表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A's(アース) ー惑星(ほし)を見守る者達の詩ー  作者: 藤原有理
とある吟遊詩人の詩
2/3

とある吟遊詩人の詩

2章 とある吟遊詩人の詩

 やあ、今日は!僕はソドラっていう、しがないオリオン人の小説家さ。まあ、見た目の年齢でいうと23歳くらい。実際は、もっと歳いってるよ。地球人に換算したら、そうだな…何歳なんだろ。100年以上は生きてるんじゃないかな。はははっ!僕の話をききたいって?うーん、何から話そうか。そうそう、僕は何を隠そう、


アカシックレコード読めちゃう人なんだよねっ!


空気読め?いや、僕が読めるのは空気じゃなくてアカシックレコードだよ。失敬な!

アカシックレコードって何って?そうだなぁ。人生計画みたいなやつだよ。いつ何時にどういう事件が起きて、何歳で何で死ぬ、みたいなあれ。まあ、人によっては未来が見える人もいるだろうけど、僕のはちょっと特殊でね。どこの誰とも知らない赤の他人の過去も未来も見えちゃうし、並行世界っぽい出来事も見えちゃうことがあるんだよね。怖いでしょ。

それに、僕にはもっと特殊な力があって、その時見た記録の持ち主と感覚共有しちゃうんだよね。だからうっかり見えちゃったアカシックレコード内の出来事にて“主人公”が体験した痛みとか恐怖とかいろんな感覚まで自分に起こった出来事のように体験しちゃうんだ。これがさ、不可避でね。僕、見たくて見てる訳じゃないよ。そりゃあ、他人のあれこれ覗いちゃプライバシーの侵害もいいところだよ。でも、見えちゃうんだよ。見たくもないのに、何の予告もなく、白昼夢を見ているかのように見えちゃうんだ。

 うーん、本当に予兆はないの、とか何かスイッチがあるんじゃないのって?あるかもね。大概、変なヴィジョンを見る確率が高い時ってのは、僕がピンチに陥った時とか、痛い経験した時。最初に見た時はね、僕が小さいころ、大好きなナッツを頬張って喉に詰まらせて窒息死しかけたとき。いやぁ、まいったね。三途の川の向こう側で死んだ人たちが手を振ってるとかいうけど、それより凄い物みちゃったからさ。どうしようかと思った。僕が僕じゃない感覚になるんだよ。何が見えたのかって?秘密!だってどこかの誰かさんの語って欲しくない秘密かもしれないじゃん。だから秘密。

 こんな能力持って、怖くなかったかって?誰かに相談したかって?うーん、小さい頃は何も考えてなかったから、親父とかお袋に話したんだよね。そしたら、「苦しくて悪夢にうなされちゃったのね。可哀想に。」って言われて終わったよ。僕もただ、悪夢を見ただけだと信じて疑わなかったさ。どこの誰かともしらない人の体験の一部を共有したくらいじゃ、僕も悪夢見ただけとか白昼夢みただけって思ってた。でも、これがアカシックレコードって知ったのは、僕の身の回りの人に関する悪夢を見ちゃったときに、それが実際起きてしまったからだよ。

 例えばさ、僕の妹がたんすの角に足をぶつけて「痛い!500[ギガハナゲ]の痛さなのよっ!」って叫んだ夢を見たんだよ。アホだろ?ギガハナゲって何って?そうだね、本題から逸れるけど、ちょっち解説。よく、エイプリルフールに変なネタ流行るでしょ。その一環なんだよね。多分どこかの物理専攻の暇な学生のいたずらだと思うんだけどね。チェーンメールで変なやつが流れてきたのさ。


「スイズ デネーヴ発 ●●大学医学部名誉教授 ナガイ=ハナゲ氏が痛さの単位を提唱。人の感じる痛さには個人差がある為、測定がしにくい。しかし、同氏は人の鼻の穴の粘膜の痛覚は個人差がなく、全ての人類に共通するという事を発見した。そこで、1本の鼻毛を、皮膚に垂直に1[ N ]ニュートンの力で引っ張ったときに生じる痛さを1[ hanage ]ハナゲとした。」


 これさ、旧地球文明でも流行ったらしいのよ。こんなアホなネタひっかるバカなんてどこにいるのかなーって思ってたら、なんとうちの妹が真に受けちゃってさ。すっごく嬉々として僕に言うんだよ。「この単位すごいのよ!お兄ちゃん!!!」って、すごくどや顔でいうんだよ。僕さ、あまりに妹が嬉しそうにしてるから、「そのネタはフェイクだよ。」っていう勇気なくて、そのまま放置してたんだけどね。妹は純粋なのか馬鹿なのか、ずっとその単位を得意げに使うんだよ。誰も可哀想で妹に長らく真相を語れなかった訳さ。旧地球文明にも妹と同じように純粋バカな大学院生がいたそうで。おっと、彼女の名前をだしちゃ可哀想だね。実はその子のアカシックレコードも見えちゃっててさ。最初は誰かわからなかったけど、まさかの我等が崇拝する女神ッ……あッ!今のなし!なしなし!聞かなかったことにしてね!忘れてちょんまげ!!!

 話戻すけど、その、妹がたんすに足ぶつけて叫ぶ夢みて数日後だよ。本当に、妹がたんすの角に思い切り足の小指ぶつけて悶絶しながら叫んだんだよ。一字一句違わず、夢でみたまんまのセリフを叫んだんだよ。


「痛い!500[ギガハナゲ]の痛さなのよっ!」


ってね。信じられないでしょ?これってデジャヴとか思うよね、普通。でも同じような体験が、僕の知人の出来事絡みで色々起こるから、流石に不気味に思えてきたし、正直怖くなっちゃったんだよね。きっとこれはアカシックレコードなんだと思い始めたよ。でも、流石にアカシックレコード読めますとか人に言えないし。

 だけど思ったんだよね、僕がこの変な力与えられたって事は、何か意味があるんじゃないのかなって。こんな僕でも誰かの役に立てるならいいなーって思い始めたんだ。

 そこで、僕は閃いてしまった!ほら、あれだよ。よく予言書とかってあるでしょ。何らかの形で近い未来に起こりうる厄災の予言をしてるやつ。アカシックレコード見える人が、どうしても悲惨な未来を変えたくて人に伝えちゃうと良くないとかっていうけど、実際、不可避なイベントはどう足掻いても変えられないからさ、だから良くないんだろうね。ただ、伝えることで被害を最低限に抑える事は出来ると思うんだ。そういう意味で僕は人の役に立とうかなって思った。いや、決意した。堅く決意したんだ。

「僕は吟遊詩人になる!!!」

ってね。別の銀河文明に転生して、吟遊詩人をして、近い未来に起こる大事件とか知らせたり、直接言わなくても抽象的な詩に託して警鐘を鳴らしたりしようかなって。

 そんな時だよ、地球って原始文明の惑星に転生業務の募集が出たのを知ったのは。なんと、鼻毛大好きな、我が愛する妹が、転生管理局のクエストボードを見て情報を拾ってきたんだ。


「【異世界転生」】年齢・性別・職種問わず。太陽系 第三惑星“地球”において地球人の文化の発展を支援する業務。」


 “異世界転生”だって!!!すっごく魅惑的なキーワードじゃんね!地球には魔法が存在しないって聞いたから、びっくりしたよ。僕の住む惑星では、誰でも魔法は使えるんだよね。まあ、適正はあって、どんなに頑張っても初級魔法しか使えない奴もいれば、詠唱なしですげえ魔法バシバシ使える戦闘民族的な奴らもいる。稀に、障害かなにかで魔法が使えない子がいるけど、滅多にそういう子は生まれては来ない訳。そんな訳で、魔法が一切存在しないっていう地球文明は、僕らにとっては異世界な訳なんだよ。

 今まで普通に使えてたものが一切使えなくなるって体験もしておきたかったし、異世界だからこそ吟遊詩人のニーズが高いと僕は確信した訳だ。早速、転生管理局に履歴書出して地球って惑星に乗り込んだ訳。

 でもさ、計算外な事が一つだけあってね。転生時の希望する職種欄で「吟遊詩人」に該当するのが見当たらなくてさ。「バンドマン」とか「落語家」とかってのはあったけどよくわからなかったし。しょうがないから、皆がよくやるアレ、「どれにしようかな女神さまの言う通り あべこべの柿の種 のど詰まったよ 死にそうだ あべしと叫ぶかひでぶと叫ぶか」って唱えながら、指を選択項目順にたどっていくおまじないをしたんだ。そしたら我等が女神様は「小説家」って仰るので、僕はそれにしたんだ。

 で、僕は地球人に転生して「小説家」ってやつになったんだけどね。転生すると前世、つまりは今の僕の世界での記憶は消し飛ぶって事、すっかり忘れてたよ。自分が何の仕事する為に生きてるのかも、すっかり忘れてた訳。だけど、僕の謎能力“他人のアカシックレコード見えちゃいます!”はそのまま残ってたのが唯一の救いだったし。まあ、色々垣間見ちゃった見知らぬ人の断片的な記憶をシナリオにしたらどうかなーって思った訳。

 当時の地球文明では魔法の世界に凄く憧れを抱く傾向あったからさ。ほら、「ケリー・ポッター」とか大ブレイクしたじゃん。略して“ケリポタ”僕もめちゃはまったけどさ。

あ、話逸れるけど。“ケリポタ”の中で分霊箱って概念あったでしょ。あれ、実際あったんだよ。某女神様の転生…アッ……。まあいっか。悪魔倒す時に、流石にHPとかMPでかすぎる悪魔を、ただの人間の女の子がたった一人で倒せないでしょっていうんで、何体かの人に分けて魂を宿して転生させたんだよね。彼女自身も分霊箱になっていたので、正確にいうと、分けた悪魔の魂の一部を自身に同居させつつ、邪悪な意思を封じてたっていうのかな。そんな訳で彼女自身も最後死ぬしかなかったんだ。そういうとこ、ケリポタと一緒だよね、設定が。その女の子の話をすると長いから、今回はパスね。

 話戻すけど。そんな訳で僕は、アカシックレコードで垣間見た色んなキャラの人生の一部を色々つなげたりフィクションいれたりで、ファンタジー小説書き始めたんだ。

僕にとっては魔法の世界は当たり前だったけど、地球人はそれが存在していない。だから、僕が普通に前世での世界の出来事を描いたとしたら、地球人にとっては、十分「異世界」な訳なんだよね。面白いでしょ。えーと、地球での出来事はこれくらい。


それよりも、最新の出来事を話したほうがいいよね。今度こそ、本当に僕は「吟遊詩人」をしてきたんだよ。地球と環境がうり二つの辺境惑星A‘sってところに転生してきたんだ。色々あって、何から話そうかな。うーん、転生業務から戻ったらさっさと記録を纏めないと、どんどん忘れてきちゃうんだよ。だから、記録も兼ねて、ここで皆に僕の武勇伝を伝えておかないと、って思ってね。転生業務って、ぶっちゃけ本体の肉体は元の世界においたまま、魂と精神だけ別の世界の肉体に宿るって感じでさ。転生先で死ぬと業務終了なんだ。転生先の肉体から魂と精神が完全に切り離されて「死亡」と見做される。そこですぐ元の肉体に戻って目覚めて日常に戻る人が殆どなんだけど、稀にうっかり転生業務してたって事忘れて、転生先の場所でお化けとしてウロウロしてて、目覚めが遅くなる人もいるんだよね。レアケースだけどさ。僕?すぐ目覚めたよ。転生中の出来事って、目覚めて…つまり転生先で死亡した後…“夢を見ていた”って感じなんだよ。夢って、起きた直ぐは鮮明に覚えてるでしょ?食べたものの味、香り、食感。お腹が痛くなった感じとか。その時の感情とか色々、ね。でも、目が覚めると、感覚や感情、出来事の詳細が薄れていく、そして忘れていく。まさにそんな感じなんだよ。ああ、この瞬間にもいろいろ忘れそう!とりま、キーワードだけでもメモっとくね。詳細は後ほど!

