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第2話 石

私立霞ヶ丘学園。それは自然に囲まれた田舎のA市にある。山上にポツンと小さく建っているそれは、遠くから見るとただの山だ。木造の古びたたたずまいのその校舎は、あちこちに散見するヒビからもわかるように年季が駄々洩れで、今にも壊れそうに見えるだろう。



 ガシャガシャガシャーン



ついさっきまで充満していた緊張が消失し、学校全体からざわついた生徒の声が次第に大きくなり始める。しかし、その騒音のさなか、HRが終わろうとしているにも関わらず、ただこの教室にだけは静寂が腰を据えていた。

HRの終わりを告げる直前に、この教室の担任教師が俺に呼びかけた。



「逆原、あとで話がある。」



奴は眼鏡ごしに教室の一番後ろ、廊下側の机の上に座る俺を流し見た。

それを聞いた他のバカどもは、声には出さないものの、少しの緊張感とあきれを滲ませ、冷ややかな空気を漂わせる。


日直担当の生徒Aが号令のタイミングを見計らいつつ、眼鏡に許可を取るように視線を送った。やつはそれに気づくと少しうなずき、生徒Aもほっとしたようにうなずく。


バカバカしい。



「これでホームルームを終わります。起立、礼、さようなら。」

「さようなら。」



ファサファサファサファサファサッ



挨拶もそこそこに部室へと走りだそうとする阿呆ども。


「気をつけて帰れよー。」


足がもつれそうになりながらも「○○、はやくいくぞ!」と教室を出ていくバカどもを、眼鏡をかけたクソ担任がたしなめる。そんな中、胸を躍らせるそいつらを鼻で笑いながら、俺は教室の外へ出ていこうとしていた。



「お前はだめだ。」


眼鏡野郎は教卓の前で微動だにせず、太く低い声で俺を引き留める。


「知らねーよ。」


呼び止められた俺は目を合わせることもなく吐き捨てた。


しかし、眼鏡野郎の瞳はわずかにさえ動かない。



いつもそうだ、こいつらは、いつも。


口ではそれを演じながら、その本心はただの無関心。


そしてそれを恥じ入ることもなく、俺に看破されていることにすら興味がなく。それが、こいつら。阿保を具現化した産業廃棄物。


「言うことを聞きなさい。」


眼鏡が語気を強める。俺はそれを鼻先で笑うしかなかった。何かが変わるわけではないとわかっている。でも、だからといって刃先を向けることをやめられるわけではない。


「お前らには、ごっご遊びがお似合いだ。」



ギギ、ギギ、ギギ・・・。



その場を静寂が包み、眼鏡との間に沈黙が訪れる。

それは、時が止まったかのような、長い沈黙。

お互いが求めるのは、ただのカチンコだった。



アハハ、キャッキャッ・・・



教室からは次第に人気がなくなり、遠くの生徒たちの声が廊下に小さくこだました。

奴は眉一つ動かさず、まるで鍵をかけたようにただ口を引き結んでいるだけだ。



ギギ、ギギ・・・。鈍い音が鳴る。


意味のない音。ただの音。



俺の呼吸は、しだいに浅くなっていく。全身の毛穴からはいつのまにか大量の汁が放出していた。

耐えられないような閉塞感に苛まれ、おれが踵を返そうとした時、ようやく奴は口を開いた。



「水川は帰ったよ。」

「・・・。」

「殴られたと言っていた。」


最初からわかっていた。奴が言い出すことくらい。

今日奴が俺を引き留める理由。それは決まり切っている。


だが、無性に腹が立つ。それを口にするのが、お前らだということに。

お前らは、調停役でも改革者でもない。ただ安住が大好きなバカ野郎どもだ。



俺は冷ややかな眼差しをそいつに向ける。

そして両手を広げて威圧的に体を捻らせた。



「だから?」


スクールバッグが左右に揺れる。


「お前」


「ねじ伏せて何が悪い。ムカつくんだよ。あいつ。」


担任の言葉を遮り、咎めが入る前に俺はまくし立てる。そして、手に持っていたバッグの中に入っていたプリントを、一枚取り出す。そのプリントには、なにやら古文のような文字が書かれていた。


俺はそれをくしゃくしゃに握りつぶし、石を作る。口角を釣り上げ、節くれだった大きな手でその石を握りこみ、勢いよく腕を振り上げる。


奴はそれを目にした瞬間、一瞬の逡巡ののち、いつでも動き出せるよう、体を少し浮かせた。


俺は石を握りこんだ腕を、ありったけの力をたたきつけるように振り下ろす。手から放たれたそれは放物線を描き、奴の顔めがけてはじけ飛んでいった。



その瞬間。



―コーン・・・



奴の後ろの黒い板が固い音を奏でた。俺はただただこみ上げてくる笑いを抑えられず、口角を吊り上げ、奴の顔を見据えたが、眼鏡越しに見えるその表情はつゆほども崩れていなかった。



「はは。」



俺はそれを一瞥すると、乾いた笑いを漏らした。



「お前らなら、そうすると思ってた。」



俺は唇を歪めて憎々しげに言い放つと、踵を返し、教室を後にした。


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