3 かの有名な例のアレ
メガネの似合う美しい担当女医は、倒れたのは虚血性心疾患と思われる、と言った。詳しい原因は不明だが、ストレスと過労、食生活の乱れや運動不足が要因の1つでは、とのこと。意識のない時間はあまり長くなく後遺症も残らず、本当に良かったね、と言う担当女医に指示される通りに詳しい検査をして、異常はなかったが念のため2週間ほど入院してから退院することとなった。
なるほど、命を削って仕事をしているような感覚はあったが、まさか本当に死にかけてしまうとは。
そして、まさか本当に異世界転生が自分に起きるとは。
身体はマリアだが、記憶はマリアと俊介のもの、どちらも有しており、考え方は俊介だ。だがいろいろ試してみたところ、嗜好はマリアのようだった。こちらの料理を食べてみたところ、美味しく感じるものはマリアの記憶と一致したからだ。好ましく思うデザインや香りなどもマリア寄りだ。五感や好みなどはマリアの身体が反応しているのかもしれない。恋愛などはまだちょっとよく分からない。
鏡を見た時の衝撃は忘れられない。31歳、俊介と3つしか違わないはずなのに、病院でパサパサの黒髪にすっぴんのマリアは40代かと見紛うほど老けて顔色が悪く、眼の下に皺ができ始め、ずんぐりむっくりとしたオバサン、という印象だった。女性的な魅力は全く感じられない。茶色の目は疲れ果てていた。職場の吉永さん(自己申告35歳)、塩谷さん(噂では42歳)の方がおしゃれに気を配っていてずっと若々しく見えた。
年齢は近いが性別が違う。これまで生きてきた過程というか、悩みが全然違う。180度違う。
しかも異世界転生の定番、王族でも悪役令嬢でも勇者でもハイスペックな何かでもない。全く、権力や能力とはカスリもしておらず、容姿もヤバい。若さもない。
でも、でもでもでも。
……ラッキー。これって僥倖というか、ミラクルハイパーウルトラ超絶ラッキーではないだろうか。俊介、もといマリアは、じわじわと喜びを噛み締めた。まず、心臓の発作から奇跡的に後遺症もなく助かったことは素晴らしい幸運だ。そして、入院中の2週間は路頭に迷わずに済むし、心の準備が出来る。これから考えなければならないことはたくさんあるが、時間が1番貴重なのだ。そして、なんといっても……普通になれる、チャンスだ!!!病院のベッドで、マリアは、かつてないほど明るい笑顔を浮かべたのだった。