第2話 僕のステータスって奴は驚くほど低いみたいだ
僕の背丈なんかより遥かに大きい門は軋みをあげながら開き、内側には中世だか近世だかの街並みが広がっていた。街路には人影がちらほらと見えるが、どうもソワソワとしていて落ち着きがない。さっき兵士が言っていた魔族の襲撃とやらを警戒しているのだろうか。活気がなく、どこか陰鬱とした雰囲気だ。
看板とかをみると、この街はアヴァロニアというらしい。……大層な名前だね。さて、何をしようか。魚を1匹抱えて、通りを進んでいく。さっき魔法?で召喚した魚のうちとびっきり大きなやつを持ってきて見た。
まさかボッカス・ポーカスが魚を召喚する魔法だなんて思わなかったよ。
……この魔法ってかなり糞だ。ふざけんなよボケが、こんな魔法でこの世界をどう生き抜けってんだよ。魚の商人にでもなれってか?え〜だる〜。
とにかく今、僕はこの世界の通貨を所持していないので、試しにこれを売ることができないか、確かめる為に街の中心部へとやってきた。一番目立つ建物の上には大きな鐘がぶら下がっていて、わりと多くの人がその下の建物を出入りしていた。ギルドってやつなんだろうか?皆、RPGで出てきそうな格好をしている。重厚な鎧に身を包んだ物、軽装で動きやすそうなもの、薄い布地の変な恰好した女性。そんな人たちが行ったり来たりしている。中には人間じゃなさそうなのもいる。エルフ?ドワーフ?多分そんな感じだ。現世で外国人を見たときのように、物珍しさを感じるな。
ただここで一番浮いた存在はどうも僕らしい。そりゃあそうか、生の魚を素手で抱えてるんだもんな。早く売らないと腐っちまうし、鐘の下の建物に入ってみよう。
中はカウンターで仕切られた役所みたいなところだ。他にも何人もの人が並んでいて、行商人らしき人もチラホラといる。カウンターにも行ってみたいところだけど、とにかくまずは魚を売りたいので、酒場のようなところで一番煌びやかな恰好をして周囲に女性を侍らせている男性の元へ行き声をかけた。普通の商人に声をかけてもいきなり生魚をなんとかしてくれと言われても困るだろうしね。えっこの男が商人だっていうのはどうしてわかったのかって?天性の勘....じゃなくてたくましい鼻下の髭があるからさ。
「ちょっといいですか?」
「何の御用でしょうか」
男がこちらに振り返るよりも前に従者らしき女性の方が僕と男の間に割って入った。まるで僕が刃物でも振り回すような危険人物のように彼女は見ている。
「物乞いの方に施しは致しません。お引き取りを」
「違いますよ」
僕の恰好がみすぼらしいからか、そういう類の人と勘違いされたみたいだ。話くらい聞いてもらわないと困るのでここから立ち去るつもりはない。本人ならともかく従者に門前払いはなんだか癪に障る。
「失敬なことを言ってやるなよ。その持ち物から見るにただの物乞いじゃなさそうだ。話だけは聞いてやる価値があるんじゃないか?」
僕と彼女の睨み合いに気づいた男が声を上げた。従者は渋々と男の右斜め後ろに移動して睨むように僕を見ている。
「ご厚意感謝します。実は見てほしいものがありまして……」
「ほう。それが君の腕の中にあるものかね」
「はい」
そういって僕は両手で抱えていた大きな魚を彼らの前のテーブルに置いた。どすっと音を立ててテーブルに乗ったそれは威圧感さえ放っている。これを抱えてここまで来るのにかなり体力を使ったし、通行人の奇異な視線にも負けずよく頑張ったと思うよ本当に。
「こいつは……」
男は驚いた顔でこの魚を見ていた。
「どうでしょう」
ひょっとしてなかなか珍しい魚だとか?もしかしたら新種もあり得る?だとしたらかなりいいぞボッカス・ポーカス。再評価できちゃうかもしれないし、神様に対しても感謝できる。
「……今朝食べたな」
「えっ!?」
男の両隣に座る遊女がクスクスと笑ってる。そんな……確かに魚を出した瞬間驚いた顔をしたのに……
