第21話 大逃亡
周囲の状況を確認しながら街中へ馬を走らせる。左の通りから聞こえる金属音や叫び声、間違いない、向こうで戦っている!活気がある街じゃなくて本当に良かったよ。僕は迷わず馬を左の通りへ向かわせた。
「おーい!ルナリアー!」
路地を曲がりながら、僕は叫んだ。ちょうど彼らの後ろにつくことができた。僕の声を聞いた人々が驚いて振り返る。
「来たのか、お前」
「あらやだ、お爺さまに捕まったんじゃなかったんですか?ラック様」
セレッティは、呆れたような口調で尋ねてきた。とにかく僕は相手の背後をとった。ルナリアは前方。僕みたいな素人目から見れば挟み撃ちの形に見える。セレッティを守るように、騎兵が一人こちらへスピードを落とし、弓を構えた。
「ボッカス・ポーカス」
僕はすぐさまスキルを発動。何が出てくるのか……と思っていたら、突然目の前の騎兵に落雷が落ちた。ドーン!という轟音と共に、騎兵は一瞬で地面に崩れ落ちる。僕自身、ここまで幸運が連続するとは思わなかった。今日は非情に調子がいい。
「なっ……!」
驚愕の声を漏らすセレッティ。ルナリアも僕の奇跡に驚いているようだった。
「今日のラックはツキがいいね」
「おのれ!」
残るは騎兵ひとりと馬車に乗るセレッティ含めた3人。人数的には有利となったが、油断は禁物だ。馬車に乗ってる連中はルナリアとスキルの打ち合いをしているみたいで、こちらへ目を配る余裕は無いようだ。とりあえずまずは近くの兵士を。
「ボッカス・ポーカス!」
再びスキルを発動させる。すると徐々に、視界が白く霞んでいった。霧が発生したのか?一歩先すら見えない白い空間に、僕と騎兵が包まれている。
「なんだ、これは……」
これはちょっとよろしくない.....スキルによって発生したであろう霧に包まれ、僕と目の前の兵士はそれぞれ、互いの姿も見ることができない状態となった。そのおかげで兵士は僕を攻撃することができず、こちらもまた同様に相手を攻撃できない。が、このままここを馬で走って大丈夫なのかという疑問が湧いてきた。馬が怖がってしまうのではないか、転倒してしまうのではないか、といった不安が頭をよぎる。霧の中を突っ切るのは危険すぎる。かといって立ち止まれば、ルナリアを見失ってまた単独になってしまうだろう。
「うぅ……どうしよう……」
そう嘆いたとき、前方からピンク色の光弾が飛んできた。霧の中でぼんやりと光るそれは、正確に僕の方向へ向かってくる。おそらくあれはペーラン側から飛んできたものだ。あれを避けなければならないのか、無謀すぎないか。
「クソッ……!」
もちろん、そんな急に避けられない。目の前で気付いたんだからさ。回避することは不可能だ。
「うああああああああああ!」
被弾したが、特に痛みはなく、ダメージを受けた様子もなかった。僕は拍子抜けしてしまった。まさかこれが僕の幸運によって成り立っているのだろうか。とりあえず助かった。なんて思った瞬間、僕は馬車に乗っていた。両隣にはセレッティの隣に座っていた騎兵二名。
「は?はぁ!?」
驚きで思わず馬車から転げ落ちそうになる。前にはルナリアが騎獣に乗っている。なるほど、理解した。どうやら僕も身代わりの対象となってセレッティと位置が交換されたようだ。
「おい、おめぇ痛い目に合いたくなかったらな、大人しく馬車に乗ってろ」
隣でルナリアの岩石を防ぐ騎兵が僕を恫喝。だが彼らに従うことはしない。今の僕は非情に幸運だ。ここで一回スキルを唱えれば、この2人を撃退できる可能性が高い。だが問題はその後、ルナリアの岩石は次々と飛んでくる。この状況からどうやって脱出するべきか……
