第38話
「ほら立て!!」
「え?」
「何をすっとボケている!!」
目の前には木の剣を構えたおっさんがいる。
「お、俺?」
俺は周囲をキョロキョロと見回す。
「おい……ふざけてるのか?」
「は?」
バコッ!!
俺はおっさんに木の剣でぶっ叩かれる。
「ったく……今日はもう休んでいいぞ」
「???」
「おい、何やってんだよチギー」
若い男性が駆け寄ってくる。
こいつも何やら武装している。
「へ?」
俺はへたり込んだまま答える。
げ!!
チギーって『近衛騎士』って本の主人公!?
クッソ!!
またかよ!!
「申し訳ありません……」
俺は男の手をとって立ち上がる。
「お前、訓練のしすぎなんじゃないか?」
よく見ればここは訓練場だ。
今度は『近衛騎士』の主人公チギーになったってわけか。
マジかよ……
見ず知らずのヤツの代わりに訓練なんてやってらんねぇだろ。
「そうですね、少し混乱しているようです」
「はぁ!? チ、チギーが弱音を??」
あれ?
このリアクションはミスったかも。
そういえば本の主人公チギーはクソほど真面目だ。
弱音すら吐かないほどのクソ真面目だったのか。
「いや、大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ!!」
「どうしました?」
訓練場には似つかわしくない、美しい女性が近づいてくる。
着飾っている、とは言えないが、身なりは訓練場のそれではない。
腰まで伸びた美しい金髪が、訓練場では一際目だつ。
「こ、これはスーナ様。
このような訓練場に来られるとは……」
スーナ?
あぁ、こいつか。
こいつがチギーを近衛兵に抜擢した本人だ。
男はスーナにひざまずく。
俺もそれを見て、ひざまずく。
「それで、チギーはどうです?」
「はい!!
拾っていただいたこの身、必ずやご期待に添えるよう……」
「スーナ様、困りますぞこのような訓練場に」
俺の言葉を遮るようにでかい男が話す。
さっき俺のことを木の剣でぶっ叩いた男だ。
「まぁ、良いではないですか。
それよりキヌガル、どうなのです?」
「はい……チギーの気概は認めます。
こいつは誰よりも訓練をしていますし、レベルの割には強いようです」
ちょっと待った。
レベル。
レベルだ。
またレベルがあるわけね。
「ただ……」
キヌガルと呼ばれたデカイ男は俺の方をチラリと見る。
キヌガル……キヌガル……物語で出てきたな。
「ただ?」
「これといって光るものはありません」
おおぅ……はっきり言ってくれるね。
確か、『近衛騎士』の中でもチギーは凡才の努力家って話だったな。
えぇっと……俺、夢の中でチギーより努力する気はないよ?
とすると、本の内容よりさらに弱くなるんじゃね?
詰んでね?
「フフフ、私人を見る目だけは自信がございますの」
「はぁ……しかしですね……」
キヌガルは困ったように頭をかく。
◇
「なんだってお前みたいなのが拾われたんだろうな」
「確かにそうですよねぇ」
俺は訓練の後、先輩騎士のクロイソと食事をすることになった。
どうやらクロイソはチギー直属の上司で、さっきのデカイ男キヌガルは近衛騎士長らしい。
そうだ。
キヌガル近衛騎士長。
この人が死んでしまうことで、近衛騎士団が壊滅状態になるんだった。
「はぁ?
お前さっきからおかしいぞ」
「そ、そうでしょうか」
「あぁ、いつもなら
必ず!! 必ず期待に応えて見せます!!
とか鬱陶しいほどに熱血じゃないか。
それがどうした……?」
「まぁ努力って正しい方向に向かわないと、効力は半減ですからね」
自分で言うのもなんだが、俺は努力家だ。
しかし、その努力が全て報われてきたわけではない。
間違った方向に努力をして、結果を出せなかったことなんていくらでもある。
「うわ……お前、熱血が取り柄だったのに……」
「いや、やる気はあります(と思いますけど)」
げ……
またやってしまった。
しかし、クロイソのリアクションを見るにチギーは相当熱血の努力家だったようだな。