「ああ、そんな気を悪くしないでくれ。こうした取引はなかなか経験がなくてな。いつもの緊張感がないもので、つい口に出てしまった。ナヒトデ.....さっぱりとして朝にはちょうどいいんだよな。いやー実に美しいナヒトデだ。鮮度もいい。明日の分にちょうどいいんじゃないか?なぁ」
従者は目を閉じて問いにうなずいている。男は懐から金貨2枚を取り出すとそれを僕に差し出した。
「魚単体ではこれだけだが....この鮮度を保ったままコレをここまで持ってきた方法を教えてもらえればさらに出さないこともないぞ」
うーん説明って言われてもなぁ。ただ魔法で召喚しただけだし。わざわざ興味を持つということは希少なのだろうか?その割には兵士二人に良い反応もらえなかったけど。
「これは……企業秘密ということで」
なんだか変にこの人と深くつながるのは少々抵抗がある。現世で働いていた頃の上司を思い出してなんだか嫌だ。だから何も話さないことにした。
「残念だ。しかしまぁなかなか珍しい物を見せてもらった。君、名は?」
一瞬元の世界での本名を言いそうになって、慌ててこっちに来てからの偽名を答えた。まだこの名前になれないな。
「あ、ああラックです」
「ふむ……ラック。私はテオフィロ・ペーラン。もしまたどこかで会えたら魚を売ってくれよな」
「....はい喜んで」
男はニコッと笑うと魚を従者に渡した。彼女はそのまま奥へと引っ込んでいく。一応正当な取引になってくれたのかな。
金貨二枚。日本円に換算するといくらなのだろうか。この世界の貨幣制度はまだわからないから後で店を回るとして、さて何をするべきか?建物内を回ってみると、やっぱりギルドらしく壁の張り紙が仕事の依頼書のようだった。モンスター退治……素材集め……護衛……薬草調達……,。
僕にはどれも難易度が高すぎる。魚を出す魔法だぞ、しかも地上にそのまんま。戦闘もできないし、怪我の治療もできない。あれ……詰んでね?せっかく異世界に来たんだから元の世界とかけ離れた冒険というヤツをしてみたいのに……魚を捌いて売るなんて地味じゃないか。
「おい聞いてくれよ!力の数値がこの前より5上がってる!」
「はぁ!?なんでそんなに上がり方早いんだよお前だけずりぃー!」
「はっはっは。才能ってやつだぜ」
そんなやり取りがふと耳に入る。なんだ今の?そんなステータスの数値化みたいな仕組みがこの世界にあんのか?ゲーム脳乙って言ってやりたいところだが多分本当にあるんだろう。彼らは受付らしき場所からやってきたっぽいので、そこでわかる感じなのだろうか。というわけで並んでみました。行列がすさまじくて、しばらく待つことになりそうだ。その間僕は仄かな期待を抱いていた。この世界の数値化システムによれば....僕の能力はずば抜けていて、いや、神様はチートを与えないって言ってたからせめてある程度力任せに戦える数値が....。
「次の方どうぞー」
そう呼ばれ僕は受付に向かう。眼鏡をかけた女性が一人、受付嬢ってやつなんだろうな。
「はじめまして。本日はどのようなご用件でしょうか」
「ステータス確認お願いしたいんですけど……」
「ステータス確認ですね。それではお手を前に出して頂いて」
言われた通り右手を机に置くと、彼女は僕の手に触れる。すると傍に置かれた紙に数値らしきものが描かれ始めた。これがステータスを見るために必要な動作なのだろうか。水晶とかじゃないんだね。
「はい。ステータス確認完了しました。あなたは……」
『ラック
MP ??/??
力 9
防御 6
魔法 ?
俊敏 10
器用 5』
「このようになっていますね.....えっ本当ですかねこれ?」
僕に聞くんじゃないよそんなの!弱!!二桁いってないのばっかじゃんどうなってんの!?どう考えても戦えないし生活水準だって満足に送れるとも思えない。唯一救いなのが魔法数値が不明で期待感が少しあるだけだが。それでもこの魔法は魚しか召喚できないのだ。神様……あんたは僕に何をさせたいんだ?