「ボッカス・ポーカス!」
まぁそれは後で考えますよね。とりあえず今はこの2人を無力化しなくてはいけない。スキルを唱えると、僕の膝の上にボロボロの服が現れた。なんだこれは。
「「……?」」
2人は意味不明なスキル効果に拍子抜けしているようだった。この人達に理解できなくとも、僕にはわかる。はずれだ。ならばいつものようにもう一回だ。
「ボッカス・ポーカス!」
今度はどうだろうか?僕は期待を込めて結果を待った。すると、両サイドの2人の鎧がなんかピカピカ新品状態に。
「おいおい、どういうことだい!?」
「これは……まるで新品じゃねぇかよ!」
2人の驚愕の声が響く。鎧はピカピカに輝き、新品同様になっている。すごい、これでなんとかなるかはさておき、運が悪いのは間違いなさそうだ。
「な、なんか知らんが、やった!この勢いであのエルフを捕まえようぜ!」
「あぁ、その通りだ!俺たちには新品の鎧があるんだからな!」
この2人の士気を高めてしまった。霧は晴れ、僕らは街を飛び出し森に入る。彼らの興奮した様子を見ればわかるが、騎兵2名の士気は爆上がり。ルナリアの岩石魔法が若干こっちに多く飛んでくるようになったように感じるけど、気のせいだよね?霧の影響でよく見えてないだけだよね?
「あらあら、随分と不幸が続いていらっしゃるみたいですね、ラック様。いい加減諦めてはいかがですか?貴方のスキルを我々に委ねて頂ければ、安定させてあげることが可能ですよ」
セレッティは、穏やかな笑みを浮かべながら説得を試みる。その声は優しく、包み込むような響きを持っている。まるで慈愛に満ちた母親のように。
「残念ながら、諦める気はありません。僕はこれまで何回もこのスキルを乗り越えてきましたし、その中じゃ不幸が続くことなんてよくありましたから。僕のスキルを他人に委ねるなんて考えられませんね」
「ふふふ、そうですか。それは残念です。ですがその余裕、いつまで保つかしら?」
「……」
僕の騎獣に乗っていたセレッティの目線が僕の後方、ルナリアの方へ向けられた。気になって僕も振り返ると、ルナリアが繰り出す岩石が先ほどよりも小さくなっているように見える。魔力ずっと放出しているのだ。当然だろう。
「あの子に対して、こちらは2人交代制で防御スキルを展開してますし、MPを急速に回復するポーションだって潤沢に持っております。あんだけ派手に魔法を使っていれば、いずれ枯渇してしまうでしょう。騎獣の体力だってこちらが上なんです。貴方たちの勝ち目は、限りなく0に近い状態なのですよ」
「でもゼロじゃない......」
苦しい状況だが、絶望はしていない。まだ打開策はあるはずだ。いや、打開策を自分で作り出さなきゃならない。僕が一番わかってるんじゃないか。その時視界の端で、ルナリアが若干この馬車に近づいてるのを捉えた。最初はもっと離れていたはず。一体なぜ……。
「あら……?そろそろ騎獣さんもお疲れになってきたようですね」
ルナリアの乗る騎獣が速度を落としている。流石にここまで長く全力で走らせたことなんて無いだろう。疲れているのか。困ったなぁ。だがそれは、セレッティの乗る元僕の馬も同じだった。
「私が乗るこの子も....そろそろ限界が来るかもしれませんね。お爺さまを探して、一旦休憩でもとりましょうか」
そう言ったセレッティは、徐々にスピードを落とし森の中へ。散々煽るだけ煽ってなんだったんだ.....。もう考えるのはやめだ。とにかく今、僕はルナリアと己を助けるべく、スキルを使う他ないのだ。
「ボッカス・ポーカス!」
今回は、僕の膝の上に鶏が一匹。それを見た隣の騎兵が、思わず噴き出すのが見えた。
