第7話 森の中と奇妙な男
森の中をさまよって、一体どれほどの時間がたったのだろう? 太陽は天空高く。昼なお暗い森の中、僕たちはさ迷い続けた。
食べ物もなく、疲労はとうにピークに達している。足がふらつき、目がかすむ。汗を吸い込んだ服がドロドロに腐り、身体の中にまで染みこんでくるようだ。元々ボロい服だったけど、着心地最悪。裸の方がまだマシというひどい状態。
「……トロトロ歩かないでよ。ノロマ」
前から、ルナリアが毒づいてくる。相変わらず厳しいことしか言ってこない彼女だけど、その声からは隠しきれない疲労が感じられた。
「ルナリア。今、どこに向かってるんだ?」
「知らなーい。適当な方角に向かって歩いてるだけだよ、ずっと」
「だよな……」
木々に覆われた周囲を見回してみる。どれぐらい歩いてきたのだろうか? 太陽の位置から方角を推測しようにも、そもそも自分が東西南北のどちらを向いているのかすら判然としない始末だった。森の迷宮に迷い込んだ僕たちは、完全に方向感覚を失っていた。というか異世界の空に浮いている太陽って、東から昇って西に沈むのか?ひょっとしたら逆かもしれないな。ああ、こんなくだらないことを考えてるなんてバカみたいだ。
「おい、トロ。水」
「は?トロじゃないラックだ。って、水?」
「喉が渇いたから、水を出せって言ってんだよ」
「.....さっき、飲み切っちゃったよ」
ゴブリンが持ってた荷物をもてるだけ持たされた僕は、重量過多で圧迫されながらなれない移動を行っていた影響か、ガチサバイバルな状態であることを失念し貴重な水を消費しまくってしまったのだ。
「は~!本当グズだなお前!さっきから襲い掛かってくる魔族を蹴散らしてやってるのに、良いご身分だな!」
「それは悪いと思ってるんだけど!僕荷物運んでるから....」
僕の返答に腹を立てたのか彼女は近づき思いっきり胸倉を掴むがその拍子にボロい服が破けてしまう。彼女の白い頬に朱が差すことはなく、手を軽く払うと今度は僕の首根っこを掴んだ。
「それはどうもありがとうなんだけどさぁ、こんな状況なんだから普通助けてくれる人のためにすこしぐらい残しておくのが筋ってモンじゃないのー?ねぇ?」
「ぐっ……!ごもっともだけども.....この荷物が重くて飲まないと体がもちそうに、なかったんだ.....!!」
必死で抗弁するも彼女の眉間に深い皺ができるだけ、そして乱暴に突き飛ばされる。背中に伝わった衝撃が地面につく前に意識が一瞬飛びかけるも歯を食いしばって何とか耐える。
「……チッ」
舌打ちをして何かを吐き捨てると彼女はふんぞり返って腕を組み直す。「本当に使えねー奴」と思われてそうだが道もわからない癖してこんなとこに迷い込んだ君が悪いんだろう……と文句を言いたかったけど殺されそうので黙ることにした。というかルナリアの仲間とか友達とかも探してくれたりしないのかな? ずっと一人でいるところを見るにいないってことかもしれないけどさ……。
「なぁルナリア……。パーティーとかいないのか? こう……頼りになる仲間とか」
「うーん....昨日まではいたんだけどね……今はいないよ」
「そっか……」
なんか地雷踏んだかも?魔族との戦いで死んだとか、追放されちゃったとかなのかな?詳しく聞くべきじゃない気がしたので話題を変えようとすると
「だってさぁーどいつもこいつも弱っちいのよまず!しかもリーダーの戦士はホントムカつくほど偉そうに命令してくるだけだし聖女は陰険でブス……それにドワーフのオッサンは酒臭ぇしセクハラかましてくるし……最悪!全員クソだった。だから抜けてきた」
「えっと……つまり追放されたとかではなく自主的に抜けたんだね」
「そういうことだよ。ま、つまり僕を探してくれる奴はいないってことだ。仕方がない仕方がない」
うーむ……まぁこんな性格だししょうがないか? ただ依然として状況が変わらないのは痛い。二人とも疲弊している状態なのに水も食料も尽きてきたし……。
「なぁ……本当に町かどっかに辿り着けるのかなぁ……このままだったら餓死しちゃうよ……」
「諦めんな!ラック!お前に死なれたら誰がその荷物を運ぶんだよ!」
「ルナリアが持てよ……!」
「ダメだね。女の子に正論で説教しても意味はないしモテないんだよ?お兄さん」
「クソッ……!!」
死ぬ~ってぐらい疲れている僕に対してよくまぁそんな風にいられるものだ。しかも僕をからかう余裕もあるなんて。いや冗談抜きでいつ死んでもおかしくない状況なんだよな僕たち……。
「あのさ……ちょっと休憩しようぜ……」
「さっきダメだって言ったばっかでしょうが……!」
「だってもう限界だって……」
「……ったく」
地面に大の字になって仰向けに倒れこむ。せめて水が....というか水分さえあればいいんだけどね。荷物の中には回復薬とかMPポーションとかがあったんだけどそれもすべて2人で飲み切ってしまっていた。川とかもないし木の実とかも生えていないしなぁ……。
「はぁ……もうダメかもしれない」
「おい諦めるなよラック」
「無理だよルナリア……だって脱水で死にそうなんだよ……」
「ほぅーならオラの家に来るか?」
「え?」
背後から声が聞こえた。振り返るとそこには巨漢の男が立っていた。岩のようなごつい顔にでかい鼻とギョロついた目が特徴的だ。服装はまるで原始人のようで僕らの文明レベルよりも大幅に遅れている気がする。腰巻のみという露出狂同然の格好。ひょっとしてやばい人か?