「あの……一般的な冒険者さんであれば各項目30以上あることが普通なんですけど……あなたのは全体的に数値が低いですね」
「そんなことは見ればわかるんだよ!どうにかならねーのかよ!!」
「そっそんなことを私に聞かれても困りますぅ.....こんな私よりも全体的数値が低い人初めてでして」
泣きそうな顔してるけど俺より強いらしいのでこれ以上怒鳴るのはやめて落ち着いた。
「失礼いたしました……ちなみにこのMPと魔力の数値が???になっている理由については何かご存知ですか?」
「……過去に似たような例として、魔力の総量が膨大すぎてMPの正確な数値が出ない方がいらっしゃったのですが、どちらも不明なのは今回が初めてなんですよね。なので申し訳ないのですが原因は分かりません……」
どういうことなのだろうか。魚しか出せないへっぽこ魔法だというのに測定不能は意味不明。そんなことよりどうにかならないのかよこの数値。せめて人並みに上げなければ……。
「とにかく...私としてはこんな低スペックではとても冒険者として働けるとは思えないのでほかの職業をおすすめしたいのですが....」
ショックで何も返すことができず、僕はそこから逃げるようにギルドを後にした。とりあえず一旦外へ出て頭を冷やそう。周りの目線が怖い。人通りのないところへ行こう。
「はぁ……」
溜息をついてしまうのも無理もない。こんな状況でこれからどうすればいいのだろうか。異世界に来てまで前世みたいな仕事は本当に勘弁願いたい。せっかくのファンタジーな世界を堪能できないじゃないか。
街の外観は中世ヨーロッパ風といった感じでレンガ造りの家がほとんど。この辺は中心部と違って簡単に造られてるといった印象があるな。漂う雰囲気が暗くて気分が沈んでいくばかりである。
「……誰もいない……よね」
あたりを見回し、誰もいないことを確認。よし。もうこなりゃやけだ。さっきの説明を聞いた限り僕のMPは測定できないほど高い可能性がある。ただあくまでも可能性だ。あの受付嬢が測定ミスをやらかした可能性もなくはない。さっき急に手を握られて緊張で手汗やばかったからな。試しに魚を出し続けて消費させられるところまで消費させてみようか。出た魚はどっかでふるまえばいいかな。さっきやったみたいに集中して唱えようとした瞬間。それは現れた。
「動くな」
冷たい声で後ろから指示される。背中から感じる敵意。相手がどんな顔なのか分からないが恐らくは女性か?
「お前、さっきあの商人と取引してただろ?」
さっきの髭親父とのやり取りを見ていたのか?一体誰なんだこの人は。
「……お前は一体誰だ」
「誰でもいいでしょ。それでどうなの?答えろ」
「答えてやる義理はない。なんで僕があんたに従わないといけないんだ」
「生意気な奴だなー。僕は穏便に済ませようとしてるのに、いちいち無駄な問答を挟むのはやめてほしいんだよねー。どうせビビってるんだろ?後ろから脅されてさ。いいよこっち向いても、特別にさ」
意を決して振り返ると、僕と同じぐらいの身長、顔はフードを深くかぶっていて見えない。ただフードから僅かに出ている透き通った白い肌が見えて人間ではないと考察する。武器は……杖?魔法使いなんだろうか?
「いやーやっぱり怖がってるねー。いいよその目。立場はこっちが上だと理解してる目だねー。会話面倒くさいから単刀直入に言うよ。君の持ってるお金全部置いてってよ」
な。なるほど。盗賊か何かってわけか。これはまずいな。
「断ったら?」
「わかってるでしょ。まぁ断らないと思うけど」
「じょ、冗談だろ?たったの金貨2枚おいてけってか?」
「あーあ。なんか調子乗ってんなコイツ。たったのって言ってるけどそれでボク欲しい化粧品買えるんだよ?価値分かってんの?」
「……あ、え?まさか化粧品買うためにこんな真似を?」
「当たり前でしょ。ほら早く金貨置いてどっか消えろよ。痛い目会いたくないだろ?」
僕は呆れた。相手は倫理観と思慮の低い魔法使いだ。先程のステータスから考えるに勝てる可能性が低い。しかし、ここで化粧品なんかのために金貨2枚を置いて逃げるというのも癪な話だ。せっかく異世界に来たんだ。強奪犯に遭遇したら反撃だろ。命乞いして金貨渡すなんてみっともない。
「断る」
「……マジで言ってんの?」
「その化粧品なんてもののために僕が苦労して手に入れた金貨をあげるわけないだろ。悪いけど自分で稼いでくれないか?」
「アース・レジク」
突然、盗賊の周りに茶色い球体が出現し、勢いよく僕の方へ飛んできた。
「うおっ!?」
僕は何とか横に飛び転がってなんとか避けたけど、転がった拍子に地面に頭を強く打っちゃった。やばい、クラクラする。
