第6話 洞窟内の死闘
ゴブリンの一閃によって壁ごと横に真っ二つにされる少女の姿を目撃し、恐れおののく僕。ま、負けたとでもいうのか?さっきまで優勢だったのに?岩が邪魔でよく見えなかったが鮮明に記憶されている。
「はぁ、はぁ、どうだ!流石ドワーフが作った剣だ……!切れ味が違うぜ!」
ゴブリンは満身創痍といった様子で膝をついた状態から立ち上がると、僕の方へゆっくりと向かってくる。
「クソ……仲間二人やってくれたみたいだな……!人間め.......覚悟は、できているんだろうなぁ!」
「ま、待ってくれ。別にあなたの仲間はまだ死んでない。ちょっと話をしようじゃないか、あなたと僕、こうやって言葉が通じているんだからきっと話せばわかるはずだ!」
「あぁ?なんだよ命乞いか?なさけねーな」
時間稼ぎというか、なんとか戦闘以外での解決策を模索すべく質問してみることにした。向こうの仲間はまだ生きていて、こっちのは死んでいる。確実に暴力では勝てない。とはいえここで怒りに任せて攻撃しても絶対に勝つことはないだろう。だからここはいったん冷静に....でもあの子が死んだことにショックが隠せない。声が、体が震える。眉間にシワを寄せ怪訝そうな表情を浮かべるゴブリン。早く話さなければ殺されてしまう....。
「なんで町を襲ったんだ?そもそも人間に危害を加えることに意味があるのか?そんなことしなくても....その、こうやって僕たちと話せるなら交渉とかできるわけじゃないですかぁ?しかも貴方は優れたスキルをお持ちでいらっしゃる。こんな暴虐を尽くさなくとももっと平和なことに役立てるはずではありませんか!」
「バカ言ってんじゃねぇ、俺たちは魔族だ。お前たちとは姿、文化、生活様式大きく異なる。しかも貴様ら人間は世界を統一する我々にとっての王、魔王に敵対する不届き者だろうが。そんな連中と仲良く出来るか?できないだろ?俺たちはこの世に生まれ落ちた瞬間から決まってるんだ。どの種族と仲良くできて、どの種族と仲良く出来ないかがな。俺たちにとってお前や、そこで真っ二つのエルフはこうして利用するべきものでしかないし、逆にお前らにとって俺たちは排除すべきものなんだ。わかったか?」
ゴブリンは息を吐き出すと、アイテムボックスから僕めがけて剣を発射、咄嗟に水彩画で防ぐ。が、今度は貫通して僕の腕に突き刺さった。
「うっ……!!」
想像を絶する痛みが、血が体外へ流れる奇妙な感覚が右腕を襲う。焼けるような痛みは歯を食いしばるだけで声を抑えられたものの出血はどうしようもない。
「うーん見た目によらずしぶといんだな。まぁいいか。先に仲間を治療させてもらうぜ。お前は後でフェン太に踊り食いさせてやるよ」
ゴブリンはボックスから再び薬を取り出し先ずはフェン太の方へと向かう。まずい、これを許したら間違いなく死ぬ!僕は痛みを堪えて立ち上がるとゴブリンへと向けスキルを発動。どうやら杖がなくともできるらしい。
「ボッカス・ポーカス!」
「ん?」
彼の目の前に地中から現れたのは謎の石柱。かなり高さがあり天井に届くかと思うほどのサイズ。これ倒せたら最高だったけど、そこまでのパワーは僕にない。ゴブリンはため息をつくと柱を避けて先へ進もうとする。
「邪魔だな……」
気にもしてなさそうだ。僕は痛みに耐えつつもう一度ボッカス・ポーカスと唱える。すると今度はゴブリンの足元が盛り上がり黒い岩が出現する。突然のことに驚くゴブリンだが、転倒することなくバランスを取りそのまま通過していく。
「またかよ……さっきから意味不明なもんばっか出しやがって。諦めておとなしくしろよ」
舌打ちしながら僕のことなんて見向きもせず、フェンリルの側に行くゴブリン。くそ……ここまでなのか?そう諦めかけていた。その時、石柱が突然倒れ始めたのだ。その方向には未だショック状態から抜け出せていないリザードマンの姿があり当然回避することはできない。そのまま柱は彼を押し潰した。
「ガハッ……」
「なっ.....誰だ!」
周囲を見回すゴブリンは、ある一方を見て固まった。僕もその方向を見る。そこにいたのは、死んだはずの少女。僕とゴブリンは共に驚愕した表情を浮かべる。なぜ怪我一つなく生き延びているんだ?
