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第1話 虫と雀

初めて小説を投稿します。よろしくお願いします。



そのとき、仙人像は笑っていた。






「お前、何様のつもりだよ。」


虫けらの一人が唾を飛ばした。


「それが人にものを言う態度か?」


その隣のハエも、ブンブンと耳障りな音を鳴らす。そして、奴は目の前でぐずぐずと泣いているそいつを突き飛ばした。



「わあっ」と声を漏らすその主は、重心がぶれてよろける体が倒れないように、滑稽にも足で必死に踏ん張っている。水の泡のような努力で笑えもしない。


「謝れよ。俺のシャツ。お前が鼻水で汚したんだろー?」

「ピーピー泣きやがって。」


大勢から何度も何度も肩を突き飛ばされ、「やめて、やめて・・・。」と震えながらピーチクパーチク訴えるそいつ。


「こいつ本当に男かよ。」

「一発殴って灸据えようぜ。」


涙をぼろぼろと流しその状況を脱しようとあがくそいつを面白がるように、虫けらたちはただただ笑っていた。それがやつらの十八番。息をするように踊るのがさがだ。


「なあ、逆原。」

「や、やめて・・・っ」



虫けらの内の一人が泣いているそいつの背後に回ると、そいつの両腕の下から腕を回し、羽交い絞めにしはじめた。それを見た途端、これからとびきり面白いことが起こることを嗅ぎつけた他のハエどもは、目を蘭蘭とさせてそいつを取り囲む。


「お願い、やめ・・」

「やっちまえよ、逆原!」



―ああ、この世はクソばっかだ。



ドカッ。




掌を痛みが走る。手にかすかな水滴が付着した。それは一部始終、俺が引き起こしたものに違いなかった。衝撃のままにそいつの顔は半回転し、その勢いの強さにそいつを羽交い絞めにしていたハエが思わず手を離す。


地面に倒れ込むのは、小柄でひょろっちい男子生徒、水川慎みずかわしん


支柱を失い投げ出される四肢を足で支えることができず、とっさに掌を床につけ、その体を横たえる。

その目は赤く腫れていて、紙くずを握り潰したように顔はしわくちゃになっていた。

しばらく虚を見つめ茫然とした後、水川はゆっくりと頬に手を当てる。

スローモーションのように瞼が上下に瞬く。次に何が起こるのかは、想像に容易いものだった。



ぽろぽろ・・・。



目からは再び大きな雫が零れ始めた。


とめどない、とめどない、大きなビー玉。


そんな様子をまじまじと見ようと、虫けらのようにたかる取り巻きたち。


ブーンケラケラ。ケラケラブーン。


「ありがたく思えよ、水川。」

「よかったな、これで少しは男らしくなれるんじゃねえの。」


ブーンケラケラ。ケラケラブーン。


水川は歯を食いしばり、こみ上げる何かを必死にこらえている。


幾度となく見た光景。

皮肉めいた感慨さえも思い浮かばない。



・・・はは、無様だな、水川。笑えないほど、無様だ。



俺は水川に近づくと、茶色がかかった柔らかいその髪をひっつかみ、無理やり顔を上げさせた。


そして、一言。

そいつを奈落の底に突き落とす言葉を。


「お前は一生、逃げられない。」



水川は目を見開いた。そしてその大きな黒目を絶望の色に染め上げる。



それはもうはるか昔。


わずかに残る抵抗の光さえも。


おれはとうに捨てた。


なあ、お前も捨てちまえ。



俺はつかんでいた髪を逆方向に引っ張り、ゴミを投げ捨てるように水川を放り投げる。慣性に従い、空気に煽られる細い胴体。軸の定まらないその体を一瞥すると、俺は屋上の入り口へと向かった。


地面が割れるように、人だかりがかきわけられる。脳のない連中がやりそうなことだった。

乾いた笑みが自然と漏れる。



・・・反吐が出そうだ。



肺に入る廃棄ガスを吐き出すように、見えない毒を嘔吐する。

そして、屋上に残した地を這うスズメと虫けらどもを背に、俺はその場を後にした。



ガシャガシャガシャーン



昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。



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