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運に左右される魔法でも無双したいんだが  作者: シガ
2章 切り開く

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24/24

第24話 課せられる試練

 ペーラン商会、アヴァロニア支部。その一室にて。


「全く信じられませんわ.....わてがあんたに指示したんわあんたの祖父、ヴァルシアさんにラックフォーチュナの捜索を依頼することだけやったちゃいますか?!それなのに何やこの結果?あんたが勝手に出しゃばって失敗した挙句、死者まで出して……。この落とし前、どうつけてくれはるおつもりでっしゃろか?」

「す、すみません……」

「謝って済む問題やないで、これで下がるのはなぁ、あんたの評価だけやない。あんたの上司、つまりわての評価も下がるんや!ほんまええ迷惑やな!ヴァルシアさんも草葉の陰で嘆いとります!」


 ペーラン商会商品部部長、ドネガン・デニンは、怒りを露にしながら目の前の部下、セレッティ・オベールを怒鳴り散らしていた。


「そ、その件に関しては本当に……」

「ああもうええ!もうええわ!」


 ドネガンはセレッティの言葉を遮り、怒りを爆発させた。


「この顔だけええドアホっ!取締役会にかけおうて倉庫番に飛ばしてもらおかっ!!それとも問題児だけ集めた本社近くの商店がええかいな!?」

「……」


 セレッティは完全に追い詰められた。だが元をたどれば自分がいけないのだ。ドネガンの言う通り、当初は自身の祖父であるヴァルシアに依頼するのが自分の業務だった。しかし、代表が強く彼の身柄を欲していることを知ると、彼女は考えてしまったのだ。「上手くいけば大金星だ。自分も前に出てやり遂げられたら、テオフィロ代表も驚き、そして評価が上がること間違いない」と。彼女が主に扱う、印を付けた相手と入れ替われるようになるスキル【キスポッタ・ポジジョン】の力があれば容易い。だが結果として、ロックドラコの襲撃を受け、愚鈍な自分を庇うべく祖父がスキルを使用し自分の身代わりになった。自分が全て悪いのだ。自分に課せられた責任を果たせなかった以上、処罰されることを受け入れるしかないのかもしれない。


 そう考えてる最中、部屋のドアがノックされた。ドネガンが「入ってよろしいで」と伝えると、そこにいたのは代表の秘書、アイネルだった。


「ドネガン部長、取り込み中のところ恐れ入りますが、セレッティさんにお話がありまして」

「あ、え.....私ですか?」


 セレッティは慌てて立ち上がり、ドネガンの部屋から急ぎ足で退出した。こちらに一度も礼をせず退出するセレッティに、ドネガンは苛立たしげに舌打ちをする。だが今はアイネルからの用事が大事なのは明らかなので、セレッティを追いかけるのは止めた。


 ドネガンの部屋を出た後、セレッティはアイネルに連れられて、一つの面談室へと入る。そしてアイネルが口を開く。


「報告書によれば、あなたのスキル【キスポッタ・ポジジョン】の印がラックフォーチュナにつけられているとありました。確か印を付けられた人物は一定の距離ではあなたと入れ替われる。例え範囲外だとしても、相手の大まかな位置なら分かるというではありませんか」

「あ、はい……」

「.......」


 アイネルはセレッティの言葉を待っているのか、不機嫌そうな表情でただ押し黙っていた。セレッティは気まずくなり、つい視線を逸らしてしまう。


 彼女が自分の説明を待っているのだろうことは分かった。そしてまた自分の出せる情報についてを尋ねているのだろうことも。


「えっと、えっとですね……今ラック様はグラスバードから北進して、アルビオン教の都市レーヌベルクに滞在しているみたいです……」

「なるほど……アルビオン教の土地に……わかりました、報告ご苦労様でした」


 アイネルは聞きたかった情報が得られたので、席から立ち上がり退出しようとする。

 セレッティはそれをみて慌てるが、何て言って呼び止めたらいいかわからない。


「ちょ、ちょっとお待ちください!私、何か今回の件で処分を受けるのでしょうか?!先ほど部長にも言われてしまいまして、倉庫番や……もしくは本社近くにある、問題児だけを集めた商店の店長……とか、とか……」


 セレッティはアイネルに必死に訴える。もし本社近くにある、いわゆる"窓際"的な部署に行ってしまったら、自身のキャリアは終わりだ。二度と戻ってくることなどできない。なんとかしなければならないと考えていたが、アイネルの返事は冷たいものだった。


「そんなものは私に聞かれても困りますね。私はあくまでも代表の秘書ですので。そういった人事関係に関しては取締役会に掛けて判断されることでしょう。それに、そんなことを相談するのであれば私ではなくドネガン部長としたらいかがでしょうか?」

「あ……あぁ……」


 セレッティは絶望感に打ちひしがれる。


 アイネルからすれば彼女のことなどどうでもよかった。確かにラックの居場所がおぼろげながらにわかる能力は捨てがたいが、本人の悪癖を考えれば、これほど価値の低いものもないだろう。彼女は目立ちたがりなのだ。今回のように出しゃばり、失敗したりしては意味がない。テオフィロ代表の評価は甘い。恐らく今回の件で彼女が嫌なところに堕ちることはないが、上がることもない。そんなことになるだろう。だがアイネルとしては、悪癖のある人物が上層部の射程圏内にいることは不愉快なので、落ちてほしかった。


