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運に左右される魔法でも無双したいんだが  作者: シガ
2章 切り開く

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第23話 善意の牢屋

 翌日。


「はぁーっ!?どういうことだよ!!」


 耳を劈く声を聴き寝ぼけ眼で扉を開けた僕は、外の様子に目を丸くした。そこには明らかに激怒した表情のルナリアがいた。昨日の弱々しい姿は見る影もなく、今は対するシェナ、フェリア相手に吠え立てている。なんだ、もう起きていたのか。ていうかなんだこの状況は。


「さっき申したまでです。あなたは私たちアルビオン教の施しを受けた故、信徒にならなくてはいけないのです」

「ふざけんな!どんな権利があって僕を勝手に信徒にするんだ!」

「どうしてお姉ちゃんはそんなに拒絶するの?この場所に居れば自分に合った仕事につけて、安全に暮らせるところだって提供してもらえるのに」

「そういうところが嫌なんだよ!一方的に与えられるだけで自分のためじゃなく常に君らみたいに上位のものの思惑の元に仕えなきゃいけなくなるなんて!」

「教祖様はそんな人じゃない!」

「あの、これは一体何の騒ぎです……?」


 状況が掴めないまま、とりあえず言い争うフェリアとルナリアの仲裁に入ってみる。3人の視線が一斉に僕へ向けられた。ルナリアはキッと睨むように僕を見て、シェナさんの方は困ったように眉尻を下げている。


「見てわからないか、というかよくそんな吞気に……」

「吞気って、別に僕らへ危害を加える感じではなかったし、それに君もちゃんと起きて……」

「こんな所で目覚めるってわかってたら目覚めなかったよ!というかお前がここに連れてこなきゃこんなことにはならなかった!何でここに来たんだ!何でこんな狂信者の世話に……」

「ええ.....?」

「お前は知らないだろうが、こいつらはここに入った人間を信者として外に出すことを禁じるんだ。つまり僕らは二度とここから出ることは出来ないってこと」

「ええ!?そうなの!?」

「出る必要なんてないもん!ここでみんなとともに支え合って、夢を育むほうがずっといいじゃん!」

「支え合う?僕はお前らに支えられた覚えはないし、自分以外の誰かを支えるつもりもない。それにお前らの言う『支える』は結局上の連中が信者から搾取するための文句にすぎないだろ。宗教なんてそんなもんだ。どこもかしこも胡散臭いんだから……」

「そんなことない!お姉ちゃんは何もわかってないだけ。私たちはみんな家族同然で、お互いを大事に想ってる。搾取なんてされるわけがない!あなたみたいな家族を大事にするような気持ちが全くない愚かで独りぼっちな人に私たちを馬鹿にする権利なんてない!」


 フェリアのこの一言がルナリアの逆鱗に触れたらしい。彼女は今まで見たことがないほどの憎悪に満ちた表情を見せた。


「黙れよ....」


 ルナリアは怒りを抑えきれず、拳を震わせながら低く呟いた。その目には涙が浮かんでいる。どうしていいかわからず僕はただ黙って様子を見守るしかない。シェナさんが困ったような表情を浮かべながら口を開いた。


「落ち着いてください……困惑するのも無理はありませんが、これはあなたに課せられた義務なのです。もちろんすぐにとはいきませんが、アルビオン教の教えに従い、主アルテミシア様を崇拝できるよう、私たちはあなたを導かねばならないのです」

「僕の心を縛ろうとするな!アース....」


 ルナリアはよっぽどキレているのだろう。杖を持ってないのにも関わらず、スキルを使おうとする始末だ。MPの消費量は10倍。一発撃っただけでぶっ倒れてもおかしくない。止めなくては!


「ルナリア、落ち着....」


 僕が彼女を後ろから止めるよりも前に、シェナが動き出した。瞬間移動したかのようにルナリアの目の前に立ち、そのまま拳を彼女の腹部に叩き込んだ。それは本当に突然で、刹那。何が起こったか僕にはわからない。呆然としているうちに、ルナリアは痛みで蹲り悶絶する羽目となった。声にならない叫びをあげ、地面に崩れ落ちる。その様子を見てフェリアが叫びかけたが、シェナの手に制止された。倒れたルナリアに対する、鋭い眼光。出会った時にも見せていたなぁ。あれを見ると手荒な真似するな!なんて文句も言えなくなる。