マナの樹の騎士募集中、フンドシ賢者アーク、マナの樹から落ちた小人、マナの樹の為に僕が書き下ろした求人募集用の詩………後、なにがあったかなぁ。あ、予言の詩も色々歌ったんだっけ。マナの樹が絶滅した後のシナリオとか、マナの樹が絶滅しない場合のシナリオとか、サイキッカーの文明とか水棲族の世界とか、うーん、色々。居酒屋ギガサタンとか、なんだろう。フラグが色々あってさ。こういうスイッチはいっちゃうとどういう文明になっちゃうよ、みたいなやつね。前にも言ったけど僕、並行世界も見えるからね。いろいろなシナリオが見えちゃうわけなんだよ。ただ、どのシナリオをA‘sが選択するのかは、そこに住む人々の心がけ次第なんだけど。

 前置きがながーくなっちゃったね。僕の話、脱線多すぎるとか、脱線したつもりの話がながーくなっちゃったり、前置きも長すぎて結局何言いたいのかわからないとか、よく言われちゃうんだ。ごめんごめん。じゃあ、早速、早速…?うん、細かい事は気にしないでね。ひとまずA‘sにおける僕の冒険の話をしようか。


 僕は、名もなき小さな集落の中の、とある家庭の次男として生まれたんだ。名前は、ルーン。ファミリーネーム?多分そんなもの存在してない時代だよ。だれそれの家の何番目の息子のだれそれ、みたいな呼ばれ方くらいしかしてない時代。お互いにね。というか、集落そのものが一つのファミリーみたいなものだったからね。

 他の集落を探しに、冒険の旅に出て他の集落を探しに行った勇敢な人もいたけど、結局戻っては来なかったんだ。その後の消息も不明。

 僕より5つくらい年上だったヤツなんだけど、ロアってやつで、すっごく強くてガキ大将みたいなのがいて。子供だけじゃなくて、大人からも頼りにされてる良いやつだったよ。あいつは、集落の発展の事を考えてて、いつかは旅して別の集落を見つけて、そこと往来が自由にできるようにして、もっともっと人が交流できるような世の中にしたいって言って、張り切ってた。志がめちゃめちゃ高いやつでさ。僕の憧れでもあったんだよ。

 ある日の事、ロアはたった一人で、集落を突然出て行ってしまったんだ。あいつの事だから、皆にいうと止められると思ったんだろうね。夜のうちにこっそり出て行ったみたいだよ。朝になったら彼が忽然と姿を消していたものだから、集落中大騒ぎだったよ。僕は彼を探しに行くって、親父に言ったらさ、やっぱり怒られた。っていうか、めちゃくちゃ怒鳴られた。仕方なくその時は諦めたんだけど、やっぱり僕は彼が心配で仕方なくて、こっそり追いかける事にしたんだ。親に黙ってだけどね。兄貴…アレンっていうんだけど…彼は、僕がこっそり夜中に集落を抜ける事に気づいてて、その理由も分かってた。彼もロアの事が大好きだったから一緒に探しに行きたいと思ってたに違いない。でも自分が長男だからいなくなる訳にいかないって事なんだろう。兄貴は僕に、彼が大事にしていたボーガンをくれたんだ。それとこっそり台所からくすねてきたパンを包んでくれて。あとは護身用の身代わりお守りをくれたよ。集落の間で、狩猟にでる男たちの無事を祈って女たちが作った小さなマスコット人形みたいなやつなんだけど。僕は兄貴に礼を言うと、音を立てないようにこっそり家を出たんだ。

 流石に夜の集落の外は怖かったな。僕も今思えば冷や汗が出てくる。いつ魔物に襲われるかもわからないし、魔物以外だって、野生動物でもクマとかトラとか危険な生き物は沢山いるんだから。ロアが発ってから、まる一日が経ってる。しかも、どっちの方角に進んだかもわからない。僕はとにかく暗くて見えなかったけど、月明かりだけを頼りに、頑張ってロアの足跡らしき場所をたどっていったんだ。まあ、大人たちが昼の間にロアの足跡をたどって途中まで探しに行ったみたいだから、ある程度は分かりやすかったよ。

 でもね…大人たちが探すのを諦めた理由が途中で分かってしまったんだ。僕はその時、恐怖と悔しさと悲しさで一杯になった。足跡が途絶えて、その代わりにあったのが………。お察しの通り。大量の血痕だよ。ロアの遺体らしきものは見当たらなかった。もしかしたら、魔物にばくっと飲み込まれてしまったのかもしれない。大量の血痕があった地点の先には、引きずられたような跡も血痕が落ちてるような感じもなかったから。

 僕は仕方なく引き返すことにした。悲しかったけど、涙が出てこなかった。それよりも恐怖で一杯だったからね。早くその場を立ち去りたかったんだ。下手したら僕もロアと同じように………。

 僕が早足で場を立ち去ろうとした、まさにその時だったよ。突然僕の背後から、邪悪な気配がして、何かが蠢く音が迫ってきたんだ。あたり一面に強烈な臭気と瘴気が立ち込めて、僕は意識が朦朧としてきた。でも必死で逃げようとして走った。その時足がもつれてしまって、僕はその場に倒れこんでしまったんだ。何物かが迫ってきている。僕の背後から僕に覆いかぶさるように何かが……。僕の四肢は麻痺していて、動かなかった。僕は死を覚悟した。ロアを襲った魔物と同じかもしれない。否!きっと、同じやつだ!

 その瞬間だったよ。月明かりに、ひらりと優雅に舞う何か。人影?暗いし逆光だったからよく見えなかったけど、何か布切れみたいな物をたなびかせながら、何かが宙を舞う様に横切って行ったんだ。そして同時に何か激しい爆発音がして、あたり一面が昼になったかのように真っ白になったんだ。一瞬だけね。僕は、その直後に気を失ってしまったみたいだ。

 気が付いたら、フンドシが目の前に垂れ下がってたんだ。なんだかよく解らないけど、すっごく、フンドシだったんだよ。それくらいにフンドシのインパクトが強くて、フンドシしか見えなかったくらいなんだ。月光を浴びて、フンドシ一丁のその人は、正義のヒーローみたいに黄昏ていたんだ。顔はよく見えなかったけど、やっぱりフンドシだったね。とにかくフンドシのイメージが凄いんだ。何度見ても、フンドシ一丁しかきていなかったんだ。僕は、近くの原始人が助けてくれたのか何かだとずっと思いこんでいたんだ。

「気が付いたか?」

突然、件のフンドシの人が、彼を見上げている僕に気づいて話しかけてきたからびっくりしてしまった。でも、この人に助けられたみたいだし、お礼言わなきゃ、って必死になって僕は言い返したけど、あまりにびっくりしすぎて呂律が回らなくてさ。

「アリフガフンッ!!!」

って、変な言葉発しちゃったよ。そしたら、フンドシの人は僕が言葉を話せないんだと思ったのか、テレパシーで問いかけてきたよ。

《 君はこのあたりの住民なのか?それとも旅人か? 》

ってね。で、僕は訳を話したんだ。友達を探して近くの集落からここまで来た事とか、友達が魔物に食われてしまったかもしれない事とかね。そしたら、そのフンドシの人は、後をついてくるようにって、僕に伝えてきた。よくわからないけど、僕は後をついていったよ。やっぱり、どうみても後姿ですらフンドシだったな。

 ネタバレするけど、これが僕と大賢者アーク様との出会いだったんだ。僕が案内されたところに着くと、荒野のど真ん中に、パールカラーに妖しく輝く光でできたドーム状のものがあって。僕、初めてこんなものをみたから、びっくりして腰を抜かしてしまったんだ。同時にあまりの妖しく美しい光景に見とれてしまって。アーク様がそのドームの中に消えてしまったので、僕は慌てて入口を探していたらさ、小石に躓いちゃって転んだら、そのままドームの中に転がり込んだから更にびっくりしちゃってね。アーク様はそれを見て可笑しそうに笑ってた。その時まじまじと彼の顔をみたんだけど、それがさ、すっごくイケメンだったんだよ!!!わかるかい!?フンドシ一丁なのに、すっごくイケメンだったんだよ!!!まさに、“原始人みたいな未開の地の人の顔みたらイケメンだった”、みたいな感じで、めちゃめちゃビックリしちゃったよ。まるで金の糸でできているんじゃないかってくらいの光り輝く金髪で、澄んだ泉の色みたいな綺麗な瞳してて。だけど耳が尖ってたから、人じゃないんだろうな、って直感で思った。だけど、同時に納得しちゃった。人じゃないからフンドシ一丁でもイケメンなのかもしれないってね。いや、寧ろ、イケメンで自信があるからフンドシ一丁で旅をしているのかと思ったくらいだよ。アーク様の第一印象はそのくらいにして、だね。もっとびっくりしたことがあったんだ!


そう、ロアは生きてたんだよ!無事だったんだよ!!!


 ロアは光るドームの内側に横になってて、意識は戻ってなかったものの、怪我は治ってたようだったよ。魔獣に襲われて瀕死状態だったところを、偶然通りかかったアーク様によって助けられたんだ。もう、なんてお礼を言っていいか分からなかったくらい。僕自身も命を救われて、僕の大事な友人も命を救われていたんだからね!

 お礼としては全然足しになってないとは思ったけど、ひとまず僕はマントを脱いでアーク様に差し上げたよ。イケメンすぎるのにフンドシ一丁とか、ある意味目の毒だったからね。なんかちょっと寒そうにもしてたし。うん。本人気づいてなかったとは思うけど、微妙に左の鼻の穴の端がうっすら光ってたんだ。鼻水がちょっとだけ出かけてた感じがした。流石にズボンはこの時差し上げる事はできなかったな。ただでさえ集落を夜勝手に抜け出してきたのに、下半身パンツ一丁とか、絶対いろんな意味で怒られると思ったし。

 しばらくしたらロアがうなされ始めたから、僕は即席で彼の為に歌を歌って落ち着かせようと思ったんだ。なんでこんな事をしようとしたのかわからないけど、多分僕が小さいころ母親によく子守唄を歌ってもらってた記憶があったからだと思う。眠れない時に良く、枕もとで歌ってくれてたんだ。覚えているフレーズを色々ロア向けにいじって、彼が安らかに眠れるように心を込めて歌ったんだ。アッ…安らかに、じゃないや!えーと、穏やかに…だね。似てる言葉だけど、使い方間違うととんでもない意味になる言葉ってあるよね。言葉って難しいよね。


♪ロアの髪の毛にしらみが一匹潜り込んだ

 一匹かと思ったら二匹入り込んだ かゆかゆ

 二匹かと思ったら三匹入り込んだ かゆかゆかゆ

 しらみ しらみ しらみがいっぱい かゆかゆかゆ

 もぞもぞもぞもぞ しらみがいっぱい かゆくて眠れない かゆかゆかゆ

 眠れぬ夜は しらみを潰して食ってしまえ かゆうま かゆうま かゆかゆうまうま


 ロアはうなされずにぐっすり眠ってくれると僕は思ってたんだ。でも、予想外の奇跡が起きたんだ。なんと、ロアが目覚めた!意識が戻ったんだ!!!

 彼は、自身が助かった事やら僕とアーク様が目の前にいる事やらでびっくりしていたみたいだけど、その前に何かいってたな。悪夢でうなされて目覚めたらここにいた、って。悪夢の内容は気になったけど、まあ結果オーライだったよ。朝になって明るくなったら、僕らは集落に戻ることにしたんだ。

 

 集落に戻ったらね、もう、両親が怒りながら泣いてた。「馬鹿者!!!」って、親父に第一声で殴り飛ばされたよ。すっごく心配させたみたいで申し訳ない気分だったけどさ。殴られた所が凄く痛かったから、僕も泣きたくなった。ロアの御両親は、泣きながら大喜びして彼をハグしてたよ。

 アーク様は魔獣を倒して僕らの命も救ってくれた大英雄ってことで、皆に歓迎され、着るものも集落中の女たちが持ってきたし、色々な家に招かれて食事を勧められたりして、暫く集落に滞在してくれることになったんだ。その間に、僕らにも知らない知識をあれこれ教えてくれたり、便利な道具を開発して集落の生活を便利にしてくれたり、本当に感謝してもし足りない程、世話になっちゃったよ。

 あと、僕の歌についても褒めてくれたんだ。

「お前さんの言霊にはとてつもない、未知なる力が宿っている。とても素晴らしい。」

ってね。そして楽器のつくり方と演奏の仕方を教えてくれたんだ。歌と一緒に楽器を演奏すると、僕の歌が更に活きるって言われてね。正直、アーク様に出会ってなかったら、僕は吟遊詩人になろうって事は考えてなかったかもしれない。

「お前さんの言霊が、ご友人の意識を呼び戻したんだ。これは凄い事だ。お前さんの歌は、困っている誰かを助けることができるやもしれんぞ。」

こう言って、僕の背中を押してくれたのは、紛れもなくアーク様だったんだ。

 僕は、彼に恩返しがしたかったんだ。アーク様は、魔獣を倒して集落どうしをつなぐ安全な道を建設したいって仰ってた。まさに、ロアの悲願を叶える為に必要な事だったから、僕もびっくりしたのと同時に嬉しくなっちゃって。アーク様のお役に立てるなら、旅に同行してもいいかどうかと尋ねたんだ。彼は笑顔で頷いてくれたよ。

 一方でロアは、今回の一件で自分の無謀な行為を反省したのと、己の非力さにショックを受けた事で引きこもっちゃって、立ち直るのに暫く時間かかっちゃったな。皆でロアの見舞いに行っても、声かけても全然出てきてくれなくて。てっきり、最初は嫌われたのかと思っちゃったよ。でも、ちょっとずつ励ましたり、諦めずに声かけにいって…ようやく人前に出てきてくれるようになった。僕も、楽器むちゃくちゃ練習して歌いながら演奏できるように頑張って、作った歌で励ましに行ったんだ。

