第1話 女神が僕に変なスキルを渡してきた
思えば僕の人生は、いつだって苦しいことばっかりだ。勉強、人間関係、恋愛、結婚。そんな人生のイベントにどれも「努力」の二文字がデカデカと僕の前に立ちふさがる。
あぁ、嫌だ。楽な方へと逃げる自分が嫌なのに努力をする方がもっと嫌だ。そんなことを高校時代に思った俺は、自然とこういう考えにたどり着くのである。
……そうだ! 頑張るのは辛い。だからもっと楽に頑張ろう。
そうやって最低限の努力しかせず、自分の低い能力に甘んじて流されるように人生を歩んできた結果、何の取り柄もない大学に進学し、何の取り柄もなければ希望職でもない、ただ「安定」してるだけの仕事にたどり着いた。日々何かを運んで置き、何かを移動させて管理する。そんなどうでもいい仕事を流されるようにこなし、漠然と生きているだけ。今日も朝早くから出勤して、夜遅く帰る。こんな「虚無」なことは、他にあるだろうか。
「おはようございますー」
いつものように挨拶をして作業を始める。
「おい、ちょっと来い」
いきなり上司に肩を叩かれて、倉庫の隅へと連れていかれる。
「お前、昨日何やってた?」
「えっと……」
「倉庫の整理したよな」
「はい.....」
「物品の種類が整理されてない。バラバラだ。」
「……」
ああ、ちゃんと考えるのが面倒くさくて適当に置いておいたせいだ。こういうミスというか、「適当なこと」をやってしまうのは、僕の悪い癖である。
「はい……すみません……」
「お前な、この前も言われただろ?一度注意されたことを繰り返すんじゃないよ」
「はい……すみません……」
上司の言っていることは正論だ。だけども僕は、こうした鋭い口調の注意が嫌いだ。自分が「できない人間」だと認識させられるし、なんだろう.....プライドなのかなんなのか分からないがとにかく癪に感じる。心の中がほのかに熱さを帯びてくる。「うるさい」「くたばれ」という気持ちが胸の中で渦巻く。……本当に自分勝手な思い込みだし考えているだけで、実際には行動にもしないが。
「ったく……」
ため息混じりに言うと、その場を去っていた。どうせこの後も作業が遅いのなんだので、またあの人に怒鳴られるんだろう。あぁ……もう嫌になってきた。心の息苦しさで寝不足だし食欲もあまり湧かない。今日は早く終わらせて定時で帰りたいと思いながら、結局いつも通りの時間まで働く羽目になった。
外は真っ暗。周りには誰もいない。一人寂しく自転車を漕ぐ。家では彼女が待ってくれて晩飯を作ってくれてる訳でもなく……ただ暗闇の中で「明かり」を点けるために、鍵を開けなければいけないのだ。
なんて虚しいのだろうか。僕はどこまで堕ちていくんだろう。こんな人生送るつもりじゃなかったんだけどな。でもきっとこれが現実なんだ。受け入れざるを得ないんだ。そんなことを考えていると、僕の背後から急に大きな光が照らされる。自動車のライトだ。
「危ねッ!」
なんでこんな住宅街の外れでスピード出してんだよ。道が狭いから避けようもなく。次の瞬間体が宙に浮いた。全身に激痛が走る中薄れゆく意識の中で、そういえばライトつけ忘れてたなぁとか、黒い服着てたなぁみたいな死ぬ前に考えるようなことじゃないことが頭をよぎった。あぁ……死ぬのか。
その時の僕は確かに死を感じていたはずなのだが不思議と恐怖感はなかった。むしろ解放感すらあった。もう何もしなくて良いと思うと清々しかったからかもしれない。
暗闇の底に沈むような感覚。いや、落ちているのか浮いているのかすら分からない。視界が開けた瞬間、そこは見慣れた風景、世界でもなかった。空は紫色に染まり、星がプラネタリウムのようにきらめいている。地面には.....いや、なんというか地面がないように感じる。空と地面が全く同じ色をしているのだ。全て繋がってるみたいだな。さっきまで轢かれて死にかけてたはずなのに、痛みもない。服も汚れていない。つまり怪我してない。
ここは何処なのだろう。疑問ばかり浮かぶが答えは一向に出ず辺りを見渡すことしか出来ない。
「目覚めたか」