「なんだ?次はニワトリかよ。アホらしいなぁ」
もはや驚きもせず、ただ呆れた様子で騎兵が肩をすくめる。僕もまた、同じように諦めの境地に立っていた。ニワトリ一匹では何も解決しない。妙に大人しくさっきだしたボロボロの服に潜り込んだあたり、この鶏は飼育されていたものなのか?するとその時、ルナリアが馬車に接近してきた。このまま打ち合いでは埒が明かないと杖の先に石を纏うアース・ボッカノルクを発動しながら、器用にも馬上で立ち始める。近接戦で一気に終わらせに来たのだ。
「おっと、上からくるか」
ルナリアは馬上から飛び上がり、騎兵めがけて一直線に杖を振り下ろす。僕の左隣りは待ってましたとばかりに盾を上に向け防御スキルを上方に展開するが、それが不味かった。
「アース・レジク!」
本当の狙いは下方だった。彼女はボッカノルクをバリアにブチ当てた瞬間、騎兵の腹部辺り防御範囲外を狙ってアース・レジクを発動。スキルによる遠距離攻撃に注意してなかった騎兵はもろに岩石があたり鎧を身にまとっていたとは言え吹き飛び、そのまま森の中へと吸い込まれていった。
「なっ!?」
ルナリアはそのまま、馬車へと着地。右隣の騎兵は慌ててルナリアの方に向き、防御スキルを発動。
「もう疲れた。後はなんとかしろラック」
そういうと、その場に座り込み目を瞑る。MPを浪費したせいか、彼女の呼吸は荒い。これは……
「くつろぐとは随分舐めたまねしてくれるじゃねぇか!お前ら二人、俺が倒してやるよ!」
彼は拳を固く握りしめ、大きく振りかぶった。勢いをつけたその拳は、まっすぐ僕へと向かってくる。だが次の瞬間、鶏が驚いたのか前に飛び出してきた。
「ゲッ!?」
拳が僕に届く前に、ニワトリが勇敢にも騎兵の顔面に飛び込んで行った。見事、ニワトリのクチバシが彼の鼻に突き刺さった。
「ギャァァァァ!!!」
騎兵はたまらず反射的に鶏を捕まえながら、後ろへ倒れこみ転落。騎兵二人をなんとか撃退したが、ルナリアは疲れ果てている。
「これ一回止める?」
馬車はどんどん進んでいく。このままだとどこまで行くかわかったもんじゃない。
「んんん……止めたほうがいいんじゃない?」
ルナリアは力なく答えた。彼女の体力も限界に近いようだ。このままどこに続くかわからない山道を進むより、一度止まって態勢を整えた方がいいだろう。僕は馬車の手綱を握り直し、ゆっくりとスピードを落としていった。
馬車を止めたのは、木々が生い茂り、日差しがほとんど差し込まない場所。深い緑と土の匂いが辺り一面に漂っている。とても落ち着く空間だ。傍にはめちゃくちゃでかい岩もある。
「ふぅ~っ……」
ルナリアは馬車から降り、木陰で腰を下ろす。疲れが限界を迎えたのか、その瞳は虚ろで焦点が合っていないように見えた。しばらく休息が必要だろう。僕も近くにあった大きな岩に腰掛ける。ルナリア同様、疲労がピークに達していた。
「大丈夫?ルナリア」
「……だいじょばない」
ルナリアはか細い声で返事をした。僕もそれ以上は何も言わず、ただ沈黙する。お互いに疲労困憊のため、何もする気が起きない。
「これからどうしようか……」
僕は無意識に呟いていた。これからの展望についてだ。このまま旅を続けるにしても、テオフィロ率いるペーラン商会が今後も狙ってくるのは確実だろう。にしてもルナリアまで狙われてるなんて……予想外だった。本人もかなり驚いたようだし、今回初めて商会に目をつけられたのだろう。
「あぁ……とりあえずさ、MP回復しないと話にならんわ。馬車に無かった?ポーションとかさぁ」
