第4話 ボッカス・ポーカスの意外な活用方法と決意
街の入口、そこに停まっているペーラン商会が持つ中型の幌馬車と大型の幌馬車はとても一瞬では数え切れぬ台数だ。僕たちはその列の中心あたり、一番派手な装飾が施された馬車に乗せられることになった。中には金属製のテーブルと羽毛みたいな柔らかさのあるイスが、まるで小さな店みたいだな。
「さあ入りたまえ」
「どうも……」
僕は緊張しながらも席に座る。テオフィロは正面の椅子に腰掛けると従者に合図を送らせ、馬車はゆっくり動き出した。街を出て舗装された道から徐々にに土が剥き出しな路面へと変わっていく。
「さて、何か飲むかな?」
「いえ……特には……」
「そうか。私は一仕事終えて喉がカラカラだ。アイネル」
「はい」
アイネルと呼ばれた従者はティーカップっぽい容器の中に砂金みたいなきらきらとした粉を入れ、それをお湯の中に投入した。さらにニオイから考えお酒のようなものを注ぎ入れ、最後に緑色の物体をいくつか放り込み軽くかき回し、テオフィロの前に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう。うん、美味しいよ」
こういうちょっとした要素からでも異世界というのがよく伝わってくる。この奇妙だけど興味をそそられる液体を啜りながら彼は楽しげな表情を浮かべる。
「じゃあ早速だが....私は君の能力にとても興味を示しててね、先程の戦闘で使用したスキルは....彼女曰く……」
「ボッカス・ポーカスです。あとあなたが助けた親子の前で行われた謎の水中脱出ショーも同じスキル名でした」
「ほうほう……なるほどね。これは君が1から制作したスキルなのかい?それとも誰かに教えられたもの?」
「え……ええっと……まぁどちらかと言えば後者でしょうか」
僕がそう答えると彼は納得したようにうなづき、食い入るように僕の顔を見つめながらこう続けた。
「私の知る限りでだが……ボッカス・ポーカスと名乗る魔法スキルは聞いたことがない。誰から教わった?賢者か?大魔導士か?それとももう一線を退いた老師か?」
なぜこんなにも食いついてくる?制御不能の魔法スキルなんて使い勝手の悪いものを作り出したやつの正体を知ったとていいことなんてないだろうに。
「あの……どうしてそんなに食い下がってくるんですか?このスキルは....そんな大したものじゃないです。発動したらどんなものが出てくるかもわかりませんし下手したらさっきみたいに大惨事になります。」
「興味深いな.....その”どんなもの”は全部で何通り存在するのかね?10?100?」
「そんなのはわからないですよ……」
僕は頭を抱える。そんな質問されたって答えようがない。まだ発動回数は二桁もないんだし。そもそもなぜ興味を維持できる?
「第一こんなスキルのどこに活用価値が……」
「あるさ」
突然テオフィロの声色が変わる。穏やかで温厚だった彼の態度が急変したように鋭い眼差しを僕に向けてくるのだ。
「.......スキルの抽出というのを知ってるかね?」
「抽出?」
「ああ……君のスキルから発現したモノのうち、特に役立つものを選別するんだ。私のスキルで例えるなら、炎の斬撃を飛ばすスキルから、炎を抽出すると手から炎を出せるスキルを作ることができる」
スキルを抽出....そんなことが可能なのか?だとしたら……僕は彼の言わんとしていることを理解し始めてきた。そうか……そういう事か!この人は僕を使ってボッカス・ポーカスの多様な効果から使えるものを選別して稼ぐつもりだ!大分いい考えじゃないか。僕の表情はさっきよりも分かりやすく明るいものになっていただろう。
「その顔は理解できたみたいだね?それでは改めて君に聞こうか……私の元でスキルの抽出に協力し、私に君のスキルから抽出した有益なスキルを与える代わりに、金銭を支払い。不自由ない生活を保証する。これが取引の内容だ。どうかね?」
