第10話 心構え
「そいつらから服を剥いで着ろ、お前の体見ごたえなくて見っともないから」
異世界に来た当初から着ていたあの服が粉々になってしまったので気絶しているゴロツキから服を拝借する。対して変わらない服のボロさと着心地の悪さと慣れない香りに顔が歪みながらも我慢する。
宿は町の端っこにひっそりと佇んでいた。豪勢なものではなく一言でいうなら廃屋。夜なれば幽霊でも出そうな雰囲気あるけど流石にそれはないと信じたい……多分ね。この世界にはゾンビとかいるわけだからあながち嘘とも言えないのが最悪だ。宿の内部もまた荒れており、テーブルなどの家具はほとんどが壊れて床に散乱していたりホコリまみれだったり。
「……どうだい?ウチの宿は」
「最悪だ。ボロいのはこの街全体そうだからいいとして、部屋の掃除ぐらいはしてくれよ」
「.....気力ないんだよ。こんな場所にお客さん来ることほとんどないし、金もないんだからさ。たまに来る人は大体汚い服着てる連中さ、そういうのは屋根と壁があればいいって言うんだ」
「最低だな。プライドとかないの?」
「そんなものはとっくに捨てたよ」
店主が自嘲気味に笑う。僕とルナリアは呆れて溜息をつきながら部屋へと向かった。宿代がすんごく安かったので二部屋取ってみた。部屋に入ればベッドのシーツは薄汚れていて羽毛が抜け落ちていたり、マットレスには穴が空いていたりと酷い有様で、最悪なのは壁に大きな穴が開いていて隣の部屋が丸見えになっていること。しかもそれがルナリアの部屋である事もあって……
「部屋を分けた意味ないじゃんこれ!!あの野郎~」
「隣同士になっただけまだマシじゃないの……」
ルナリアが憤慨するのも無理はない。今日までの数日間お互いプライバシーの無い生活送ってたわけでさ。一人の空間が欲しかったわけよ。でもこれは一緒の空間にいるようなもんで完全には落ち着かない。まぁ最初の頃に比べれば慣れた方だ。綺麗な人だし、厳密に言えばエルフだから人間じゃないしで性的な興奮を覚えたことも無くはない……ただこうしてかかわっていく中でそうした関係になることはないだろうと諦めと慣れがきてそういった欲望は消えつつある……と断言したいところだけど正直よく分からない。まぁでも、彼女は頼れる存在であることは間違いない。ベッドに転がりながら色々考えてると彼女が穴から顔を出して僕を呼ぶ。
「ちょっと……」
「え?なに」
「来い」
招かれるまま壁の穴を通って彼女の部屋へ入ると、彼女は真剣な顔をしてベッドに座り足を組んで僕を見ていた。一体何の用なんだろ。
「全然眠くないから暇だ。話に付き合え」
「……えー」
「何か文句でも?」
「いやぁ君の話って前のパーティーの愚直ばっかりで聴くにたえな....」
「じゃあお前に対する愚痴を聞かせてやろうか?」
「寝る!!」
僕は慌てて断りを入れて自分の部屋に戻ろうとするが彼女に髪を鷲掴みにされベッドに引っ張られた。
「冗談だよ。愚痴じゃなくてお前がどうしたら躊躇なく人を傷つけられるようになるか教えてやる」
「聞きたくないなぁ……」
仕方なくベッドに座って向き合うと彼女はベッドに寄りかかり腕を組みながら喋り始めた。偉そうだ。まぁ実際偉いかもだが、可愛げがない。
「お前が躊躇しないようになるには....心構えが大事だな。当然のことだけど。僕の場合は"拒絶"だ。相手を徹底的拒絶。嫌だと思った奴のすべてを心の中で拒絶し、それに従って体を動かし排除する。躊躇いは一切なし」
「なるほどね……おもしろい考え方だよ」
「お前だってあるだろ?『こいつ嫌だ』ってことが。それを拡大させるんだ。」
「そりゃあ……まぁ、君に対して嫌だって思ったことは何度もあったよ」