 そんな思いでいると、セレッティがおもむろに懐からとあるものを取り出し、差し出した。それは小さな香水瓶のようなもので、蓋を開けると甘く豊潤な香りが漂ってきた。


「こ、これを……。あの、こんなものですけど、実家の特産品、高級蜂蜜にハーブを漬け込んだものです。私なんかが使うには勿体ないのでどうぞ……」

「……随分とみっともない真似をしますね。そんな物を渡されても何も変わりませんよ.....勘当されてしまったとはいえ、あなたはもともとオベール家の令嬢であったのですから、あの日のように路地裏へ目線を送らず中央通りを馬車で通る威厳を出すように堂々となさらないんですか?」

「うぅ……」


 アイネルは呆れたように言い放つと、踵を返して立ち去った。セレッティは目に涙を浮かべ、俯いてしまった。優雅な格好でいつも余裕綽々に構えていた一人の少女も、ひん剝いてしまえばこんなもの。路地裏の孤児として惨めな姿を晒していた過去の自分をから見ればあこがれだったはずなのに、見ていられない。アイネルはため息をつきながら部屋を出て行った。


「なるほど....アルビオン教の支配する地にね……」


 報告書に目を通しながら、テオフィロは顎に手を当て考える仕草を取る。ここはアヴァロニアの宿屋。今彼はラックフォーチュナの捜索に集中するべく自身の家や本社に戻らずここアヴァロニアにて業務を行っている。ラックフォーチュナの身柄が確保できれば、一刻も早く会えると考えたからだ。だがあまりここに滞在していることはあまり世間に広めたくないため、非常に質素な宿泊施設にいる。そのためテオフィロにとっては何度も壁材に文句を言う生活となっている。安っぽいせいでそりが酷く、一部カビている箇所が見受けられる。もちろん家具に至っても値段の割に良くできているとは言えない。そんな貧乏くさい部屋にいることを気にせずに、テオフィロは思考を巡らせ続ける。


「ふむ……とりあえず冒険者を仕向ける強引なことはできなくなってしまった。慎重な対応をする必要があるな……」

「それほどまでの危険性が?こちらとは交易ですらも繋がりがない組織ですが....」


 アイネルが淡々と言うと、テオフィロは顔をしかめる。


「君はアルビオン教と我々が交易していない理由を覚えているかね?」

「……彼らの取引先は主に私たちの対抗商会、マルクト商会や大商人ブロンソン一族、トーンズ銀行……といった、商業連合と縁のある組織が大部分を占めており、私たちが参入しても旨味が少ないからですね」

「まぁ……そうだ。表面上ではね」


 テオフィロは少し間を置いてから答える。彼の瞳の奥には何か強い意志を感じる光が宿っていた。


「だが本当は違うんだよ。3年前、ちょうどこの時期だったか?アルビオン教の聖誕祭という行事が行われた際、我々に招待状が届き現地まで赴いたことがあっただろう」


 テオフィロは目を細め、かつてを思い出すように語り始めた。


「ええ、夜晩餐会のようなものを開いていただいて、確かテオフィロ様は途中で大司教と共にどこかへ行かれたようでしたが....まさかその時、何か見たのでしょうか?」

「......あれは忘れもしない。あの時、大司教が私の隣に寄ってきてね。穏やかな笑みを浮かべながら言ったんだ。『テオフィロさん。この後是非あなたのお時間を頂戴できませんか?採れたてで小さく、みずみずしくて甘いトマトをお出しする準備があります』とな」


 テオフィロは当時のことを思い出し、不快感を覚えたようで拳を握りしめた。


「私は最初、商談でもするつもりなのかと思って了承した。だがその大司教が私を案内した場所は倉庫でもなければ畑でもない。階段を何度も降り、暗い廊下を歩き続けること数分。扉の前に立ったとき、私は一瞬躊躇した。ひょっとしたら私はここで殺されるのではないかとね。その扉は分厚く、鉄でできていて、いかにも入るなと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。だが大司教を含め、他の神官たちは柔らかな笑みを崩すことなく私を見ていた。そして神官の1人が鍵を取り出し、扉をゆっくりと開ける最中、聞こえてきたのは子供たちが泣き叫ぶ声と何かうちつけるような、ぐちゅぐちゅとほじくるような奇妙な音.......」


 テオフィロはそこまで話すと一旦区切り、深呼吸をする。余程思い出したくないのか、彼の表情は苦しみで歪んでいた。アイネルもまた彼の話を聞き、想像を膨らませたせいか、若干青ざめている。


「その後は君も知る通り、扉が完全に開く前に服の中に忍ばせていた金貨を操作し自分の首を絞め気絶して神官たちに身をゆだねたって訳だ。いやぁアイネルだけじゃなくてみんなと一緒に参加しといてよかったなぁ」


 テオフィロは照れ臭そうに頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。


「私だけでなく取締役ほぼ全員いらっしゃいましたからね。テオフィロ様の身に何かあった際察知できる魔道具も作動していましたから……まぁあの後あなたの身を確保するのに大分苦労しましたが」


 アイネルはそう言うと小さく溜息をつく。テオフィロはそれに苦笑しつつ彼女の肩を叩いて宥めた。


「まぁ扉の奥を見るよりかはマシだったと思うがね。……ともかく、あれ以来私はアルビオン教に対して警戒心を持ったよ。あの祭りで祝われた子供達……毎年のように同じような祭りを行っているようだし、きっと今年も誰かがトマトのように収穫されて振舞われるんだろうね」


 彼の目に怒りの色が滲む。


「私が思っていたよりもずっと残酷な話ですね……ですが向こうからしたらそういった文化を否定するような真似に怒っているのかもしれません。実際、彼らからの連絡とこちらが送った手紙の返信もないですし……」