「う……うぅ……くそっ」

「……手荒な真似はしたくなかったのですが、仕方ありませんね」


 ルナリアが苦しみながら床に倒れ伏す姿を見て、僕は我に返った。このままルナリアをどうするつもりなんだろうか?この人は危険ではないと思うんだけど、でもやっぱり危ない雰囲気がある。


「彼女をどうするんですか.....?」


 僕は恐る恐る尋ねる。すると彼女はこちらに振り返り、穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「洗礼を受けてもらいます。本来ならこれは教会で行うことなんですが、実はこの近くにこの方のようなちょっと問題のある人に向けた場所があるんです。そこで、正しい信仰心を持って頂けるよう、瞑想してもらいます。そうすれば、アルテミシア様の加護により、心身ともに浄化され、我々の同志となってくれるはずです」

「瞑想……?できるんですか?ルナリアが」

「当然です。そこに居れば彼女もそうせざるを得ないでしょう……」


 シェナは気絶した彼女を担ぎ上げると、階段を降りて外へと向かった。僕も急いでついて行く。すると子供たちが集まってきて、ルナリアを見た途端ざわつき始めた。


「お姉ちゃん、お客さんに何かあったの……?」

「なんか凄くもめとったけどどうしたん?」

「心配しないで。ちょっと出ていくけどすぐ戻るよ。みんなはいつも通り支度してね」


 子供たちにそう告げ、外へと出ていった。僕はルナリアの仲間として、同行する義務があると思って、一瞬躊躇したが歩みだす。隣にいたフェリアもシェナさんと一緒に行きたい様子だったが、なんだかばつが悪そうにして、渋々子供たちの輪の中に戻っていった。


 外はまだ日が昇ったばかりで薄暗い。しかし建物の陰から射し込む陽光は温かく、建物の白さに反射しキラキラと輝いていた。人もボチボチ外へ出てきており、明るくあいさつを交わしながら歩いている。彼らは全員白い服を着ており、まるで天使の群れのようだ。


 ルナリアを抱えたまま、シェナさんは歩いていく。僕も後ろをついていった。建物が少なくなり、地面の舗装が粗くなる。目的地は近いようだ。


「……わざわざついて来てくださらなくてもよかったのに」

「いえ、仲間である以上、彼女が一体どういうことをされるのか見る必要がありますし……それに、心配なので」

「そうですか……でも、多分大丈夫だと思いますよ。さっき言ったとおり、瞑想さえできれば、自分からその道を選ぶはずです」


 シェナさんは自信満々に言い切った。どうしてそこまで断言できるのか、僕には理解できなかった。

 僕らの足が止まった。目の前には一軒の四角い建物があった。扉の代わりに上へと登る階段が建物を囲むよう螺旋状についており、窓のようなものも一切ない。階段を登って建物の上を見たが、こちらも窓のようなものはなく、出入り口らしきものと、手錠が付いた鎖が垂れ下がっているだけだ。シェナはルナリアに手錠をつけると、僕が何をするか質問する前に出入口を開け、その中へルナリアを降ろして行った。扉が閉まる。


 まさかこんな日の光も入らない場所へ閉じ込めるとは。僕も流石に焦った。


「この中で.....瞑想ですか?」

「ええ、この場所には邪魔になる者は一切入れないよう設計されています。彼女もしっかりと自分を顧みることが出来るでしょうね」

「ただ衰弱するだけだと思いますが……」

「少なくとも今よりかは私たちに対する当たりも優しくなるはずです。ここでアルテミシア様の清らかな意志に触れることでね」


 別に彼女と長く付き合って来たわけじゃないが、何となくわかる。ルナリアはこれで大人しくなるような性格ではない。そういった場所に入れて自分の意見を変えさせようとしても、うまくいくとは思えない。

 僕は心の中でため息をつき、底にいるであろうルナリアを思う。彼女はどうにかしてここから脱出しようと躍起になるだろうな……


「明日の朝迎えに来ます。手錠にはスキルが使えないように細工施されてるので、脱走の心配はないでしょう」


 シェナは急ぎ足で階段を下り、孤児院へ向け駆けだした。ルナリアの処遇については心配だが、これ以上どうすることもできない。大人しく従うしかないか。


「さぁ、ラックさんも早く!朝の支度があるんですから!」

「はい……」


 僕は踵を返し、階段を駆け下りていった。心の中に芽生えた不安感を抱えたまま……

 子供たちは慌ただしかった。朝の時間はゆっくりする暇もなく、それぞれ自分の持ち場へ散らばっていく。畑仕事に向かう者、施設の清掃をする者、信者たちの用意をする者……彼らは皆笑顔で仕事場へと向かっていく。まるでそれが自分に課せられた使命の如く。シェナさんも昼は孤児院にいる子供よりも小さい子の保育施設のヘルプに行ったりと色々忙しく話しをする暇もない。