「馬鹿な!あの時俺が真っ二つに……」
「真っ二つにしたのはこれじゃなくて?」
別の方向にある岩場の陰から全く同じ姿の少女が現れ、ゴブリンに向けてあっかんべーと挑発をかます。え?双子?
「アース・ククウグリ。地面の物質から分身を作る僕のスキルの一つさ。最初はこのままお前たちが去るまで隠れてるつもりだったけど.....」
彼女は語りながら、僕がさっき出した黒い岩を恐らくアース・レジクで重そうに持ち上げ、フェンリルめがけて投げる。
「いけない!アイテムボックス展開!」
ゴブリンがかばうようにアイテムボックスを展開し、岩を飲み込んだその瞬間……。ゴブリンの体がぐしゃりと潰れてしまい地面に叩きつけられた。まるで透明な巨人の足がゴブリンを踏んづけたみたいな感じで。
「いけね……容量超えた.....いつもの癖で.....かばっ……」
その言葉と共にゴブリンの体は爆ぜ、彼が所持していた薬品やら魔道具やら武器やら色々なものが洞窟内にまき散らされる。アイテムボックスの中にあった物なのだろうか、結構量が多い。あっけない終わりにいまいち緊張が解けず震えが止まらなかったが戦いは終わった。リザードマン恐らく少女の魔法で地面が盛り上がったことで倒れた石柱の下敷きに、ゴブリンはアイテムボックスの容量オーバーで体が崩壊。フェンリルだけは生きているか死んでるかハッキリしていないが近づきたくない。動いてないから死んでるってことでいいと思う。
「……流石のアイテムボックスもありとあらゆる物質の中でもトップクラスに重い【メノストーン】は収納できなかったみたいだね。だけど......」
彼女の鼻や目から血が噴き出て、さらに杖を持つ腕もよく見たら至る所に内出血ができていた。無茶な使い方をしたということなんだろうか。
「お、おい大丈夫か!?」
「いいや、全く。死ぬ」
言葉通り 少女はその場に倒れ伏し動かなくなった。まずい!この子が死ぬ!なんとかして助けないと。ムカつく奴ではあるけど今は命の恩人なのだ。助けなければ気が済まない。
「えーっと…………あっ!薬!」
僕はさっき撒き散らされた中からそれっぽい物を集め、先ずはさっきからじんじん痛む右腕の治療。栓を開け傷口にかけるとすぐに痛みが消えた。すごい!異世界凄い!初めて使う魔法薬に感激しつつ次は少女の方へ。恐らく体内が傷ついてるのだと考えて少女の口に瓶を当てるとゆっくり傾けて飲ませる。すると先程まで青ざめていた顔色が少しずつ良くなり出血も収まっていく。ふぅ良かった……一安心してホッとした。とりあえず少女を介抱するのには成功したがはてさてこれからどうしようか。まずその辺に散らばっているアイテム類から高価そうなのをいくつか集めておく。これがアヴァロニアから盗ってきた来たものだと考えると罪悪感を感じてしまうが……これは戦利品。今回の戦利品なのだと言い聞かせる。
「……おい」
突然声を掛けられて振り向くと、いつの間にか目を覚ました少女がそこにいた。気怠げそうな様子だが立ち上がるとしっかりした足取りで立ち上がりこちらへ向かってくる。さっきまでの衰弱具合とは正反対だ。
「大丈夫だったか?」
「.....なんで僕を助けた?」
感謝は無しかよ腹立つな。まぁそれは僕もそうだが。彼女はこちらをじっと睨みつけながら不機嫌そうな表情を浮かべる。
「なんでって……そりゃ……目の前に苦しんでいる人がいたら助けるだろ普通。それになにより死んだら終わりだぞ。それなのになんだその言い草は、まるで自分から死にに行ってたようじゃないか。お前は自分の命を粗末に扱うタイプの人間か?」
「ああそうだよ、僕はそういう人間なんだ。生きることに何の価値がある?今回ようやっと良い流れで死ねそうだったのに邪魔された。それがすごくムカつくんだよ」
彼女は吐き捨てるように言うと僕と同じように散らばったアイテムの選別を始める。なんでコイツはこんなに自暴自棄になってるんだ?もしかして何かこう……壮絶な過去があるとか?いや違うな、もしそうだとしたら金貨2枚を奪おうとする狂人ムーブはしないはずだ。つまりただ単に性格が悪くて感謝を述べたくないから適当に理由をつけているだけって可能性が高い。