「……殴るぞ」
「だけどさ、剣でぶった切るのはもちろん、殴るまでにすら至らない……」
「洞窟内で僕に杖を構えたのは?」
「イキリって奴ですね」
「ださっ」
彼女は眉間に皺を寄せ、口角を下げて、苛立ち混じりのため息を吐いた。
「お前はまだ、人に対して本気で憎んだりすることがないんだろうな。憎悪や怒りこそが暴力の源。見てると節々伝わってくるぞ、なんか甘やかされて育ったような感じ。そのボロい見た目に合ってない、無垢な善性を感じる」
「誉め言葉?それとも罵倒?」
「単なる評価だよ。そう見えるってだけさ。なんならこの世界に生きる人間にすら見えないと思ったことすらある」
彼女の評価に僕は苦笑するしかなかった。この世界に生きる人間にすら見えない……鋭いことを言うもんだ。確かに僕はこの世界で生まれたわけじゃないからちょくちょく無知をみせてしまっていたようだ。
「……まぁ僕、変わってるって言われることよくあるからさ」
「だよなー!あの変なスキルといい、変な性格といい……まぁ、面白いよ」
「君も僕からみたら非情に面白……」
「あ?」
「すいません……」
意外とそこまで彼女に嫌われてなさそうなのはありがたい。僕もルナリアの凶行には若干引くことも多いけど彼女のキャラクターは興味深い。基本的には凶暴でわがままだけど時折みせる優しさ?とか面倒見のよさが僕にとって魅力に映っていたりするのだ。あと可愛いのもある。喋って動いてなきゃ惚れるレベルだ。
「話を戻すぞ。とにかく躊躇をなくせ、そうでもしなきゃお前はこの先冒険者としてはやっていけない。いや、それどころか下手すれば殺されるぞ」
「冒険者って誰かからの魔族討伐だとか....依頼をこなして生活していく職業なんでしょ?そこまで人に暴力を振るう場面は無いんじゃ?」
「いいや、前にも言った通り盗賊だのゴロツキだのは結構いるんだ。そいつらに襲われるケースは多いし、更に言えば魔族側につく冒険者がいて人間を襲う事例もある。あとはまぁ……そうだな……冒険者同士でも殺し合いがあることだってたまにあるぞ、僕が前所属してたパーティーのジジイが話してた。地位や名声を巡って争ったんだってさ」
「そうなのか……」
冒険者同士で手柄をめぐっての殺し合いもあるらしい。ルナリアは冒険者の闇を淡々と語る。意外とハードというか.....本当に自分がこんな道に進んでいいのか不安になるな。とはいえ僕に選択肢なんてないんだけどさ。異世界の仕事なんてどれも想像つかないし、冒険者として生活するのが一番確実なんだよね。楽ではないけど。
「良かったな僕に出会えて、お前のスキルを楽しめるような心の余裕がある逸材だよ僕は」
「まぁ、確かに他の人と組んでたらすぐに見限られそうだ」
「そうなんだよなぁ。テオフィロ見たく君を商材として利用しそうだ」
「ボックス・ポーカス……」
「なに?」
咄嗟にボックス・ポーカスを唱えたせいで謎の光が放たれ、収まるとそこには人間の物ではなさそうな頭蓋骨が二つ床に転がっていた。このスキル、ちょっと口ずさんだだけで出てくるのか……。ルナリアも「不愉快極まりない」と顔をしかめている。
「これは……」
「やっぱりお前のスキルは意味不明……だが可能性にあふれてる気がしないでもない」
これまで一度も効果が被らないことに驚かされるし、結局僕は何が出来て何が出来ないのかもまだわからないままだ。ただ一つわかることがあるとすれば……このスキルに頼り切りなようでは僕は冒険者として成功することはないだろうってことだな。
「あーあ、眠くなってきちゃった。もう寝る」
ルナリアは大きく欠伸をしながらベッドに寝転んだ。よくもまぁこんな小汚いベッドで熟睡できるものだ。僕には到底できない。