 だから僕は、昨日と同じ部屋でぼんやりしていた。することが無いからだ。ぶっちゃけると、何かを考える気力すら起きないというのが本音だった。何もせずただ虚空を眺める。無為な時間だけが過ぎていく。

 シェナさん曰く、僕に任される仕事は翌日ライゲル先生が帰宅した際話を進めるそうだ。ただそれまでの間何をしようか。部屋に引き篭っていても意味はない。だが外へ出てもきっと、面白いことはなにもない。僕はまたしても、何もせず時間を浪費するだけの存在と化した。


 このままじゃいけない……そんな焦燥感が徐々に募っていく。何もしないのもあるが、この町で行われている「アルビオン教」の事実を少しずつ理解し、僕自身が巻き込まれていることを意識させられるのもその要因の一つだ。何もしないのも怖い。でも何をすればいいんだろう。そう考えた時、扉がノックされた。僕はその音に驚き飛び上がった。みんな働きに出てるから誰もいないはず。

 扉越しに返事を待つ。少し間を置いて、聞き覚えのある声が耳に入った。


「私、フェリアだけど、入ってもいい?」

「.....どうぞ」


 彼女が部屋の中に入ってくる。彼女は昨日会った時と同じ、白いワンピース姿だった。表情は晴れやかなものではなく、憂いを帯びた顔をしているように見える。


「……どうかしたんですか?」

「昼は孤児院にあまり人がいないから、暇でしょう?あなたも何もしてなさそうだし、息が詰まるよね、一人だと」


 彼女は苦笑いを浮かべ、手に持った籠を机の上に置いた。中には色とりどりの花が入っている。それはさっき街中の道沿いに点々とある花壇で見かけたものと同じだ。


「君は皆みたくなんかの職務につかないの?」

「えーっと……私はね、皆と違って体が弱いし、対して器用じゃないから、昼はこうして暇を潰してるんだ。お兄さん花冠作れる?最近挑戦してるんだけど、なかなか作れなくてさ.....」


 僕はフェリアが差し出してきた花を見て首を傾げる。僕もそういったものを作ることは得意ではない。不器用だからだ。


「僕も不器用だ。というかそもそも作ったことないし」

「なぁーんだ残念。シェナお姉ちゃんにいつあげられるんだろう。もう半年くらい挑戦してるのに、ちっとも上達しないんだよ?」


 彼女は肩を落とし、残念そうな表情をする。


「なんか別の案とかないの?例えばその人の好きな色の花をいっぱい集めてそのまま渡すとか……」

「私はこう....努力が伝わるものがいいな。教祖様が言うには”相手のためを思って精一杯頑張って作った贈り物が一番喜ばれる”んだって。私、そういうのしたいの。ちゃんと自分の気持ちを伝えたいから」

「そうか……」


 やっぱりそうだよな。努力は美徳というわけか。僕は少し納得しながらも、内心でため息をつく。いくら努力しても結果が伴わなければ意味がないのではないか?もっと直接的な行動に移せばいいのではないか?


 僕がそう提案しようとした矢先、彼女は言葉を発した。


「シェナお姉ちゃんはさ、私達の母代わりみたいなものなんだ」

「母……」

「うん、孤児院に引き取られてからずっと良くしてくれてるんだ。一日中働いて、私たちの面倒をほぼ全部やってくれて……最初から完璧だったわけじゃないけど、私と最初に会った頃に比べたらどんどん上手になっていったんだよ。だから私、そういうの見習いたくてさ……」


 フェリアは花をいじりながら僕に話す。その表情は嬉しそうだ。僕はなんだか複雑な心境になった。


「へぇあの人がねぇ.....」

「うん、ほんとすごい人。毎日楽しそうに笑顔でいてくれるし、愚痴とか絶対言わないし、何より優しい」

「そうかなぁ....」


 僕はどうしても、ルナリアを殴って気絶させた彼女の姿が脳裏から離れなかった。怒った時の目つきもどこか獲物を狙う鷹のような鋭さがあり、とてもじゃないが優しそうな雰囲気とは一致しなかったからだ。