 だけど、やっぱりロアは凄い奴だよ!立ち直ってからはアーク様から色々と勉学を学んで、僕なんかが理解できないような、難しい変な、記号の並んだものを書いて何かを計算してたり、変な図形書いて、壊れにくい建物の設計とかしてたりして。他にもいろいろ勉強していたみたい。食べられる植物を更に効率的に育てる方法とか。彼は、僕が旅立つって聞いて全力で応援してくれた。

「お前が俺の夢をかなえてくれるなんて、心の底から嬉しいし、誇りに思う。俺はここに残る。色々勉強して、集落をもっと暮らしやすい場所にして、もっと豊かに暮らせるようにして、お前が戻ってくる頃にはこの場所をもっともっと、でっかくしておいてやるよ!」

ってね。兄貴も兄貴で、集落の有志を集めて、アーク様に指導してもらいつつ武術や魔法を研究し始めたんだ。万一魔獣に遭遇した場合に、武器を持ち合わせてなくとも太刀打ちできるようにってね。

そうそう、“集落”は他にも沢山あるのかもしれない。なので、他の集落と区別がつくように、僕らの集落に名前をつけようって事になった。アーク様は、人々が朗らかで歌をよく歌って暮らしているということから「ムジク村」って名前をつけて下さったんだ。とっても気に入っているよ。僕は歌う事も楽器を奏でることも大好きだからね。歌って不思議でさ、人を元気にすることもできるし、怒った人を鎮静化することもできるし、本当に不思議な力を持ってると思うよ。


♪緑のフンドシなびかせて

 我等が勇者 いざ行かん

 緑の色は 草の色

 魔力と男気 滾らせて

 我等が勇者は 旅立たん

 てめえのフンドシ何色だ!?

 緑のフンドシなびかせて

 未開の大地へ いざ行かん


こうして、僕らの旅が始まった!


 アーク様は、まず最初に、”友人”を紹介してくださったよ。荒野を旅する事2,3日でその場所についたんだけどね。大きな大きな不思議な樹が生えてて、その周辺だけ草が青々と茂ってた。僕は、丁度その時便意を催したんだ。木陰が丁度いい事だし、樹の根元に用を足そうとしてしゃがみ込んだんだ。そしたらさ、

《 おいクソガキ!ここはトイレじゃないんだぞ、よそを当たれ! 》

って、突然頭の中に怒鳴り声が聞こえてびっくりして、ケツ丸出しのまま転がっちゃったよ。その勢いで、ちょっとだけちびっちゃった。

「言い忘れたが、この巨木が俺の友人だ。」

アーク様、人が悪いんだから。絶対分かってて止めようとしなかったでしょ、って思ったよ。結局、樹の根本で用を足させてくれたんだけどさ。「人糞も肥料にするから、ここでうんこしていけ。」とかいうから。最初からそう言ってくれればいいのに。絶対アーク様とこの樹はグルで、僕をからかってたんだよ。

 この巨木は“マナの樹”っていって、アーク様が使う謎の術“魔法”を使う際に消費する“マナ”と呼ばれるエネルギーを循環させている大事な種族だって、この時教わったんだ。世界中に何本か存在しているみたいだけど、まだまだ絶対数が足りてないのと、寿命が近い個体がいるから子孫を増やしたいっていう事も言ってた。アーク様は、この樹の種を撒く場所も探す旅も兼ねている、って言ってた。マナの樹が何本かあるのに、“マナの樹”って呼ぶのもどこのマナの樹か分からないので、僕は彼に“マナト”って名前をつけて呼ぶことにしたんだ。彼は、すっごく喜んでくれたよ。

 それにしても、マナトの実はくそ不味い。僕、食レポ苦手なんだけどさ…敢えて表現すると、味に統一性がなくて、個性炸裂しすぎ。それぞれの味やうまみ要素が全部入ってて、それらが決してマッチする事なく互いを主張しあってる。兎に角、それぞれのうまみ要素が、我先にと突っ走っている感じなんだ。結果的に全ての要素を台無しにしあってる感じ。香りだけ嗅いでいる分には、すごく幸せな感じにしてくれるんだけどね。一方で、効果は半端なくて、疲れが一気にスゥって取れるんだ。かすり傷とかも一瞬で消えてるし、びっくりした。空腹も一気に満たされたし。味は兎も角、効果は神ってたよ。RPGゲームなんかで良く出てくる、全回復ステータス異常回復の最強の薬草“エリクサー”みたいな感じなんじゃないかな、って思う。アーク様は、マナトの実をもぎってドライフルーツをつくってた。干すと渋みだけが消えて食べやすくなるのと、保存がきくので長旅に役立つって言ってた。僕もドライフルーツを作る手伝いをしたよ。僕らは果実が程よく乾くまでの間、マナトの下で寝泊まりをさせてもらった。

 滞在中、マナトは色々と面白い話を聞かせてくれた。それと、くそ不味いものの、果実で疲れも癒してもらったし。何しろマナトの神聖な力のお蔭で、魔獣から襲われる事もなく安全に過ごす事ができた。なので、ささやかなお礼として旅立つ前の日に歌をプレゼントしたんだ。


♪この樹なんの樹 マナの樹じゃ

 実はくそでかくて くそまずい

 この樹なんの樹 マナの樹じゃ

 魔獣も恐れて逃げてゆく

 この樹なんの樹 マナの樹じゃ

 この実を食えば 戦える 24時間戦える

 アゲイン アゲイン また日はのぼる

 また会う日まで ごきげんよう


マナトは喜んでくれたよ。

《 (作詞センスは兎も角)… 君の言霊には、とてつもなく強い力を感じるよ。君の歌には兎に角、凄い力があるって事だよ。言霊に宿る力はさることながら、演奏力と作曲センスも素晴らしい!!!いいものを聴かせてくれて有難う。僕まで、勇気と力がみなぎってくる感じがするよ。 》

ここまで褒められると、めちゃめちゃ嬉しくなっちゃうよね。吟遊詩人冥利に尽きる、ってね!

 

 アーク様と僕は、遭遇した魔獣を退治しながら、道なき道を進んで旅を続けたんだ。アーク様が一部大まかに作った街道っぽい所は既に何か所かはあるんだ。舗装はしていないものの、魔獣が近寄れないように魔法で結界を張り巡らせた通路が何か所かね。そして旅人が安全に野営地にできるように、オアシスの周りに結界が張り巡らされた場所も何か所か点在しているんだ。問題は、この結界付きの通路まで人々がたどり着けない状態ってこと。人々が自力で魔物を倒せるほどの武術と知恵を持ち合わせていない事、そして文明がさほど発展していない事が背景に挙げられる。丁度、僕らの集落がそうだったように。アーク様は、ムジク村が最初に見つけた集落だったと仰ってた。とっても光栄な事だと僕は思ったよ。

 さて、そんな僕らが最初にようやく見つけた集落の話をしようか。この集落は兎に角、争いが絶えなくてね。大変な場所だったよ。砂漠のど真ん中で貧しい集落だからってのもあるけど、人々はお互いに奪い合って生きてる。お互いを信頼できない。すぐにちょっとした事で口論になる。そして取っ組み合いの喧嘩になる。兎に角、人々の心が荒み切ってる。経験上言えることは、“貧しい場所に住む人々のモラルは低い”って事だろうか。ほら、旧地球文明でも砂漠地帯に住んでる人って気性荒いし、奪い合う文化が殆どじゃない?民族紛争も絶えなかったよね。あと、寒すぎて不毛な土地に住んでいる人々もモラルが低いよね。だからさ、約束すぐ破るし、人の領土欲しがって侵略しまくりだし、約束破って無理やり領土手にして返さなかったりだし。どこの国とか言えないや。あ、今なら時効かな?地球文明滅んでるし。でもうっかり僕、突然どこかの工作員からポアされないよね?ドキドキドキ。ま、そんなわけで。貧しいと心に余裕ができないから他人を思いやれない。自分が生きるので精いっぱいだからね。それでも他人に分け与えて、なんていうのは神様か天使様のどっちかだよ。見ている限り、貧しくて余裕ない土地の人たちってのは他者から奪う事しかできないのが多い。あくまで経験上言える話で、少数派の例外ケースは無視するよ。

 おっと、僕は脱線すると話が逸れて逸れて長くなっちゃうから困る。えっと、話戻そう。その集落なんだけどさ。僕らが集落に訪れたら、そこの男どもが武器もって問答無用で襲い掛かってきた訳。そこで僕は咄嗟に楽器を取って歌を歌った。一時的にでも住民の心を落ち着かせようと思ってね。


♪僕の為に 争うのはやめて

 僕はか弱い 一般ピーポー

 丸腰モブキャラ 一般ピーポー

 叩いたところで なんも出ないさ

 むしろ叩いて 何が楽しい

 溜まるよカルマ 悪行ポイント

 悪行裁くは 地獄の番人

 バーニン バーニン バーニン ゴートゥーヘル

 ノーマクサンマン バサラダンカン

 ノーマクサンマン アビラウンケンソワカ

 アーメンソーメン ミソラーメン

 アーメンソーメン イモフリャー

 イジメダメゼッタイ イジメダメゼッタイ

 イジメダメゼッタイ イジメダメゼッタイ


 なんかよく解らないけど、僕の歌が終わった瞬間、僕らに切りかかってきた住人が地面に何度も何度も頭を叩きつけながら土下座して、泣きながら謝罪してきたんだ。話している言葉は理解できなかったけど、必死で謝罪している気持ちは伝わってきたよ。アーク様はバイリンガルで、見知らぬ集落の全く違った言語も理解しているし、彼らの言葉も話すことができたんだ。僕は、アーク様に通訳してもらって、彼らと何とかコミュニケーションを交わすことができた。アーク様によると、

「なんだかよく解らないけど、心の奥底から申し訳ない気持ちになって、自分たちのしでかした事が大変恐ろしい事だと分かったよ。それと同時に、なんだろう。いろいろな音がして、こういうのを聴いたのは初めてで、感動した。もっと聴いてみたい。」

という事を、土下座しながら語っていたらしい。

 きっとこの集落の民は“音楽”というものを知らないに違いない。僕は自分の使命に目覚めた気がしたよ。音楽は人々の心を癒すだけじゃなくて、人々を啓蒙したり、人々に勇気を与えたりする色々な大事な役割があるって思ったんだ。僕は、音楽を知らない人々に音楽を学ばせたり、音楽を欲している人たちに音楽を与える役目も担っているのではないかと確信したよ。彼らの心が荒んでいるのは、確かに不毛な大地に住んでいるからかもしれない。でも、音楽を与える事で、音楽を浸透させる事で、少しでも彼らが平和な暮らしをできるのではないかと考えたんだ。

 僕は、集落の有志と共に集落周辺を散策して、楽器の材料になりそうな素材を探し集めた。朽ちた木の幹、枯れ枝、甲殻類の抜け殻、動物の毛、動物の皮、その辺の石など。時間はかかったけど、これらを加工して適度な打楽器と簡単な弦楽器くらいは作ることができた。

 アーク様は一方で、集落でも農作物が安定に収穫できるようにと、灌漑の技術等を指導していたみたいだけどね。集落から結構歩くんだけど、一応オアシスはあって。彼らはそこまで、わざわざ生活に必要な水を汲みにいってたみたいなんだ。その際に魔物に襲われて命を落とした人も少なくはないって話してた。なので、オアシスまで続く安全な結界付き通路も大雑把に作った上で、集落の働き手たちに話して、通路を石で舗装して分かりやすくするようにと指示してたよ。通路とはいっても、結界を張ったライン上を杖でなぞって砂地にくぼみを付けただけなんだけどね。

 この集落には“ザント村”って名前をつける事にしたよ。「まんまかよ!」って突っ込みがきそうだけど、残念な事に僕はネーミングセンスがあまりないんだよ。許してあげてね!よくわからない擬声語とか、てきとーな文字列組み合わせて、“ピーヒャラプー村”とか“ヘゲデピポー村”とか、意味不明な名前にされるより100倍マシだと思ってるよ。少なくとも、僕はね。

アーク様がザント村の人々に舗道のつくり方を指導し、オアシスまでの安全な道が大体出来上がるのを待ってから、僕らは村を旅立つ事にしたんだ。その間、僕は村人たちに音楽の初歩的な知識を教える事にした。そして、作った楽器の演奏方法等もね。そしたら結構ここの人たちノリがよくてね。何も教えてないのに、体を揺らしながらめちゃめちゃ楽しそうに演奏したり歌ったりするんだ。何事も全身全霊でぶつかる感じがしたね。なんていうか戦闘民族気質なんだよ、ここの村人たちは。「いっそのこと、自分たちの感情や想いを歌でぶつけてみては?」と促したらさ、これがまた凄いんだ!もう、初っ端からロックンロールなんだよ。激しい人なんて、もう…髪振り乱してヘドバンしながらメタラーもびっくりなくらいシャウトし始めてね。僕は確信したよ。ここの村はメタルの聖地メッカになるってね!村の命名、“重金属村”にすりゃよかった、ってこの時ちょっとだけ後悔したかな。村人たちが音楽を極めれば、きっと楽しい村になると思うよ。「拳で語り合う」ようだった生活スタイルが、「コブシで語り合う」スタイルになるんだよ。想像するだけでもワクワクするよね!