「はぁ……なるほどな、そんな適当なこと言って恥ずかしくないのか?いくら僕に感謝したくないからって嘘は良くないと思うなぁ。感謝しろよとまでは言わないけどあれこれ非難するのは違うじゃないのか?まぁでもこんな弱い奴に感謝なんて言いたくないよな、謝るよ、ごめんな。」
「...腹立つな。ここで始末してやろうかなー」
彼女は僕に杖を向けた。僕もなんだか助けたのに色々言われてムカついてたところだ。同じように杖を向ける。人の喧嘩を買いたいと思ったのは学生依頼だ。
「同じ気持ちだ。金貨を奪おうとしてきたクソアマだし、なんかずっと見下すような態度でイライラしてたところだ。全力で抵抗してやるよ」
「死にたいとは言ったが僕を殺してくれるならどんな人物でも良いというわけじゃないからな。お前みたいな冴えなくて彼女が人生で一度もしくはいなさそうなやつは論外だ。僕は僕に相応しい死を探してる」
「恋愛経験関係あるか?それにしても随分と高尚なお考えをお持ちでいらっしゃる。流石魔族領域にて単独行動しているだけはあるなー」
「……えっここって魔族領域だったの?」
怒りに満ちていた表情が、急にキョトンとした困惑の表情へと移り変わった。えっ知らないで行動してたの?嘘だろ?
「そうらしいけど..知らなかったのか?」
「いやぁ、ちょっと迷ってたんだよね僕、いつの間にかそんなところに来てたんだ……」
彼女は唖然とした表情を浮かべる。僕も唖然とした表情を浮かべる。お互い何を言えばいいのかわからず沈黙。やがてむこうが口を開く。
「えーっと……とりあえずどこか人のいるところに行きたい。案内しろ」
「……ちょっとした事情があってここに迷い込んだ身だ。僕こそ教えて欲しいんだけど……」
彼女は頭を抱えてその場に蹲ると大きな溜め息を吐く。吐きたいのはこっちの方だ。ひょっとしたらこの辺に詳しいかもしれないと思ってたのに当てが外れた。彼女はしばらくそうして項垂れた後立ち上がり近くにあった岩に腰掛け、寝そべって深呼吸。一体なんなんだ?
「今日はもうどうしようもない。一旦休んで明日になったらどっかの人里につくまで一緒に歩くしかないな」
「ほぉ?」
「このままじゃ二人とも永遠に遭難だ。そんなの嫌だし、僕は明日に備えて寝る。喜べよ下郎、僕の話し相手に任命してやるからな」
「はぁ……」
僕も少し離れた岩の上に腰掛けると仰向けになる。うわぁ異世界初日の寝床がこんな石ころだらけの岩山の上で大丈夫なんだろうか?ま、そんな贅沢言ってられんか。それにしても長い一日だった。この世界に来てからまだ一日も経っていないというのに色々ありすぎた気がする。まさかこんな命がけの毎日が続くのか?……だとしたら辛いなぁ。いやでも僕はこの世界で生きていくと決めたんだ。強くならなきゃな。
「寝る前に一つ質問いいか?」
さっきからちょっと引っかかっていることを聞いてみることにする。彼女は目を閉じているけど眠りについているわけではないようで、僕に眠そうな声で返事を返してくれた。
「……何だ」
「せっかく一緒に行動するんだからさ、いい加減お前お前ってお互い呼び合うのやめないか?」
「はぁ、ちょうどそう呼ばれることにムカついてたところだ。いいだろう。まず礼儀としてそっちから名乗れ」
少女が起き上がりこちらを見る。僕も改めて彼女と目を合わせる。改めてみても美しい顔立ちをしているなぁと思ってしまった。まぁ中身は最低中の最低だと思ってるが。
「.....ラック・フォーチュナだ。気軽にラックと呼んでくれ」
「ルナリア、全部言う必要はないだろ?以上」
……いい響きだな。ルナリアか。女性のエルフっぽい名前だ。そう思っていると彼女は立ち上がり再び岩に横になり眠りにつく。僕もまた天井を眺める。今は寝る時こんな暗く見ていてくずれないか心配になる天井だけどいずれ暖かな橙色の光が差し込む家屋の天井の下で安心して眠る日々がくるといいな。
そんな願いを抱きながら僕はゆっくりと瞼を閉じた。




