第3話 ボッカス・ポーカスは他人に滅茶苦茶迷惑をかける魔法みたいだ
「バイバーイ」
女神に対する憎しみと、何もできない自分に怒りを感じながら、僕は体から力を抜いた。
予想していた痛みは訪れず。変わりに近辺から物凄い破壊音が聞こえてきた。耳が吹っ飛ぶレベルの爆音で意識が飛びそうになる。目を開くと、あたりはもうもうと煙が覆っていて何も見えない。
「ゴホッゴホッ……なんだ!?何が起きた?」
僕を縛っていた壁が崩れ落ちている。自由になったんだ!彼女の発言を聞くにいまいち状況が掴めていない様子。このまま彼女が混乱している隙をついて全力疾走で逃げよう。そう思い立ち走り始め、広い通りに辿りつくと町民らしき人々は家々に逃げ込み窓や扉を固く閉じている。悲鳴やらなんやら色々聞こえてきてるしかなりやばい?
「魔族の襲撃だ!」
「魔族……!?」
煙の出てる方向へ走る。中心部の方から鐘の音が鳴り響いてるのが若干聞こえる。街の外周に作られた高い塀。建物の陰から隠れつつ見ると、壁は吹き飛ばされたかの如く大きく開いていて空いた穴から続々とゾンビ?アンデット?が入ってきている。いやぁやばいね、あれ。どうしようか。行かなきゃよかった。何もできないのにさ。ああどうしよう。逃げてしまおか。
家々の間を通り抜け、中心部へと戻ろうと走る。だが行く先々にゾンビの陰が。うわぁ……。空き箱やらゴミの陰に隠れやり過ごし、別の道を探す。その繰り返し。多分近辺をグルグルしてるんじゃないかな。つまり逃げ遅れた。陰からゾンビを観察すると、奴らはゾンビのくせして走れるようだ。町民と大きな通りで追いかけっこしてるのが遠目で見える。
逃げられないとなれば戦うかこのまま隠れているか……。さっき散々な目にあった以上、戦うのは無駄、死にに行くだけ。何もいいことない。このまま助けが来るまで隠れていようか。
「ハァ……ハァ……助けてぇ……」
大通りから声がしてその方向を見る。建物の陰から姿を現したのは、恐らくゾンビから必死に逃げ回ってきたであろう若い女性と子供。髪は乱れ、服も一部汚れている。相当な距離を走りまわったんだろうな。あんなに疲弊していては大通りで扉やら壁やらを叩いて暴れてるゾンビに見つかって捕まってしまうだろう。だけど僕にできることはない。黙って彼女たちが捕まって殺されるのをここで見ていよう。
「……ママ、私たち……」
女の子が泣きそうな顔で母親に尋ねる。
「大丈夫よ……きっと誰かが助けに来てくれるわ……ママはもう走れないから貴方だけでも早く逃げて……」
やっぱダメだ心が痛い。人の為にというか自分の為にも頑張ることは嫌いだ。現世では最低限の努力しかしてこなかった。就職活動は志望職じゃなくても内定が出ればそれでよかったし、学校の成績表も赤点回避しか意識してなかった。過剰に頑張ったって空回りしかしない人生だから。
じゃあ命の危機に瀕する人を助けることは?それは僕が物陰から飛び出し親子の前に立つことに繋がるだろう。
こんな真似するのは命知らずぐらいのものだろうと思ってたけどまさか自分がする羽目になるとは。いやー。参ったなー。いやマジで。ああ。やばい。もうやばい。どうしよ。どうしよどうしよどうしよ。足が震えて動けない。ゾンビらが走ってやってきやがる。
「あっ、え?」
背後から女性の声が聞こえたが今は振り向けない。そんな余裕はない。とにかく魔法スキルを使用しよう。ボッカス・ポーカス唱えないと。唱えないと。
「ああああああ!!ボッカス・ポーカス!」
次の瞬間、僕は何故か水に沈んでいた。全身に感じるのは冷たさ、苦しさ。息ができないことに気付き慌てて上と思わしき方向へ上がろうとするも手枷がどこかに固定されているのか全く上がれない。そもそも手枷がなぜつけられてる?眼前のゾンビは僕に食らいつこうと口を開けている。
「な……あ」
が、僕と彼の間に何らかの仕切りがあるのか食らいつかれることはない。どうやら僕はガラスの箱に囚われて....水で満たされていて......これじゃまるで水中脱出ショーじゃんか……。このまま僕は死ぬのか。ガラスが割られてゾンビに食われるのが先か、窒息して溺れ死ぬのが先か。どっちみち苦しい。苦しいよぉ。
でもあの親子はゾンビが僕に気を取られている隙に逃げて行っているようだ。逃げる彼らより動けない僕を優先している。これで少しは助けになれたかな。こんな死に方しても無駄死にではないと思いたい。僕はもう十分頑張ったよね。
もう目を開けていられない。光を失いゆく世界にゆっくりと目を閉じ....る直前に水槽が横に倒れ水が流れる。それと共に僕は水槽から放り出され地面に落下。久しぶりの呼吸に水を吐き出しながらむせる。
「ゲホッ!……ゴホッ!」
一体何が起こった?周りを見ると首が吹っ飛んで倒れているゾンビ達、さらに僕の背後には、あの商人、テオフィロの従者がいた。気だるそうな表情をしながら手を払って水気を飛ばしている。彼女のおかげで助かったのか?