「ああ、彼らにとって極上の商品であろう物を拒否されたんだ。極悪人って扱いになってるだろうね....そうなると、交渉は難しいかな」


 テオフィロの表情はどこか悲しげであった。


「となるとどうするおつもりですか?ラックフォーチュナを諦める方向で行きますか?」

「いや、諦めない。何としてでも手に入れなくてはならない……あれは世界の均衡を変え得る力を持っている。何としても確保しておくべきだ」

「……でしたら、手段はどういたしますか?やはり冒険者を雇い、潜入させますか?」

「うーむ..だが領に入れば一部の特権階級以外出ることを禁じられていると言っていたな……。余程隠密行動が得意な者でなければ難しいだろう」

「ですね……我々の社員、契約している冒険者パーティの中でその条件を満たしていて暇な者はいませんし、外部の協力を仰ぐ必要があるかと思います」


 アイネルが意見を述べると、テオフィロは唸った。


「うーむ...困ったなぁ。対抗商会に張らせてるものを呼び戻すか?いやでも今は決算の大事な時期。下手に動かすのもな……」

「でしたら、エルフ王に協力していただくのはどうでしょうか」


 アイネルは提案する。


「エルフ王?リーヴェン・イヴレーア王にか?確かに彼は優秀な諜報部隊を持っており、裏方での活動も得意と聞いていたが……。だが正直、リーヴェン王にラックフォーチュナの確保をお願いするのは少々難しいのではないか?確かに長い年月をかけて我らの女王陛下以上に多く取引をさせ頂いているがいくらラックフォーチュナの力を知らしめてもな……」


 テオフィロは難色を示す。しかしアイネルは彼の疑問に対して即座に反論した。


「エルフの王がラックに興味を持たないことなど百も承知ですよ。それでも彼らに依頼する理由はあるんです。テオフィロ様はラックばかりに目を向けてお気づきでないかもしれませんが、彼と動向するルナリアについても調べた結果....恐らくリーヴェン王は彼女を救うためならば手を貸してくれるはずなんです」

「ルナリアか.....すっかり目を離していたなぁ、詳しく聞かせて欲しい」


 テオフィロはそう言うと椅子に腰掛けなおし、アイネルへ視線を向ける。彼女は一度咳払いをしてから話し始めた。彼から一本取ったという優越感が隠しきれていない様子で。


 ●


 夜。白い部屋のベッドの上。横たわる僕はずっと白い天井を見つめている。さっきまで部屋の外から聞こえていたシェナの足音もようやく静かになり、いよいよ今日も眠ていない人間は僕だけになったみたいだ。眠れない。牢に閉じ込められているルナリアのことを思うと、まるで仕事で重大な失敗をした日の如く目が冴えてしまう。


 今すぐにでも会いに行きたいが、あそこはここから若干遠い、僕が勝手に会いに行ったのがばれたら彼女の二の舞になるかもしれない。だが、それを承知で監禁された場所まで足を運び、会いに行く価値はあると感じる。それが最善だと考えた。


 僕は起き上がってベッドから抜け出し、テーブルに畳まれていた白い服を拾い上げ着替える。そしてゆっくり廊下と階段を歩み扉を開けて、月を眺めた。今夜の空は雲ひとつなく晴れているためとても明るい。その光を頼りに、僕は孤児院の敷地内から抜け出した。


 僕は街灯が立ち並ぶ大通りを歩き、迷わず監禁されているルナリアの元へと向かう。街中に全く人の姿はない。夜は寝る時間だと法律かなんかで決められているんだろうか。まあそんなことはどうでもいい。とにかく早くルナリアに会って様子をみなければならない。だからこそ街外れから出迎える夜の暗闇の中でも構わずに僕は歩を進めた。


 しばらく歩くと見えてきたのはあの建物だ。すぐさま階段を上がり、蓋を開けた。本当なら鎖を引っ張って出してあげたいところだが、そんな力はないのでそれは控えた。


 蓋を開けると真っ暗だ。だが目を凝らすと奥の方にキラリと見える。間違いない。彼女のネイルだ。なんで異世界にそんなものがあるんだろうか。


「ルナリア……!」

「ん......」


 僕が声をかけると彼女は身を捩らせる。彼女はさっきまで寝ていたのか、まだ意識は半覚醒状態にあるみたいだった。


「ラック?なんでここに来たの?」

「なんでって、大丈夫かなって思ってだよ。だってここ……」

「ラック……僕をなんだと思ってるんだ。70年生きてきたんだよ?」


 ルナリアは少しムッとした様子で答えた。そして上半身を起こしたのか、鎖がチャラリ音色を奏でる。


「これぐらい暗い場所で閉じ込められて、自由になんかできないのなんてたまにあったよ。例えば依頼を完遂していないのにパーティーのリーダーが噓ついて不正に報酬を受け取ったのがばれたときとか...ダンジョン内で罠に引っかかったときとかさぁ....」

