独白
あのころの “わたし” がいると思い、投稿してみます
朝。目を覚ますとあたしは両親に挟まれるようにして寝ていた。
大丈夫。なにも言われてないけど、わかってる。だって夢に見たから。
「―――――気をつけてね、パパ」
ママが心配そうな顔でパパに言った。
パパは答えないけど、その顔はわかっていると言いたげだった。余裕がないから、気を引き締めるので精一杯なんだろう。
あたしは後部座席にすわっていた。高速をハイスピードでとばす車の中は静かだった。時々ママが「気をつけて」と注意する声が響くだけ。荒々しい運転なのにあたしは冷静だった。
教室に入るとまだ全員は来ていなくて、なんとか遅刻せずにすんだとホっとした。見ればスクールバスも到着していない。まあ、スクールバスに乗ると必ずといっていいくらいに遅刻する。
「―――――あっれ、如月。めずらしいじゃん、あんたスクバスでしょ?」
クラスメイトの長月が隣の席から声をかけてきた。
「おはよ。バス乗り遅れたから送ってもらった」
「ありゃま。ま、そのバスはまだ到着してないけどね。変な話だよねえ、朝早いのに到着は遅いとかさ。スクバスの子らっていっつも廊下に立たされてるもんね」
スクールバスは何箇所もバス停に停まる。そのたびに生徒を乗せていくため、学校に到着するまでに時間が大分かかる。あたしも普段なら朝早くバスに乗り、学校に着くのはホームルームが始まってから。正当な理由があるから遅刻にはならないけど、うちのクラスの担任の方針でいかなる理由があろうともホームルームが始まったら教室へ入ってはならない決まりになっていた。だからあたしもその中のひとりってわけだ。
「どうした? 顔色が悪いよ。あんたちゃんと寝たの?」
「ん。寝た。あ、そういえば明後日の予定なんだけど」
あたしはカバンから教科書とノートを取り出して机の中にしまう。
「あー、部活の?」
「うん。あたし手伝えなくなった。ごめん」
「え。どうしたん」
「葬儀。おじいちゃん亡くなったから」
まばゆい光の世界。
まっしろな世界で、おじいちゃんは眠っていた。
あたしはふいにおじいちゃんに呼びかけて、おじいちゃんは目を開けた。あたしは何かを言いながら光の向こうを指差して、それを見たおじいちゃんは笑った。
とても、とても、あたたかい世界で、あたしは心がひどく穏やかになっていくのを感じていた。
人は死んだらどこへ行くのだろう。本当に閻魔様っているのかな。三途の川ってあるのかな。
実際に死んでみないとわからないことばかり。わかっているのは人はいつか必ず死ぬということ。そしてそれは絶対に止められないことだということ。
おじいちゃんは光の世界に行った。なにも心配することはない。
おじいちゃんが死んでしまったというのに空はとても青い。クラスメイトもいつも通り。あたしだけがいつもと違う気持ちでここにいる。いつもと同じものがあるのに、それはまるで別のもののように思えてくる。いつも見ている風景なのに、ここはどこ? 違和感を感じてしまう。
あの光の世界が脳裏に焼きついている。やさしく微笑んだおじいちゃんが忘れられない。
「―――――…………」
かなしいな。さみしいな。死んじゃった。おばあちゃんを残して逝っちゃった。最期ににぎった手、あったかかったな。ちゃんとあたしだってわかってくれて、うれしかったな……。おばあちゃん、だいじょうぶかな。おばちゃんたち、ちゃんとそばについていてくれてるよね。
いつか、おじいちゃんみたいにおばあちゃんも死んじゃう。パパも、ママも、みんな死んじゃう。やだな。そんなの見たくない。ききたくない。こわいもん。でも避けられないこと、わかってる。でもそれなら、いっそのこと無人島にでも行って海を見て過ごしたい。そうしたら誰も目の前で死ぬことないから。島に果物が生っていれば生きていけるし、あまり長く生きたいとは思わない。それがだめなら先に死にたいな。事故とか病気とか。自殺するのはやだな。朝起きたら死んでました、っていうあれがいい。…………なんて、現実にはそうそう起こらない。
「如月ー。目が死んでるよー」
背中をポンとやられ、あたしははっとした。
「んあ。……わるい、ぼーとしてた」
「元気だしな。あんたがそんなんじゃおじいさん心配するよ?」
「……だね。サンキュ」
長月が明るく振舞ってくれていると感じて、あたしは感謝した。
「ねえ長月」
「ん?」
「無人島っていいよね」
「そーか? だーれもいないのに?」
「だれもいないから、いいんじゃん」
あたしが笑ってみせると、長月はすこし目を見開いて言った。
「だめだよ。だれかいなきゃ死んだときそばにいてもらえないじゃない」
そのセリフにちょっとびっくりした。
あたしはだれかが死ぬのを見たくないから無人島がいいと思ったのに、長月は自分の死を見届けてほしいから無人島はいやだと言う。
「…………。」
「あんたのおじいさん、幸せな最期だったんじゃん? 親族に見守られる中で逝けたんだから」
「・・・・・・そう、なのかな・・・・・・」
「最期の最期まで、手をにぎってもらって、そのあたたかさを感じていられるって、幸せだと思う」
「・・・・・・・・・・・・」
あたしが黙っていると、長月はふ、と微笑して、あたしの頭をポンポンとやった。
「だから、無人島なんて行っちゃだめよ?―――と、予鈴鳴ったから席戻るねー」
ひらひらと手をふり、自分の席に戻っていく彼女の背中になんとなく目をやる。
そして慌しくHRをはじめようとする周囲の動きにまぎれて、少しだけ 泣いた。
~了~
ありがとうございました