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運に左右される魔法でも無双したいんだが  作者: ブック君
1章 拒絶反応

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第14話 マリオネット

 僕は多数ある蜘蛛の巣のうちの一つに引き上げられ貼り付けの状態にされてしまった。このままでは不味い、どうにかしなくては……!

だが身動きがとれない、このままスキルを発動してさっきみたく致命的なものが出てしまったら最悪だ……。

一旦様子を見てみよう。


「虫けらに魂売るなんてなかなかやるな、お前」

「褒めてもらえるとは嬉しいね……エルフのお嬢さん。俺も最初はあんたらと同じように依頼を解決しようと思ってたんだが……いやはや見ての通りこんなことになっちまってよう。でも仕方ねぇだろ?生きるためなんだ。この洞窟じゃ俺たち人間ってのは虫たちのご飯なんだぜ?こうしてあんたらを嵌めてご主人様に奉仕しなきゃ保存食の俺が食われる。難しいお仕事だ」

「お前みたいな無様なゴミがそんなことして生きてもなぁ……いずれ冒険者が来ないようになってしまったらどうするんだ?」

「心配ご無用さ、なんせ主人...いや主虫の方々は近々....」


 この続きを言いかけた瞬間、彼の口元に糸が飛んだ。粘着力のある糸は彼の顔に張り付き苦しそうにもがくが剥がれることはない。


「人間ってのはどうも口が軽いわね、喋らないでもらえるかしら?」


 大蜘蛛の反応を見るに、彼が言おうとした内容は秘匿されているらしい。ルナリアは興味津々といった様子で尋ねる。


「へぇ?教えてくれたっていいじゃないか、今から僕らを殺して食うんだろ?」

「あなたたちには冥土の土産さえも惜しいからよ」

「ケチなヤツ、デカいのは図体だけ?器はその辺の虫と大して変わらないみたいだね」


 ルナリアは笑った。それと同時に彼女へ大蜘蛛から糸が放たれた。まるで水鉄砲の弾丸のような勢いで飛んでくるその細長いものは正確に標的へ飛ぶ……。


「アース・ヴェスカルーン」


 ルナリアは咄嗟に壁を生成して盾にし糸を防ぐことには成功し、カウンターでアース・レジクを放つ。いつもの基本戦術だ。


「チッ!」


大蜘蛛は飛んでくる岩石弾を防ぐべく糸を発射するが……いちいち口から出さなきゃ打てない糸と比べてルナリアの魔術の方が発射間隔が早く防ぎきれてない。岩塊は大蜘蛛の脚を傷つけていく。怯み一段上の巣へ後退。


「どうやら相性悪そうね……仕方ないわね....パワー・アンター」


 この妙な詠唱がスキル発動の合図っぽい。さっきまで糸に包まれていたはずのおっさんが自由の身となって現れた。パワー・アンター、さっきの僕を吊り上げる時といい、今ぐるぐる巻きのおっさんが開放されたことといい……ひょっとして糸の強度を調整することができるとかそういうのかな?でもなんでおっさんを開放する必要が……。


「何の真似だ?」


 ルナリアは壁越しに様子を伺っている。おっさんは開放されたにも関わらず大蜘蛛の真下へ向かう。一体何がしたいんだ?


「お願いします!」


おっさんが叫ぶと同時に彼の四肢、体、顔に糸が大量に巻き付いていく。それはまるで雪が降られたかのように瞬く間に彼を覆い尽くした。正にミイラである。


「何がしたいのか分からないけど.....アース・レジク!」


 ルナリアは容赦なくミイラ化したおっさんに放つが、なんと直撃しても傷一つつかなかった。威力は十分あったはずなのに。やはり糸をスキルで強化しているんだろうか。


「あれ……?」


 ルナリアも流石に焦っている様子。当然だ。そこそこ大きい石が大砲で打ち出されたようなスピードで飛んでる奴が当たってびくともしないのだから....そんな糸で覆われたおっさんの元にじゃらりと飛爪、棘が付いた亀の甲みたいな1.5m程の盾といった武装が落ちてきた。元々この装備だったのかそれとも新たに与えられたのかわからないが、彼はそれらを拾って連結。すさまじくどでかいモーニングスターみたいな武器が完成。