「そうなんだ....じゃあ、なんともないんだね」

「うん、死にたいよ」

「え?」

「ここ暗くて狭くて寂しいんだもん!これがずっと続いてるんだよ!何ともないわけないだろ....ボケ!アホ!カス!これ以上いたらもう狂っちゃうよ……」

「もう狂ってるんじゃない?」

「あ?」

「あ、いや....ごめん」


 僕は思わず謝ってしまう。彼女の表情はよく見えないが、僕を睨んでいるに違いない。


「でもね、ラック。君が来てくれてよかったよ。これでなんとか正気でいられる」

「ルナリア……」

「てか出してくれない?」

「ええー....君体重いくつよ」

「ひど……女の子に体重聞くとか....男なら黙って持ち上げろよ」

「僕がそんな力持ってると思う?」

「自分で言ってて情けないって思わないのかな」

「思ってるさ....でも下手に引き上げようとして途中で落とすなんてことになったら大変だろう?」

「たかが女の子一人持ち上げられない君が僕の仲間であるというのが大変だね。あ、そうだ。ボッカス・ポーカスを使うというのはどうだい?」

「あっ....でもなぁ……」

 もし大爆発とか引き出したらどうしよう。きっと色々終わるだろう。

「じゃあ頑張って持ち上げてみなよ」

「うーん……」


 僕は苦悩した末、運に任せることにした。我ながら男らしさのかけらもない考えだと思うけれど……。


「よし、やってみよう!」


 僕は意気込んで手のひらを掲げ、念じてみる。すると彼女に変化が起きたのか、足元にある鎖が激しく動き始めた。ジャラジャラとうるさい金属音。僕の心臓はドキドキし始める。一体どういう魔法が発動したのだろう?

 次の瞬間、鎖の動きが止まった。結局ルナリアは出ることができないまま。


「おい……僕をこまのように回して何がしたいんだ?これじゃあ何の意味もないじゃないか」

「マジか.....やっぱりやめようか……」

「いいや、もっとまともなもんだせ!」


 ルナリアはプンスカ怒っているようだった。うーん……こういうときに限って何も思いつかないのが辛いところだ。彼女がこのまま一生ここにいるような気がしてきた。


「お願いラック、もっかい……!」

「わ、わかったよ……」


 僕は再び両手を合わせ、祈る。今度こそ上手いこといくといいんだけど……!


「ボッカス・ポーカス!」


 すると、周囲の雰囲気がどことなく変わり、空気が澄んできたような感覚が湧いてくる。何か、いいものが来たのかもしれない。


「どうだ....?」


 僕が訊くと、ルナリアの声が返ってきた。


「すごく……気分がいいよ……さっきまで狭くて暗くて嫌だったのに、それもなくなったんだ」

「そ、そうか……それはよかった……けど」

「うん……もう開放感でいっぱいで、ここが牢獄だってことも忘れて……」


 そこで言葉は途切れ、しばらく静寂が続いた後に、突然彼女は大声をあげた。


「滅茶苦茶気分がいいぞ!!いいんだぞ!」

「……は?」


 あまりの豹変ぶりに戸惑う。


「よっしゃああぁぁーーー!!僕の時代が始まった!ハッハー!見てろよ、これから僕はこの世界を牛耳ってやる!」


 ルナリアは意味不明なことを叫びながら暴れているようだった。僕は思わず冷や汗を流す。え?なに?何があったっていうの?僕に何ができるって言うんだ?!


「ちょ、ちょっと落ち着いてよルナリア!」

「ラック!待っててくれよ!!今から僕ら二人で最強になるんだからな!運を磨け!体を鍛えろ!」

「いやいや何言いだすんだよおい……なんか君のテンションおかしいよ……」

「チッチッチ!わかってないねぇ!これぐらい元気にならないと!人生歩んでいけないんだから!」


 そう言って彼女は大きな笑い声をあげると、鎖をじゃらじゃらさせ始めた。どうやら興奮しすぎて、暴れ狂っているらしい。


「うぜぇなぁこれ.....うぜぇなあああああ!!」

「ああ、あまり声を張り上げないでルナリア」

「あ?なんでだよ、気持ち悪いっていいたいの?ねぇ、大声だす僕は嫌いか?」

「......」


 意味が分からない。ルナリアは何を言ってるんだ?彼女の変貌に戸惑っていると、下から足音が聞こえてきた。もうどうにもならないし、彼女を残して逃げるしかないなと思ったが、時すでに遅しだ。足音はどんどん近づいてくる。


「ここにいらっしゃったんですか」


 階段を登り終え、現れたのはシェナと、もう一人。眼鏡をかけ、髪を七三分けにしている痩せた男性だ。おそらくシェナや子供たちが話していたライゲル先生なのだろう。


「あ.....は.....」


 言葉が出なかった。もしかしたらここでルナリア共々閉じ込められて教団に対し信仰心を抱かなきゃいけないと思ったからだ。


 だが、ライゲル先生はこちらへ向け一礼し、微笑んだ。


「初めまして、ラックフォーチュナ様。シェナからお話は伺っております」

「……ど、どうも。お世話になっております。僕がラックです」

「いえいえ。私はライゲル・ガランといいます。これからよろしくお願いしますね」

「よ、よろしくお願いします……」


 思っていたよりもフレンドリーに接してきて戸惑う。教団は非協力的な人物に厳しいとばかり考えていたが、なんでこんなに友好的なんだろう。


「こちらの中に閉じ込られているのが、ルナリアさんですか?」

「え、はい。そうですけど……」

「ふむ……」


 ライゲル先生はちらりと足元に転がる鎖を見る。


「すいませんライゲル先生、勝手にこちらの施設を使って.....」


 シェナが申し訳なさそうに言う。するとライゲルの表情が若干曇ったような気がした。


「……シェナ、こちらの施設は悪意を持った人物に対してのみ使用する施設であると僕は再三申し上げましたよね。彼女は話を聞く限り、こちらの規定を急に押し付けられ混乱しているようじゃないですか。それを悪意と捉えるのは少し違うのではないでしょうか」

「す、すいません……」

「確かにここは対象者が反省を促すために精神を集中させる目的で設置されてますが、それはあくまで先日こちらに現れたような計画的に悪意をもくろんだ者などに対してのみです。ルナリアさんは本来こちらを訪問する予定もなく、また何の悪意も持たずに現れた。そういう理解でお間違いないですか?ラックさん」