彼はニッコリ微笑みながら僕を見つめている。これは……随分と魅力的な提案じゃないか?誰にも迷惑をかけることがない。人の役に立てるし、衣食住もある。何一つ文句なしの話だ。断る理由は.....いや、ほんの少し、たったの1%、不安はある。スキルの抽出というのはどのようにして行うのだろう?危険があったりするのか?きっとこれから何度も行うのだから、安全でなければ正直やりたくない。
「どうした?乗り気ではないのか?」
「い……いえ!とんでもないです。ただ……一つ気になることがありまして」
「何かな?」
「その……スキルの抽出って僕は安全に行えるのかなーって。苦痛とかが伴ったりしないのでしょうか……」
この質問を投げかけると、テオフィロはふむ……と手を顎に当て考えるそぶりを見せる。反応から察するに、あまりされたくない質問だろうな……。しばらくの間そうしているうちに彼は口を開いた。
「......スキルというのは脳に刻まれた情報さ。生物がスキルを発動する際は常に脳内の情報を呼び起こし、それが体内にめぐらされた魔術神経を伝わることによって魔力が放出されるわけだ。つまり……スキルを抽出するということは脳内の情報から一部を抜き取るということになる」
「それってつまり……」
「すさまじく脳に負担がかかるということだな。具体的に言えば抽出を行う度に頭が焼けるような頭痛を感じるだろうね。もちろん死にはしないがかなりキツイ。」
ああ。苦痛が伴うものなのか……。だったら御免だ。僕は死ぬことに対しては覚悟を決めている。だけど痛いものは嫌いだ。絶対に避けたい。避けようがない痛みなんてどれだけいいものをもらっても勘弁だ。テオフィロは僕の表情を読み取ったのだろう。この取引がまずい方向に進んでいることを理解した彼は焦ったような表情になり取り繕いを始めた。
「なに大丈夫!死にはしない。私だって経験済みさ、実際アイネルが私の炎スキルと自分の格闘スキルを統合して炎拳なんてのを作ってる。それに君の生活だって保証すると言っているだろう?取引というのは双方に利が、納得がなければならないという信念に則っての行動なんだ。こうやって抽出の際に苦痛が発生することを教えているのもその信念に基づいているわけで……」
「……すみません。僕は取引には応じられません」
「……ま、待ってくれ、話を聞いてくれ」
「僕には無理なんです。苦痛に耐えられなくて……。なのでお断りさせてもらいます。僕のことならどうぞお好きに放逐してもらっても構いませんので」
「おいおい待ってくれよ……何が足りない?そうだ具体的な金額について話していなかったな。それから考えてくれないか?」
テオフィロの額には汗が浮かび上がっており、明らかに僕を引き留めようと必死だ。このままでは埒が明かないな。こういった時はどうするのが正しいのだろうか。そうだここは異世界なのだ。ならば常識破りの手法で行こう。例えば……馬車のドアを開けて飛び降りて逃げる。これだ。
「すみません……!!」
僕はドアを開け一気に飛び降り衝撃に備え目を瞑る。地面との衝突時に訪れる痛みは想定したよりも大きなもので着地時には勢い余って地面をごろごろと転がってしまったが特に問題はない。
「お、おい待ってくれ!」
そこまで速く馬車が走っていなかったおかげもあり僕は即座に立ち上がり全力疾走。どこに逃げようか、周囲は平原だがちょっと奥に森が見える。そこに行ってみようか。
「そっちは魔族領域だぞ!戻ってこーい!」
その言葉に一瞬走りが弱まったけど、やっぱり継続する苦痛より死だ。再び必死に走り続ける。もうすぐ森に到着するかと思われた時、背後から風を切る音が聞こえた。振り返るとあの従者アイネルが物凄いスピードでこっちに来るのが見える。
「あまり手荒な真似するなよアイネル!傷つけずにこちらへ連れ戻すんだ!」
このままでは残り数秒も持たない。やはり諦めて取引に応じるべきなのか?いやダメだ。絶対に苦痛だけは嫌だ。そう自分に言い聞かせてようやく覚悟ができた。ボッカス・ポーカスを使おう。もう困ったら使うしかない。そう決めた。
「ボッカス・ポーカス!!」
僕の周囲にいくつかの赤い魔法陣が現れる。なんだこれは?攻撃魔法か何か?