「......あんなことしてたけど、普段は滅茶苦茶いい人なの。私達には一切理不尽に怒らないし、あまり叱らないし、私達の意見も尊重してくれてるからさ。ただ、さっきみたいに私たちへ危害を加えるような敵には容赦ないってだけで……」

「僕に対しても最初そうだったねぇ」

「うぅ……実はあの場所で外の人に出会ったのってこれが初めてじゃないんだよね。前にも同じ場所で迷い込んでくる人がいたんだけど、その時は本当に悪魔の手先みたいな奴らだったからさ……お兄さんもそういうのと思ってつい冷たくしちゃった」


 確かに最初は怖かったが、事情もよく考えると納得できる部分はある。危険性を排除するためなら致し方ないことなのだ。


「僕も身構えたけど、誤解が解けて良かったよ.....因みに前の人ってどうなったの?」

「え、それ気になる?二人いたんだけどね……」


 フェリアは少し間を置いた後、何の気なしに言い放った。


「瞬き一つの間に倒れてた」

「え?」

「あんまり覚えてないんだけど、一瞬ブォンって風切り音が鳴ったと思ったらもうその二人が倒れてて、シェナお姉ちゃんが私の前に立ってたんだ。私もその時は怖くて震えてたから、何があったのかはっきりわからないんだけど……」

「そうなんだ……」


 つまり、その一瞬で襲撃者を仕留めたわけか。かなりの腕前のようだ。それなのに、教祖や幹部ではなく孤児院に勤務するというのは……どういうわけなのだろう?いや、考えすぎか。


「でも、思い返してみるとかっこいいよね。あの時のシェナお姉ちゃんの背中!絶対に私を守るっていう意志が伝わってきてさ……本当に憧れる!私には一生できないことだから余計にだよ」


 彼女は目を輝かせて語る。本当に慕っているんだな、と改めて実感した。そう話す間にも、彼女は作業の手を止めることなく動かしていた。気づけば花冠らしきいびつな球体ができている。


「やっぱり上手くいかないや、全然ダメダメ」

「でも努力が喜ばれるんならそれを渡してもいいんじゃないかな……」

「こういうのはね、綺麗にできてこそなんだ。これじゃ最初に渡したときと何も変わらない。まだまだだよ。喜んでもらえる……けど」


 彼女は自分の作品をじっと見つめ、悔しそうに唇を噛み締める。僕は思わずため息をついた。努力してなおうまくいかないことがどれだけ苦しいことか僕にはわかる。かつて僕も努力したことがあるが、その全てが虚しい結果に終わった。いいや、彼女のように、純粋に不得意と向き合って努力を重ねてきたわけではない。


「.....認めてもらいたいのかい?」


 僕は彼女の背中に問いかけた。彼女は手を止めると振り返り、小さく頷いた。


「そう、成長したよってことを見てもらいたいんだ。わかってくれるね。お兄さん」


 彼女は顔を赤らめ、照れくさそうに笑う。その笑顔はとても可愛らしく、儚げであった。彼女の感情をかみしめることに夢中で、僕は微笑みを返すことしかできなかった。


「さてと、そろそろ行こうかな」


 砂時計の砂が落ち切ったところで、フェリアは立ち上がる。時刻は現実世界で言うところの3時頃。彼女は部屋のドアノブに手をかけた。


「これから練習するんだけど、お兄さん付いてく?暇でしょう?」

「えーっと……ついていくよ。興味あるし、部屋に篭ってるのも飽きた」

「うん、わかった。じゃあ行こう!」


 フェリアと共に、僕は部屋を出た。廊下には誰もいない。皆働きに出ており、人の気配を感じられない。


「あ、そうそう。お兄さん」

「なんだい?」

「今から行く場所はね、みんなには内緒の場所なんだ。だから誰にも言わないでほしいんだ」

「はは……僕なんかに誰も聞いてくれないよ」

「そうかもしれないけど……いいよね?」


 念を押された。正直意味不明な要求だが、聞くしかないだろう。僕は渋々了承し、彼女の後に続く。

 目的地へはしばらく歩いた。ここら辺の場所は建物が密集しており、人々の往来も激しい。道中で何人かとすれ違うが、皆同じような笑顔で挨拶を交わしていく。皆平等に幸福であるかのように、和気あいあいとしている。ただ、皆白い服装をしており、どこか統一感のある景色が宗教らしさを十分に感じられる。


「さぁ、こっちだよ」


 フェリアは路地を曲がり、さらに進む。さっきからこの道にどこか見覚えがあるような……?