「お休み」
「ああ、おやすみ」
部屋に戻ると早速僕も横になるが全く眠れない。こんな場所に泊まったんだからしょうがないか。どうしようもなくスマホ弄ったり漫画読んだりしたくなる。地球に戻る手段なんて現時点ではゼロだし。そもそも戻れたとしても現実での僕は既に死亡として処理されているだろう。
家族や友達……どうしているのだろうか。なんだろうこのしんみりとした気持ちは、今になってホームシックにでもなっているのか?……こんなところでネガティブ思考になっちゃいけないな。明日は朝早いんだから寝ておかなきゃ。目を閉じて、羊を数える。1匹……2匹……794匹……いやぁこういうときって寝なきゃって思うほど眠れないよね。羊の群れが浮かび上がるがなぜか全員変顔をしている。その中にはルナリアまでいた。うーんこれって逆に夢の中へと入って行ってる証拠なのでは?と考えていると、目覚めた。壁の小さな穴から光が差し込んでいる。……夜明けだ。空がほんのり赤く染まっているのが見え僕は慌てて起き上がり隣の部屋を覗いた。
「おい、起きたんならなんか声かけろよ。無言で部屋覗かれるのは不快だ」
「別に着替えてるとかでもないしいいじゃん。君普段着変えてる?全く見たことないよ」
「…まぁ実際服はこれしか持ってないから変えようがないんだよね。でも汚れることは無いぞ、不思議と。そういう仕組みになっている」
「へぇ……いいなー、羨ましい」
僕は彼女の服をじっと見つめながら自分のボロい服に目を落とす。汚い布切れのようにヨレヨレしていて色褪せている。あまりにも彼女と違いすぎる姿に若干羞恥を覚えてしまう。いい加減身を清潔にしたい。でも不思議と体からは特に臭いが漂っていない。一応汗とかはかくはずなのに。
「……なにやってるんだ?」
「いや、なんか臭いしないなーと思って」
「そりゃあ昨日ポーション浴びたからだろう。……あれは傷を治すだけじゃなくて体の状態を元に戻す作用もあるからな。私もここ最近ずっとクリーム状の奴を塗っている」
「へぇー便利なものだなぁ....でもなくなったらどうするんだ?」
「死ぬ」
「ええ!?」
「鬱で死ぬ」
「そんなに嫌なのか」
「当たり前だろ誰が昨日のゴロツキみたいな小汚い格好になりたいと思うんだよ」
「まぁ……確かに」
「だから今日、僕らはこの町をとっとと出て別のとこで稼ぐんだよー」
「そうだね」
僕らはまず、宿の主人と周辺の地域について話すことにした。彼は怠惰で無愛想な態度を取り続けながらも、求めに応じて地図を見せてくれる。地図と言っても簡易的なものであり、正確性には欠けるものの方向性くらいは分かる。……なるほど。ここから北の位置に大きな都市があり、そこはこの付近では最も栄えている土地とのことだ。距離的には一日歩いても着かないほどの遠さらしい。
「俺としちゃああまり行かない方がいいと思うね」
「なんで?」
「まぁその....かの有名なアルビオン教の司教座都市だからな」
「それは面倒だな.....」
うわぁ宗教関連……僕はそれを聴いて渋い顔をする……宗教絡みのトラブルは勘弁してほしいところ。
「ルナリア、やっぱアヴァロニアに戻らないか?こっちに行くのよりはましだと思うけど」
「うーんでも距離的に遠いんだよなぁーアヴァロニア。これよりもさらにかかるんだぞ。今の僕たちの物資じゃ辿り着けないんじゃないか?」
「確かにぁ……」
ここまで来るのにどれだけかかってその分物資をどれほど消費したか。僕たちは今現在、手持ちのお金はもちろん食料薬がほとんどない状態だ。正直これから移動しても持つのか怪しいぐらいの量しかない。
「しかもここには馬車とかそういうの通らないから徒歩移動前提だし.....」