ルナリアが言う。そういえばそうだ。回復がないまま行動するのでは、何もできない。僕は馬車の中を調べ始めた。馬車の中に置かれていたのは、食べ物の残骸や武器など……回復薬らしきものはどこにも見当たらない。
「無いかも……」
「あ〜じゃあ終わった。このまま魔族にやられて死ぬか、街へ戻ろうとして商会の連中に攫われるかのどっちかだな」
ルナリアはふてくされたように、その場に寝転んだ。草と土の感触が心地よいのか、彼女はゴロゴロと転がっている。そうして僕らが一息ついていると、突然茂みの中からペーラン商会の残りのメンツが現れた。
「いましたよ。お爺さま」
セレッティは馬から降り、満足そうに笑みを浮かべる。
「あーあ。案の定来たよコイツら。早くね?もうちょっとゆっくりできないもんかなぁ」
ルナリアは、呆れた表情でため息をつく。正直なところ、僕ももう少しゆっくりしたかった。それにしても、ここまでの短時間で僕らを見つけ出すとは、さすがはペーラン商会の執念だ。
「降伏なさいな。もう逃げ場はどこにもないですよ」
セレッティ、お爺さま、騎兵二人を後方に控えた彼女は、相変わらず自信満々の表情。僕らが戦闘不能に近い状態だと完全に見透かされている。この状況、どちらが前に出るべきか……まぁ僕なんだろう。スキルが使えるしね。
「もう無理して戦う必要はないと思うんですよ。我々に付いて来てくださいませ。お願いしますわ。下手したら苦痛を通り越して死ぬ危険がありますので、ご了承ください」
セレッティの言葉に、僕は心の中で苦笑した。冗談めかした言い方だが、真面目に怖い。
「それは……そうかもしれない」
僕は思わず呟いてしまった。実際、その通りなのだ。ペーラン商会へ入れば苦痛のみですべてが手に入る。死ぬことはない。それに対し冒険者として生きることは非常に危険が伴う。このままではいずれ命を落とすことになるだろう。
「何言ってるんだよ。まさか今更商会へ付いて行くなんていうんじゃないよね?」
「いや……それは……」
僕は答えに窮した。確かに商会に付いていくのはリスクが大きいが、逆に言えば苦痛さえ我慢すれば、生き延びられるということでもあるのだ。うーん、そういう生き方したくないから冒険者やるって決めたのに……
「私は勇気ある選択だと思いますよ、一度固めた決意を破棄するのは辛いかもしれませんが、生きるためには必要な判断ですわ」
僕の動揺を見抜いたかのように、セレッティは優しく語りかけてきた。その表情には一切の悪意が感じられない。
「ルナリアさんはいかがでしょう?」
「.....クソだね。自分の決意を曲げてまで生きるなんて、まっぴらごめんだ。何のために決意したのか、進んできたのか、全部が無駄になるじゃないか。だったら、死んだ方がマシだね」
ルナリアは力強く断言した。その瞳には一点の曇りもなく、確固たる意志を感じさせるものがあった。
「まあ、そうだよね……」
「……決意を曲げることを肯定してるあたり、お前.....昔商人じゃなくて別の職に就こうとしてたんじゃないか?」
セレッティは目を見開いた。動揺を隠しきれない様子だ。それは図星だったのだろう。僕は話を遮らず黙っていた。だが彼女はすぐに取り繕い、冷静さを取り戻して言った。
「ご想像にお任せしますわ」
「ステージに上がりたかったか?それとも音楽家?」
ルナリアは詮索をやめようとしない。
「やめなさいなルナリアさん」
「答えろよ。自分の夢のために努力したこと、忘れちゃった?」
「……もう、いいじゃないですか。過去のことなんか」
彼女の声が震えている。動揺しているのか?傘を握り締め、指が白くなっていた。
「君が真に望んでいるのは....皆から喝采を浴びる煌びやかな舞台じゃないかい?」
