第14話
「え?」
俺はあたりをキョロキョロと見回す。
「伊藤さん? 伊藤さーん!!」
大きな声を出すが、返事がない。
というより、別荘に人の気配がない。
伊藤さんに淹れたコーヒーは空だ。
いつの間にすべて飲んだのだろうか。
「まいったな……」
俺はつい独り言を呟いてしまう。
ガチャ……
俺は部屋を出て伊藤さんを探す。
「伊藤さーん!!」
伊藤さんは、どこにも見当たらない。
なんなんだよ……
マジで人の気配がない。
さっきまでそこに伊藤さんがいたことが嘘のようだ。
ダメだ。
さすがにこのままバイトはできない。
学校の授業やバイトの仕事に関してはクソマジメな俺だが、このまま続けるのは不気味すぎる。
とにかく渋谷先生に電話だな。
ブルルルル……
出るかな?
夏休みなんか関係なく研究で忙しい人だからな。
「はいはい」
出た!
「もしもし、渋谷先生ですか?」
「はい、そうですよ」
「書咲です。今、渋谷先生の別荘でバイトをしている」
「あぁ、書咲くんですか。どうされました?」
「今、管理会社の伊藤さんという方が来られたのですが、話の途中で消えてしまったんです」
「ははは……書咲くん、疲れてるんじゃないですか?」
「いやいや、それが本当なんですよ」
「誰とも会わずに書庫整理というのも健康ではありませんからね」
ダメだ。
全く信じていない。
「いや、そうじゃないんです。伊藤さんに淹れたコーヒーはきっちり無くなってますし」
「おや……そうですか……それでしたら私から管理会社のほうに連絡してみますか」
「お願いします。気になって本の整理ができないんですよ」
「なるほど。とりあえず今日は休みなさい。また私から電話します」
「はい……お手数かけて申し訳ないです」
俺は手早く荷物を整理する。
いま起きている現象が不可解すぎる。
唯一救いなのは、伊藤さんが好意的だったことだ。
こんな状況だが、彼からはなぜか安心するような、そんな印象を与えられた。
季節に似合わないあんな不自然な格好で、しかも忽然と姿を消すなんて普通不気味だ。
しかし、伊藤さんからはそんな不気味な印象を受けなかったのだ。
どこか感覚が麻痺しているのだろうか。
ブー……ブー……
着信だ。
秋元?
大学の同じ学科の友人だ。
SNSに通知が来ている。
『今日暇? 例のバイトどうよ?』
『ちょうど良かった。今日休みになったんよ。今からどっか行かね?』
『んじゃ、学食で』
『了解』
秋元とのやりとりで、一気に日常に戻れた気がする。
大学はここからやや遠いが、一時間はかからない。
ゆっくり運転していこう。