「あちゃーよけちゃったかぁー。大人しく当たっとけばちょっとの怪我で済んだのになぁー」
おっと僕の瞬発力でもぎりぎり避けられたのは向こうが出加減してたからだったのか。これ以上はまずいかもしれない。彼女の足元をみると、球体と同じぐらいの窪みができていた。恐らく地面を削って飛び道具を作るスキルなんだろうな……
「次はめっちゃ痛いよー」
「くっ……」
こんなクズ娘に好き勝手やられるなんて情けない。自分の買い物のために他人を傷つけることに迷いがないなんて常識的に考えてありえない。異世界の住人とはいえ他人にここまで非道な真似ができるとは。こうなったら次が来る前に魚を召喚してそれを盾にするしかない。でもそう上手くいくだろうか?でも迷ってる暇なんてない。
「ボッカス・ポーカス」
次の瞬間、魚が出ると呼んでいた僕の目の前に召喚されたのは一匹のウサギ。しかもバニーガールらしきコスチュームを着ており、口にはナイフを咥えている。
「何だこいつ?!」
「キラーバニーガール!?」
キラーバニー・ガール……?ガールって言ったよね。ということはメス?いやそもそも魚しかでない魔法スキルじゃないのか?ウサギが出るなんてそんな馬鹿な。あいつも驚いてるしそんなに希少なのだろうか。
「ちっ、アース・ヴェスカルーン!」
出てきたウサギは即座に地面を駆け回って相手に突撃する。彼女はウサギの行動に対して苛立った様子を見せながらも、魔法によって地面を削り周囲に置くことで防御壁を展開した。
ウサギは防御壁の直前でジャンプすると咥えていたナイフを投擲して壁の一部を削る。地面は土だから柔らかい。地面に刺さったナイフを抜き、すぐさま別の方角から攻撃をつなげている。あまりにも速すぎる。目で追うのがやっとだな。
さて、僕はどうしようか。逃げるか?現状このウサギに任せるのが最善の選択肢に思えるからね。だけどもボッカス・ポーカスが魚以外を召喚したことでこの魔法スキルの謎がさらに深まり、僕はそれがとても気になっている。ここで逃げてしまってはこの魔法の謎解明に時間がかかってしまう。それだけは絶対に嫌だ。何故ならこの魔法は僕の生命線と言っていいだろうし。もっと検証しないとな。
「ボッカス・ポーカス!」
何が召喚されるのか気になって再度唱えてみた。次は魚?あるいは別の動物?この世界でしか見られない魔族などでも面白いかもしれない。
そんな僕の期待とは裏腹に、魔法陣からは鍬が出てきた。農作物を耕す時に使うやつ。
「くわっ!?」
もはや生物ですらなくなった。武器?.......にしては貧弱すぎやしないか……いやいやどうやって戦えっていうんだ。鍬であの盗賊クソ女に向かっていったところで.....。
僕は彼女の様子を見る。アース・レジクを何度も使用してすばしっこく3次元移動するウサギを打ち落とすのに必死のようでこちらには意識が向いていない。チャンス?……か。僕は鍬を握り、静かに彼女へと一歩一歩迫っていく。このまま迫って防護壁の隙間から忍び寄り、鍬でぶっ叩けば僕の勝ちだ。いや待てよ、そんなことできるのか?僕が人に暴力をふるったのは小学校以来だからな……できる自信がない。あいつは僕のお金を盗ろうとした酷い奴なのに。なんでか手が震えてくる。
「アース・ヴェスカルーン!」
なぜ再びその防御スキルを?と不思議に思った瞬間、僕の周囲を丸く地面が削られていき壁となって包まれる。気づいた時には遅く僕は完全に拘束されてしまった。
「ぐあっ?!」
「君がコソコソやってるのなんかわかってたよ。あーあ。躊躇なんかせずさっさと殴れば勝てたかもしれないのに」
彼女と僕には決定的な違いがある、それは他人を傷つけることに躊躇がないかあるかだ。彼女にとっては容易い。僕にとっては困難。だからこそ負けた。
「アース・レジク!」
側面から迫るウサギに球体を生成し、飛ばさずそのまま自分の前に固定することで直撃させた。地面に激しく落下したそれはピクリとも動かない。やられてしまったか。
「さて……」
「あ……あっ」
まずい、こうなったら次は僕が殺られる。彼女は再び杖を構え、さっきよりも大きな球体を地面から作り出す。逃げられない僕を見て嘲笑っている。
「安心しなよ。一発で終わらせてあげるからさ」
彼女はニヤリと浮かべられる笑みに、僕は目を閉じた。あんなのが頭にぶつかれば即死だろうな。早かったなぁ僕の人生……。結局何もなせずに……悔しいよ。あの酷い女神のせいだ。せめてちゃんと戦える力があれば……魚出せるとか鍬出せるとかそんなわけの分からないものじゃなくてさ。
「バイバーイ」
女神に対する憎しみと、何もできない自分に怒りを感じながら、僕は体から力を抜いた。




