第2話
どうなってんのこれ……
「いやぁ、流石にそれで斬られたら起きるだろ」
俺の勘違いか?
いや、昨日はこんなセリフ無かった。
そもそも、主人公のマガタはこんな話し方ではない。
本が夢のとおりに?
いやいや、バカバカしい。
そんなはず……。
ブー……ブー……。
通知のバイブ音に俺は驚く。
「おい、隠し部屋はどうなったんだよ」
あ、そうだった。
とりあえず返信をしておく。
「ただの書庫だったわ」
「なんだつまんねぇな」
ふぅ~……
友達とやり取りをしたことで、若干落ち着いたな。
とりあえず水飲んでシャワー浴びたい。
ゴクゴクゴクッ!
喉がカラカラだったので水を飲み、シャワーへ向かう。
別荘なだけあって、浴室は古いが一般家庭よりやや大きい。
水回りはリフォームしたのか、古い感じはしない。
最新というわけでは無いが。
◇
軽く朝食を食べ、本の整理を始める。
昨日の夢はなんだったんだろう。
そしてあの本……
まぁ考えても分かることではないが……
非常に気になるが、バイトをサボるわけにはいかない。
何しろ俺は真面目なのだ。
さっさと本を整理してしまおう。
◇
昼飯を食べながら、「罠師」の本を読む。
「うるっせぇ!」
これ、俺が夢で言ったヤツ。
「おい、今喋ったやつ。全員顔覚えたからな。笑ったやつもひとり残らず!」
これも俺が夢で言ったヤツ。
「ウォオイ! 誰が、しゃべっていいつった?」
これはルオカが言ったヤツ。
マジか。
マジで夢のまんまじゃん。
昨日読んだ内容と全然変わっちゃってるんだけど。
あれか。
そもそも昨日読んだ内容を勘違いして……
いや、それはないな。
内容が少しだけ違うとか、そんなんじゃないし。
全く別物なわけだ。
勘違いとか記憶違いとかそういうレベルではない。
まぁ……
夢のとおりに本が書き換わったってことだよな……
「んな馬鹿な……」
つい独り言を言ってしまう。
もう一度隠し部屋に行ってみるか。
俺は、「罠師」を持って隠し部屋へ行く。
昼間に行っておかないと、夜ちょっと怖いし……
◇
「罠師」を元あった場所に戻す。
気味が悪いんだよな……
部屋に持ち帰ったのが間違いだったような気がする。
そして隠し部屋の扉の鍵をしっかりとかけ、本棚をスライドさせる。
マジで勘弁だわ。
◇
夕方まで本を整理するが、全く終りが見えない。
本の整理が終わったら別荘で優雅に過ごそうか、と思っていたがまず無理だろう。
別荘自体は居心地が良いんだよな……昨日のような悪夢がなければだが。
◇
俺は近くの温泉にやってきた。
別荘地には、日帰り浴場もある。
なんと、バイトの俺に回数券を与えてくれたのだ。
バイトの間、来ようと思えば毎日来ることができる。
俺はSNSや動画を見ながら注文したカツカレーにがっつく。
近くの温泉といっても、少し距離があるので車できている。
小さい軽自動車だ。
だからここで酒を飲むことはできない。
帰りに少しお酒とつまみを買って別荘で食おう。
◇
プシュッ!
今日はハイボールだ。
さっきカツカレーを食ってきたので、ハイボールとアイスクリームを食べる。
デザートで酒を飲むのは割りと好きなんだが、あまり共感は得られない。
というか、友達もあんまり酒を飲まないのだ。
一通り動画をみると、寝る時間になる。
今日は大丈夫だよな……?
◇
「マガタ、東の地コクテをお前の領地とする」
マジかぁ……
本は隠し部屋に戻したんだけどなぁ……
それだけじゃダメってこと?