声のする方へ振り返ればさっきまで何もなかった空間になんか西洋の絵画に描かれたような凄い恰好の女神様?が立っている。頭には歯車のような輪が浮かんでいて純白のドレスを纏っており髪は金色に輝いていて肌は透き通るように白い。
「あ、あの……貴方は……」
「私はアルテミシアという名の神だ。お前を蘇生させた」
「えっ!?」
驚きを隠しきれない。蘇生?蘇生してどうするんだろうか。それにしても何故僕なんかのためにそんな大層なことを?色々聞きたいことが沢山ある。わけも分からず顔をくにゃくにゃさせてると
「まあ落ち着け。とりあえず私の話を聞け」
女神様は語り始めた。曰く女神アルテミシアは地上にある生命の管理を任されているとのこと。そして彼女の管轄下には様々な生物が存在していて人間はその中でも特に重要度が高いらしい。
「君の人生を見てみたけど酷すぎる....とは言わないけどあれね、つまんないわ」
いきなり酷いこと言うなあ……
「君には才能が無い。努力をしなければならない状況なのにそれを怠る。そのくせしてプライドが無駄に高い。最悪だよ君は」
グサッとくるようなことを何度も言ってくる。ひょっとして地獄の入り口なのかと勘違いするほどだ。
「うぅ……」
反論したいけれど事実なので何も言い返せない。
「そんな最悪なあなたに、チャンスを差し上げましょう」
「チャ……チャンス!?」
「はい。具体的には君を別の世界へ飛ばします」
「別の世界?」
「そうです。そこで人生を続けてもらいます。ただ、あなたをそのまま飛ばすだけだと味気ないしすぐ死んでしまいそうなのである程度の能力を与えてあげます」
「つまりチートってやつですか?」
「いいえ」
はっきりとした声で否定されたから、俺は何も返せず押し黙ってしまった。ちょっと待てよ。普通ならこういうのってさ、よくあるパターンだと特殊な能力を貰えると思うんだけど違うのかよ?
「....何でですか?どうして僕に力をくれないのでしょう?」
「何言ってんの?私に何の得があってあなたにそんなの与えなきゃいけないの?」
確かに言われてみたらそうだな! って納得している場合ではない!! ちょっとした能力で異世界に転生されてしまったら直ぐに死んでしまうだろう。私は人と比べて体も心も頑丈じゃないし、能力も低い。一気に血の気が引いていく。
「いやぁでも....僕って学力も運動能力も低くて友達もいないですし……辛く大変な思いをいっぱいしたんですよ。だからせめて異世界でいい思いをしたいんですけども……ダメですか?」
最後の方は尻すぼみな感じになりつつも勇気を持って聞く。するとけだるそうな表情を浮かべ
「へぇー何?文句があるわけ?あんたみたいな底辺の人間に生きる機会をもう一度与え、尚且つ普通に戦えるだけの能力も添え、さらに異世界と言っても概念が元居た世界と大体共通してて言語が通じて文化的な生活ができる場所でを提供するのに?大分あんたに寄り添ってるのよ?パンを【▲фФ】って呼ぶ世界にでも放り込まれたいのかな」
怖い。圧が怖い。まあ確かにいくら異世界といえども文明が進んでいる場所を選んでくれるのはありがたい。それでも少し位優遇してくれてもいいじゃないかと思うのだが……
「お願いします!ほんの少しだけで構いませんので力をいただけないでしょうか!!僕は今まで家族、友人、才能、体格その他諸々恵まれてなかったんです!異世界くらい恵まれてもバチは当たらないでしょう?!例えば運とか!運さえ良ければ何とかなるんです!ねぇお願いします!後生ですから!!」
土下座する。これが駄目ならいよいよふてくされからの逆ギレだろう。もう死んだ身だ。神だろうが仏だろうが下手に出る必要はない。
「……はぁ……」
長く深いため息。その間俺は誠意の込められてない土下座が続く。
「ああ、いい考えが思いつきました。ちょっと面白い仕掛けを施しましょう」
神は微笑みながら.....いや悪魔のような笑顔だ。
「ええっ!?」
驚きと同時に不安を感じる。一体どんなことをさせられるんだろうか。不安に押しつぶされそうだ。
「それってどういう.....」
「旅を始なさい。“運”こそがお前の力となるでしょう.....」
