫びを上げながら向かってきた。殴られる前にもう一回使わないと!
「ボッカス・ポーカスッ!」
再度宙で輝く魔法陣。だがそれを突き破りつつゴルディアスが殴り掛かってくる。図体がでかいくせして動きが早い!拳が僕の顔に当たる直前、何かが僕の視界を狭めた。鈍い痛み。だが.....
「あああああああ!!いってぇ!!」
ゴルディアスの叫びがこだまする。目を見開くと彼の拳が真っ赤に腫れあがっていた。とはいえ僕も倒れているのでダメージはデカイ。しかし彼が泣きわめく理由に僕もすぐに気づいた。頭が重い。触れてみるとガチガチと固く、頭を守る鋼鉄の防具が装備されていた。兜である。おそらくさっきのボッカス・ポーカスで召喚されたんだろう。彼の打撃をちょっとは防いでくれたみたいだ。
まぁ血の味がするからダメージはあるんだけどもな……。
「ぐっ……」
腕の激痛にうずくまるゴルディアス。だけどもまだ彼の目には闘志が宿っている。この程度で止めてくれるはずもない。
「こうなったらオラも本気で行くぞ!お前がどんな力を隠してるか知らねぇがオラだってスキル持ちだ!」
彼の右手にバチバチと電気の球体が形成される。バリバリッ!と強烈な閃光を放ち始めるそれは威力が尋常じゃないことを教えてくれる。さっきのパンチの比ではない火力だ。
「サンダー・レジク!!」
それが放たれる直前、僕はとっさに近くの花束を掴みぶん投げる。凄まじい轟音とともに弾丸のように飛んできた光球は花束に命中すると爆風と稲妻を撒き散らした。周囲の壁や天井まで焼け焦げてしまっているのが見える。
「うぐぅああああ!?」
その衝撃波に吹き飛ばされ僕は壁に叩きつけられ息ができなくなる。直撃したら間違いなく負けてたであろう威力だが軽減できたのは運が良かった。ルナリアは危なげなく壁を出し防いでケロッとしてる。一方のゴルディアスは己の攻撃に巻き込まれ花束とともに壁際へ転がって行った。今がチャンスだ!と走り出そうとするが足がふらついてうまく進めない。衝撃と兜被りっぱだったから感電による身体の麻痺で脳が混乱しているんだ。
「へへへ……もう楽になったらどうだ.....見てて惨めだよ」
起き上がった彼は痺れた様子で膝をつくが僕よりは早く動き出せそうだ。このままじゃ負ける。体が動かない。くそ!こんなところで捕まるわけにはいかないんだ!なんとかして勝たないと!!
「ボッカス・ポーカス!」
大声で叫ぶ。すると今度はゴルディアスの頭上に魔法陣が展開された。彼は気づいていない。何がおころうとしている?
「あ?なんだ?……!!」
魔法陣から降ってきたのは色とりどりのペンキ?だった。バケツひっくり返したようにそれがゴルディアスに降りかかり服だけでなく彼の肉体すら一瞬で染め上げていく。突然の出来事に硬直する彼。
「うわああああ!!前が、前が見えねぇぇぇぇ!」
ゴルディアスは両手で顔を覆いながら慌てふためいている。これはチャンスだ。僕は気合でなんか暇そうに戦闘を眺めてるルナリアめがけて被ってた兜を投げた。こっちからの攻撃は全く予想してなかったであろうルナリアは反射的によけ、僕から距離を取るため数歩歩く。滅茶苦茶だが、これが狙いだ。
「はぁぁあ!!まさかこの足音は逃げる気か!?くそ!待ちやがれ!!トルネード・エアリア!!」
叫び、コマのように回転しルナリアに近づくゴルディアス。その風圧は竜巻ができるんじゃないかと思えるほど強烈で、花束は吹き飛び家財なども舞い上がる。だがルナリアは冷静に杖を掲げ、呪文を唱える。
「アース・ヴェスカルーン」
ゴルディアスの足元が盛り上がり、彼は転倒、さらにルナリアは
「アース・レジク」
作り出した岩石球を彼の頭にぶつけ、気を失わせた。勝負は完全に決まった。予想してた通り鮮やかな手腕だ。助かったと安堵しながらゆっくりと立ち上がりルナリアに恐る恐る礼を述べる。
「あ……ありがとう。助かったよルナリア」
「全く、突然僕に兜投げてきたときは気が狂ったかと思ったよ」
「ごめんごめん。でもああでもしないとルナリアは助けくれなかっただろ?」
「.....まぁ確かにそうだな。あのままだと負けてたかもしれないしね。勝ちは勝ち、良かったなラック」
彼女はそう言い放ち、ゴルディアスを近くにあった紐で縛り上げていった。しばらく目覚めなさそうなのでそのうちに水を飲んだりどこか人のいる場所が近くにないか地図を探してみたりする。しばらく時間がかかり、やっとそれらしき一枚の羊皮紙を見つけた。よくわからない記号が書かれておりあまり理解できなかったがルナリアに見せると大体把握したようだ。
「東の街....恐らくこれはアヴァロニアみたいだね。距離30キロ。西の方角にもあるようだ.....距離70キロ。崖と谷が深くこ危険な道だって書いてあるね。」
距離の単位ってキロなのかこの世界でも、まぁ女神が言ったようにある程度都合のいい要素ってやつなんだろう。
「じゃあアヴァロニアに戻った方が良さそうだな。早速準備していこうか」
「……いや、戻らないよ?」
は??今なんて言った??戻らないだと?アヴァロニアの方が近くて安全なのにわざわざ危険な70キロも先の街へ向かうつもりなのか?冗談キツイ……。意味がわからん。
「ここから西に向かう」
「なんだよそれ、冗談やめろよ......距離も遠いし危険な道だって君自身が今言ったじゃん」
「僕は行きたくないなんて言ってないからな。アヴァロニアは....僕が抜けてきたパーティーの連中がいる場所だ。だから今は近寄りたくない」
なるほど確かに納得のいく理由.....なわけねぇだろ死活問題に私情を挟みやがって、こんの自己中!僕たちここに来るまで死にかけてんだぞ!?
「でもさぁ……安全な選択肢を取るべき......」
「いやぁー僕はもう決めちゃったからねー」
「勝手に……」
「僕と組むってことはこういうことさ。嫌なら別れるかい?」
こいつ....この状況で僕がそういう選択肢をとれないってわかっててやっぱり酷い奴だな……と、苛立ちながらも考える。彼女なしで僕一人だけだと森で遭難するのは目に見えている。そうなると命に関わってくる。彼女に着いて行った方がまだ可能性は高い。くそったれ……頭が煮えくり返りそうだ。
「……わかった。行こう」
「そう来なくっちゃ」
不機嫌な感情を抑えつつ、ゴルディアスから水筒や保存食をルナリアの命令で収集していく。荷物がさらに増えてしまった。彼は未だ意識を失っていてぐったりしている。縄で縛ったとはいえあの怪力だ。万が一のために起きる前に出てった方が良いかもしれない。とりあえず荷造りを終えた僕たちはゴルディアスの住居を後にし西に向けて歩き出す。お、重い....荷物が重い....これで崖やら谷やら超える羽目になるのか……。
「それじゃあ気合いれて行けよラック。70キロ分な」
「……君が気合いを入れて僕の荷物を半分持って歩いてくれるってことはない?」
「ないね」
「くたばれ」
こうして僕の冒険は前途多難な未来に向かっていくこととなった。




