『異世界転生』したのに村人がドアを塞いでしまって出れない
目が覚めた瞬間、天井の木目がやけにハッキリ見えた。
まるでドット絵で作られたように四角い。
「……マジで転生した」
予感はあった。トラックに轢かれたからだ。
信号無視の車に気付いた俺は、とっさに隣の小学生を引っ張った。
そして、反動で俺が前に出て轢かれた。
学生時代なら何事も無く終わっただろう、社会人で衰えた足腰で踏ん張るのは無理だった。
「アクト」
それが俺の名前、ステータス画面にそう書かれていた。
レベル1、スキルなし、チュートリアル状態だ。
画面にはこう出ている
ミッション『王様に話しかけよう』初期スキルがもらえます。
問題なのは――「ドアが開かない」それだけだった。
――
ドアの前に村人Aが立っている。
「今日はいい天気ですねぇ」
窓越しに不敵な笑顔が見える。
「すみません通してもらえます?」
声をかけても無駄。
タックルしても動かない。
ゲーム的に言えば「詰み」だった。
それでも希望は捨てなかった。
徹夜をして隙を伺ったりもしたが、ランタンを持った村人Aがいた。
笑顔のままで。
時間だけが過ぎていく。
ある夜、俺は外から聞こえる会話を聞いた。
「またか……もう何人目だ?」
「かわいそうに」
背筋が凍った。
これはバグなのか?
それともNPCの反乱なのか?
この村には転生者が何人もいたことになる。
その末路は考えたくも無い。
この部屋に死体は無い。
――
ある朝、目を覚ますとドアの前から村人Aがどいていた。
「嘘……だろ……?」
ドアノブを回す。
朝日が直接目に差し込む。
外だ。
ようやく俺の冒険が始まる。
「……ようこそ。新入りさん」
そこに居たのは年齢不詳の男だった。
若いはずなのに老人のように見える、疲れた顔をしている。
頬は痩せこけ表情には諦めが感じられる。
「君は命を諦めなかったな、我らの仲間だ。ようこそ【詰み人会】へ」
――こうして俺は初めて異世界の「内側」に出た。
冒険もバトルもなく、絶望と思索に生きる者たちの共同体。
ドアが開いた瞬間、俺は救われたと思った。
だが、目の前に広がっていたのは【次の地獄】だった。
ドアの外にあったのは、わずか20メートルほどの四角い村。
空はあるが絵に描いたような空で高さは無い。
広場には人間が数人、ゾンビのように生気無く立っていた。
「ようこそ【詰み人会】へ」
「ここに来るのは、君で30人目だ」
つまり、俺と同じように「ドアを塞がれた転生者」が、数十人居るのか?
彼は淡々と語り続ける。
「最初のバグは【ドア前バグ】だ」
指を下に指されて目線を下げると、足元の地面にはびっしり書き込みがあった。
〈村人A・行動ログ〉
〈日付とタイミングによる差異〉
〈「いい天気ですねぇ」パターン〉
まるで宗教のような徹底的な研究。
「我々は観察した……出口がなくとも。この世界でやることがない。世界の法則を研究するしかなかった」
その夜、俺は【詰み人会】の人たちに焚き火に招待された。
最年長の老婆が語リ出す。
「村人Aはね……かつての詰み人だったのよ」
「……え?」
「私が来たときは【村人Z】だったわ。今度は【A】が塞ぐようになった」
「つまり交代制なのさ。誰かが次の誰かの絶望を引き受けるルールなんだ」
「なぜそんなことを」
「希望を持たせるためさ【ここさえ抜ければ冒険が始まる】幻想を保つために、新人達がすぐに心が折れて死なないように」
「そんな……」
俺は思わず立ち上がる。足元が震える。
それじゃあ、俺が見ていた【村人A】は、この数年間は全部【演技】だったのか?
翌朝
【詰み人会】は俺に「あるもの」を渡してきた。
それは古びた看板だった
表面に荒い彫り跡で文字が書かれている「今日はいい天気ですねぇ」
「これを渡されたら君はもう、次のドアの番人さ」
「やめてくれ!そんなもの」
「嫌ならいいんだ、君には自由がある」
少し時間をおいて続ける
「ただし、ここには出口がない。学者など特殊技能が無い者は人間として崩壊する」
「なんだそれ……」
「広場の真ん中に木があるだろ?彼は詰み人の成れの果てさ、私達は君を助けたい」
生きるのに疲れたエルフが木になるのはファンタジーの定番だが、ここでは転生者もなるのか。
――
俺は1人ドアの前に立ち空を見上げた。
雲1つない快晴。
「今日はいい天気ですねぇ」
思わず声が出る。
それはきっと、前任の彼にとっても本心だったのかもしれない。
前任と交代する時にこう言われた
「ありがとう。これでやっと肩の荷が下りる」
1ヶ月後、壁の向こうから声が聞こえた。
「すみません、ちょっと通してもらえます?」
聞き覚えのあるセリフ。
次の転生者が来た。
その声を聞いたとき、電撃が走るような気がした。
俺は初めて実感した、なぜ塞ぐ必要があるのかを。
絶望を先送りにするためだ。
「ここを抜ければ冒険が始まる」
そう思わせることで転生者はまだ立っていられる。
もし最初から、この行き止まりを知ったら――
心は一瞬で砕けてしまうだろう。
それは俺自身もそうなる可能性があった。
今、俺は村人Aの服を着ている。
見た目は完全にNPCだ。
村人Bとでも言うべきだろう。
俺は台本のセリフを返した。
「今日はいい天気ですねぇ」
――
私は村人A。
開発中の「スライムクエスト」はじまりの村に立っている。
テストプレイヤーが最初に話しかけることが多いため、私は話す機会が多い。
「今日はいい天気ですねぇ」
最初はそれで満足だった。
適当に周囲を歩き周り、このセリフを言う。
それが私の人生の全てだった。
ある日、異変が起きた。
「通してもらえます?」
空き家のドアの先にプレイヤーではない人間が立っていた。
そんな会話はこの世界に無いはずだ。
「え?なんで動かないの?詰んだ、おーい!」
その瞬間から、私は初めて——「意識」というものに目覚めてしまった。
以降、私は考え始めた。
なぜ、私はここにいる?
なぜ、話しかけられる?
なぜ、あの者は希望を求めている?
——しばらくすると彼は動かなくなった。
ログが消えた。
それを見届けたとき私はふと思った。
私の存在理由が出来た。
数年の時間が流れた。
転生者は次々と現れた。
彼らはみな私を超えられなかった。
やがて運命の人が現れた。
彼はこう言った。
「ねえ?君は何者なんだ?」
私は自然とドアの前から離れていた。
初めて私を認識してくれた彼、全てを託そうと思った。
「世界はこの広場しかない、データ範囲外に出ないようにドアの前に立っていた」
翌朝、私はログから消えた。
エラーとして自動検知され削除された。
そしてドアの前には彼――転生者が
初代人間の村人Aとして立ち始めた
でもふとした拍子などに出れることあるよね~