頭の歯車の輪がカチリと回った瞬間、遠くで鐘が鳴った。それが合図だったのか、僕の周囲が光に包まれていく。眩しくて目を瞑ってしまう。瞼越しに感じられる強い光。しばらくすると徐々に収まり辺りが見えるようになったので恐る恐る目を開けてみると……先程までいた場所とは全く違う景色、広い平原といったような感じだが、足元は石で作られたタイルのようなものが敷かれている。それを目でたどれば街らしきものが見える。
「異世界転移完了ってことかな……」
無事に転移がすんだということで、持ち物のチェックに入ろう!服はボロッボロのシャツに短パンに草履といった具合で明らかにホームレス。ポケットを探ると何やらカードのようなものが入っていてみれば身分証らしい。氏名欄に「ラック・フォーチュナ」と書かれているが、僕の名前じゃない!この世界での名前ってことか?後は杖?なのかもしれないがその辺の棒みたいな酷い装備だ。神の糞アマ適当にやりやがったな……
いくらなんでも適当過ぎて酷いじゃないかと思いながら街に向かって歩きながらカードを眺めていると、裏になにやらスキルの名前らしきものが書いてあった。
“ポッカス・ボーガス”
うん?これは何ぞや?名前からは効果がいまいち想像つかない。……後で試してみるとして……ステータス的なものはこのカードに書いてないのか……。どこかで見れるといいんだけど。
しばらく歩くと、町の入り口らしき場所にたどり着いた。周囲は石造りの壁に囲まれており、門番らしき人物が2人ほど立っているのが見える。周囲を過剰に警戒する所を見るに何かあまりよからぬことが起きていそうだ。
「止まれ!」
声をかけられ立ち止まる。彼らは腰から短剣を抜き、こちらに向ける。
「お前は何者だ?どこの所属のものだ」
「なんか見た感じ浮浪者みたいだけどー大丈夫ー?よく生きてこれたねそんな装備でー」
2人とも胡散臭そうな目つきで見る。失礼極まりない。まぁ確かに今の僕は汚らしい格好をしている。それは認めざるを得ない。
「怪しい者じゃないですよ!僕は....旅人なんです!」
「ほう?この辺を一人でうろつくとは少々命知らずだな……カードはあるか?」
カード?ああさっきのやつのことか。これを見せれば分かるはずだ。僕は恐る恐る兵士にそれを手渡す。
「これ....ですよね」
「なるほどな……ラック・フォーチュナ……聞いたことのない名前だ。ポッカス・ボーガス?ハハッユニークスキルってやつか?」
苦笑しながらも返してくれた。険しい表情が解けて緊張と疑いもほぐれていそうに思える。
「ありがとうございます」
「この街ー最近魔族からの襲撃が激しくてー厳戒態勢なんすよぉ。なんでぇ、そのスキルをちょっと見せてもらっていいですかー?」
見せるも何も初めてだというのにどうしろっていうんだ。まぁでも恐らくどっかで見たアニメみたいに叫ぶんだろう。ちょっと恥ずかしいがやるしかない。
「あそこにある木に向けてやってみろ」
言われるがままに向き、杖を前に出し目を閉じて集中する。スキル発動……!
「ポッカス・ボーガス!」
僕の叫び声とともに杖の先端が光り出す。光はどんどん大きくなり、辺り一面を覆い尽くすように広がっていく。あまりの眩しさに目を背けたくなる。
そして光が消えた後には、僕の前にピチピチと跳ねる釣ったばっかみたいな新鮮さが感じられる魚が何匹か現れた。
「は?」
「……」
静寂が訪れる。え?終わり?まさか魚を召喚するスキルなの?しばらく黙っていると、背後で僕の様子を眺めていた二人が栓を開けたように笑い始めた。
「こいつは凄えや!近くに川がないのにこんな生きのいい魚を召喚するなんて!」
「しかもぉー結構サイズもいいですねーお兄さんって芸者さんなんですかー....フフッ」
いやいやいやおかしいだろ!なんでこんなスキルなんだよ!普通凄い威力の炎とか周囲にバリアを張る防御魔法とかだろうが!魚召喚してどうするんだ!しかも見たことない魚ばっかだし。
「あーはい分かりましたー。通行を許可しまーす」
こうして僕は謎の術士として笑われながら異世界初日の幕が開けたのだった。