だけどあんなの振り回せるのか?よっぽど力のステータスが高くない限り難しいと思われる。


「すごく見えにくいが....問題ないな。力で押し切ってやるぜ!」


 おっさんはなんとそれを軽く振り回し、頭上で回転させ始めついには投擲。僕の目ではさっぱり追えないスピードで飛ぶ物体はそのままルナリアめがけて飛んでいく。正面と横に壁を出して防ぐが、まるでガラスを割るように壁が砕け散る。防御不能……。粉塵と化すほどに粉々になった壁は煙のように舞い上がって視界不良な状態を作り出した。


「見たかこの威力!これがパワー・アンターによってもたらされた強化だ!今、俺のステータスは大幅に上がっているんだ!どうだ?怖.....」

「だからベラベラ喋るなって言ってるでしょうが!」


 自慢げに話し始めるおっさんが急に倒れこむ。大蜘蛛の怒号とともに、彼はさっきの生き生きとした元気さを失いぐったりとしている。


「す、すいません....ステータスを下げるのはかんべ……あ……」

「あぁ……!?」


 さっきから二者で話が進んでいるが、要約するとあの蜘蛛のスキルは糸自体やそれをまとった物に何らかの効果を付与できるということなのだろう。おっさんを糸でぐるぐる巻きにすることでステータスをバフしたりデバフしたりできる....まさにマリオネットを操るようなものだ。


「こ、これ以上下げられたら……ああ!」


 おっさんの人生というのはアレでよいのだろうか。冒険者としてそれなりに鍛えていたのだろうにその力も好きに上げ下げされて使い捨ての駒扱い。それにしてもルナリア大丈夫なのだろうか...そろそろ煙が晴れる頃だが……。


「なっ!?」


 一つ、影が悶えるおっさんの前に飛び出る。ルナリアだ。やっぱり攻撃を回避していたようだ。手に握られた杖には、直径1mの岩石が魔法陣とともに先端部へと装着されている。これは....初めて見る魔術。


「アース・ボッカノルク……」


 彼女の奇襲は完璧だった。相手がグダグダコントやって油断している隙を狙って高速で移動し詠唱。岩石を纏った杖の一撃はおっさんの頭部へと叩きつけられた。蜘蛛の糸による耐久強化は今ない....ないはず……だった。


「くそっ……!」


 ルナリアは殴った瞬間すぐさま杖を振り払おうとしたが、まるで粘着物質でもあるかのように頭部から離れない。あの一撃は状人であれば頭が吹き飛ぶぐらいの威力だろう……だが結果はさっきと変わらなかった。おっさんは平然と立っている。しかも片手で殴ってきた腕を掴み拘束。


「汚い!離せ!」


ルナリアの罵倒に対しおっさんは彼女を嘲笑うかのように高笑いし始めた。


「なかなかいい線行ってたけどよぉ!無駄なんだよ!うちのご主人には第六感的な力があるんだ!」

「は?第六感?」

「バカ、お前と違って察しが良いだけよ」


ルナリアはなんとかして振り払おうとするが、力負けしているようで腕をぶんぶん振ることさえかなわない。


「おとなしくしやがれ!これから始まる俺の唯一の楽しみは....」


 おっさんの空いた片手がルナリアの腹を打つ。ドスン!という鈍い音が響くと同時に彼女は苦悶の表情を浮かべ歯を食いしばる。そして更に拳を振り上げる。


「うっ……!」

「こうやってお譲さんみたいに生意気なエルフを痛めつけることなんだぜ……へへへへ!!」


 もう一度拳を叩きつけるおっさん。その度にルナリアの顔は苦痛に歪み服には血痕が滲む。あまりにも一方的すぎる戦いは、見ていて心が痛む。このまま何もしなければルナリアは死ぬ。だけど僕はスキルを使っても役に立てない。さっきみたいな爆破系なんてのは自分たち二人が死ぬだけだ。だから使えない。


「くそったれ!」


 糸の力で全く動けない手足、そもそも発動しても効くかどうかわからない先行きの不安。僕はただ黙って見ているしかできないんだろうか。いや、大蜘蛛はともかく今ルナリアを痛めつけているのは僕と同じ種族の人間だ。同じ人間なのだから....微かにでも善意が残っているはずだ。説得だ。説得を試みる他ない!


