第37話
コンコン……
「書咲です」
「どうぞ」
「失礼します」
ガチャ……
俺は大学の渋谷先生の研究室へやってきた。
例の70万の謎の明細書の件である。
「やぁ、よく来たね。
バイト代の話だったかな」
「はい」
渋谷先生には事前に電話をしてアポを取ってある。
「月末に振り込む予定だったんだけど、それじゃ遅いかな?」
「い、いえ。
そうじゃないんです。
別荘のほうに書留で明細書が届いたんです」
「ほぅ……書留で」
「はい。これが明細書なんですが、やっぱり渋谷先生じゃなかったんですね」
俺は別荘に届いた明細書を渋谷先生に見せる。
「そうだね。これ、僕じゃないよ」
渋谷先生は明細書に目を通しながらいう。
「何かの間違いでしょうか?」
「いや、書咲君宛の書留だろう?
間違いってことはないと思うよ」
「何の目的でこんな大金……」
「さぁねぇ……とにかく、僕からのバイト代じゃないよ。
僕の方は予定通り月末に支払うでいいかな?」
「はい。お願いします」
「うーん……」
渋谷先生は明細書をじっくりと見る。
「何かわかります?」
「いや、これさ源泉徴収までされてるね」
「はい。税金はすでに引かれてるみたいなんですよね」
「それに、この振り込み元の会社……なんか、どっかで聞いたことあるような」
「え!? 本当ですか!?
ネットで調べたんですけど、出てこないんですよね」
「うーん……気のせいかもしれないけど」
「まぁ、僕の方でも少し調べてみるよ」
「ありがとうございます。
念の為お金は手をつけないでおきます」
「あの、それとあの別荘、やっぱり不思議じゃないですか?」
「不思議? 伊藤さんが消えたこと以外にも何かあるの?」
「はい……毎日同じ夢を見るんです。
本の内容と同じ夢です」
「それは疲れが溜まっているのかもしれませんね」
まぁわかってはいたけど、相手にされないよな。
渋谷先生は現役の物理学者だ。
論理的に説明できないことは一切信じていない。
本の内容が書き変わるとか説明したところで、絶対に信じてくれないだろう。
「まぁ本の整理は急いでないからさ、少し休んでよ。
ほら、書咲君こん詰めてやっちゃうタイプでしょう?」
「いや、まぁ疲れてはいないんですけど……」
◇
やはり夢の話は相手にされなかった。
そして、疲れているとみなされ、追加で温泉の回数券をもらった。
まぁこれはこれでありがたいのだけど……
そして謎のお金のこともそうだが、もっと気になることがある。
【落とし穴】だ。
あれから人気のない場所で発動させてみた。
マガタのスキル【落とし穴】。
それが使えてしまうのだ。
ただし、夢の中とは若干勝手がちがう。
まず穴の大きさ、深さだ。
夢の中で使った【落とし穴】よりも一回り小さい。
2mはないだろう。
不意に落とされれば、怪我をするかもしれないが、大人なら這い上がれる深さだ。
そして、何より……
「……………………」
【落とし穴】について話そうとすると、話せなくなる。
夢の中で、先の展開を話せなかったときと同じだ。
「……………………」
これは人前だけじゃない。
誰もいなくても、【落とし穴】について発言ができなくなる。
書くのもダメだ。
明らかにあの別荘……書庫のせいだ。
楽観的に、超能力が手に入ってラッキーと考えるべきだろうか。
「……………………」
しかし、この制約があるせいで素直に喜べない。
大企業の内定に目が眩んでバイト継続をしてしまったが、本当にこれでよかったのだろうか……
◇
書庫整理の作業を再開する。
やはり温泉の無料券をもらって、別荘で快適にアルバイト。
いや、ほんと悪くないんだよな。
ブワ……
ん?
不意に風が吹き込んでくる。
あれ?
どっか閉め忘れたっけ?
俺は風が入ってきた方に移動する。
隠し部屋だ。
隠し部屋が少し開き、そこから風が流れてきた。
地下から風が吹くか?
やっぱりおかしいんだよ、ここ。
俺は地下の隠し部屋へと入っていく。
ゴトッ……
「うぉ!!」
物音に驚いて、変な声を出してしまう。
「これは……」
本だ。
本が落ちてきて、物音がしたらしい。
分厚い表紙……
細かい装飾がされている。
表紙には『近衛騎士』と書かれている。
なぜだか俺は、その本を手にとってしまう。
気になるのだ。
◇
読破してしまった。
たいして面白くはなかったな。
主人公チギーは努力家で、平凡な才能ながら兵士として国を守っている。
優秀な兵士ではないため、昼夜問わず訓練をする。
その誠実さと努力が、とある貴族の目に止まる。
そして、その貴族の近衛兵として働き始めるのだ。
しかし、貴族の命が何者かに狙われ、チギーはそれを守ることができずに絶命。
バッドエンド。
バットエンドなのだ。
「なんだかなぁ……」
俺は独り言を言う。
そろそろ寝る時間だ。
微妙な物語に時間を使ってしまった。
まさか……
まさか……ね……




