表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/10

第六話 初めての遺跡探索

リリアからのパートナーシップの提案は、アキにとって抗いがたい魅力を持っていた。

古代文明の謎や、世界の運命といった壮大な話には、正直なところあまり興味が湧かない。だが、「工房の全面的な改築」「最高級の素材の提供」という言葉は、彼の修復家としての魂を根こそぎ鷲掴みにした。手に入りにくい純粋なミスリルのインゴットや、魔力を帯びた千年樹の心材。それらを使えば、一体どんなものが作れるのだろうか。どんな修復が可能になるのだろうか。


「……わかりました。その提案、お受けします」

アキが頷くと、リリアは満面の笑みを浮かべた。

「本当!? やったわ! これで私たちの古代文明研究は、飛躍的に進歩するわね!」

彼女の行動は早かった。その日のうちに辺境伯である父親を説得し、遺跡探索の正式な許可を取り付けた。驚くべきことに、辺境伯はリリアの古代文明への情熱をよく理解しており、二つ返事で了承したらしい。さらに、アキが工房の改築と素材のリストを遠慮がちに提出すると、リリアはその倍以上の予算と規模を約束してくれた。


二日後。遺跡探索の準備は万端に整った。

リリアがアキのために用意してくれたのは、軽くて丈夫な革鎧と、動きやすい冒険者用の服だった。最初は固辞したアキだったが、「遺跡の中では何があるかわからないから」というリリアの真剣な説得に折れるしかなかった。グラムは、アキの腰にある鞘に大人しく収まっている。もっとも、その意識は「我の鞘はもっと豪奢であるべきだ」と文句を垂れていたが。


探索パーティは、アキとリリア、そして彼女が最も信頼するという二人の護衛騎士を加えた計四人(と一剣)。一人は、実直で生真面目そうな壮年の騎士、バルガス。もう一人は、物静かだが鋭い観察眼を持つ若い騎士、レオン。彼らは、リリアが「喋る魔剣」や「得体の知れない修復師」を連れていくことに、あからさまな警戒心を示していたが、リリアの命令には忠実に従っていた。


「さあ、出発よ! 目指すは『賢者の書斎』よ!」

リリアの元気な号令と共に、一行はアルテアの街を出発し、地図に示された北東の森へと足を踏み入れた。


森の中は、ひんやりとした空気に満ちていた。幾重にも重なった木々の葉が強い日差しを遮り、地面には苔の絨毯が広がっている。時折、遠くで聞こえる獣の声や、鳥のさえずりが、森が生きていることを感じさせた。

道中は、ほとんどリリアの独壇場だった。


「第一文明が栄えたのは、神話の時代と現代のちょうど中間にあたる、およそ三千年前。彼らは、現代の魔術体系とは全く異なる『ことわりの魔術』を操っていたと言われているの。それは、世界の法則そのものに干渉する、神にも等しい力だったとか」

彼女は、まるで見てきたかのように熱っぽく語る。その知識量は凄まじく、アキも時折、感心させられた。

「理の魔術……。だから、あの箱も単純な魔力だけでは開かなかったんですね」

「その通りよ! 彼らは、魔力と物理法則、そして天体の運行といった、森羅万象すべてを計算し尽くして、アーティファクトを創り上げていたのよ」


アキが相槌を打つと、リリアは嬉しそうにさらに饒舌になる。そんな二人を、グラムがアキの腰で鼻を鳴らした。

『ふん、小娘。解釈が浅いぞ。理の魔術の根幹は、法則への『干渉』ではない。『調和』だ。世界の理と一体になることで、奇跡を現出させていたのだ』

「なっ……なんですって! あなた、何か知っているの!?」

リリアがグラムに食って掛かる。

『我は英雄と共に、奴らの文明の黄昏を見てきた。貴様のような若輩が、書物から得た知識で我に意見するとは、片腹痛いわ』

「なんですってー!」


アキと護衛騎士たちを置き去りにして、リリアとグラムの口論が始まる。だが、そのやり取りはどこか微笑ましく、当初はアキを警戒していた騎士たちの表情も、少しずつ和らいでいくのがわかった。彼らは、こんなにも生き生きとしたリリアの姿を、久しぶりに見たのかもしれない。


半日ほど歩き続けた頃、一行は森の奥深く、ひときわ巨大な木々が生い茂る一角にたどり着いた。地図が示しているのは、このあたりのはずだ。

「あった……!」

リリアが声を上げた。木々の根やツタに半ば飲み込まれるようにして、苔むした石造りの建造物が姿を現した。神殿というには小さいが、個人の書斎や工房だったと考えれば、しっくりくる規模だ。壁面には、あの箱に刻まれていたものと同じ、幾何学的な文様が彫られている。