 旅立ちの日、村の子供たちが、僕に手作りの小さな打楽器をプレゼントしてくれたんだ。すっごく嬉しかったね!「おにいちゃん、また遊びにきて、楽しい歌を一杯聴かせてね!僕らも色々歌えるように勉強しておくね!」って。嬉しくて涙と鼻水でちゃったよ。僕らは、名残惜しくも村を背にして、新たな旅に向かったんだ。


 次に見つけた集落の話をするよ。集落、集落って言ってても味気ないからさ。先に名前を言っておこう。“ヴァルザゲライ村”と名付けた村だよ。名前の由来?それは後のお楽しみ。

この村だけどね、村人が見るからにどんよりしてるんだよ。溜息ばかりついてるし、どの人に話を聞いても悩み事が絶えない感じがしてね。やれ息子が何歳になってもお漏らしが止まないとか、やれ嫁にきた女がすぐ出てくとか、家の中から自殺する人が必ずでるとか、農作物が毎年不作でひもじいとか、挙げて行ったらキリがないんだけどね。

 アーク様は村を一周して、ため息交じりにこう言ったよ。「この村は“フウスイ”がめちゃくちゃだ。」ってね。フウスイ?その当時の僕にはよくわからない単語だったけど、日本語でいうと“風水”って書くやつだよね。アーク様によれば、家のつくりが不味いとか、村そのものの地理が不味いとか、色々仰ってた。一軒一軒回って、風水指導をしたり、実際に風水アイテムを作ったものを配置したりで村中走り回っていたっけ。風水ってさ、非科学だと思うでしょ?どうせ迷信とかで片づけられちゃう。でも定式化できないだけで、ちゃんとした物理現象なんだよね。地球人はほら、厳密に定式化できないと科学と認めなかったり、論文が雑誌掲載認められないと、その理論が社会一般に認められないし広まらないでしょ。うーんと、知ってるかもしれないって思うから細かい説明は割愛させてもらうけど、物体も波動なんだよね。地球の物理では“物質波”で通ってる筈。いろんな波の重ね合わせて、一つの波に合体したものを合成波っていうんだけど、家そのものが色々な物体の合成波なんだよね。だから中にいる人も合成波の影響をうけちゃう訳。家の合成波が悪いものだと中に長年住んでる人も悪い影響を受けちゃうわけだよ。だから、自殺者がよく出ちゃう家とか、良くない事ばかり起きる家って、風水が悪かったりする。例えばトイレが家の真ん中にあるとかさ。臭い…つまり穢れた気が家中に回っちゃう訳でしょ。臭い空気には悪霊が呼び寄せられるんだ。それで、憑りつかれちゃう人もいて頭がおかしくなってしまったりする。まあ、そんな訳でアーク様はいろんな家を回って風水的な改善を徹底してまわっていた訳だね。村そのものの構造…つまりどの位置に何があって、っていうのも結構関係してるから、家単位じゃなくて村全体の配置のデザインも指導していたみたいだよ。

 その間僕がしていた事?鬱になった家の人を歌で元気にしたり、病人の家を回って歌で元気づけたり回復力を高めたり…色々だね。子供たちにも歌を教えたりしていたよ。あとは、僕の村の様子を歌にして伝えたり、先ほど回ったばかりのザント村の様子を歌にしたり、今までの旅の出来事を歌で歌ったり…だね。子供たちにバカ受けしたのは、ザント村で子供たちの為に作った激しいテンポの歌。


♪燃やせ 燃やせ お前の闘志

 悪党どもに ASSはない

 さあ! 俺のケツを舐めろ!!!

 燃やせ 燃やせ 地獄の炎

 悪党どもに ASSはない

 さあ! 貴様のケツを出せ!!!

 叩いて 叩いて ケツペンペン!!!

 真っ赤になるまで さあ叩け!!!

 明日に向かって吠えまくれ

 悪党どもに 明日はない!!!


 アーク様が、村の住民に風水を伝授するまで滞在するっていうからさ、僕もその間村人たちと親交を深めたり、歌を教えたりしていたんだ。アーク様は、星を見て農作物育成のサイクルを資料に纏めて、それを元に農業の指導もされていたっけ。

 僕らは、ヴァルザゲライ村の人々の生活が軌道にのったのを見届けると、再び旅に出る事にしたよ。村の人々は頭を深々と下げて、いつまでも僕らの後姿を見送っていたのが分かった。いつかまたこの村に戻ってきた時には、皆が笑顔で幸せに暮らせている事を願いながら、僕らは村を背にして歩き出したのさ。


 次に見つけた集落は、かなりヘヴィーな悩みを抱えていた場所だったよ。集落全体から禍々しい雰囲気が漂ってるっていうか、なんかこう、荒廃しきったゴーストタウンみたいな感じでさ。人は住んでいるんだけど、なんだか怯えてる感じなんだよね。

 僕らがその集落…“タリス村”…って名付けた所にたどり着いたのは日暮れだったんだけどね。村の一番はいりくちにある家を訪ねたら、突然顔に水を掛けられて、変なまじないっぽいのを唱えられて、凄い形相で追い出されたんだよね。どの家を訪ねてもそんな感じだったからさ。アーク様は「もしかしたら、魔物を恐れているのやもしれん。歌でも歌っとけ。」っていうから、仕方なく僕は歌を歌ったんだ。


♪心配ないからね 僕らは魔物じゃない

 恐るるなかれ 僕らにゃ“影”がある

 どんなに怖がって 塩まいたって

 縮みやしない 僕らはナメクジじゃないから

 OH OH OH

 恐れて 恐れられ 魔物は怖いけど

 僕らはやってきた 魔物を祓うため

 OH OH OH

 頼むから きいてくれ 僕らは魔物じゃない

 れっきとした人間だ AH

 心配ないからね 僕らは魔物じゃない

 恐るるなかれ 僕らにゃ“歌”がある

 どんなに怖がって 塩まいたって

 縮みやしない 僕らはナメクジじゃないから

 もう一度言うよ 僕らは 魔物じゃないからね~~~~


 歌い終わって気づくと、人だかりが出来ていて皆が拍手をしていたんだ。僕はなんだか照れ臭くなっちゃった。村の人たちがアンコールってはしゃぐから、僕もいい気分になって二曲目いってみようとしてたんだ。ノリノリで歌い出したその時だったよ。

「♪十字砲火 十字砲火 魔物に向けてドッカン ドッカン!!」


グオーーーーン!!!


突然、雄叫びが聞こえてきたんだ。村の外からかな…?そしたら、村人たちは顔を真っ青にして、何やら先ほど僕らが言われたのと同じようなまじない文句を物々言いながら各々の家の中に引っ込んでいっちゃって、錠前をかけて閉じこもっちゃったんだ。あちゃー………。

 それから間もなくかな。まあ、住民が怯えてる理由が分かったのは。土気色の肌の化け物が、ぞろぞろと村に入ってきたんだ。眼窩の奥には禍々しい漆黒の闇を宿してて、生気はないのによろけながら蠢くように村の中を徘徊しているんだけどさ、自らの意思じゃないような動きなんだよね。すごく不気味で。僕らの姿を見たらワラワラと寄ってきて食いついてきたから、咄嗟に足でけり飛ばしたんだけど、頭が泥人形か何かみたいにポロっともげたんだよ。頭がもげたのに、それでも胴体だけが動いて僕の後を執拗に追いかけてくるんだ。もう気持ち悪いったら!あー、あの時の衝撃といったらトラウマものだったよ!旧地球文明のゲームでそんなやつ、あったじゃんね。知ってる人、いるかなぁ?「危険生物」っていうホラーでアクションなゲーム。ゾンビとか生物兵器が蠢くダンジョンを、謎解きしながら生き残るゲームだよ。結構シビアじゃなかった?弾丸の数の制限あるから武器とか銃弾拾わないと攻撃できなくなるとか、ゾンビブッ叩いても足止め程度にしかならなくて、そのうち復活しちゃうとか。僕なんかあれだ、ある部屋でさ、机のすぐ後ろに不自然にクローゼットある場所あったじゃん?で、机の上の日記を調べてると、突然背後のクローゼット開いてゾンビが「ぐわーーー」って襲ってくる、あれ。もうね、コントローラーぶっ放して、悲鳴あげてリセットボタンうっかり押しちゃったよ。あれ以来トラウマで、怖くてプレイしてないんだよね。話ぶっとんだけど、まさにその「危険生物」に出てきたゾンビがリアルに蠢いていたんだよ!!!もう気持ち悪いし怖いし!僕も誰かの家に入れてかくまって欲しかったけどさ、立場的にここは逃げちゃいけない場面だったから、仕方なく楽器を片手に立ち向かったさ!


♪YOU は DEAD

 浄化の光が焼き尽くす

 YOU は DEAD

 朽ちた体 焼き尽くす

 お前はもう 死んでいる ただの屍さ

 動けるからって いい気になるなよ アンデッド

 YOU は DEAD

 浄化の光が焼き尽くす

 YOU は DEAD

 朽ちた体 焼き尽くす

 灰は灰に 塵は塵に

 穢れた魂よ 天に還らせたまえ

 朽ちた体よ 大地に還らせたまえ

 ストレイシープ ストレイシープ ジンギースカーーーン

 オーイェーーーーーー!!!


 アーク様はアーク様で、華麗に魔術で戦ってたよ。僕は必死に想いを込めて歌ってたから、彼の雄姿をあまり見られなかったのが残念だったよ。時折ドカーンとかズゴーンっていうすごい轟音とともに稲光が走ってたから、アーク様が何やら攻撃魔法を連発してたんだろうな、って思った。

 一通りゾンビを撃退すると、もう新たに湧いてくる様子もなかった。暫くしたら、村の人達は様子を伺いながら、恐る恐る外に出てきたんだ。僕らがゾンビを退治したのが分かると、驚いたのと同時にめちゃくちゃ喜んでた。皆で手を取り合って、泣いて喜んでいたんだ。どれだけ今まで怖い想いを強いられていたのか、なんとなく想像がついたよ。

 村長から話を聞いたんだけどね、どうやらこの村では夜になると死人が蘇って村を徘徊するみたいなんだ。生きた人を見ると奴らが襲い掛かってくるので、村人たちは夜間は外に出ない事にしていたらしい。稀に、死んだばかりの人が実家を訪れて、ドアをご丁寧にノックしてから中に乱入する事があったらしいんだよ。それで、夜間はドアがノックされても人を入れないか、僕らがされたように魔除けの水をかけて魔除けの呪いを唱えて撃退してから戸閉するようにしてたんだって。それにしても、毎晩この状態って聞くと、ただならない事情があるような気がしちゃうでしょ。実際、そうだったんだけどね。

 アーク様と僕は、その晩は村長のお宅にお邪魔して、一晩泊めてもらったよ。翌日だけど、アーク様が村周辺の調査をするっていうから、僕もついていったんだ。屍独特の腐臭っていうのかな、あやつらが歩いた後にプンプン臭いが残ってて。あっ、言い忘れたけど、僕は結構鼻が利くんだ。ワンコほどじゃあないけど、それなりに。アーク様が、臭いの元をたどってくれって言うから、僕はクンカクンカしながら、ゾンビが往来している道をたどっていったんだ。そしたら、ある場所でぱったり臭いが途絶えてて。そこが、寧ろ最も強烈に臭ってた。腐臭と別に、妙な感じもしたんだよね。言葉じゃいえないんだけど、見えない何かなんだよ。物質的な臭いじゃあないんだ。なんていうか、“邪悪な臭い”っていう表現がぴったりなのかな。そしたらアーク様ってば、

「この下に冥界の門があるな。」

とか、凄く怖い事をサラッというんだ。流石に僕、寒気がしちゃったよ。

 アーク様は、“冥界の門”と称した場所に、分かりやすく目印をつけるよう村の人々に指示し、ご自分では封印の術をかけて死霊が出てこないようにしていたっけ。村の人々は、小さな石塔みたいなものを急遽置いたけど。アーク様は集まった村人たちに、死人が毎夜襲ってくる原因を全て話した上で、こうも説明をされていた。