その言葉に、セレッティの肩が小さく震えた。一瞬、時間が止まったかのような静寂が訪れる。その表情は読み取れない。やがて彼女は静かに息を吐くと、小さく首を振った。
「もう昔の話ですわ。それに私は……この道を歩むことにしたんですから!」
セレッティはその言葉と共に、傘の先端をルナリアめがけて突き出した。咄嗟にルナリアは身をかわす。先端が、背後の大岩に深々と突き刺さった。岩はミシミシと音を立てて亀裂が入る。なんという威力。
「あらやだ……ごめんなさい。つい手が滑ってしまいましたわ」
彼女はにっこりと微笑む。だがその怒りを隠せない笑顔より気になったのは、その岩がなんか動いた気がしたんだ。見れば見るほどただの岩ではなく、亀裂から青色の液体が漏れ出ている。そして亀裂は、傘で刺された部分以外からも広がっているようだった。
「え……」
ルナリアも異変に気づいたようで、目の色を変え岩の様子を伺っている。すると、岩の隙間から鋭い爪が伸びてきた。岩全体が大きく揺れ始める。やがて岩の表面が割れて開いたかと思えば、体長3メートルはあるであろう巨大な魔物が姿を現した。身体は石で覆われており、赤く輝く瞳がこちらをギロリと睨む。これは……
「ロ、ロックドラコ……」
騎兵は怯えた表情で呟いた。ロックドラコはその場でゆっくりと動き、大きく咆哮を上げた。大地が揺れ、木々がざわめく。その雄叫びは凄まじいプレッシャーを放っており、僕の足は自然と後退していた。
今までいくつかの魔族....魔物?を見てきたが、実際にここまで大きいのを目の当たりにするのは初めてだ。全身を覆う岩のような皮膚と鋭い牙を持つその姿はまさに怪物。僕は恐怖で固まっていた。ここ最近の経験上、明らかにこれに勝てる見込みはないと思う。グロスと違って知性を感じない獣的な佇まいと威圧感。これは本能レベルでヤバいと分かる。
「あらやだ……珍しいですね。ここにロックドラコが出没するなんて......」
セレッティも驚きを隠せない様子だった。この場にいる全員が状況を飲み込めないでいる。ルナリアはこの異常事態に舌打ちをした後、近くにいる騎獣に乗りこんだ。僕もそれに続く。
「おい、なんで僕と同じ騎獣に乗り込んでくるんだよ」
「いやなんか周りにいないんだよいつの間にか!前でも後ろでもいいから乗せてくれ!」
「しょうがないな……」
僕はルナリアの後ろに乗る。乗ってから気付いたがどこに捕まればいいんだこれ。彼女の腰を掴むのはなんか気が引ける。いやそうじゃない。今置かれている状況がかなりまずいんだ。
ロックドラコは僕たちではなくセレッティ達のいる方向を睨み、低い唸り声を上げる。
「何故こちらを……?」
「おめぇ岩に攻撃したからじゃねえのか?あいつ意外と賢いから、自分を傷つけた奴覚えとるぞ」
お爺さまがそう言った次の瞬間、ロックドラコは口を大きく開け、セレッティへ向けて舌を伸ばした。その速さは凄まじく、避けるどころか認識することすら困難だった。急な攻撃にセレッティはなす術もなく、ロックドラコの舌に絡め取られる....と思ったその瞬間、セレッティのスキルが何故か発動し、お爺様と位置が入れ替わった。
「え?」
呆然とするセレッティ。そのままロックドラコの舌がお爺様へと巻き付き、ロックドラコの口元へと秒で引き寄せられ、口の中へと放り込まれてしまった。
「ぐあああ!」
悲鳴と共に、お爺様の姿がロックドラコの腹の中に消えていく。あまりの出来事に誰も反応することができなかった。その場にいる全員が、凍りついたように動きを止めていた。
「は?え?……なんでスキルが勝手に……」