「なんとかしてどっかから買うとか借りるとかできないの?そういう移動が楽になる動物」
「金ねぇしこんなところで騎獣飼ってるやつなんていないだ....」
「いいやお嬢さん!いるんだなぁ~実は!」
唐突に宿の主人が口を挟んできた。それまで地味目だった印象を覆すような満面の笑みでこちらに近づいてくる。胡散臭いとしか言えない。
「ここの領主、ヘンドリック伯爵が所有しているんだよ。ただ乗りこなすの難しくてほとんど使われていないけどね」
「へぇー」
「でもそれってお高いんでしょう?いくらこんなボロい町の領主だからって僕らがそれをもらえるわけ....」
「いいや、伯爵はとある依頼をこなしてくれれば所有している騎獣を一体譲渡してくれるって噂だ。彼はこの辺りで一番の権力者だからね」
「依頼?」
「そう。詳しくは直接会いに行ってみたらどうだい?」
宿の主人はそう言って笑った。正直胡散臭いが他に当てもないしせっかくだから行ってみようじゃないかという流れになり、僕らは領主邸へ赴くことに決めた。宿から歩いて数分後、領主邸の門前まで到着。
なんかすごそうなイメージを勝手に抱いていたが、やはりグラスバードクオリティ、その門は老朽化していて苔むした箇所が多く存在しており門番すらいない。待ってても誰も来ないんで勝手に門をくぐり庭園に入ってみるも管理されておらず雑草は伸び放題。こんなところで飼育されている騎獣とやらは大丈夫なのだろうか。古びた木製の扉を開けると埃っぽい玄関ホールが広がっており階段があるが、一部崩れ落ちているところがある。屋敷内は寒々しく暗い印象を与え室内は荒れていて足の踏み場がないほど。蜘蛛の巣が垂れ下がり天井近くの燭台には火が灯っていない。まさかこんなに汚いとは思わなかった……
「すいませーん!!領主様ー!」
ルナリアが大声で呼びかけると、奥の方から物音がした。誰かいるようだ。
「客か、随分と久しいなぁ」
その声とともに一人の女性が現れた。その人の恰好は……ええと、上着がドレスコートの上半身部分と黒い外套を羽織り下半身は革ベルトで固定されたパンツスタイルに茶色いブーツという装い。茶色の髪をショートカットにしており瞳は緑色をしている。顔立ちは50代近い熟女といった感じか?貴族らしい華やかさがないが威圧感はある。
「私はグラスバード領主ヘンドリック伯爵……だ」
「だ?」
「....久々だから威厳を保とうと頑張ってみたが無理だったようだな」
伯爵は自嘲気味に笑い僕らを室内へ案内する。しかし「座ってもろて」と言いながら勧めた椅子は軋みボロボロである。これ座って大丈夫なのか?と思いながら座ると案の定椅子の足が折れて転げ落ちた。
「痛った!!ちょっとっ.....」
「ああ……ごめんごめん。座らせたのは3年ぶりだったから忘れてたよ」
「あはは……」
……伯爵さんは気さくな雰囲気で接してくれるがルナリアはイライラが隠せないのか愛想笑いをしつつもそばにいる僕に聞こえる大きさの舌打ちを連発している。怖いよぉ……。
「ところで冒険者諸君。ここへ訪ねてきたということは依頼の件で来たのかな?」
「……そうなんですがその前に聞きたいことがあります。噂によると依頼をこなせば騎獣を貰えるとか」
「おおう……どこの誰から聞いたのか気になるほどにとんでもない事言ってくれたね……まぁ事実よ。ただ、私の依頼は非常に困難でね。無事にこなせるかどうか不安だったりするが……」
「僕たちならなんとかなります」
ルナリアが胸を張って答える。自信ありげだがこの人の依頼とは一体どんなものなんだろう。
「頼みたいことはひとつだけ。3年前私の娘から起きた....町人の失踪事件、原因を究明し解決して欲しい」