「あっ」


 到着した場所を見て、僕は声を漏らした。そこは昨日僕がフェリアとシェナに出会った場所だった。何となくわかってはいたが、どうしてここに連れてきたのかわからない。小川のせせらぎの音が聞こえ、木々が生い茂る雑木林。ここら辺は町中と比べると緑が多い。


「2回も怖い思いをしてるのにここでやってるんだね」

「だって人があまり寄り付かないで、静かな場所ってここのことくらいしか知らないから……」


 フェリアは川沿いに立ち、ポケットから一枚の紙を取り出した。そこには楽譜?らしきものが書かれている。


「これは?」

「讃美歌の一つ……」

「……歌うのかい?」


 僕がそう問いかけると、彼女は大きく頷いた。そして深呼吸をすると、歌い始めた。

 その歌声は美しく透き通っていて、それでいて力強いものだった。鳥肌が立ちそうなほどの迫力があり、心臓が高鳴るのを感じる。これは素人技ではない。プロレベルの歌声だ。僕の貧相な語彙力では表現できないほど、素晴らしいものであった。


 木々が風で擦れる音が響く中、僕はフェリアの歌に聞き惚れていた。まるで天使が舞い降りたかのような錯覚すら感じるほどだった。


 歌が終わり、静寂が訪れる。フェリアは目を閉じたまま微動だにしなかった。しばらくすると瞼が開かれ、赤色の瞳が覗く。その目に宿る感情は読めない。


「すごいね。なんでこんなかっこいい声してるのに隠してるんだい?」

「……別に隠してなんかないよ。これが私の才能なの。週に一度ある礼拝日、区の教会で皆に披露してるものだし」

「そうなんだ……」

「もっと褒めてくれてもいいよ。もっとたくさん聞きたいだとか……みんなもう静かに、当たり前のようになってるから誰ももう褒めてはくれないんだよね」


 フェリアは恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、目を輝かせてこちらを見上げてくる。こんな少女でもそういう欲望はあるのだなと少しばかり感心してしまう。


「わかったわかった。素晴らしいですよお嬢様」

「もう!下手だねーちゃんと言ってよ!」


 ぷんすか怒りつつも、満更でもなさそうな表情を見せるフェリア。その様子は年相応と言った感じだった。


「逆にお兄さん、何か歌ったりとかできないの?好きな歌とかさ」

「僕は別に……歌えなくはないけどそんな人前で披露するほどでも……」

「もしかして……変な歌なの?」

「変な歌っていうか……変な歌だね。うん」

「いや、気になるよぉ。そんな言い方したら。どんなのだって、聴かせてよ」

「でもなぁ……」


 僕は頭を悩ませた。僕がよく聞く歌というのは洋楽が多く、あまり邦楽は好まない。歌って通じる言語なのかわからない……試してみようか。


「oh〜I'm feeling you……〜♪」

「なんて言ってるの?」

「.....」


 案の定通じなかった。この世界ではスキルとMP以外に英語由来の言葉を聞いたことが無いような気がする。


「えーっと……君を知りたい……みたいなことだよ」

「なにそれぇー、全然そんな風に聞こえなかったよ。変だけど面白いね。お兄さん」

「まあね……」


 僕は曖昧に返事をする。その後もしばらく雑談を続けていたが、あたりがオレンジ色に染まり始め、夕焼けが始まろうとしていることに気づいた。もうこんな時間なのか。


「おーい!」


 遠くから、だれかの声が聞こえた。目を凝らすと、建物が建つ方からシェナさんがフェリアを探しに来たようだ。


「フェリアー!みんなそろそろ帰ってくる頃だからそろそろ戻ってきてー!」

「……帰ろうか。お兄さん」


 フェリアは楽譜をしまい、元来た道を歩いていく。僕もそれに倣うようにしてついて行く。


「お兄さん……」

「ん?」

「ありがとうね。今日一日楽しかった」


 フェリアは振り返るとニコリと笑ってそう言う。彼女の笑顔は眩しかった。僕もつられて笑顔になる。

 帰宅途中に気が付いたんだけど、孤児院の裏につなげておいた奇獣がいなくなっていた。脱走したのか?と考えたが、とりあえず後で聞いてみることにした。


 子供たちがそれぞれ帰宅し、皆で晩御飯の準備に取り掛かる。昨日と同様、僕はただただ子供たちとシェナの統率が取れた動きに感心するばかりだ。昨日は特に言及してなかったが、彼らは食前に祈る。アルテミシアの彫像へ向け、それぞれ手を組み、目を瞑る。そして同時に目を開けて祈りを捧げる。