セレッティは混乱し、狼狽えながら騎兵に抱えられその場から離れていく。彼女は目の前で起きた出来事が信じられないといった様子で、生気を失った表情のまま消えていった。僕らも逃亡を開始するが、如何せん馬に元気がなく、足取りが非常に重い。
「このまま逃げ切れる?」
「……岩に擬態して獲物が来るのを待つタイプだから、僕も詳しくは知らないけど、平均的に見て魔獣の中では遅いはず」
「じゃあ大丈夫だね……」
「んなわけないじゃん。魔獣の中では遅いけど、普通に追いつかれるよこんなの」
後ろを見ると、既にロックドラコの影がすぐそこに迫ってきていた。次はこっちを狙うのか....その巨体からは想像できない俊敏な動きに、僕は焦りを隠せない。距離を詰められる一方だ。
「ボッカス・ポーカス!」
このままではまずいと思い、僕はスキルを発動する。スキルが発動した次の瞬間、騎獣の一歩が地面に沈み込む。急な出来事に驚く間もなく、転倒。僕たち二人頭から地面へとダイブすることになった。
頭から物凄い痛みが走ることを覚悟していたが、僕を出迎えたのはスポンジのような感触だった。目を開くと見えるのは普通に土や草なのだが、何だかスポンジのように柔らかい。
「なんか助かったね」
呆然と言葉がこぼれた。頭を振って、ゆっくり立ち上がる。
「ああ〜……でも転んだのもお前のスキルが原因だからな」
周りを見渡すと、ロックドラコと騎獣も倒れていた。ここで転倒してくれるのは好都合。騎獣の方はなんとか自力で立ち上がろうと四苦八苦していた。しかし、一向に起き上がれる気配がない。首だけは持ち上げ、僕たちをじっと見つめている。
「とりあえずもう見捨てて僕らだけ隠れてやり過ごすぞ」
ルナリアはそう言うと、すぐさまその場から離れようとした。だが僕はどうも気が進まない。あの騎獣はアリアの遺物と言っても過言ではない大切な騎獣だ。このまま置いていってしまうのは、良心が咎める。
「助ける」
「は?」
僕にはあのアリアの父、道具屋から渡された回復のポーションが2本ある。それを使えばすぐに治療できるんだ。ドラコが起き上がる前に終わらせなければ……。僕はポーションを手に、騎獣へと駆け寄った。
「おい、正気かお前!あとあと乗り捨てるつもりの奴に貴重なポーションを使うだなんて、馬鹿なのか!?」
「……確かにバカだ。けど、バカで結構だ」
騎獣は立ち上がるのをすっかり諦めた様子で、僕の方を見上げていた。ポーション2本フルに使っても体全体をカバー出来るとは到底思えない。骨折してそうな部位は見た限りわからないし、どうしたものか……。
「どうしよう……」
「はぁ……どこ怪我してるかわからないんならさっさとあきらめろよ!隠れないと!」
「いやいや、こんなところで死なせる訳にはいかないよ!」
ルナリアの制止を振り切り、騎獣を助けるべく考えを巡らせる。このままでは本当に時間切れになってしまう。僕の頭の中で思考がグルグルと渦巻く。いつの間にか一点を見つめるつもりが全体を見つめており、焦点が合わなくなってきていた。しかしそのおかげで、あることに気が付いた。
僕らが乗る鞍の固定具あたりから、血が流れているのが見えた。
僕はポーションを手に、騎獣の鞍を外してみる。すると、そこには深くえぐれた傷があった。こいつこんな重い怪我してたんだ!だけどこんな怪我転倒じゃつかない。鞍の裏についていたんだ.....。考えられる原因は、僕らに引き渡される時すでについていた。つまりあの伯爵が僕らに仕掛けたってことだ。ペーラン商会に捕まるように。許せない。娘の形見を傷つけて....親として恥ずかしくないのか!