「ちょっと待ってくれ!あんた冒険者だろ!おかしいって思わないのかいいように操られて同じ仲間を傷つけるなんて!」

「知ったことか!今、俺の役目は下僕となり命じられた通りに動くことだ!お前らがどんなに傷つこうが!死のうが!俺が楽しく生きられるのならいいんだ!そう!俺の人生はこれから楽しいところが始まるんだ!」


 ルナリアを地面に叩きつけさらに連続殴打を繰り返す。完全に彼女の顔が腫れあがって傷が深くなっているのが見える。おっさんの顔は恍惚としていて完全に理性を失っているようにも感じる。


「やめろ!!やめてくれ!!」

「そもそもこいつは人間じゃねぇ!エルフっていう畜生だ!!こいつらが多様なスキルを開発したせいで冒険者が馬鹿みたいに増えたから、俺は今でも借金が返しきれねぇ!こいつらのせいだ!!こいつらが誰にでも力を……持たせるようにできたせいで!!」


 なるほど、納得できなくもない話だ。でも……でも今こいつがこんな困窮してるのはこいつ自身の問題だろ!他人に責任押しつけてんじゃねぇよ!自分が怠惰で愚かな振る舞いをしたから今の状況になってるんだろ!


「.....スキルを初めて発見したのは、紛れもなく人間だがー?」


 ルナリアは苦しそうに、だけどもふざけた口調でそう言う。煽るのも大概にしてほしい。これ以上怒らせたらますますひどくなる。


「てめぇ....ああ糞杖が邪魔だ!というかこの糸が邪魔だ……苦痛に苦しんでる顔がよく見えないじゃないか....」


おっさんは頭に引っ付いたままの杖を顔に巻き付いている糸と一緒に取り除いてその辺に投げ捨てた。それを見て、大蜘蛛は少し動揺した表情を見せた。


「ちょっとアンタ何やってるの!?」


これはチャンスだ。興奮しすぎて自分がなぜ優位に立てていたのか忘れてる。だが大蜘蛛が動けばルナリアに勝ち目がない。今すぐスキルを使え!


「”ボックス・ポーカス”!」


例え体が動かなくとも声に出すだけで、というか祈るだけでこのスキルは動き出す。僕の願いに応えるかのように現れた魔法陣の光。


「あなた!?何を....!」


 大蜘蛛は異常なことが起こる予感を感じ取り身構える。光から現れたのは……スプレー缶。虫よけスプレーだ。間違いなく現代日本の製品だ。こっちの世界のものしか出ないんじゃ?……いやそんなことはどうでもいい。今の状況を打破する方法がこれってマジなのか?僕は拘束されているからスプレー噴射なんてできないのに……


「は?スプレー?」

「なによこれ……」


 困惑する2者、大蜘蛛は見たことのない形状の容器に戸惑うばかり。巣の端っこにポツンと現れたそれにゆっくりと近づく。


「……ポーション?それにしても変な仕組みだわ....」


 そういいながら大蜘蛛は8個の大きな目を噴射口にじろりと近づけた。その瞬間、そこからプシューッという音と共に青白い霧状の物質が勢いよく噴射される。誰も押していないのに、自ら出てきた。


「ギャァッ!!」


 突然の不意打ちにより悲鳴をあげる大蜘蛛。虫よけスプレーに殺虫成分はない。そもそも通常の蜘蛛より遥かにデカいコイツに効くはずもない。しかし……奴に対して嫌な成分は入ってる!その臭気を吸ってしまった大蜘蛛はパニック状態になりのたうち回り始めた。


「くっさ〜〜!!何よこれ!!」


慌てふためく大蜘蛛をみておっさんは硬直し上を見上げる。


「あ・・・?あれ?ご主人様!どうなさったのですか!?ご主人様ー!!」


困惑した表情で呼びかける彼とは対照的にルナリアはこっちに目を向けて笑みを浮かべた。無感情か苛立ってる顔が多い彼女の珍しい笑顔。なんだか笑える。


「さて……最後まで付けておくべきだったね……」

「なんだと……杖もないお前に何ができる!?まだ殴られねぇと立場がわからない見たいだなぁ!」


ルナリアはおっさんの問いかけに対して首を傾げる。それに腹を立てた彼はこれ見よがしに拳を振りかぶって殴ろうとした。これからお前に振られるこれはとんでもなく痛いだろうな!と脅すように、わざとらしく。だけども彼女の笑顔は崩れない。