「あぁ偉大なるアルテミシア様、今日の糧を与えて下さり感謝いたします。また、あなたの慈悲により私たちは救われました。あなたの教えをこれからも忘れず、忠実に従ってまいります」と口にする。


 それを聞いている子供たちも真剣に聞く。うーんしんどい。これを毎日聞いてたら頭おかしくなりそうだなぁと思ってしまう。食事中、子供たちと雑談を交わしたりはするが、その内容はどれもこれも仕事の話。


「今日はな、俺が関わってる畑に植わってる野菜がほとんど無くなっててさ、調べたらなんと根っこの方が腐ってたんだ。いやー参った参ったなぁ。おじさんたちもみんな困ってたんだな。」

「は、はは.....」


 いまいちどこに面白さがあるのかわからないから、なんと反応していいのかわからず表情に困るばかりだ。それに対しシェナは子供の話をちゃんと聞いていて、楽しそうに聞いてくれる。


「えー、でも私、この前様子見に行った時に害虫とかそういうのいないかチェックしたよ。肥料も適切な量だったはずなのに……」


 話を聞いている限り、シェナは子供たちが行う業務に幅広く、というか全部に関わっていそうなのだが、どこにそんな体力があるのか理解できない。表情を見れば目元の疲れを伺うことぐらいはできるが、それでも表情、声色ともに明るい。正直言って不気味だ。


 夜食が終わり、子供たちは機械のように寝支度を整え、各自の部屋に帰っていく。僕はラウンジに座りながらその様子をぼーっと眺めていた。背後ではシェナが、鍋を洗い、調理器具を拭いている。


「シェナさん……」

「はい、なんでしょう?」


 彼女は振り返り、笑顔で応じてくれた。


「あのー、僕が連れて来た騎獣ってわかります?裏につないでたじゃないですか」

「あぁあの子ですか。ごめんなさい、てっきりもうお伝えしたとばかり……実はですね、あの子は私たちアルビオン教の中央都市へ預からせていただきました。私たちが預かることで、もっと彼女の可能性が広がるでしょうし。向こうでは今以上に手厚い保護が受けられるでしょう」

「え、ええ……」


 いやいやいや、それ以前の話なのだが、本人に許可取る前に連れ去るというの如何なものなのだろうか。僕は流石にこれには突っ込みを入れる。


「……はぁ。僕に一言あってもよかったじゃないですか」

「申し訳ないです.....ですがこれもアルビオン教の教えに基づくものなんです。この子のような騎獣は、みな中央都市の総本部へと連れて行かれ、そこでさらに鍛えられ、育成されます。そして優秀な騎獣になった子たちは皆、区画を管理する聖職貴族の貿易隊で重要な役割を果たすのです」


 シェナは誇らしげにそう語った。自分の役割に誇りを持っているようだった。その言葉には熱がこもっていた。


「そ、そうなんですね……」


 僕は困惑しながら相槌を打つことしかできない。シェナは続ける。


「いいですか、アルビオン教の教義は『万物が一つの幸せを目指す』です。人族だけでなく、動物、草木、建物、例外なく一つの幸せへと向かっていくためにあるのです。だからこそ、あの騎獣はラックさんから離されることによって、より良く皆のために働ける、適材適所なんですよ」

「……」


 シェナの演説を聞いているうちに、なんだか頭が痛くなってきた。僕はうんざりとした気持ちになり、早くこの場から逃げ出したくなった。


「すいません、疲れたので寝ますね」

「そうですか、おやすみなさい」


 僕は逃げるように部屋へと戻った。部屋に戻った僕はベッドに横になり、目を閉じる。ふぅーっと深くため息をつき、頭の中で情報を整理する。


 あの騎獣は一体どこへ連れて行かれたのだろうか。この先僕はどうなるのだろうか。あの子供たちやシェナのようにほぼ毎日働かされて息詰まる苦痛を感じながら彼らの言う幸せのために過ごさなくちゃならないのか。これでは現世と何も変わりない。しかも立ち悪いことにここは宗教都市。みな一様に同じ感情、思考というのが気持ち悪い。だけども僕に対しなんの悪意もなく、そうすることで幸せにつながると考えてるから質が悪い。拒絶もできない。


 僕は考えるのをやめた。考えたところで答えが出るわけではない。とにかく今は眠りたい。ただそれだけだった。

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