「お……?」
「まずいアイネル!それは……」
テオフィロが何か言っていたけど、次の言葉はよく聞こえなかった。なぜならその瞬間。轟音と共に赤い魔法陣が次々に爆発し始めたから。何とか木の陰に隠れたけど熱気がここまで届いてくる。さらに耳を劈くような破裂音と周囲に飛び散る破片。やはり恐ろしい魔法だ。ああ。こんなのでこの世界生きていけるか?生き延びて彼の下で苦痛を受け続けるか死ぬか。どっちの方が楽なのだろう。
爆発が止んだのを確認して僕はおそるおそる顔を出す。見ると周囲にあった木々は全て消し飛んでいて地面は黒く煤けている。とりあえず逃げるチャンスではあるので、急いで森の奥に走って行った。
なんとか逃げることはできたが、これからの生活どうしようか。冒険者として生きるのか、どこかの街とかで冒険と無縁の仕事をするか。どっちを選んでも苦労がありそうだ。じゃあここで諦めて自害……なーんてするわけないでしょ。しぶとく生きていくよ。こんな魔法でもきっと活躍できるはずさ。魔族というのがどういう存在なのかいまいち全体像が見えてこないが……魔王が統治しているのであれば、その首を取るのが王道だろう。異世界に冒険者として転移したのだから、それぐらい大きな目標で生きてみたい。そのためには力をつけて強くならなきゃなぁ。
●
ラックが去ってしまった後。テオフィロはアイネルの膝を枕に、深い思索へふけっていた。
「アイネル、どうしたらいいと思う?あのラックという男、本当に、何としてでも手に入れたいのだ!だが、あの男は苦痛を恐れている。苦痛を味わわせずに、スキルを抽出する方法はない.....」
「多少非人道的ではありますが、身柄を抑えて拘束し、無理やりスキル抽出するしかないかと思われます。」
「うむ……しかし、それでは私の評判が傷......」
「あんなみすぼらしい男一人、どうでもいいでしょう。」
「あ、ああ……そうだな……うむ……」
「指名手配いたしましょう!テオフィロ様」
煮え切らない様子のテオフィロにもどかしさを感じたのか、アイネルは語気を荒げて言った。あの男が持つスキルは、使い方次第では一国の軍事力を上回るほど強力なものである。そんなスキルを間近で見たからこそ、自らの成長に利用できないというのは、アイネルにとっても大きな苦痛。テオフィロは、そんなアイネルの心情を察しながら、冷静に今後の方針を口に出す。
「....いいや指名手配はしない。対抗商会に知れ渡って、身柄を先に抑えられてしまったら元も子もない。」
「それでは……?」
「懇意にしている冒険者に、秘密裏に捕獲してもらう。そして私が再び説得し、なるべく両者が納得できるようにまとめるんだ」
「……なるほど、よいアイデアかと存じます。前半は」
「ん?後半は?」
「ハッキリ言って甘いですね。多少強引にでも、スキル抽出を行うべきなのです!」
「それは最後の手段だ。アイネル……確かに焦ることも理解できる。しかしな、そんな強硬手段を日常的に使うようになってしまえば私たちは商人ではなくなってしまうぞ」
「……申し訳ありません。取り乱しました」
「いいや……わかればいいさ」
テオフィロはそう言うと、起き上がってアイネルの肩を抱き寄せた。最終手段といっても向こうがこちらに対し何か大きな損害を加えた場合だ。それまでしつこく取引を進めよう。相手から折れてくるのを粘り強く待つのだ。受け入れるまで何度も、彼がどこに居ようと取引を持ち掛ける。そして、最終的に彼は受け入れるか鬱陶しく感じてこちらに危害を加えるだろう。どちらの結果になってもこちらにはプラスになる。だから今は焦る必要なんてないんだ。テオフィロはそう自分に言い聞かせながら、アイネルを優しく抱擁した。
「さてと……似顔絵かけるか?」
テオフィロの突然の要求に対しアイネルは若干戸惑いつつも、「はい」と答え、それと同時に何通もの手紙をしたため始めた。たった今、ペーラン商会による一世一代の大勝負が始まろうとしている。それを裏付けるかのように、テオフィロは窓から見える満月を睨み付ける。それはまるでこの世の全てを手にせんとするような野望を秘めた瞳だった。