「えっとあなたは……?」
「オラはゴルディアス……!この森で一人暮らししてる者だ!」
「へぇ……そうですか」
正直怪しい人だったが今の状況なら最悪人間でなくとも助けてくれるのなら頼るしかない。とりあえず……友好的ならばOK、とりあえず話をしてみよう。
「あのー.....僕ら森で迷ってて.....水と食料がなくて困っているんです」
「へへ……そいつは災難だったな兄ちゃん。でも大丈夫だ……オラの家に来ればどっちもたらふくあるから分けてあげられるぞ!案内するか?」
「ありがとうございます!ぜひお願いします」
彼に礼を言いつつ立ち上がる。なんと心優しい人だ。見た目で判断してはいけないな!しかし背後を見ると、ルナリアは警戒した様子で男を睨んでいる。何か怪しいのか?それに気付いたのかゴルディアスと名乗った大男は慌てて否定する。
「おいおい嬢ちゃん……そんなとげとげしい目つきはやめてくれやぁ、別に変な意味で誘ったんじゃない。ただ純粋に困ってる人間を助けたいって気持ちだ。人として当然だろ?」
「……ふーん」
依然疑念の眼差しを向けるルナリアに対し大男は苦笑いを浮かべていたが構わず先頭に立って歩き出した。
「よっしゃぁ!とりあえず二人共オラに付いてきてくれや、あっその荷物重そうだな~よかったらオラに預けてくれや」
「あ、ありがとうございます....」
ゴルディアスは僕が持ってたたくさんの荷物を軽々と持ち上げ運んでくれた。なんて気が利くんだろう。
「……」
ルナリアは不服そうな表情をしていたものの渋々といった様子で男に続く。なんだかんだ彼女も疲れてるんだ。敵対的な態度を取りつつもついて行くことに同意するくらいには限界らしい。それにしてもこの異世界に来て初めて会った完璧に善意ある人間がこんな変質者みたいな大男とは……つくづく予想外だ。
しばらく進んでいくと彼の住処と思われる巨大な岩山にたどり着いた。巨大な口を開けた洞窟みたいな穴があるだけの岩肌……。なんとまぁワイルドな住居だろうか。
「こりゃまたすごいね」
「でしょ?中に入ればいろいろあって楽しいぞ」
彼に案内されて中へ入っていくと、何やら生活感のある空間が広がっていた。食器類が棚の上に並べられていたり布製の敷物や毛皮などが床一面に敷かれている。家具や調度品もたくさん置いてあり快適そう。そして中央には大きな焚火があり炎が揺らめいていた。ここで一から自作したという感じは全く感じられない空間に少し驚いてしまう。まるで文明を感じる空間。
「ここがオラの住居………まずはこれでも飲め」
木製のコップに注いだ水を渡してきた。それをはしたなく奪うようにもらった僕は一瞬、なんだか話がうますぎるな……と懸念したが体が水を求めている。喉の奥がヒリヒリと痛み唾液が勝手に出るぐらいには脱水症状になっていたのだから、意を決してその液体を一気に飲み干す。すると冷たい水が体内に流れ込み全身に染みわたるような快楽が走り抜けた。
「ぷはぁぁぁぁ!うまい!」
あまりの美味しさに感動してしまうほどだ。水というのはこんなにも美味かったのか……!次に胃袋が刺激され腹からぐぅ~っと音が鳴り出す始末である。ああ……肉が食べたい、甘いものが欲しい。野菜でも果物でもなんでもいい……とにかく腹いっぱい食べたい欲求が爆発しそうになっている自分に苦笑いが出るほどだった。
「ガハハハハ!美味そうに飲むなぁ兄ちゃん。こりゃあ良かった!それじゃあオラは食事の用意をするから待っとけ。嬢ちゃんも遠慮せずに食べてけよ?」
ルナリアに目を向けると彼女はようやく水を受け取っていたがゴクリと飲み込むと少し落ち着いたような表情を見せていた。やはり相当乾いていたみたいだ。
「疑ってた割にはずいぶん早く受け入れたね」
「水には何も手が加えられてなさそうだからね」