「まったく……これまでゾンビの前で食われる奴、立ち向かう奴、無様な演技をして食われる奴等色々見てきたが……これはさすがに初めてだな。ゾンビの前で水中脱出ショーをおっ始めるなんてさ」
呆れたようにため息をつきながら腕を組み前に出たのはテオフィロ。片手に剣を持ち、もう片方に何かが入っていそうな小さい袋を持っている。迫りくるゾンビの大群相手に臆することなく堂々と立ちふさがっている。一人であれを相手にするのか....?
「しかしまあ……勇気があっていいじゃないか。あとは私がやろう」
「へっ?」
テオフィロは剣を横に一振りすると、剣が通った空間から炎の斬撃が飛んでいき、ゾンビどもを真っ二つにしながら焼き尽くした。さらに燃える死体を踏み付け迫るゾンビを次々と斬撃で草を刈るように切っていく。剣を握っていない彼の右側、路地の方からゾンビが数体飛び出してくるが、彼女が右手を掲げると袋から金貨が出て腕を覆うように張り付いた。腕にゾンビがかみついたが金貨で歯が通ることはなく、すぐさま剣を振るいながら一回転し、周囲のゾンビを細切れにしてしまった。
「スピンスラッシュ!」
叫ぶのが恥ずかしくなるようなダサいスキル名だが……。それでもすごい。あっという間に数十体のゾンビを一掃。しかもこれほど大技を使った後なのに、疲れた様子はない。まるで軽い準備運動をしているかのような余裕さだ。
「すげぇー!!あれが金貨剣士テオフィロの実力か!」
「ゾンビなんか瞬殺だな!」
「テオフィロさま〜!」
いつの間にか周囲には冒険者やら兵士やらの人だかりができていた。誰もが興奮した表情で拍手喝采を送っている。ヒーロー扱いされてるみたいだ。
「フッ。これくらい当然のことさ」
爽やかな笑顔で手を振ると、黄色い歓声が上がる。だがまだゾンビの襲撃は止まない。今もまだ大量のゾンビが絶えず空いた大穴から送られてくる。
「まだまだ来るぞ……俺達もあの人に続いて戦うんだ!」
「ああ。みんなで協力すればきっと勝てる!」
「いっちょやってやるぜ!」
冒険者達は雄叫びを上げて走りだし、テオフィロと共にゾンビの群れとぶつかった。激しい乱戦状態に後衛の魔法使いたちは困った様子で魔法を撃つことも出来ず右往左往している。
「あなたは行かないんですか?従者さん」
なんか暇なんで僕が疑問に思っていたことを横にいる彼女に聞いてみる。主人が戦っているのに観戦決め込むのは少々違和感を感じたからね。すると彼女はめんどくさそうに欠伸をしながら
「……素手で戦う都合上、汚いものには触れたくないんで。それにあの方がああやって前線で戦うことで評判を得られますからね」
「評判?」
「はい。我々【ペーラン商会】は評判、品質、利益の3つを大事にしています。それ故に機会があればああやってテオフィロ様自ら先陣を切るのです」
