第17話
ブー……ブー……着信だ。
「はい、書咲です」
「渋谷です」
「おはようございます。渋谷先生」
「今日は午前中から研究室にいるから、時間があるときに来てよ」
「はい。わかりました」
俺は早速大学の研究室へ向かう。
◇
コンコン……
「失礼します」
「どうぞ」
「やぁ、早かったね」
電話があってすぐに出発したので、10時には大学に到着する。
「コーヒー、ブラックでいい?」
「はい。ありがとうございます」
渋谷先生がコーヒーを淹れていくれる。
渋谷先生の研究室は圧迫感がある。
本が多すぎるのだ。
部屋の左右の壁には、本棚やラックが天井まであり、難しい専門書やファイルが所狭しと置いてある。
コト……
「どうぞ」
「ありがとうございます」
研究室の無機質なテーブルの上にコーヒーが置かれる。
「早速なんだけど、これ、見てくれる?」
「写真……ですか?」
テーブルの上に、アルバムが置かれる。
中には古い写真がたくさんある。
白黒だ。
いつの時代だろうか。
渋谷先生はアルバムをペラペラとめくっていく。
「あ……」
あの別荘だ。
建てた当時の写真だろう。
「見て欲しいのはこれなんだけど」
大きな白黒の写真。
写っているのは、あの別荘だ。
そして、別荘の前には15人くらいの人。
「これは、先生の?」
「そう。ご先祖さまってほど古くは無いんだけど、祖父の祖父くらいかな?」
なるほど。
「誰か見覚えある?」
「いや……先生の一族ですよね?」
俺は一人一人顔を確認していく。
「え……この人……」
俺は写真の一人を指さす。
「この人?」
「伊藤さん……」
写真の一人が伊藤さんとよく似ている。
当時の写真なので、画質が粗く一人一人の顔がはっきりと見えるわけでは無い。
しかし、背格好が同じなのだ。
ただ似ている人、と言われればそれまでだが、同一人物と言えばそのようにも見える。
しかし、同一人物なんてのはタイムスリップでもしない限りあり得ない。
「やっぱり……」
「やっぱり?」
渋谷先生が気になることを言う。
何か知っているのだろうか。
「あの別荘ね、僕が相続する前の前は叔父さんのものだったんだ。
叔父さんがさ、この別荘は特別だって言うのよ」
「はぁ……」
「それで、ずいぶん前のことだから僕も忘れちゃってたんだけど、叔父さんがさ、もしお前が相続して管理するなら、書庫は絶対に管理しろって。
それで、伊藤さんて人が現れたら、お前自身で管理しろだって」
あれ?
でも書庫は俺が整理しちゃってるよな。
「じゃあ伊藤さんが現れなかったら?って聞いたら、誰かに管理させてみろって」
「それが俺ですか?」
「そう。それで、そのときに伊藤さんが現れたら、必ずその人に管理をしてもらえって」
「はぁ……え?」
返事をしてから気付く。
それって俺が管理するってことか?
「まぁ叔父さんも亡くなってるからさ、別に言う通りにしなくてもいいだけどね……
僕小さい頃結構叔父さんに遊んでもらったし、なんとなく気にはなるんだよねぇ」
渋谷先生は、そう言うと棚から大きなファイルを持ってくる。
ゴトッ!!
先生は大きなファイルをテーブルの上に置くと、バラバラと広げる。
何かの資料かと思ったが、そうではないな。
何枚ものカードが入ったファイルだ。
カード……?
いや、名刺だ。
「ここの研究室って実験がメインじゃない?
だから実験の機材なんかをメーカーに発注してるんだよ」
「はい、先輩から聞いています」
僕はまだ3年生なので、研究室には所属していないのだが、実験系の研究室はそういうものだという話だ。
「普通には販売されていないものを発注するわけね。
それがさ、すっごく高いのよ」
「みたいですね」
「発注するとすっごいお金がかかってさ、まぁ僕のお金じゃなくて大学のお金なんだけどね。
これ、いくらしたと思う?」
先生は10cm程度の金属の輪を見せてくれる。
「何か特殊な金属なんですか?」
「いや、普通の金属だよ」
ただの輪っかだよな。
普通の店で売っていたら数百円だろう。
ただ、高いって言ってたからな。
「5000円とかですか?」
「いや、6万だよ」
「え!?」
マジかよ。
こんなゴミ捨て場に捨ててあるような金属が6万?
「高いからさ、新しい実験を始めるときには、だいたい営業の人が二人来るのよ。
それでね。そのときに名刺を置いていくんだよね」
「なるほど」
「書咲くんさ、就職に興味あるメーカーってある?」
「え!?」
興味のあるメーカー?
「まぁさ、バイト頑張ってくれたら、推薦するのもやぶさかではないよね」
なんだって!?
「マ、マジっすか……」
教授推薦ってやつか!?
有名企業とかもはいってるぞこれ。
今の俺には金が必要だからな。
就職するのは2年後だが、弟の学費もできればなんとかしたい。
奨学金なんかも借りることはできるが、お金があることに越したことはない。
それに、早くに内定がもらえたら、きっと母さんだって安心できるはずだ。
「バイト、続けさせていただきます!!」
「いいよねぇ。僕、書咲くんのそういうところ、嫌いじゃないよ」




