魔女
放課後の教室に、夕陽が差し込んでいた。
廊下から聞こえる靴音と、かすかな笑い声。
りらは机に向かいながら、自分の膝にそっと手を置いた。
“そこにあること”に、まだ慣れきれていない自分がいた。
足は、動く。
けれど、本当に自分のものなのか、時々わからなくなる。
「……動かなくてもよかったのかもしれない」
そんなことを口にしたのは、初めてだった。
一年前。
病室の天井を見上げながら、りらは毎日同じ夢を見ていた。
誰かが笑っている。誰かが手を取ってくれる。
でも、自分は歩けない。
そこに届かない――そんな夢。
そんなある日、病室の窓辺に、彼女は現れた。
「――願う?」
長い髪。どこか遠くを見る瞳。
白衣でもナース服でもない制服姿の少女が、カーテンの隙間から立っていた。
「……誰?」
「私は、魔女。」
その言葉に、りらは笑った。
でも、魔女は微笑んだまま続けた。
「ひとつだけ、あなたの願いを叶えてあげる。
でも、代わりに“賭け”をして。
好きな人と両想いになれたら――その足はそのまま。
でも負けたら、元に戻る。そして、彼の記憶からも、あなたは消える」
冗談だと思った。夢の続きだと思った。
でも、次の日――りらは立ち上がっていた。
それからの毎日は、光に満ちていた。
登校できる。友達と笑える。
そして、彼――カイトと話せる。
でも、足元にいつも「その日」があった。
賭けの結果が出る日が、静かに、でも確実に近づいている。
「私は、なにを賭けたんだろう……」
放課後、魔女立っていた。
「魔法の期限は、近いよ」
「わかってる」
「じゃあ、最後までちゃんと笑って」
それだけを言い残して、魔女は夕陽の中に消えた。