「これはあくまで応急処置だからな。結界が弱まったら、再び冥界の門が開いて同じような事態が起こるだろう。なので、村人の中で霊力の強い人を集めて教育し、結界を張りなおす技術やら邪気や瘴気の浄化、並びに除霊の術を身につけさせないといけないぞ。」

 その数日後、アーク様は村人全てを招集し、今回の事件の背景やら、対策等の説明を行ったんだけどね。その際に提案されたのが、施設をつくれって話だったよ。

「冥界の門の上に浄化作用の高い素材で目印の像を建て、その周囲を囲むように“教会”という建物を建てなさい。中で寝泊まりが出来たり、会合が開けるような部屋も設置する事。間取りはこちらで設計したのを渡すので、そのように作って欲しい。」

そして、

「教会の内部で霊力の高い人々が修行し、更に霊力を磨いて浄化や除霊のスキルを高めるように。そして毎日、冥界の門を封印する為、浄化の祈りを捧げるようにしなさい。」

という内容も指示されてた。

 アーク様は村人に教会の設計図を渡し、建物の強度設計等も踏まえて建築技術も指導していた。それから浄化の魔術やアンデッド系を倒す為の術も指導されてたな。僕も一緒に現場で作業を手伝いつつ、数か月は経ったかな。大分、いい感じに教会が出来上がってきたし。幸いこの村周辺は、木材や石などの資材が調達しやすかったのもあり、初期の教会にしては洒落た感じの雰囲気に仕上がってきた。アーク様がガラスのつくり方の技術を導入したのも、かなり大きいかもしれない。

冥界の門の真上に置く浄化の像なんだけど、最初に封印した業績を称えて、なんとアーク様を模した銅像が配置されたんだ!しかし、

「どうでもいいけど、なんでフンドシ姿に拘るかね…。」

と、アーク様は少々不満げだったよ。村人たちによれば、神聖さや神々しさを追求すると、衣服を纏った像よりも裸体に近い方がよりそれっぽい、とのこと。フンドシ一丁で、左腕を高く天に掲げて拳を握りしめながら仁王立ちで天を仰ぐその姿は、神々しいというのを通り越して、世紀末ヒーローのような仕上がりになっていたけどねッ!僕の思い違いだといいな…。

 まあ、そんなこんなで。タリス村の霊的な治安問題も一区切りついた所で、僕らは次なる冒険の旅に出た訳だ。村の人たちは僕らの旅の安全を願ってお守りをくれたり、保存食を持てる分だけ調達してくれたり、他に旅に必要な物資を大量に分けてくれた上で送り出してくれたよ。きっとこの村は、他にも冥界の門の問題で困っている集落にとって、最良のモデルケースになるだろうと確信した。

 

 次の集落を見つける為に、僕らはかなりの長旅を強いられた。岩場からなる荒地や、殆ど草一本もないような荒野が続いたのもあってさ。へとへとだったよ。アーク様は涼しげな顔してたけど!そんな訳で、そろそろタリス村でもらった食料も底を尽きかけてたし、食材を調達できる場所を探すことが最優先となった。運よく、草原地帯にさしかかり、豊かな森が目の前に広がっているのが見えてきたものだから、僕らはそこで木の実や動物を捕獲して食材を得る事にしたんだ。

 その森なんだけど、入るなり不気味なくらいに静まり返っていて、虫一匹いる気配すらしないんだよな。あたかも、森の木々そのものがフェイクなんじゃないか、って思ったくらい。流石のアーク様も首をかしげていたよ。

「邪悪な気配はしないものの、妙な気配がする。」

ってね。確かに言われてみると、生き物の気配はしない割には、どこかこう、誰かから常に見張られているかのような、嫌な感じがした。そして歩けど歩けど同じところをぐるぐるしているような感じがした。

「アーク様、僕ら迷子になったんですかね?」

僕は流石に不安になって聞いてしまった。

「む…。しばしここで待て。」

アーク様は歩みを止めると、僕を制し、周囲の気配を探るように精神統一をし始めたよ。僕には何も分からなかったけど、アーク様の目には何かが見えたみたいだ。

「結界が張られているようだ。どうやら我々は結界の効果によって、特定の空間内に閉じ込められてしまったようだ。」

「…って、ええ!?出る事も進むこともできなくなっちゃったってことですか!?」

僕は半泣きで、アーク様に縋りついてしまった。

「まあ、落ち着け。俺は術式を探るから、その間お前さんは歌でも歌ってろ。」

アーク様はあっさり僕を振り払うと、再び精神統一をし始めた。僕は仕方なく、哀愁の想いを込めた歌を思い切り歌う事にした。


♪どーこに~ ゆけばい~い~

 道に~迷ったよ~

 食料~ 底をつ~きて~ 僕ら~ もう 限界~

 へとへとの足で~ 森を彷徨いて~

 相方はつれなくするし 僕ひとりぼっち~

 CRY IN THE DARK

 FOREVER

 CRY IN THE DARK

 FOREVER


ひそひそ ひそひそ

その時、誰かが内緒話をする声が聞こえた気がしたんだ。

《 片方はエルフだけど、片方は人間みたいね。 》

《 シッ、聞えちゃうよ。 》

《 大丈夫、多分この声届いてないよ。テレパシーだし。 》

《 ならいいけど。人間にしては、いい声してるわね。すごく落ち着くけど切なくて哀しく、澄んで美しい旋律。歌詞は兎も角として。 》

《 そうね。こんなきれいな曲書けるのだから、悪い人じゃあないのかもよ。ハープに似た楽器の音色もすごく素敵。 》

《 邪悪なオーラも纏ってる様子ないしね。どうする、入れる? 》

《 どうしよう。悪い人じゃないからってマナーがいいとは限らないわよ。 》

《 それはそうね。でもなんか、歌ってる人間、すごく哀しそう。泣きそうな顔で歌ってるわよ。 》

「ぬん!!!」

「キャーーーッ!!!」

 アーク様が結界を破るのと、何者かの悲鳴が聞こえたのがほぼ同時だった。僕は、脳天を直撃するかのような鋭い悲鳴にびっくりして腰抜かしちゃったよ。挙句、足元に何か小さい謎の生き物がいるし!こっち睨んでるし!よく見たら小さいけど顔と手と足がついてるし、人間を縮小化したみたいだった。要するに小人!!!そして小さいのがもう一人っていうか、もう一匹?羽がついてパタパタ飛んでる!!!妖精さんッ!!!そしてやっぱし、めっちゃ僕の事睨んでるッ!!!僕が何をしたというのだァ!!!いやむしろ、結界破ったのアーク様だからねっ!?ねえ、君たち聞いてるかい?って、…アーク様、僕の事忘れてる。絶対忘れてるッ!腰抜かして動けない上に謎の小さい生き物達にめっちゃ睨まれてる僕を置いて、さっさと先に進んじゃうし。ちょっとアーク様ってば!

「結界解けたぞ!…ルーンどこにいる?迷子か?」

アーク様………。僕、貴方の背後にさっきから転がってますけどッ!!!

「なんだお前、腰抜かして動けんのか。はっは!声もでねえか!情けねえな、はっは!」

アーク様はやっと僕の存在に気づいてくれたものの…。腰を抜かした上に驚いて声も出なくなってしまった僕は、彼に背負われる形で森の奥に進むことになったのだった。さきほどの謎の生き物2匹もついてくる形となった。

「お前ら、結界を守っていたのかね?すまんことをしたが、そう怒るな。別に悪さをしに来たわけではない。結界を出て進まない事には我等、餓えて死んでしまうからな。こっちにいる人間も悪いやつではない。泉に小便たれるようなマネはしないし、生き物を乱獲する訳でもない。森を荒らすつもりはないから安心したまえ。ほんの少々我等が食つなぐ分だけ食料を分け与えて頂けると有難いのだが。」

どうやらアーク様は先ほどの謎の生き物の気配に気づかれていた様子だった。しかも、彼らがひそひそ話していたらしい内容もしっかり聞いていたようだった。

 小人の名はライザ。遠く離れたマナの古木の上にある街から、訳あって旅を続けてきたそうだ。マナの樹の上に街があると聞いて、僕はびっくりしてしまったよ。マナトの幹に登ってマナの果実をもぎらせてもらった事があるけどさ、その時に街っぽいものは全然見当たらなかったし。今度、マナトを訪れる事があったら、樹の上の街について聞いてみようと思ったよ。更にびっくりしたのは、先ほどの結界を張り巡らせた張本人が、このライザだったという事。小さい体なのに、なんという凄い魔力を秘めているんだ!

 そしてもう一人の小人、もとい、妖精さんの名前がロピア。森の防衛担当、とのこと。そして、彼女がライザに依頼して結界を張らせた本人という事だった。ロピアによると、この森を抜けた先を暫く進むと、人間たちの住む集落があるらしい。ここに住んでいる人間たちが森の資源を乱獲して荒らしたり、神聖な泉を汚したり、ひたすらマナーがなっていない為に森が荒らされて、森の住民たちが困っていたそうだ。そこで通りかかったマナの樹の民のライザに依頼して結界を張ってもらったという訳だ。

 僕らは、食料を森の中から採集する為の許可を得るべく、森にすむ妖精の長老を訪ねる事になった。ロピアは妖精の村まで案内してくれた。森の中は不思議な植物がひしめき合っていて、見たこともないような生き物が時折木陰から様子を伺っては逃げたり隠れたりして、なんだか懐かしかったよ。今思えば、オリオンに居た頃に、じいちゃんが夏休みに連れて行ってくれた森と凄く似てたからかもしれない。旧地球文明の人々が迷い込んだら、「異世界転生したwwww」って大騒ぎするんだろうな、と今は亡き地球の民達に想いを馳せてしまった。旧地球文明が滅ぶ直前までも、異世界転生ブームで盛り上がっていたのは記憶に新しいからね。

 妖精の村までの道のりは、本当に道なき道といういか獣道をかき分けてようやく辿り着くような辺境の地だったよ。マヂで大変だった!あの大賢者アーク様ですら、涼しい顔をして余裕ぶっこいているのかと思いきや、ひしめき合う木の枝にフンドシの裾をひっかけて、股間が締め付けられて悶絶していたり。僕はうっかり笑いそうになって、必死で笑いをこらえて居たけれど人の事笑ってるどころじゃなかった。絡まり合う木の根っこに足をひっかけて豪快に転倒した挙句、謎のべとべとする巨大な花の中央に頭ごとダイヴして消化液で火傷しかけたり!本当に大変だったんだって!しかもその花、滅茶苦茶臭くてさ。生ごみの臭いがするんだよ。アーク様が慌てて水魔法かけて消化液を洗い流してくれたけど、暫くは生ごみ臭が消えなくて、まいっちゃった。

 村にたどり着くと、長老と思し召す威厳のある風格の初老の妖精が待っててさ。多分、事前にロピアがテレパシーで連絡しておいてくれたんだろうけど。お蔭様で、話が円滑に進んで助かったよ。長老は、事情を察してくれて、旅を続けるのに必要な分だけの食料を森で採集する事を快く許可してくれたんだ。その上、寝泊まりするスペースをあけてくれて…とはいえ、勿論野宿だけどね!人間のサイズで妖精たちの住居に収まるはずがないので、やはりそこは野宿でした。残念!