「へぇー」
僕はもう一度前線で戦う彼を見る。冒険者たちの中で一番多くゾンビを倒し、傷つけられようとする冒険者を金貨で守るその姿はまさに英雄。ああ、僕もああやって活躍できたら……。
どうやら僕も他の冒険者たちと同じように興奮しているらしい。血が沸いている。彼のように勇猛果敢に立ち回りたいという欲求が沸き立つのを感じた。……やってみようか。彼には及ばないかもしれないが少しでも多くのゾンビを倒したい。僕は立ち上がって戦場へ一歩歩む。
「……何をするつもりですか?」
「僕もゾンビを倒したいんですよ....倒すまで行かなくても手助けがしたい」
「無謀ですね。あなたみたいなのが行ってもまた私が動いて助けなきゃいけない状態になるのがオチですよ」
「そうかもしれません。でも何もせずにここにいたくないんです」
「はぁ……ご勝手に」
従者さんはそれ以上何も言わず再び戦場に目を向けた。僕は深呼吸をすると、ゾンビのうち一体めがけて魔法を放った。
「ボッカス・ポーカス!」
次の瞬間、そのゾンビは戦隊モノの怪人が巨大化するかの如く天高くまで伸びていった。周囲のゾンビや建物を巻き添えにしながらその身を大きく変貌させる。
「なんだ?!」
「でかい……」
「くそ!逃げろ!」
その姿に恐れおののいた冒険者や町人達は次々と逃げ出していく。な、なんてことをしてしまったんだ....。僕の周囲にいた人ほぼ全員が腰を抜かして地面に座り込み恐怖に染まった顔で僕を見つめてくる。視線が痛い……。こんなつもりじゃなかったのに。
「ひぃ……なんてやつだ。ゾンビを巨大化させるなんて!」
「魔族と通じているんじゃないか……?」
うっ……どうしよう。誤解だ。僕はどこにも通じてないと言いたいけど……言葉が出てこない。
巨大化したゾンビは家をタンボールをつぶすかの如く簡単に踏み潰していく。中に誰かがいたらと考えると恐ろしいが、不幸中の幸いか住民達は避難しているようだ。僕の周りにいた魔法使いたちが巨大ゾンビめがけて火球やら氷塊やらを飛ばしている。しかしそれは体を僅かに抉る程度で致命傷には至らない。一歩一歩、確実にこちらへと迫ってくる。
どうにかしないとこの街が破壊されてしまう。だけどゾンビを止める方法は……ない。あるとすればもっかいボッカス・ポーカスを使うぐらいか。嫌だ、こんなのもう使いたくない。
「おい!」
他の冒険者が散り散りに逃げていく中、テオフィロは足元で最後のノーマルゾンビの首をはねていた。そして従者の方へ振り向くと
「黄金袋を頼む!」
「はい」
そう命じると彼女は懐から黄金の袋を取り出し主の元へと投げた。受け取ったテオフィロは袋の紐を解き、封を開ける。傍からみてぺったんこだけど中身入ってるのか?