「早く!そいつを治すか逃げろアホ!」
ルナリアが焦った様子で叫ぶ。その言葉にハッと我に返った僕は、急いでポーションを傷口にかける。赤い液体が染み出ている部分に、ポーションが触れた瞬間、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「ほっ」
安堵の息をつき、騎獣を起こす準備に取り掛かる。するとその時、突如、大きな影が僕を覆う。見上げると、ロックドラコが上空からボディプレスを仕掛けてきているのが目に入った。その巨体で踏み潰されればひとたまりもない。いつの間に起き上がったんだ.....。
「だから隠れた方がいいって言ったんだよ」
ルナリアが僕をヒョイと抱え、騎獣に乗り込み猛ダッシュで回避。ロックドラコは地響きを立てながら落下し、地面に大穴を開けた。もし数秒遅れたら間違いなくぺしゃんこになっていたに違いない。ゾッとしながらも、僕は改めてロックドラコに向き直る。
「これで逃げられそう?もしくはなんか……倒せる?」
「倒せない。まぁ騎獣が元気になったし.....逃げられるかも?ってとこじゃない?」
脱兎の如く森を駆け巡り、なんとかロックドラコと距離をとることに成功。
「というかこれこのまま進んだらどこ行くの?」
「……森のさらに中、あとは知らない」
「……はい?」
「逆に何で知ってると思った?」
「いや……うん。ありがとう」
まぁとにかく、ロックドラコに追われながら森を駆け抜けるしかないのだ。その事実に変わりはない。ロックドラコの動きは予測不可能。現に今、奴は追うのをやめ、その場に佇んでいる。
「諦めたか……?」
ルナリアが振り返る。だが次の瞬間、真上に飛んだかと思えば丸まり、大岩に変化した。これも能力の一種なのか?
「姿を岩に変えたんだけど......擬態してるの?」
「違う。僕らを押し潰す気だ」
ロックドラコはそのまま、地面を凄まじいスピードで転がり始めた。岩の弾丸と化したロックドラコは、僕らへ向け一直線。木々をなぎ倒し、地面を抉りながら迫ってくる。スピードは格段に速くなっており、このままでは追いつかれてしまう。焦りと恐怖に駆られる中、ルナリアは咄嗟に杖を取り出した。彼女の指先が淡く光り、魔力を集中させていることがわかる。
「....死ぬには良いころかもな。このまま森の中で迷って野垂れ死ぬくらいなら、ロックドラコをなんとか退けて死んだほうがかっこいい」
彼女は自嘲気味に笑った。その表情には諦めと同時に、どこか覚悟を決めた者の強さが宿っている。
「何を……」
「ラック、僕の体に手をつけるなよ。綺麗な状態で土に帰りたいからね....」
一体何をするつもりなのだろうか?ロックドラコはますます迫ってくる。地面を掘削する轟音が耳を劈く。
「アース・ヴェスカルーン」
ルナリアは呪文を唱えた。これは地面を隆起させ、壁を作るスキルなんだけど……それをなぜこのタイミングで?ルナリアが出せる規模じゃ、あの巨体を防ぎ切るのは不可能に近いだろう。僕でもそう推察できるんだ。彼女が知らないはずがない。
「ルナリア、君はいったい……何をしようとしているんだ?まさかこれで止められると思っているのかい?」
「さぁ?」
彼女の目や口から血が流れ始める。MP枯渇による体への負担が原因だろう。
「やめろよ……!無駄と分かっていて、命を粗末にするのは!」
「無駄じゃないさ、お前とこの小っちゃい馬は救われるからな」
僕らのすぐ後ろで魔法陣が展開され、まぁまぁ広い範囲の地面が隆起し坂のような壁を作り出す。なるほど、壁で受け止めればぶち壊されるから坂を作ることで軌道を逸らすんだな。
「はぁ……」
ルナリアは坂を作り出した後、気を失ったのか後ろに乗っていた僕に寄りかかるようにして倒れ込んでしまった。まだ息はありそうだが、このままでは彼女は助からない。
「ルナリア!」
「....うるさい。お前の声聴きながら死ぬなんて嫌だぞ.....」
僕の呼びかけに応えるように、か細い声で文句を言った。背後のロックドラコは坂に衝突し、そのまま僕らの上方を通り越して転がっていく。これでロックドラコの脅威は去ったとみていいだろう。