僕は、泊めさせてもらった事や、素材集めの許可をもらったお礼として即興でつくった歌をプレゼントしたんだ。


♪不思議な森で サバイバル

 フンドシひっかけ おっとっと

 不気味な花に 顔食われ 死にかけた

 いいな いいな 妖精さんは いいな

 羽でぱたぱた空飛べて 樹上のベッドで眠るんだろな

 僕らも行こう 人住む町へ

 まだ見ぬ集落 ランランラン


長老は、とても喜んでくれたよ。

「歌詞は兎も角として、軽快で愉快で楽しい曲じゃのう。楽器の音色も美しい。本当に心から楽しくなるような演奏で、素晴らしい。ついつい踊りたくなってくるのう。」

他の住民の妖精達も曲に合わせて踊ったりくるくる回ったり楽しそうにしてくれていた。

 一方でアーク様はというと、妖精達一人ひとりの話を聞き、近くにあるという人間の住む集落についての情報を集めたり、彼らの悩みの相談事に乗ったりしていたよ。どうやらその集落の住人たちの民度が低く、モラルが低い人も多く、マナーがなっていない連中が多いという話だった。ならず者も多く、争いや犯罪が絶えず、住人たちの間でも盗みや暴行は日常茶飯事という無法地帯に近い集落のようだ。アーク様は鼻息を荒くしていたよ。

「全くけしからん!俺が再教育してきてやる!」

ってね。僕も賛成だった。悪しき言動を諌める歌でもシャウトしてきてやるつもりで曲の構想を練りながら、住民の世話話を彼と一緒に聞いていたよ。

 そんな訳で、ならず者たちから森を守るための魔術やあれこれを、村人に伝授する必要があった。アーク様が村人たちに指導したり文書を纏めている間、僕らは村に滞在させてもらったよ。色々と珍しい料理でもてなしてもらったりして、それがまた嬉しかったな。一番美味しかったのは、森に咲く花の蜜をふんだんに使った焼き菓子だね。

 一区切りついてから、僕らは例のアウトロー集落に向けて旅立つ事にしたんだけどさ、そこで新たに予期せぬパーティーメンバーが加わったんだ。森に結界を張った、マナの樹の街から来た小人のライザだよ。

 彼女はどうしても訳があって、色々な草花の種を集めているみたいなんだ。妖精の村に訪れたのも、その一環だったらしい。僕らが世界中を巡る旅を続けていると聞いて、どうしても一緒に連れて行ってくれというので、結局同行させる事になったんだ。

「すぐに育って、繁殖力がそこそこ旺盛で、水の浄化作用のある草花と、メンタルヒーリング効果のある草花の種を探しているの。」

と、言う事らしい。マナトの種なら所持してんだけどねぇ。僕はそこまで草花詳しくなかったし、アーク様も僕よりは詳しいとはいえ、「専門外だ。」と仰る。こうなったらひたすら旅先で見つけた草花食ったりお茶にしたりして、体当たりで効能試すしかないのかなぁ。あまりにも手探り感が半端なさ過ぎて眩暈がしてきてしまった。

 とりあえず、妖精の村滞在中に、妖精さん達が植物の科の見分け方とか毒のある草の見分け方とか大雑把にレクチャーしてはくれたものの。既に彼らが知っている薬草の効能とかは全て文書で纏めてくれたから、それを所持してはいるものの。未知の草花の効能を調べるとなったら話は別だからね。

 そんな訳で、僕らは新たなメンバーを加えて妖精の村を発った。長老は、何かあったらまた気軽に立ち寄るようにと言ってくれた。僕らは、見送りに来た村の人々に深々と頭を下げて礼を言ってから、彼らの村を後にした。無論、僕らが立ち去った直後に彼らは厳重な結界…アーク様が改良を重ねたもの…を張り巡らせていたけどね。


 歩くこと半日と経たないうちに、件のアウトローな集落にたどり着いたよ。なんていうか、スラム街みたいな感じがした。街並みは滅茶苦茶でカオスだし、住民がやりたい放題やってる感じだったね。好きなところに家を建てて、好きなところに通路作って、勝手に自分の土地増やして…みたいな。家の外とか通路っぽい所にゴミがポイポイ捨ててあって、それを目当てに黒光りする尖った楕円形みたいな気色悪い生き物…地球でいうところのゴキブリにそっくりなやつ…が、カサカサ蠢いてた。集落の中を歩いていると、ひったくりの類にも遭遇したし、物陰では柄の悪い連中も屯していたし。アーク様など何もしてないのに半ば強姦紛いな行為を受け、更に「フンドシ派」ってだけで言いがかりをつけられて喧嘩をひっかけられたし。早速、やつは彼によって初級魔法一撃でのされていた。ゴキブリを叩いた時と同じようなそぶりで、腹を上にしてひっくり返って手足をばたつかせている様が滑稽だった。

「これは教育するのに骨が折れそうだな…。」

流石のアーク様も、この有様をみて苦笑していた。

住民の一部に少しでも常識的な人が住んでいるのなら兎も角、集落全体の民度が低いっていうのが難易度を高くしていた感じだよね。この状態じゃ、恐らく誰に何を話したところで改心の余地はないだろうし…って事。

「一人ひとり当るというよりは、全体の意識を一気に向上させる事ができればいいんだろうけどね。ほんの一部の人たちを教育してまともにしても、集落の大半がならず者どもじゃ、やられちゃって意味がないし。」

僕がぼそっと呟いた所、僕の肩の上に鎮座ましましていたライザが僕の頬を突いてきた。

「あるじゃない、意識改革する道具が!」

「へっ?」

「音楽というのはな、使いようによっては深層心理に染み渡って人を改心させる事も可能なんだぞ。悲しむ人が心地よい音色で癒されるのと同じく、悪人を改心させる可能性も秘めているという事を言っているのだ。まあ、お前さんのスキル次第なんだがな。」

ライザの言っていた事の意味を、アーク様が補足説明してくださったので、僕は理解することができた。

「マナの樹の結界スキルと音楽を組み合わせれば、集落全体の住人を捕縛してじっくり音楽漬けにする事ができる訳だな。はっはっは。」

アーク様は可笑しそうに笑うと、僕らの顔を交互に見た。

「どうだね、一仕事やってくれるかい?」

僕らは頷いた。

 ライザは僕の肩の上からひょいっと飛び降りると、とてとてと歩いて行って、集落のほぼ中央あたりで立ち止まった。

「結界張る儀式が終わるまで、汚らわしい連中から護って頂戴ね!」

そう言うと、彼女は何か念じながら軽やかに、リズミカルに、しかし優雅に舞を始めた。彼女の住む街の伝統芸能かなにかなのだろうか。しかし俗っぽい感じは一切受けず、寧ろ神聖な気があたり一面に張り詰めている感じすらしてきた。彼女が舞を始めてから数分後、突如彼女のペンダントが淡い黄緑色のパールカラーを帯びた閃光を放った。それは徐々に広がって行き、集落全体をすっぽりと覆った。

「終わったわ。次はあなたね。宜しくね。」

 ならず者から援護するまでもなく、儀式は無事に終了した。まあ、出くわしたならず者の類は全て僕らがのしてしまったからね。次は僕の番だ。教育かぁ。うーん。難しいテーマだよね。でも、心を込めて精一杯頑張ろう。僕は愛用の手作り小型ハープを構えた。


♪さあ僕の歌を聴け てめえの心にロックオン!

 ゴミを捨てるな とっても臭い

 ポイ捨てやめろよ とっても汚い

 景観わるけりゃ不衛生 病気も流行るし心も荒れる

 塵も積もれば山となる 天に唾吐きゃ てめえに戻る

 さあ僕の歌を聴け 腐ったマインドぶっ壊せ!

 ものを盗むな 強姦するな

 強奪するな 喧嘩をするな

 自分のしたこと理解しろ 悪い事だと理解しろ

 塵も積もれば山となる 天に唾吐きゃ てめえに戻る

 悪行重ねりゃ必ず戻る てめえのその身に降りかかる

 自分が良けりゃそれでよし? そんなの決して許されぬ

 てめえがしてきた迷惑行為 必ず自分に降りかかる

 悪行重ねりゃ必ず戻る てめえのその身に降りかかる

 自分のしたこと理解しろ 悪い事だと理解しろ

 塵も積もれば山となる 天に唾吐きゃ てめえに戻る


 マナの樹上の街の結界技術は凄まじい威力だった。僕の歌が集落中を木霊して、何度も何度もしつこいくらいにリピートされまくる。しかもある周期で、木霊した音の位相が揃って、共鳴された音が膨れ上がってビンビン響きまくる。頭蓋骨を直接振動させて、脳が震えるくらいに僕の歌が響きまくるんだ!歌というよりは、もはや怪音波レベルだった。

 暴力的な音波攻撃に頭を抱えて、集落の住民たちが煙で炙り出された害虫かなにかのように這いずり回りながら家から出てきた。あるものは目を白黒させ、口から涎を垂れ流しながら。あるものは涙を垂れ流し、泣き叫び苦痛を訴えながら。彼らを見た感じからすると、音攻撃で衰弱しきっただけであって、彼らが心の底から反省をしてくれたようには到底見えなかったけどね。もし僕の音楽に魂の奥底から共感してくれるのであれば、こんなのた打ち回るような醜態は晒さない筈だもん。

アーク様は僕に対して、演奏だけでも構わないので彼らを寝かせる音楽を奏で続けるように仰ったので、僕はそれに従ったよ。僕が演奏を始めて数分と経たないうちに、音波攻撃で炙り出された住民たちはコロリと眠りに落ちてしまった。アーク様は何やら呪文を唱えると…呪文?いや、念仏?いや違う、これは催眠術っぽいような…。

「マインドコントロールの一種だ。案ずるな。」

言葉が通じない輩には力押し、という事らしい。

 住民たちの寝顔は、なんだか穏やかで安らかな表情になっていった。アーク様に何を唱えていたのか問うた所、ものすごく爽やかな笑顔でこう返されたよ。

「なに、ある種の精神支配を応用して一般常識以前の事を叩きこんだだけさ。悪さをしたら必ず何らかの形で裁かれる事。他人に迷惑かける行為は止める事。他人に行った迷惑行為や悪事は必ず自分に還ってくる事。それが嫌なら、己の行いを改める事。人の話に耳を傾ける事。どうしても犯罪行為をやめない迷惑な輩がいるなら、法律を定める事。そして法によって裁くこと。刑務所も作ること。学校を作って最低限の人としての道徳と一般常識を学ばせる事。挨拶をする事。などだ。」

そして思い出したように付け加えた。

「そうそう、最後にこれを言って暗示を完成させたな。今からお前たちは集落の中央部に集まる。そして俺らの話を素直に受け入れて聞くことになる。俺が法律だ。俺が言う事には何人とも逆らう事は出来ない。」

僕は驚きのあまり口をパクパクさせてしまった。これって絶対、極悪非道な輩がやっちゃいけないやつだよね…。あとは相手と状況と目的も選ぶよね。アーク様だからこそ、そして住民がこの有様だからこそ許される事だけど、よいこのみんなは絶対これ、マネしちゃだめだからね!

 そんな訳で、住民たちはアーク様の最期の暗示に従って、わらわらと僕らの周りに集まってきた。まるで、いかがわしい宗教団体の集まりみたいだったよ。アーク様は彼らに、教育、特に道徳教育の重要性、そして秩序を保つために法律を定める重要性などを延々と説いていた。住民たちが、「ハハーッ!イエス マイロード!!!」と相槌のようにひれ伏しながら彼の説教を素直に聞いていたのがちょっと滑稽だったけどね。

 その後はアーク様と僕らで協力しつつ、集落の区画整理やら簡単な法令の整備、教科書の編集などを行った。流石にゴミ芥のような未整備の集落の中で野営したくはなかったので、集落より少々離れたところに丸太で簡単な住居を建て、そこから通う形になったんだけどね。ほぼ一から集落を立て直すのに近かったし、長期戦になるのが見込まれたからね。子供は勿論だけど、大人も集めて再教育の必要があったし、それ以前に彼らの居住スペースの見直しだよね。一度、全て更地にしたんだ。そしてどこからどこまでが誰それの土地、と住民がお互いに譲歩しあったりしながら境界線を定め、台帳に纏めていった。戸籍も整理したし、財産などの所有権も整理して台帳に纏めていった。その作業がてら、道路にして良い場所をお互いに提供しあわせたり、他の公共施設を設ける為の土地も確保させたり。 更に、妖精の森に入る必要のないよう、第一次産業を確立する必要もあった。農地の開拓、そして農業の初歩的な知識と技術を資料に纏めつつ住民にも現場作業を通して農業を教えていく作業、などなど。公共施設、学校やら刑務所、病院、道路などの建設も住民たちを作業に当たらせつつ、彼らの新しい家も建てていく必要があったし。本当に、やることがてんこ盛り過ぎたよ。衣食住が落ち着いて来てから、ようやく僕は彼らに歌を教える事ができた。かつては僕の歌で這いつくばって悶絶していた人たちが、今や歌によって気分を盛り上げたり、幸せな気分になってくれたりしている。楽曲が良い意味で彼らに浸透するようになっていったのが、とっても嬉しかったよ。そうだ、集落の名前だけど「リーゲル村」と命名したんだ。皆が秩序を守って平和に過ごせるようにという願いも込めて。

 ライザは一方で集落を拠点に、植物の種探しにちょくちょく出かけていたみたいだけど。種採集という意味では、あまり戦況は芳しくなかったらしい。でもいい知らせもあって、ライザが旅の途中で離ればなれになってしまったペット…?…仲間…?が見つかったみたいだよ。見たこともない大きな鳥なんだけどさ。腹が減って動けなくなっていた所を見つけたみたいなんだ。良かったよ、助かって。これで見つけられずに居たら、ひっそり息絶えてミイラになっていたかもしれないし。どうもマナの樹の臭いが好きなのかわからないけど、アーク様を見るや否や、彼のフンドシの裾をぐいぐい引っ張ってスリスリしてたからね。そう、アーク様のフンドシの緑は、マナトの葉っぱで染めたものなんだよ。

 あとでライザから聞いたんだけどね、その謎の鳥はマナの樹の果実を食べて生きるガルーダという鳥で、神聖な守り神とされているんだって。彼女がアクシデントで樹上の街から木の下に転落した際、落下したガルーダのひな鳥を見つけたそうだ。それ以来一緒に旅をしてきた仲間だと言ってた。見た目はダチョウくらいの大きさなのに、まだひな鳥みたいで、空を飛べないらしい。今までその鳥の背中に乗って、徒歩で旅を続けてきたんだそうだ。名前?ピーピー鳴くから「ピピ」だそうだ。まんまじゃん!