「は、はい。仰る通りです。彼女は気性が荒く、口も悪いので誤解を与えてしまいかねない性格をしているのですが……孤児院の子たちに悪意をもって接していなかったのは間違いないです……」

「ならばやはり、これは使わない方がよかったんですね」


 そう言うと、ライゲル先生は鎖を掴み、ルナリアをゆっくりと引き上げ始めた。僕よりも細いその腕では引き上げきれないのか、シェナも補佐に加わりやがて二人は彼女の手を掴み引きずるようにして僕の隣まで移動させてきた。


「……」


 ルナリアはさっきと打って変わって大人しくなり、無表情でこちらを見つめてくる。先ほどのスキル効果で無理やりテンションを引き上げられたせいなんだろうか。ちょっと申し訳ない気持ちになった。


「みなさいシェナ、彼女は酷く衰弱しております。このままでは命に支障をきたす可能性もあるのです。急ぎ孤児院へ連れ帰るのです」

「は、はい!」


 シェナはルナリアを抱え、足早に建物を降りていく。僕の横を通りすぎる際、ルナリアが僕に中指を立てていた。後が怖い。でもこれでようやく彼女も解放されるのだ。喜ばしい限りである。


「それでは私たちも行きましょうか、ラックさん」

「あ、はい」


 僕はライゲル先生と共に外へ出た。シェナは既に孤児院へと向かってしまったんだろう。辺りを見渡しても彼女の姿は見えない。


「申し訳ございません。シェナが随分と怖がらせてしまったようで」

「い、いえ……大丈夫です。興奮した彼女もなかなか悪い事しようとしてたんで……」


 僕は苦笑しながら返す。ライゲル先生は僕に礼儀を重んじながらも、少しずつ馴染もうとしてくれているのを感じていた。


「ところで、ラックさん。この町...もとい、アルビオン教には馴染めそうですか?」

「え、あ……」


 僕はとっさに言葉を失った。多分今の僕はさっき引き上げられたばかりのルナリアよりひどい表情をしていることだろう。確かにここは素晴らしい場所だとは思う。人々は助け合い、子供たちも笑顔で過ごしているし、食事だってまぁ、美味しい。だけど、どうしても馴染めない部分がある。宗教的価値観に嫌悪感を隠せないのだ。


「……正直に申し上げますと、ここは少し特殊というか……僕自身、あまりこうした神に対する信仰心というものを持っておらず、抵抗を覚えてしまいます……」

「そうですか……」

「はい……」


 気まずい沈黙が流れる。でも嘘をつくこともできない。本当のことを伝えなければ誤解が生まれ続けるだけなのだから。


「……わかりました。貴方のおっしゃることも理解できます。私も神に仕える身でありながら、信仰の在り方に関しては自省する必要性を常々感じております。ですから貴方が神に対して否定的な態度をとられることに対してお咎めするつもりは毛頭ありません」

「ありがとうございます……」


 僕は頭を下げた。ライゲル先生はそんな僕を見て、ほほ笑む。


「神に対して信仰心を心から抱く必要がないんです。アルビオン教の教祖は人々が平等に暮らしていくために人々全員が皆のために働き、支え合う。そしてそれを永遠に続けて行くことで平和というものが出来上がるということを仰ってます。僕はその教義さえ遵守していただければ、それ以外に強制することはないのです」

「な、なるほど……」


 ライゲル先生の言葉は妙に腑に落ちるものがあった。アルビオン教の教えは信仰という概念はあくまで考えを統一するためのものに過ぎず、本質は共同体における相互扶助を根幹としている。さっき行ったことを守りさえすれば、神に対し平伏し続ける必要はない。


「ですが....いまいち腑に落ちない部分もあるのです。なぜここに入った人々は外へと出ることが禁じられているのですか?いくら縛りの緩さを語っていただいても、そのような規則をつけるというのは些か横暴なのではないでしょうか」

「それは……そうかもしれませんね。ですがあなたは、外へと出なきゃいけない理由はあるのでしょうか?それに、ここであれば必要なものは全て揃っています。何不自由なく暮らせますし、貴方にあった仕事だって提供できる。それなのにわざわざ外へと出る必要があるのでしょうか?」

「それは……」


 その通りかもしれない。そもそも僕はここを離れなければならない理由などないのだ。ただなんとなくそうしたいと思っているだけ。


「ここには貴方を苦しめるものはありません。そして貴方はこの教団の中であれば自由に生きていけます。だから安心してください」

「……」


 僕は彼の言葉を聞いて返すことができなかった。本当に何もないと自分の中で葛藤する感情と、ライゲルの言葉に納得している自分がいた。今まで流されて生きてきた人生だ。どうせここから出られなくても別に構わないって少しでも考えてしまっているんだろう。そんな自分が恐ろしくなった。


「では、孤児院の方に参りましょうか。今日は遅いですからもう休みましょう」

「あ……」


 僕は黙って頷き、足を進めた。今ならボッカス・ポーカスで滅茶苦茶にして逃げようと思えばできるけど、一人で逃げたところで外へ出られるわけじゃない。それなら一応彼らに従順な態度をとっておいた方がいいだろう。


 ライゲルの背中を追って静かな夜の町を歩く。もう夜が明けかけているのか、空はほんのり赤く染まり始めている。結局寝られなさそうっていうのはつらいなと思いつつ僕はただ、歩み続けた。