開けた瞬間、溢れんばかりの金貨が飛び出てテオフィロの周囲へまとわりついていく。そしてその黄金の塊は徐々に巨人の姿を形作り大きくなり、巨大化したゾンビと同等のサイズへと変貌を遂げた。
「グオオオォォォッ!!」
黄金の巨像は拳を握りしめ、ゾンビの顔面を殴りつけた。衝撃に耐えきれず体は宙を舞い、そのまま地面に激突する直前で巨像の腕にある金貨でゾンビの体を包み激突を止めた。
「おおっと、これ以上建物を壊させるわけにはいかないな。さて……」
そのままゾンビの口にもう一方の腕を突っ込み、体内まで潜らせるとゾンビの腹部辺りが赤く光る。
「これで終わりだ!!」
どうやら体内で火属性の魔法を発動させ金貨を溶かし、ゾンビの内部から焼き尽くすらしい。内部から熱で溶けていくゾンビの肉体に冒険者たちは驚愕の声を上げつつも、街が救われたことに安堵していた。僕はただ一人唖然としてそれを見つめる。こんなデタラメだけど協力なスキルが存在するのか……。僕の魔法なんてしょぼい上に危険なものだなと思い知らされただけだ。
内部から焼かれて死亡した巨大ゾンビの上半身はテオフィロによって静かに下ろされ、その亡骸を眺めながら呟いた。
「ふぅ……ちょっとばかりの損失で済むと思っていたが、こりゃ使いすぎだな……運が悪いなぁ」
彼は周囲を見渡す。大通りは倒されたゾンビとドロドロの金貨と巨大ゾンビの肉体が混じったもので荒れ果てており、周囲の建造物も倒壊寸前。テオフィロ自身は涼しい顔をしているが、その心中は複雑そうだ。
僕も自分でこんな事引き起こしといてなんだけど、運が悪いなんて次元じゃないな。街の中をめちゃくちゃにしてしまったわけだし。きっと責任追及されることになるんだろうなぁ。憂鬱だ。僕はこれからどうなってしまうのか? そんな事を考えているとあの門番二人が僕の身柄を抑えにやってきた。
「おいお前!複数の冒険者からゾンビを巨大化させたって話を聞いたぞ!貴様魔族側の物か!?こっちへ来い!」
「ああーこれは大変なことしちゃったねー」
正直捕まりたくなどないのだが逃げる理由も僕にはない。さっさと牢屋に入れられて処刑されても仕方のないことだと感じている。僕は抵抗することなく二人の門番に連れられ街の奥へと歩こうとしたその時。
「……待て、待ってくれ!」
後ろから声がした。振り向くとそこにはテオフィロと従者の姿があった。テオフィロ息を荒くしながら両手を広げて僕らの前へ立ち塞がる。一体何をする気なのか?
「ちょっと君たち待ってくれないか?彼の身柄について取引を行いたいんだが.....」
「何を言ってるんですか。この男は街を破壊しようとしたんですよ?生かしておくべきではありません!これからアヴァロニア領主の元へ向かい、この男が罪に問われるように進言します」
「それは困るなぁ.....何とかこれで許してくれないだろうか?頼む、彼を私に委ねてくれ....」
そう言いながら彼は懐から金貨が多く入っているであろう袋を取り出した。門番二人は唾を飲み込む。
「き、金貨か……!?ふざけるな!我々をこれで丸め込む気か!」
「もちろんこれの他に君たちが今回の件で上手く活躍していたことを領主に話してやることもできるぞ、そしたら出世して給料も数倍にはなるだろう。君たちにとってこの取引は悪い話じゃないはずだ」
「たしかにー僕たち休憩中にこうやって出てきて仕事してるわけだしーそれぐらいしていただけるならいいですかねー」
「ぐ……ぬぅ……だけどもこのような魔族に通じているかもしれない人物を.......」
寸前のところで踏みとどまる門番の一人。だがいつの間にか現れたテオフィロの従者はそんな彼の肩を背後からポンと叩く。
「この方が魔族と通じている可能性は限りなく低いと思いますよ。なぜなら彼に救われた母子がいるからです」
「……なんだと?」
従者は物陰に向けて手招きをすると、そこから現れたのはさっき逃げるように促した親子の姿だった。娘は母に抱きしめられ怯えた様子で涙を流しており、母親はそんな娘を宥めながら気まずそうな表情をして見つめている。
「彼はこの母子の危機を自らを犠牲にし助けたのですよ。あなた方は魔族が演技で彼らを助けるためにわざわざゾンビの前で水中脱出ショーをするなんて見たことがあるのですか?」
「むぅ……」
まじめな方の門番はしばらく難しい顔をしていたが、もため息をついて観念したような表情を浮かべた。
「分かりました。ですが我々の立場上このような物は受け取れません。領主への進言も結構です。あなた方の信頼に免じて条件を飲むことにしましょう」
「えーーー!!受けとちゃダメなの?」
「ダメだ。ほらいくぞ!」
「ちぇー、わかったよぉ……」
「ありがとう。君たちの協力感謝するよ」
門番二人はそのまま僕の身柄をテオフィロに預け去っていく。残された僕は放心状態でテオフィロを見つめた。こんな僕の身柄をわざわざこうまでして確保した理由は一体何なのだろうか。これは彼と深く話してみる必要がありそうだ。