 僕らは、リーゲル村の人々の生活スタイルが軌道に乗るのを見届けてから、旅に出る事になった。アーク様は村人たちから神聖視されていて、出発する時が大変だった。住人たちが総出で見送ってくれたのはいいけど、号泣したり足元に縋り付いて、まだ留まるようにと懇願する人たちもいて。彼らを説得して、なんとか旅立つ事ができたよ。ピピの食料の件もあるので、僕らは一端マナトの元を訪れる事にしたんだ。アーク様の転移魔法で、一度訪れたことのある場所なら一瞬で移動することができるんだよ。便利だよね!


 マナトは相変わらずだった。今回はパーティーメンバーが増えていたので、驚いたのと同時に大はしゃぎしていたけどね。ライザはというと、マナの樹本体と会話ができたのに驚きを隠せなかったみたい。今までは、樹の上の街に住んでいたけど、マナの樹本体と直接会話をした事はなかったと言っていた。彼女にとってマナの樹は、世界そのものでもあったからね。地球上の民が女神ガイアと直接交信するのと同じ感覚なんだろうけど。

《 ガルーダの雛鳥だね。巣から落ちたのかな。腹を減らしているようだね。さあ僕の実をお食べ。ふふふふふ。 》

マナトはピピを見ると、枝を揺らして新鮮な果実をドサドサ落としてきた。何度きいても、某菓子パンヒーローが悪だくみをしているようにしか思えない口調なんだよね。ピピはマナトの言葉が分かっているのかどうか知らないけど、とても嬉しそうに樹を見上げて「ピィッ」と一際甲高く鳴くと、落ちている実を美味しそうについばみ始めた。

 一方で、ライザは次の旅の準備をしながらマナトと話し込んでいたようだったけどね。

《 そうかぁ、メンタルヒーリング効果のある草花と、水質汚染浄化の草花かぁ。僕も周辺の事しか分からないけどね、僕の爺さんの話によると最近、奇妙な少年が旅をしているって噂だよ。道行く先々で色々な草花や木々の種を採集して回っているとか。 》

「奇妙な少年…?ひょっとしたら草花に詳しいかしら。その人なら何か知っているかもしれないわね。」

《 どうだろうね。あくまで爺さんの話だからね。僕の父ちゃんか兄弟たちにきけば何か情報知っているかもしれないな。ちょっと待っててね、交信してみよう。 》


《 ・・・・・・・久しいな、息子Aよ。 》

《 息子Aとか、呼び方酷すぎだよっ!“村人A”みたいな感じだし、モブキャラ感半端ないんだけどっ! 》

《 まだマシだ、我々の世代など“マナA”とか“マナA・改”とかいう呼び方だったし、親父の代など“M001”とか番号で呼ばれていただけだぞ。それは兎も角。俺に何か用か? 》

《 爺さんが話していたんだけど、旅先で植物採集をしている奇妙な少年について、何か詳しい情報があったらいいなと思って聞いたんだけど。 》

《 ああ、俺の弟Bがそいつを知っているやもしれん。最近、妙ながきんちょが来て、樹の幹に落書きされたとかで愚痴っていたからな。 》

《 案外、管理番号か何かだったりしてね。個体数を調べるときの目印みたいな。 》

《 聞いていないので目的はわからぬが、邪悪なものではないようだ。ただ… 》

《 ただ……? 》

《 うむ。好奇心が強すぎるという事は、下手をしたら害にもなりかねんという事だ。用心してその少年に関わったほうがよさそうだ。…俺の直感だがな。 》


《 うん、お待たせ。 》

マナトは他に色々な仲間と交信して情報を収集していたようだった。

「どうだった?」

《 えーと、少年の名前は分からないんだけどね、噂によると住んでいる街から追放されたみたいなんだよね。悪戯が過ぎたかなにかで。 》

「えっ!!!嫌だな、私なんか見つかったら家畜の餌とかにされないかしら!」

《 どういう子か直接会ってないから人柄はわからないけど…。流石にそれはないと思うよ? 》

僕は気になって、つい会話に割り込んでしまった。

「ほらあれだ。虎穴にはいらずんば虎児を得ず、って言うじゃん。その子に会ってみれば何か話が進展するかもだし!君を餌になんか、させないよ。万一の時は、僕が歌でぶちのめしてやっちゃうからね!」

《 その手があったね!君もすっかり頼もしくなったよ。うんうん。 》

「とりあえず、件の少年を探してみよう。植物採集をしているという事は、植物が生い茂ったエリアを目指せば、そのうち遭遇できるやもしれん。」

途中でアーク様も参戦してきた。

「でも…手あたり次第、世界中を巡るのは効率が悪いわ。何か手はないのかしら。せめて、彼が最後に目撃された時の情報さえあれば…。いつどこにいて、どの方角に向かったとか…。」

《 その辺は心配ないよ。この“大賢者アーク様”は魔力以外の殆どのステータスを“運”につぎ込んだようなキャラだからねッ!だから、すぐ見つかると思う! 》

「お前それ、褒めてるの?馬鹿にしてるの?」

《 えー、それ聞いちゃう?答えたら凹むでしょ、キミは。 》

「それ、後者が答えって言ってるようなものだろッ!凹むだろ、普通に!」

《 あははっ!相変わらず君は、弄りがいのあるエルフンだよ。 》

「“エルフン”は止めろといっただろ!動物のクソみてーなニュアンスじゃねーか!」

このマナトにかかれば、偉大な大賢者様ですら、この有様なんだよね。でも、弄り倒されながらもアーク様は凄く楽しそうにしてる。しかもアーク様の違った一面が垣間見えるのが嬉しかったりする。近寄りがたい聖人君子でも砕けた会話をするんだな、って具合で。

「どのみち、故郷を追い出される程の悪さをした問題児だ。人々の住む集落を捜索しても見つからんだろうな。道なき道を行くしかなさそうだ。」

《 それに、年端のいかない少年がたった一人でマナの樹を巡るほどのサバイバル力の持ち主だよ。マナの樹の生えている場所は人里から遠く離れた秘境といってもいい場所にある事が多いからね。僕の爺さんを訪れた事からも、凄まじい野生児の気質が読み取れるよ。 》

「人が歩くペースはたかが知れてるし、マナトの爺ちゃんに会えば何か分かる気がするんだけど…どうだろう。」

「そうね、何年前におじい様がその少年に出くわしたかという情報、そして次に向かった方角が分かれば捜索範囲が絞れるかもしれないわ。」

《 あははっ、それは良いアイデアだね!じゃあ、僕の爺さんのいる方角を教えてあげるね。ここから北東を一直線に目指すといいよ。ピピちゃんのご飯も手に入る事だし、情報も手に入るし、一石二鳥。 》

「お前ら、なかなか冴えてるじゃないか。先を越されたな。」

アーク様は肩を竦めて楽しそうに笑っていた。


 僕らはマナトに教わった通り、北東に向けて旅立った。何週間かの長旅だったけど、ライザが旅の途中で身に着けていた植物の知識のお蔭で、食べられる植物や薬になる植物の見分けがついた。北に向かうにつれて、砂地や岩場が多くなり、植生も心細いものとなってきた。地衣類やコケなどが殆どで、稀に灌木が生えている程度だった。ライザが大量に作ったマナの実を加工した非常食が、僕らの餓えやのどの渇きを癒してくれたのが救いとなったよ。荒れ果てた大地を北東に向けて進みに進んで、遠くの方にようやく巨木の影っぽいものが見えてきた時は、本当にホッとしたよ。

 マナトの爺さんに近づくにつれて、緑が豊かになってきたのが不思議だった。ぽつぽつと生えていた草の密度がだんだん濃くなっていき、次第に灌木が生い茂った島が見られるようになり、更に近づくと雑木林も何か所かあったんだからね。水がこんこんと湧き出る小さな泉もあったよ。

ようやく樹の根本までたどり着くと、テレパシーで先に声を掛けられた。

《 遠路はるばる、ようこそいらっしゃった。話は孫Aから聞いておるよ。 》

「初にお目にかかる。俺はアークという者だ。こちらは一緒に旅を続けているルーンとライザと、ガルーダのピピだ。宜しく頼むよ。」

アーク様が僕らの紹介を済ませている間、ピピは落ちている果実を見つけては嬉しそうについばんでいた。久々のマナの果実だからね。

《 おや、お前さんは“境界の巫女”だね。見た所、私の街の者ではなさそうだが。下界に出られた事も不思議だが、色々と事情がおありのようだな。 》

 マナトの爺さんは、ライザの事を“境界の巫女”と呼んでいたけど。旅の理由も“種を集める”という事以外はあまり聞いてなかったし。彼女自体も何やら特別な存在だったみたいだ。ライザの事、考えてみたら良く知らないんだよね。彼女も自分から語ろうとすらしなかったから、尚更なんだけど。今更、あれこれ聞けないし…。聞いちゃいけないような気もしたんだよね。なんていうか、研ぎ澄まされたオーラを持ってたから、ある意味近寄りがたい存在って感じがしちゃって。なのに…

「外の世界に出てみたいって、言う事を聞かなかった幼馴染を止めようとしてもみ合いになって、逆に私が落ちちゃっただけなので、特に深い事情はありませんの。」

って、ええええええ!?!?まさかのウッカリ転落オチとかッ!!!色々と聞いちゃいけない事情だったらどうしようと、今まで配慮してきた僕は一体何なのさ!

「ごめん、最初に二人に伝えたほうがよかったのかな。もしかして、今まで私に気を使ってくれてた…?」

呆気にとられた直後、脱力する僕の姿を見て、申し訳なさそうにライザが言った。


ライザさん、今更ですかッ!!!


《 それはそれは、災難だったな。それより、風の噂では、お前さんたちは人を探しているとか耳にしたが、世界中を旅しているという”天災少年”の事かな? 》

「天災?天才、じゃなくて?」

ライザは怪訝そうに首を傾げた。僕も、耳を疑ってしまった。いや、耳ではないね。直接テレパシーで脳にメッセージが届く訳だから。

《 タイプミスではない。天災、のほうだ。まあ、私の幹に彫られた文字を見ると良い。 》

そう言われて、太い幹をぐるりと一周しながら表面を調べていく。マナトの爺さんの幹はゴツゴツしていて、樹の皮も厚く、本当に老木だった。高く聳え立つ樹の幹の上のほうに所々巨大な洞があり、人間がまるっと寝泊まりできそうな大きさだった。それでも尚、枝には青々と無数の葉が生い茂っており、神秘的な生命力に満ち溢れていた。その様には、威厳すら感じられた。そんな巨木の幹に、相対的にみるとほんの小さく点にしかみえないような文字で、何か彫ってある。


“魔の根源の樹 001 N70 E15”


 僕には、この奇妙な文字列の意味が良く分からなかった。前半部分だけで言えば、恐らくマナの樹の名称が分からなかったから、本質をメモしたのかもしれない。確かに、魔の根源であるマナを循環させる役目の樹という意味では的を得た表現だ。“001”は、最初に見つけたから1番目という意味で、もしかしたら個体数の調査も兼ねているのかもしれない。後半の記号は、何を意味しているのか全くわからなかった。

「こいつは驚いた。天災と同時に天才なのやもしれん。」

一方でアーク様は、半ば嬉しそうな口調で頷きながら、その文字列を見ていた。僕らが首を傾げていると、アーク様が説明をしてくださった。

「このN70というのは、惑星A‘sの赤道からみて70度だけ北にあるという意味だ。E15というのは、どこを基準に取っているかは分からないが、ある地点から東に15度という意味なのだろう。この惑星が球体をなしている事を認識していた事も素晴らしいが、方位を計測する技術を持っている事も素晴らしい。」

惑星?赤道?…聞いたことのない単語の羅列に、“当時の”僕は混乱してしまった。そもそも大地はある場所で途切れていてそこが世界の終わりで、その先は何もない場所が広がっていると思っていたからだ。僕が目を泳がせていると、アーク様が補足説明をしてくださった。

「惑星A‘s、つまりお前さん達が住んでいる世界だと解釈してくれて良いかな。赤道というのは、球体であるこの世界の北と南を貫通する軸に対して垂直に球体を輪切りにした場合、その円の直径が最も大きくなった場所を指している単語だ。口頭で伝えるより図を描いた方が早いのだろうが。」

「なるほど…。僕はてっきり、平原を見渡した時に遠くの方に見える線が世界の果てだとばかり思ってましたから、びっくりですよ!じゃあ、ずーっと真っすぐ歩き続ければ、いつかは一周して同じ場所にたどり着くって事じゃないですか。」