 すると突然、森へと繋がる広い道の奥から、こっちへ何かが突進してきた。暗闇の中でそれはよく見えず。僕らは急いで道の端の方へ避ける。


「な、なんだ……」


 僕の目の前を転がり突き当りの建物に衝突したのは、一つの大岩。いや、まさかまたアレなんだろうか。嫌な予感がよぎる。


「なんだよコレ……どうしたんだ……?」


 僕はライゲル先生と共に駆け寄る。岩が衝突した家屋は見るも無残なありさまで、壁が大きくえぐれ、粉々になって吹き飛んでいた。その隙間からは黒煙が漂ってくる。火事にでもなったのだろうか。悲鳴と逃げ惑う人々。一転して騒がしくなった。


「この……巨岩は……?」


 ライゲル先生が恐る恐るといった様子で、その巨大な石の塊を確認する。僕も見てみると、悪い予感は的中した。


「これって、ロックドラコじゃないですか!?」

「なっ……なんだって!?」


 セレッティに付けられた傷がそのままある。僕らを追っていたあのロックドラコに間違いない。だけどなんでここにいるんだろう。まさかここまで追いかけてきたのか?だとしてもこうして僕らに襲い掛かってくるまで誰にも気づかれず……なんていうのがおかしい。なぜ急に?


 大岩にパキっとヒビか入り、徐々に岩をまとったトカゲ、ロックドラコの姿が現れる。その眼光は鋭く、僕たちを見下ろしていた。


「これは不味いですね……」


 ライゲル先生は眉間に皺を寄せつつ呟いた。確かに、不味い事態であることに間違いない。ルナリアもシェナもこの場におらず、ライゲル先生だって戦えるかどうか微妙なところだ。どうしよう。

 僕が混乱していると、ライゲル先生が懐から小さな笛を取り出し、勢いよく吹いた。甲高い音が響き渡る。


「あ、あの、なんで笛を……?」


「この笛は緊急事態発生時に私のような区長が鳴らすものでございます。住民たちはこれを聞いて教会へいき、またここへ駐屯している聖光教団が救援にやってきます」


 そう言いながら、ライゲル先生は一歩前に出る。ロックドラコは唸り声を上げてこちらを威嚇しているようだった。


「で、出て大丈夫なんですか?」

「正直...戦闘の経験はありませんが、足止めくらいならなんとか……!貴方は早くお逃げください!教会へ逃げれば安全なので!」

「え、ええ……何を仰るんですか!?冒険者である僕を逃げろなんて……!」


 ライゲル先生は苦笑しながら言った。


「私はここの区長として、あなたを危険に晒すわけにはいかないので」


 そう言い切ると、ライゲルは胸に付いていた銀の歯車を握り締める。その手には凄まじい力が入っているように見えた。


「来るぞ……」


 ライゲルは一言そう言うと、ロックドラコは舌を伸ばし彼に襲い掛かる。僕は反射的に叫んだ。


「ボッカス・ポーカス!」


 直後、空中にでかい掃除機みたいなのが現れる。


「うわっ!」

「え?なんですかアレは」


 掃除機は見た目通り凄まじい吸引をはじめ、周囲の瓦礫、ロックドラコの舌、そして僕らを吸い込み始めた。


「ちょっ!うわっ!待ってくださっ……!」

「ひぃいいいい!!」


 僕らの身体は浮き上がり、地面から足が離れかける。ライゲルの手を引きながら必死になって近くにあった木柱にしがみつくも、それも吸い寄せられてしまう。このままでは飲み込まれる。僕はもうどうにでもなれという心境で木柱から手を放した。


「お、おわあああ!!」


 あの掃除機に吸い込まれたらどうなるんだろう。ゴミと一緒になってゴミ箱に突っ込まれるのだろうか。

 そう思っている間にどんどん僕らはヘッドへ近づいていく。あと数秒もすれば完全に飲まれてしまう。

 僕はすかさず再びスキルを発動させようと試みる。しかし、必要ないみたいだ。僕の視界に映るのはライゲル先生の驚いた顔と、僕らに向け飛びながら手を伸ばすシェナの姿だった。


「シェナッ……!」


 ライゲルと僕はシェナに飛び抱えられ、三人一緒に地面へと転がった。間一髪のところで助かったようだ。


「いったぁー……」

「だ、大丈夫ですか?少々荒い感じになってしまいましたが」


 シェナが僕たちを心配して尋ねてくる。僕は起き上がると、苦笑いを返した。


「……なんとか。助かりました」

「よかった……」


 安堵の表情を浮かべるシェナ。しかし、次第に現実に戻されたのかロックドラコを睨みつけ、木のぼっこを構えた。ロックドラコも掃除機に吸い込まれかけたが舌を犠牲に岩化することにより吸引口よりも大きくなることで逃れたようで、怒りを露にしている。


「シェナ、無理はしなくていい。私達は教会に避難すればいいんだ」

「いいえ、ライゲル先生。このままでは町が滅茶苦茶にされてしまいます。聖光教団が来る前に、せめてこれを森近くへ押しやるべきです」

「そんなことはダメだ。君が危険に晒されるのを見過ごすわけには……」


 ロックドラコが尻尾から岩石を飛ばしてきた。


 僕とライゲルはなんとか建物に身を隠して避けられたけど、シェナは普通に跳んで回避しそのままロックドラコへ向かい駆けていく。すばしっこいし強い。なんて戦士だ。節々感じていたが、やはり只者ではない。


「む、無茶な真似を....」


 ライゲルが不安そうに呟く。シェナはそんな彼の言葉をよそに、ロックドラコと一気に距離を詰め、顔面めがけて跳び右手に持った棒を振りかざした。それは頬に直撃し、鈍い音が響く。