「お前とは覚悟のほどが違くてな……杖がなくても使えるんだよ……アース・レジク!」

「なっ!?ぎゃあ!」


無防備な後頭部に石の塊が直撃。意識はあっても痛みに耐えきれず仰向けに倒れ込む。同時にルナリアは杖を介さずスキルを使用したため負担MPはいつもの10倍。ただでさえ碌な補給がないのに限界を超える量を消費して膝をつき、血反吐を吐く。それでも必死に立ち上がる。


「お前の人生がどんなにつらかったか……一目見ただけでもわかる……冴えない顔だし、そんなのに頼ってイキりだす姿……さぞかし貧乏なステータスだったんだね」

「ハァ……ハァ……お前なんかに俺の何がわかん……うぅ」


ルナリアは杖を拾い上げ、両手でしっかりと握りしめ再びアース・ボッカノルクを発動して接近する。おっさんは足を滑らせて這いつくばるしかない。倒れている彼へと近寄っていく。まるで死刑執行台への階段を登るように……。


「さらに、お前は虫の下僕に成り下がって僕の綺麗な顔を赤く腫れあがらせるのを楽しむようなクズ....その罪は重い。死を以って償え……」


「ま....待ってくれ....あ、謝るしお前らに協力するよ。だから殺さないでくれ!頼む!俺には妻と息子が」


「真っ先に命乞いか!醜い!死ね!」


ルナリアは構えていた杖を下ろし、一息ついてから目をかっぴらき、素早く振り上げ渾身の力を込め叩きつける。鈍い音と共に赤い飛沫が噴き出し、地面に転がるおっさんの頭はもはや原形をとどめないほどに潰れてしまった。息を吞む。無情に叩きつけられた鉄槌。だが彼女がおっさんを拒絶するには十分な理由があった。今更驚く必要などない。ないはずだ。


いつの間にか、下の様子を見る僕のすぐ上に大蜘蛛の奴が来ていた。


「……随分とやってくれたわね。今すぐ食べてあげるから覚悟しなさいよ」


彼女は僕に牙を突き刺そうとする。蜘蛛の顔が僕に迫る。近距離でみると顔はかなりグロテスクな形状をしており恐怖のあまり失禁してしまいそうだ。


「"ボックス・ポーカス"」


だけども僕は諦めずにスキルを発動する。黄色い魔法陣が眼前に現れ、消えた。アレ?なんて思った瞬間、僕に張り付いてた蜘蛛の糸が消えた。いやそれだけじゃない。すべての巣が消滅。大蜘蛛はバランスを崩し落下していく。当然僕も。


「ああっ!!」


 下をみたら僕と蜘蛛がどこかに引っかかることなく落ちそうなほど大きい穴ができていた。落ちたら……多分死ぬ。だってそこが暗くて見えないんだもん。確実に落ちて死ぬ。死んでしまう。


「くそっ!」

「アース・ヴェスカルーン」


無事に健在のルナリアによって、壁の一部を隆起させ僕を受け止める形でクッションの役割を果たしてくれないが、底なしの穴に落ちていくことは回避できた。ありがとうルナリア。


「早くこっちにこい!」


 背中を打って少し痛むけど何とかルナリアが差し出してくれた手をつかむことができ、足場が消えてない空間の端へと移動した。大蜘蛛はその後僕を助けたクッションに頭部を激突させそれを砕きながらも奈落の底へと沈んでいった。相当なダメージは負っただろうが……。


「やったな……とりあえず」


 疲弊したルナリアは荒い呼吸をしながら座り込む。目から、鼻から血を流し、腫れあがった顔と泥で汚れてしまった服……凄惨な光景だ。彼女はポーションを二本手に持ち、一本ずつ飲んでいく。僕は今の落下で神経がどっか痛めたのか……体に力が入らない。