「おいおい、返事もろくにできねぇのかよ……」
それ、昨日も聞いたよ。
「ったく……やってられるかよ」
俺はため息混じりに言う。
「な!」
あたりがザワつく。
そりゃそうだろう。
マガタの父アテラザは領主様。
この物語ではバリバリ偉い人だ。
逆らうなんてあり得ない。
けど、俺には関係ない。
「汚え馬車に、最悪の領地。やってられっかっつーの」
あと夢だし。
マジで俺には関係ない。
「ふざけるな!!」
怒鳴ったのは父アテラザではなく、異母兄弟の兄ルオカだ。
「うるせぇクソ野郎。いつもふざけてんのはてめぇだろ」
そして、この物語の主人公マガタは不遇だ。
妾の子ということで、この正妻の子ルオカには絶対服従。
毎日毎日しいたげられ、哀れな人生を送っていたのだ。
「ルオカよ……もうよい」
アテラザが言う。
その表情は極めて冷たい。
心底マガタに興味がなさそうだ。
たしか、マガタが不遇なのは妾の子ってだけじゃ無かったはずだ。
剣や魔法の才能が無いことで、父親のアテラザにまで見放されているんだった。
そう、この物語は剣や魔法が使えるファンタジーなのに、肝心の主人公が剣も魔法も使えないのだ。
それに対し、異母兄弟であるルオカは剣も魔法も一級品。
肩身が狭いはずだ。
まぁでも俺には関係ない。
「我が命に従えないのならば、牢屋にでも入ってもらおう」
「は? 嫌だよ。くたばれ老いぼれが」
俺は悪態をつく。
何故なら俺には関係ないからだ。
「なんという……」
「不敬だぞ!」
あたりが再びザワつく。
「父上、どうかこのルオカにこの不届き者を始末させてください!」
「またてめぇかよ……」
こいつに昨日斬られてるからな。
「許可する」
俺が身構える間もなく、ルオカが接近し抜刀する。
はやっ!
抜刀したと認識した瞬間に、ルオカが目の前にいる。
ズシャッ!
◇
がばっ!
目覚めると、別荘の寝室だ。
なんだよ……なんなんだよ……。
目覚め超悪いんですけど。
俺の気分とは真逆に、天気がよく、窓からきれいな朝日と庭の木が見える。
あ~……。
なんだかすごく嫌な予感がする。
グビグビグビッ!
俺は水を一気に飲み、足早に書庫へ向かう。
本棚をどけ、隠し部屋の鍵を開ける。
カチッ!
地下室の電気をつけ「罠師」を手に取る。
「父上、どうかこのルオカにこの不届き者を始末させてください!」
「またてめぇかよ……」
マジかぁ……。
やっぱりマジかぁ……。
やっぱり夢のとおりの本が書き換わってる。
この本どうなってるわけ?
俺は本を入念に調べる。
本自体は豪華だが、年季が入っており昨日書き換わったような形跡はない。
ん?
こんなのあったっけ……。
「どうか、どうかマガタをお救いください。書咲現夢様」
!!
ちょ!!
俺の名前!!
マジか!
マジなのか!?
しかし、書咲なんて名字はあまり無い。
同姓同名なんてあり得ないだろ。
それに、これまで起きてきた不思議な現象を考えると、これは俺へのメッセージなのかもしれない。
そもそもこの「罠師」最初の内容より悪化してるよな。
最初に読んだとき、マガタは東の領地に到着していた。
東の領地が治安が悪く、貧困も酷い。
賄賂が横行していた。
マガタは正義感が強く、まずは賄賂を止めようとしたんだ。
その結果、配下の役人に目をつけられたうえに、城の食料が強奪される。
さらに魔物の軍勢まで迫ってきて、領地を守ろうとするも、食糧が無いのでろくに籠城もできずに絶命。
不遇である。
これをなんとかしろって?
バイトの俺が?
お救いくださいって言われてもな。
何かできることなんてあるのだろうか。
まぁもし今日も同じ夢を見るようだったら、少し頑張ってみるか……。
◇
「マガタ、東の地コクテをお前の領地とする」
ですよね。
「謹んでお受け致します!」
俺はビシッと跪く。
「フン……クズが……」
ルオカが聞こえるように言ってくる。
◇
「おいおい、汚ねぇ馬車だな」
「お兄様、お見送りありがとうございます!」
俺はルオカにひざまずく。
コイツちょっとしたことでマガタを殺すからな。
ルオカに元気よくお礼を言うと、若干引いているように見える。
「フン……せいぜい領地運営に励むことだ」
「ハイッ!」
さて、殺されずに済んだな。
出発するか……