 が、当然効かない。木の棒が折れて彼女は受け身をとりながら着地する。


「ダメですか......」

「シェナっ!もうよしなさい!早く離れるのです!いくらなんでもあなたには....!」


 ライゲルの忠告を聞き入れず、彼女は立ち上がると再び駆け出した。


「子供たちがまた逃げてる途中だと思うんです!武器が壊れても.....素手でいきますから!」


 シェナは拳を固め、ロックドラコに再び向かっていく。


「シェナ!」


 ロックドラコは大きく口を開き、咆哮を上げた。だがシェナの動きは止まらない。逆にその叫びを掻き消すかのように叫びをあげながら突き進む。そしてロックドラコの眼球へ右ストレートをお見舞いした。直後、ゴシャッと音を立て、シェナの拳が崩れ落ちる。ロックドラコも悶えるがさすがの硬さだ。素手で殴ればこうなるのは目に見えていた。彼女は右腕から血を流し、息を荒げる。


「い、行かねば!」

「え?待ってください!」


 突然、ライゲルが立ち上がり、陰から飛び出てロックドラコへと突っ走っていこうとした。僕は慌てて止める。だが彼はそんな制止を聞かず走る。


「止まってください!どうして行こうとするんですか!?あなたは戦えないんでしょう!」

「彼女だって本来そうなんです!戦う役割の人じゃない!だから私だってシェナを助けに行ってもいいはずだ!シェナを守らないといけないはずなんだ!私は彼女の責任者なのだから!」


 ライゲルは必死に叫び、僕を振り払おうと暴れる。僕は彼を羽交い絞めにし、なんとか押さえつける。


「離してください!」

「落ち着いてください!あなたが行っても邪魔になるだけですよ!僕がいきますから、貴方は教会へ向かい避難した方々へ状況の説明と、子供たちの保護に!」

「う、ぐぅ……!」


 ライゲルは悔しそうにしながらも暴れるのをやめた。僕が拘束できる時点で彼の力なんて微々たるものなのだろう。そんな人がいったところで何ができる。彼女は人一倍力を持っているから立ち向かえているのだ。


 僕は建物の陰から出る。


「申し訳ないです....私の代わりに彼女を助けてください!頼みましたよ!」


 ライゲルは涙を浮かべながら僕に頭を下げてきた。プレッシャーが重すぎる。だけどまぁ、僕は一応冒険者、いかなければならない。シェナはぶっ飛ばされたのか既に体勢を崩していてロックドラコはそんな彼女に向け爪を振り下ろそうとしていた。もう一刻の猶予もない。


「ボッカス・ポーカス!」


 僕が両手を合わせ、祈るとスキルは発動した。地面一帯、赤い魔法陣が展開される。あっまずい、これ爆裂魔法のアレだ。しかし即座に爆発しない。ふと顔を上げると、宙にカウントダウンが出ていた。残り10秒。


「シェナ!避けて!」


 僕は必死に叫びながら魔法陣外へ走る。


「え……は?はい.....」


 シェナは呆然としながら立ち上がり、魔法陣の外へと出る。ロックドラコは困惑しているようで、周囲を見回す。


 残り5秒。勝った。このまま爆破すればあれくらい十分倒せるだろう。


 だがロックドラコはあの時みたく岩に変形、僕らへ向け転がってきた。全員が範囲外へ行ったためか、魔法陣は消えスキルは発動しなかった。ちくしょうめ。


 そして今僕はシェナにおぶられ川の方へ向かうべく大きい通りを逃亡中である。僕としては女の子の背中に乗るのはちょっと恥ずかしいが……自分の足で走ればあれに踏み潰されるだけだ。


「すいませんこんな重りみたいになってしまって……」

「いえいえ、気にしないでください。私の代わりにライゲル先生を抑えていただけたんですもん。まぁ本年を言うとあなたにも逃げてもらいたいんですけどね」

「す、すいません……」

「そろそろ川です。大きな川なので一回飛び込んで反対岸に向かいましょう」

「分かりました……」

「あ、泳げます?」

「自信ないです」

「あら、大変ですね。大丈夫です。じゃあ私と一緒に飛び込んで、私にしがみついてください。」

「は、はい」


 しばらく走ると川が見えてきた。前見た時と違ってかなり幅が広くて流れも結構速そうだ。大丈夫かこれ。


「しっかり掴まっててください!」

「わ、分かりました!」


 僕はシェナの首に腕を回し、しっかりとしがみつく。すると次の瞬間、すごい加速が始まり、景色が線のようになった。すぐに川に飛び込んだので、僕たちは勢いよく水に叩きつけられるように水中へと沈んでいく。息ができなくて苦しい!僕は必死になってしがみつく。ちょっと間があったのち、水中が大きく揺れる。ロックドラコが川へ飛び込んだのだろうか。


 シェナはすぐに浮上した。息を吸わせてもらえると思ったらそのまま反対岸の方へ泳ぎだす。この辺りの水流も激しく、少し気を抜くと流されそうになる。僕はシェナの髪や服を掴み、必死になってしがみついていた。だがシェナは僕を抱えたまま反対岸の方向へ流されないように進み続け、やがて反対側へ辿りついた。ば、化け物かよ……


「はぁはぁ……」


 僕はやっと解放され、地面に倒れ込んだ。全身ずぶ濡れでびしょ濡れになってしまい、服が肌に貼りついている。シェナは特に気にした様子もなく、濡れた前髪をかき上げた。


「ふぅ……大丈夫ですか?」

「えぇまぁなんとか……」

「すぐにあのトカゲは上がってくるでしょう。見つかる前にどこかへ隠れてください」

「いいや、僕も善処します。流石に逃げたままは……ライゲルさんにあなたのことだって託されたんですから」


 シェナは苦笑いしながらも、「わかりました」と言うと立ち上がって水面を見る。ラックドラコの頭部が浮かび上がり、辺りを見回しているようだ。シェナはその辺にあった石を拾って投げつける。命中し、ロックドラコはこっちに視線を向けてきた。そして泳いでこっちへ向かってくる。それまでに一回、ボッカス・ポーカスを発動しよう。なにが起こるのか、起こらなくてロックドラコを倒す道具が出てくるのか。とにかく運だ。運を天に任せよう。