「はぁーやっぱりポーションは偉大な発明だー。僕の美しい顔がまた蘇っていくよ……」

「万能すぎだろ....マジで」

「MPは全部飲むけど回復は半分お前に渡してやる。喜べ」


 ルナリアは僕に飲みかけのポーションを差し出した。残り1本の貴重な回復の手段だが……まさか僕にくれるとは……飲ませてもらおう。


「……間接キスできることに喜んだ方がいい?」

「そんな気色悪いことを考えられる余裕があればいらなそうだな」

「ごめんなさい」


 僕は深刻なダメージを負っている。体がマヒしかけているのだ。僕はしっかりと彼女から受け取ったポーションを一口……いや二口でのみきると、頭と背中に痛みが走ったままだが手足の不自由さは無くなった。本当に偉大な発明だと心から思ってる。


「知ってるかラック。この2種のポーションも僕たちエルフが作ったんだぞ。これとスキルが無ければ、僕は冒険者なんてやってないね。」

「え?冒険者かケンカ屋しかできなさそうな性格してるけど」

「まじで殺す。スキルがなきゃ僕はか弱い女の子だし、ポーションがなきゃ今頃僕の顔は凸凹のブスに早変わりだ。感謝しろよ発明家に」

「でも....そのせいでさっきの人みたいのが生まれたんだよね....」


 さっきルナリアに殺害されてしまったおっさんのことを思い出しつつ……思わず口にしてしまった。スキルというものがルナリアみたいな女の子にも使えるようなものでなければ……ひょっとしたら他の冒険者を貪る肉を供給させるために働かされることもなかっただろう。若干同情してしまう。この世界は僕がいた世界と違って人の命が軽いことはなんとなく理解できたが、いざ仲間が人殺しをしている場面をみると、なんだか見る目が変わってしまう。


「まぁ……僕は関係ないし」


 ルナリアは冷淡に言う。罪悪感はあるのだろうか。正当防衛ではあった。おっさんは命乞いをしていたけど全く勝ち目がないというわけではなかった。そう考えればああするのは正当なんだと思う。そう考えるしかない。


「もう行くぞ。こんな場所に長居する意味はない」

「……わかった」


 僕たちは歩き出す。2戦の果てに物資は底を尽きた。次の戦闘はよっぽどの雑魚じゃない限り最後の戦いになってしまうのではないかという心配が僕を襲う。


 足音は、一歩ごとに洞窟の空気を震わせる。静寂が支配する地下空間は、まるで獲物を待ち受ける巨大な獣の喉のように感じられた。湿った岩肌は黒光りし、天井からは無数の水滴が音もなく滴り落ちている。足元には腐敗した木材の破片や、かつてダンジョン内にいた魔族の痕跡を思わせる錆びた金属片が点在していた。奥へ進むほどに空気は冷たくなり、肺に入れるたびに体の芯まで凍てつくような感覚に襲われる。


 ルナリアの呼吸は荒く、肩で息をしながら杖を支えに足を引きずっていた。白い肌には幾筋もの汗が流れ、緑の瞳は疲れとさっきのMP過剰使用で充血している。足取りは重く、まるで夢の中を歩いているかのように不安定だ。完全に体力が回復していないのだろう。彼女は僕以上に消耗していた。


「多分……次に出会うのはあのゴキブリだ……」

「本当?」

「勘」


 ルナリアはいつも勘だの思い込みだので行動してる気がする。それが結構的中していてすごいんだけども……。だけども確かに、先に見える広い空間にはあのデカいゴキブリの気が感じられた。腐臭のような、鉄錆のような匂いが鼻腔を突き刺し、目が自然と前方に集中する。


 ゆっくりとその空間に踏み入れる僕ら、空間の中央には、大木の幹と根。周囲にある石柱には古代文字らしき模様が刻まれ、薄暗いランプの光が不規則点滅。その中心に堂々と佇むのは……ゴキブリ、グロスだ。体長3メートル近い巨体は黒光りする甲殻に覆われ、複眼は紅玉のように輝く。その存在は威圧感とともにどこか神秘的でもあった。


ダンジョンのボスみたいに不動。まるで僕らが挑むのを待っているかのような、動じなさ。

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