しかし、一行の期待はすぐにため息に変わった。

遺跡の入口と思われる場所は、巨大な岩や、崩れ落ちたアーチ型の天井の残骸で、完全に塞がっていたのだ。長い年月の間に起きた地震か、あるいは単なる経年劣化か。人が通れるような隙間は、どこにも見当たらない。


「姫様、お任せください!」

実直な騎士バルガスが前に進み出て、瓦礫の一つに手をかけた。彼は騎士団の中でも指折りの腕力を誇る。

「我々の力で、この瓦礫を撤去いたします!」

「待て、バルガス!」

しかし、それを制したのは、冷静な騎士レオンだった。彼は崩落現場を鋭い目つきで観察している。

「よく見ろ。あの上の天井、大きな亀裂が入っている。下手に一つの岩を動かせば、衝撃で天井全体が崩れ落ちるかもしれん。我々ごと生き埋めになるぞ」

レオンの指摘通り、瓦礫の山は、まるで奇跡的なバランスで成り立っているように見えた。一つが崩れれば、将棋倒しにすべてが崩壊しかねない。かといって、このままでは中に入ることもできない。一転、手詰まりの状況に陥ってしまった。


騎士たちが「どうしたものか」「迂回路を探すべきでは」と議論を始める。リリアも、悔しそうに瓦礫の山を睨みつけていた。

その時、アキが誰に言うでもなく、静かに崩落現場へと歩み寄った。


彼は、目の前の瓦礫の山を、ただの「岩の塊」として見てはいなかった。彼の目には、それが一つの「壊れかけた構造物」として映っていた。それぞれの岩にかかる圧力、重心の位置、内部に走る亀裂の方向。それらが、魔力を通した彼の意識の中に、青白い設計図のように浮かび上がってくる。

スキル【修復】の本質は、対象の「本来あるべき姿」と「現在の状態」を完璧に理解することにある。それは、壊れたものを直すだけでなく、壊れかけのものが、なぜ今その形で存在できているのかを、寸分の狂いもなく解析する力でもあった。


アキは目を閉じ、意識を集中させる。無数の岩が、互いにどのように力を及ぼし合い、支え合っているのか。その複雑なパワーバランスの中心点、たった一つの結節点を探し出す。

……あった。


アキはゆっくりと目を開けると、無数の瓦礫の中から、何の変哲もない、中くらいの大きさの石を一本の指で指し示した。


「……ここだ」


その静かな声に、議論していた騎士たちが訝しげに彼を見た。

「アキさん?」リリアが尋ねる。


「この石さえ取り除けば、全体の均衡が計画的に崩れて、あとは最小限の力で安全に瓦礫を撤去できます。これは、アーチ建築における『要石キーストーン』と、同じ役割を果たしています」


「要石だと? 馬鹿なことを」バルガスが眉をひそめた。「こんな瓦礫の山に、そんなものが存在するはずがない。適当なことを言うな、修復師」


騎士たちが信じないのも無理はなかった。アキが指し示したのは、どう見てもただの石ころの一つに過ぎない。しかし、リリアだけは違った。彼女は、あのパズルボックスを解き明かしたアキの異常な分析眼を、すでに信頼していた。


「バルガス、レオン。彼の言う通りにやってみて」

「しかし、姫様!」

「いいから。責任は私が取るわ」


リリアの強い口調に、騎士たちは不満げな顔をしながらも、逆らうことはできなかった。

バルガスが、半信半疑といった様子で、アキが指し示した石に手をかける。彼は、これが崩落の引き金になるのではないかと、全身に力を込めて身構えていた。

そして、ゆっくりと、その石を引き抜こうと力を込めた。


次の瞬間、バルガスは驚きに目を見開いた。

石が、何の抵抗もなく、スッと引き抜かれたのだ。

そして、その石が抜かれたまさにその瞬間、それまで絶妙なバランスで支え合っていた瓦礫の山が、一斉に動き出した。

ドドドドドッ!

地響きと共に、岩々が崩れ落ちていく。だが、その崩れ方は、騎士たちが危惧したような無秩序なものではなかった。まるで計算されていたかのように、瓦礫は遺跡の入口を避けるようにして両脇へと流れ、数秒後には、目の前に人が一人通れるくらいの安全な道筋が出来上がっていた。


目の前で起きた光景に、バルガスとレオンは、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「あ……ありえない……」

「なぜだ……。なぜ、あの石が要になっていると分かったんだ……?」


彼らの視線が、アキへと注がれる。

アキは、そんな彼らの驚愕をよそに、まるで当然のことのように、開かれた道筋の先、遺跡の奥の暗闇を静かに見つめていた。

この辺境の修復師が、ただの職人ではないこと。その瞳が、世界の物理法則すら見通す、人知を超えた何かを宿していることを、一行は今、初めてまざまざと見せつけられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