「助かった……ルナリア、早く手当てを……」
「いいよ……さっさと死なせてくれ……」
「ポーションは....?」
「それ飲んで回復したところでこんな森を彷徨うだけだ……。僕はここで死ぬから、お前だけで進め」
「なんで一人で諦めるんだよ……一緒に頑張ろうよ」
「お前と一緒にいても……つまらなくはないけど.....疲れた。さっさと黙ってくれ」
「え……あぁ、ごめん……」
僕はショックを受けて声が上ずってしまった。ニタニタと笑う彼女の笑顔は今まで見せたことのない種類のものであり、不気味さすら感じさせるものだった。
「あはは……ごめんごめん。今までの奴で一番マシだから大丈夫」
そう言って、ルナリアは静かに眠りについた。このまま目を覚まさないなんてことはないだろうか……僕は胸騒ぎを覚えていた。森の中をただ進むことしかできない現在、彼女をどうすれば助けられるのか見当もつかない。そんな不安を抱きながら、僕は騎獣の手綱を強く握りしめ、先へと進んだ。日が暮れそうだ。暗くなる前にどこかで夜を越すべきか……
ふと前方に、川が見えた。さらに奥の景色は開けた平野で、ちょうど良く今僕らが進んでいた森の終わりも近い。ここで一旦キャンプするか……。
騎獣から降り、河原で火を起こすための枝を集め始める。いつも2人でやってた作業を、一人でやらなくてはいけない。そのことに何とも言えない孤独を感じながらも、懸命に枝を集め続けた。
川の水は冷たく透明で、喉の渇きを潤すには最適だ。少し飲んでみると、清冽な水が体に染み渡っていくのを感じた。水面に写る自分の顔をぼんやりと眺めていると、背後に何かの気配を感じた。振り向くと、そこには少女が一人、佇んでいた。その少女は水色の髪を持ち、深海のように青い瞳が印象的だ。肌は雪のように白く、儚げな美しさを放っている。歳は15ぐらいか。服装は質素な麻のワンピースで、質素ながらも清潔感のある身なりだった。
「誰……?」
彼女は長い睫毛を震わせ、ぽつりと呟いた。その声は凛としていて美しい。
「ああ.....ええと.....」
いきなり何て言えばいいのか困ってしまった。こういうときは自己紹介から始めればいいのか。子供に話しかけられるのが久々すぎて緊張してしまう。
「その人、攫ってきたの?」
「あ……ちょっと!いや、違います!これはその……仲間です!森でちょっと魔物に襲われて……」
彼女が指さした先には、失神してるルナリア。その姿を見て、僕は慌てて弁解した。誘拐犯扱いは御免だ。
「……嘘っぽい」
「あぁ……あの、君こそなんでこんなところに?親御さんは?」
「……」
少女の足が一歩後ろに引いた。警戒心を隠せていない。当たり前だ。僕みたいな初対面の人間には不信感を持つのは仕方がない。
「私には、そんなのいない。孤児院で暮らしてる」
「ああ、そうなんだ。なんか申し訳ないですね」
「別に。親の顔すらしらないし」
「ええと.....その孤児院は近くにあるのかい?」
「怪しいおじさんには言わない。じゃあね」
「ちょ……」
逃げようと走る少女。というかおじさん呼ばわりされたような……。まだ18だぞ僕。だが今はそんなことを考えてる場合じゃない。ルナリアの容態的に彼女を捕まえてでも人のいる場所へ辿り着かねばならない。
「待ってくれ!」
少女を追いかけようと立ち上がる。すると僕の背後から、妙な殺気を感じた。ルナリアとは違う、重く冷たい気配。振り返ると、そこには先ほどの少女と同じ服を着ていながら、体格や顔つきは全く異なる女性が立っていた。年齢は僕と同じくらいに見えるが、身長が高くスラリとした体型をしている。目つきが鋭く、こちらを射抜くような眼光を放っている。
手には刀ではなく木の棒が握られているが、その構え方は堂に入っている。武術の心得があるのだろうか?すると瞬き一つ。たったその刹那で。
「動かないでください」
彼女は僕の懐へ入り、低く警告した。喉元に当てられたのは棒の先端で、鋭利な刃物を突き付けられているような錯覚に陥る。