 僕は祈りを捧げるように、両手を合わせる。そして叫んだ。


「ボッカス・ポーカスッ!」


 辺りが眩しく光り輝く。そしてカランと音を立てて出てきたのは、一本の剣だった。こ僕はそれを拾う。鞘に収められた刀身は長く、柄部分に複雑な模様が刻まれている。美しい装飾品のような感じだ。

 多分これ前洞窟内でゴブリンとかと戦った時に使ったやつだ。脆いだろうたぶん。


「これ使っていいですか?」


 シェナが武器を僕から受け取り、僕の問いに答える暇なくそれを構えた。一瞬の出来事だった。


「え?あぁちょっと」


 シェナは駆け出し、地面へ上がったロックドラコの目前まで迫る。ロックドラコは驚きの表情を浮かべ、咄嗟に腕を振るった。その攻撃を容易く避ける。しかしこの硬いロックドラコの皮膚に剣の一撃が通じるのだろうか。僕は冷や汗を流した。


 ロックドラコが腕をシェナめがけて振るう。しかし彼女は最小限の動きでそれを躱すと跳び上がり、カウンター気味に相手の背部中央に向けて思い切り刃を突き刺した。突き刺す前、彼女の目が一瞬キラリと光った気がする。


 僕は表現力に乏しい人間なのでなんて言えばいいかわからないが、潜む闘志を感じた。スキルを発動した時のふわっと広がる熱気がそれとなく感じられた。


 突き刺した剣先は骨ごと貫通していったようだ。深々と刺さり、血が溢れ出てくる。ロックドラコの瞳孔が大きく開き、絶叫を上げた。シェナは刃を引き抜き、即座に後退する。ロックドラコはよろめきながら二、三歩歩いた後、バランスを崩して倒れ、動かなくなった。


「……」


 一瞬の出来事で、言葉を失ってしまう。たった一撃で仕留めたってこと?固く、攻撃を受け付けない相手を一撃で倒してしまうなんて……弱点を突いたんだろうか。


「す、すごい.....」

「え?いえいえ、ラックさんが出してくださった剣が素晴らしかったからですよ」


 そう言って彼女は微笑む。いや仮に僕の剣がすごかったとしても、あの一撃を避けられる技術とか反撃できる技量なんてのは彼女のものなのだ。


「それと……きっとアルテミシア様のお導きですよ。私なんかがこんな力、持ってるはずないですから」

「そ、そういうものですかね?」

「そういうものです。そういうものなんですよ、忘れてください.......」


 彼女は寂しげに、まるで自分に対して諭すかのようにそう言い、遠くを見つめた。なんだか悲しい雰囲気が伝わってくる。僕は口を噤み、ただ暗い表情を見せる彼女の顔をじっと見つめた。


「さてと、帰りましょうか.....皆さんも安心して今日を過ごせます。アレはラックさんが倒したことにしてください。お願いします....」


 そう言って彼女は踵を返した。緊張の糸が切れたのか、倒れかける。僕は慌てて駆け寄り彼女の肩を支える。さすがに疲労困憊だったのだろう。


 僕が彼女を抱えようとしていると、後ろの方で人の気配を感じた。振り返るとそこには、白い鎧に身を包んだ男が一人、騎獣から降りていた。聖光教団というやつなのだろうか。


 男は僕らに全力疾走で近づき、兜を脱いだ。金髪碧眼の若い青年である。


「おお....なんということだ....私に先んじてこの神から与えられし試練を乗り越えた者がいるのかーっ!!」

「試練……?」

「ひょっとしてあなたか.....名前は!!勇気を称えよう!!」


 男は僕に握手を求めてくる。僕は半ば条件反射的に手を出す。ギュッと握られ、上下に振られた。


「私は聖光教団第3部隊所属!マズルカ・ベルティだ!」

「あ……どうも、ラックです」

「ほう!ラックとは.....まさしく希望の星のような響き!この街に課せられた試練を乗り越え、我々の到着を待たずして討伐するとは見事!」


 男は僕に賞賛の拍手を送ってくる。ちょっと過剰すぎるぐらいに褒められ若干うんざりした。


「ありがとうございます……あの、それよりもこちらの女性を治療を」

「うん?あぁ!」


 マズルカはシェナを見て、慌てて膝をつき彼女の顔色を確認した。


「あぁ可哀想に……このような可愛らしい乙女がこのような試練に耐えているとは……なんと嘆かわしい!すぐに運ぼうではないかこのような試練など日常茶飯事問題ない!」


 ブツブツ言いながら彼女を担ぐ。先ほどから試練試練とうるさいが、いったいなんなんだ。


「おいおい、そんなブツブツ言う暇があるならとっとと連れて帰れ。というか現場見つけたんならこっちに報告しにこいよ馬鹿野郎」


 後ろから低い声が聞こえ、振り返る。そこには白い鎧に身を包んだ短い黒髪で壮年風の男性が立っていた。目つきが悪く、明らかに不機嫌そうな顔をしている。


 さらにその後ろに教団所属らしき人たちがたくさんいる。皆兜をつけているため表情は分からないが、マズルカの言動に呆れたような顔をしている気がする。


 なんというかまぁ、妙なキャラクターに出会ってしまったもんだ。

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