なるほど。つまりまだ彼を信じてはいないというわけか。まぁいいや。疑うなら勝手に疑ってろってこったよ。とりあえず今は腹減りすぎ問題の解決が先決だ。一体どういった料理が出てくるんだろうか、期待しつつ待っていると、ルナリアが僕の隣にやってきてそっと耳打ちした。
「おいラック。油断しきってるみたいだけどもう疑わないのか?あいつのこと」
「ん?何を言ってるんだルナリア。彼のどこに不信な点があるっていうんだ?僕たちに危害を加えるつもりだというなら既にしてるはずだろう?親切に迷っている所に声をかけ、こうして水を提供してくれたんだから信用できる人物だと判断するのが妥当だろう。君の人間不信も体外にしろよ」
「.....ふふっ、あははははは!!」
僕の反応にルナリアが突然大きく笑い出す。ルナリアってこんなわんぱくに笑えるのかって呆然とする僕に彼女はニヤリとした表情を浮かべている。なんだか笑われてるっぽいので腹が立ってきた。
「……面白い奴だな。お前って意外と素直というか....純粋なんだな」
「どういうことだよそれ」
「だから、単純で馬鹿ってことだよ」
「まったく失礼な奴だな。僕にもゴルディアスさんにも!」
憮然とした僕に対して彼女は愉快そうに笑みを深め、再び耳元で囁く。
「いいか?まず状況を整理してみろ。ここは森の奥深くにあるあいつの小屋だ。近くには街も、村もない。つまり孤立していて助けを呼ぶことも逃げることも難しい場所」
「そうだね……だから助けてもらえて幸運だったんじゃないか」
「バカ。つまり殺されて物盗られてもバレないってことだよ!」
「!!」
その言葉にハッとさせられた。確かにそうだ。この世界に警察みたいな組織はあるのか?もしあったとしても森にはパトロールとか警察官の巡回なんてものがないに違いない。もし行方不明になったとしても僕たちみたいな身分では事件化されることは難しいだろう。この異世界と現実の違いに気づいた時、冷や汗が流れた。
「……だ、だけども.....もし僕がゴルディアスさんなら僕たちをこんな泳がせずに速攻で殺すと思うんだけど....例えばこの水に毒入れたりしてさ?」
「いや、あいつは徹底的に僕たちを油断させようとしてるんだ。森であいつが急に出てきたとき、ラックはどう思った?」
「うーん。結構やばそうな人だなと思ったかな」
「じゃあ水をもらった時は?」
「……一瞬怪しいって思ったかな」
「そして今は?」
「……油断してる。完全に気を許しちゃってる。今まさに飯のことしか考えてなかった」
「そういうことだ。これから出てくる料理には毒が入ってた場合。どうなる?」
「確実に死ぬな。いやでも本当に優しい人の可能性だって無くはないだろう?」
「確かにそれもそうだ。でも僕は君に疑うということを学んでほしいって思うんだ。同じ人間であっても助け合うことばかりじゃない。騙したり傷つけることに躊躇がない奴は多くいる。」
「君みたいに?」
「……おいコラ。ぶつぞ」
とはいえここまで助けてくれたゴルディアスさんを疑うのは悪いな……。正直に疑っていますと言ってしまえば彼を怒らせてしまうかもしれない。しかしルナリアの言う通り僕たちを騙そうとしている可能性がゼロではないのも事実。
「ラック。ここであいつに一言申してくれないなら僕はお前と一緒に行動するのをやめる」
「え!?なんだよそれ」
「いやぁ僕がここまで言ってやってんのに聞いてくんない奴とは一緒に居たくないからね」
「ちょちょ!ルナリア!そんなのあんまりだろ!」
「なら覚悟決めろ。どっちを信頼するのも君の自由だ。さっさと決断しろ」
……ぐぬぬ!めちゃくちゃ強引な脅迫をしてきやがる!もしこれがルナリアのデタラメで僕と別れたいかつゴルディアスさんと喧嘩させたいだけであれば最悪だけど……ここまでいうぐらいだ。嘘ではないのかもしれない。異世界の民度を知らなかった僕に対し誠実に忠告をしてくれているのなら従うべきだろう......例えそれが面倒で難問だったとしても。