「まあ、そういう話になるな。」

「私も結界の外は神々の領域で、誰も外に出られないと聞いていたし、結界が破られると災いが起こると聞いていたわ。だから結界を死守するのが我々”境界の巫女”の役目と教えられて、今まで言い伝えを守ってきた訳だし。いざ、樹から落ちて結界の外に放り出されて、巨人たちの住む世界が広がっていた事ですら驚きだったというのに。世界が球体の上に構築されているって事を聞いて、更に驚きだわ。」

《 私としては、寧ろ樹上の民と”巨人”が一緒に旅をしている事が驚きなのだがな。 》

マナトの爺さんは可笑しそうに枝をわさわさと揺すらせていた。

 マナトの爺さんによれば、件の“天災少年”は南を目指して旅立ったようだ。恐らく、これ以上北方に進んでもめぼしい植物がないと判断したからだろう。冷涼な北方を目指した今までの旅路において、徐々に荒原植生に変って行ったにも関わらず、爺さんの周辺に突如、森林植生やら草原植生が広がっているのは、爺さんの持つ魔力の恩恵によるものであることは明白なのだからね。

 僕らは、出発に備えて爺さんの果実を分けて貰った。ライザは再び果実を主原料に、謎の薬をあれこれ調合していたけどね。

そうそう、ずっと「マナトの爺さん」じゃあ味気ないからさ。彼に名前をつけてあげたんだ。「シゲル」にしたよ。爺さんは照れ臭そうに枝をわさわさとさせていた。

《 素晴らしい名前を有難う!私がご老体なものだから、「シゲラナイ」なんて名前を付けられなくて安心した。 》

「なんなら、爺さんが亡くなった時に、「シゲラナイ」を戒名にすればいいじゃん。」

《 悪くはないアイデアだな。頂こう。 》

こんな軽口が叩き合えるのは、やっぱりDNAのなせる業なのだろうか。マナトも冗談が通じる樹だったからね。

 さて、僕らは“天災少年”を追って南に旅立つ事にした。ピピは名残惜しそうにシゲル爺さんの周りをウロチョロしながら梢を見上げて、時折ピイピイ鳴いていた。

「いくわよ、ピピ。」

ライザがピピを促すと、ピピは仕方なさそうにトテトテと小走りにライザの後に続いた。

《 あなた方の旅に祝福があらんことを。 》

「ありがとう。爺さんも達者で!」

僕らはシゲル爺さんに礼を言うと、歩き始めた。


 どれくらい旅を続けたかな。そもそも、件の少年がどのくらいのペースで旅をしているかも分からない上、厳密に南に下り続けている保証もないし。途中で気が変わって東西に逸れたかもしれないし。はっきりいって、この広い球体上を徒歩で旅しながらその少年を見つけるというのは、奇跡に近い確率じゃないかとすら思えてきた。

 しかし、不思議な事に奇跡は起きるものなのだと、信じざるを得ない事が起きた。突如、悲鳴のような雄叫びのような声が遠くの方から聞こえてきたんだ。声の聞えてきた方向に、真っ黒な竜巻のようなものが見えた。竜巻、いや、邪悪な気配がしたんだ。あれはきっと魔物だろう。誰かが魔物に襲われているんだ。早く助けなきゃ。

 アーク様は、僕らがすっぽり入るくらいの円…すごく歪んでガチガチだったけど、トポロジー的には円っぽいもの…を杖の先で地面を削って描くと僕らに言った。

「おまえら、この結界から外に出るなよ。」

「あっはい!」

突如、がちがちの円が閃光を放ち、僕らは高速で前方に向かって飛空した。そして、竜巻らしきものに見えた物のすぐ手前に着地した。

近くで見たら、漆黒の邪悪なガスの塊が竜のような形をなしていたものだった。ローブを纏った小柄な人が、咄嗟に僕らの姿に気づき、転がり込むようにこちらに駆け込んできた

「たっ…助けてくれっ!!!“アレ”に仲間が殺られたんだッ!!!」

「下がってろ。」

アーク様はその人物を背後に匿った。そして迫りくる前方の魔物に対してゆっくりと手のひらを向け、何かを念じた。

「斬!!!」

刹那、前方の大気が轟音を立てながら割け、そこから生じた光り輝く亀裂は魔物を一瞬で一刀両断した。魔物を形成していた残骸は、光の粒子となって塵尻に空気に溶けて消えていった。流石はアーク様だ。旅の途中で何度も彼の戦いぶりを見てきたとは言え、やはり何度見ても惚れ惚れするものがある。

「す…す…………、すげえ……………。」

一方で、駆け込んできた謎の人物は腰を抜かしたまま、その光景を見て呟いていた。

「…大いなる厄災の前触れ………。歪みが生み出す影………。急がなければならないわね。」

ライザも何やらぼそぼそ呟いていたけど。何やらとっても不吉な単語がちらほら聞えた気がしたけど、気のせいかな…。

 ひとまず危機は去ったようだ。改めて、先ほどのローブの人物が僕らに向き直った。

「先ほどは、助けてくれて有難う。僕はレオナ。君たちは…?」

僕らも、簡単に自己紹介をしていったよ。すると、彼はライザを見た途端に息を呑んだ。

「きっ、キミは!!!もしかしてアイツと同じ種族なのかい!?」

あいつ…。ひょっとして、先ほどレオナが「殺られた」と言っていた相棒の事かな?一方でライザはハッとした表情でレオナを見返していた。知り合いなのかな。

「アイツって…まさかエミルの事かしら!?殺られたって、まさか………。」

「うん………。ごめんな………僕が無力だったせいで………。」

レオナは目を伏せた。全身が小刻みに震えている。拳を硬く握りしめたまま。その場の空気が凍り付いた。嫌な予感が当たってしまった。

 レオナの話によると、どうやら「エミル」という人物は、ライザと同じ出身の樹上の民の少年とのこと。自分の身勝手により、うっかり幼馴染の少女を地上の世界に落としてしまった事を悔やんで、彼女を探す旅に出た所でレオナに出会ったようだ。

「さっきの変な化け物は、ある場所を通りかかったら突然何匹も湧いてきたんだ。一緒に倒してたんだけど、僕も武器が底を尽きちゃって、あいつも魔力が尽きちゃってどうにもならなくなったんだ。アレは触れた存在を無に戻してしまうみたいで、物理攻撃が効かないんだよ。あいつが乱気流で飛ばされて、そこをあの変な奴に飲み込まれて………。ほんっとに………申し訳ない………。」

ライザは、俯きながらレオナの話に耳を傾けていた。

「そっか………。バカなんだから………最後までおバカなんだから…………。」

彼女は深くため息をつくと、レオナを覗き込んだ。

「あまり自分を責めないでね。あなたのせいじゃ、ない。あいつはあいつなりに、自分のけじめをつけたのだから、きっと悔やんでいないと思うの。」

「うん……ありがと…………。でもさ、あと一息だったのにと思うと。ほんの一秒でも二秒でも…僕が持ちこたえられてたら、キミにあいつを会わせる事ができたのにさ…。」

ライザは首を横に振った。

「悔やんだって、死んだ人は戻ってこないもの。前に進むしかないのよ。ほら!元気だして!」

ライザはレオナの体を勢いよく突いた。どうやらそこが彼の急所だったのかな。彼は妙な声で呻いてのけぞった。すると、彼の懐から妙な機器が転がり出た。なんていうのか、地学で地質調査に使う測定器「クリノメーター」に似た物体だった。”あるべき姿の”僕、即ちオリオン人としての記憶が戻った後の僕ならわかったけど、”当時”の僕にはそれが何だかよく分からなかった。それでも、この時代のA’sにおいて先進的な器具であることだけは見ただけで分かった。ひょっとしたらだけど…。ひょっとしたら、まさか……。

 その、“まさか”だった。僕が切り出す前に、ライザが先に彼に聞いちゃったからね。

「あなた、まさかだけど、マナの樹に管理番号みたいなもの彫ってた?」

「あ、やべっ!ゴメン!それ僕だ!君らにとって、マナの樹って御神木みたいな存在だったもんね。エミルから後で、すっごく怒られたんだよ!それからマナの樹を見つけても絶対彫ってない!」

つまりは、シゲル爺さんの言っていた“天災少年”は、まさにさっき助けたばかりのレオナだったわけ!!!

 紆余曲折。まあ、何だかんだでライザはレオナに植物の情報について教わり、彼女が欲していた植物の情報をようやく得る事ができたんだ。よかったよかった!

「まあ、断定はできないから候補を幾つか挙げておくね。運よく一部の種は手元に残ったから分けてあげられるけど…一部はさっきの化け物に出くわした時、アレに食われちゃったんだよ。袋ごと乱気流で飛んで行っちゃって…。」

そう言いかけて、レオナは思い出したように付け足した。

「えっと、生息してたパッチの場所は記憶してるから大丈夫。そこまで採りに戻ればいいんだよ。座標はね、えっと…。いや、ちょっと待ってね。僕が落書きしちゃったマナの樹を基準に計算するね。マナの樹から見た方角と、どれくらいの距離を移動とか計算して数値出したほうが分かりやすいでしょ。」

レオナは、懐から紙と筆記用具を取り出して計算をし始めた。何やら難しい記号とか数式や図形が書き込まれてる。“当時の”僕にはちんぷんかんぷんだったよ。

 そんな訳で、僕らは一端シゲル爺さんの場所にアーク様の転移魔法で戻ることになった。シゲル爺さんは、喜んだり驚いたり悲しんだりと慌ただしかったけどね。一方でレオナは爺さんに平謝りしてた。爺さんはとっくに怒ってもいなかったけど。寧ろ、何やら嬉しそうにしてたよ。天災が天才になって、リスクが一つ減ったとかいって。まあ、野放しの天才は脅威でもあるからね。

 爺さんとの再会は嬉しかったけど、何やらライザが切羽詰まった顔をしているので早々に植物の種の採集をしに行くことになった。とはいえ、アーク様の転移魔法で一瞬だったんだけどね。レオナが方角と移動距離を計算していたお蔭で、転移魔法を使う際の移動位置指定がばっちりだった訳だ。

 

 転移した先は、雑木林の中だったんだけどね。近くに小さな泉があって。その周囲には灌木が生い茂っていて、どこかからとても良い香りがしてきた。うっとりするくらいの良い香りだったよ。なんていうか、心の底からスゥっと毒素が抜ける感じでね。何やら体も軽くなった気がした。ふと見ると水辺の周辺に、地味だけどよく見ると清楚で可憐な淡い空色の花が絨毯のように覆っていたのが分かった。謎の香りの正体はこの花のようだった。

「この花じゃないかな、探している”水質浄化”とか”メンタルヒーリング”効果のある植物は。」

レオナが僕らを花の密集している場所に案内してくれた。

「種が取れそうな株があるかどうか探してみて。」

僕らはしゃがみ込むと、分担して花の茂みをガサガサ漁って種を探した。

「あったわ!」

真っ先に、ライザが種を発見した。花が小さいので、勿論種も小さい。小さすぎる。だから、僕ら“巨人”よりもライザのほうが寧ろ種を見つけやすかったのかも。

「種が全部揃ったわ!皆のお蔭ね!有難う!!!」

ライザはとっても嬉しそうにしている。レオナから分けて貰ったものと、先ほど採集したばかりの種を大事そうに腰の巾着袋にしまい込んだ。そして、改めて僕らに向き直って言った。とっても険しい表情をしている。

「早速で申し訳ないんだけど、一刻も早く種を届けなきゃならない場所があるの。もし戻ってこられたら、ゆっくり事情を説明するわ。」

もしかして、エミルを喰らったという、変な魔物の発生と関係してるんだろうか。

「みんな!本当に色々と有難う!!!またいずれどこかで会いましょう!!!」

ライザは傍らにいるピピに目で合図を送った。

「ピイっ!」

彼女は、ピピの背中に飛び乗ると、僕らに向かって手を振った。

問いかける間もなく、ライザとピピは、謎の力によって空間に吸い込まれるようにして消えていった。

 ちょっと寂しくなったけど、彼女の旅の成功を祈ろうと思った。結局彼女は謎が多いまま、僕らの元を去っていったけどさ。何か緊急かつ重大なお役目を背負っていた子なんだろうな、っていう気がしてならなかったよ。


 この後、僕らは世界中を旅してまわったんだ。レオナは、歩いた場所を計測して世界地図を仕上げたいと言っていたし。それと同時に、世界中の植生も調べてデータを纏めたいとも話してた。僕らも僕らで魔獣討伐やら集落を見つけて文明の発展を助ける等の目的もあったし。レオナも仲間に加えて冒険を続ける事にしたんだ。そうそう、彼の冒険の記録を見せてもらったけど、道行く先々で発見した植物のデッサンや説明も細かに記録されていて、鳥肌が立つくらい素晴らしかったよ。彼は、発見した集落を訪れた際に、研究の楽しさを住民に伝えたり、研究のノウハウについても彼らに伝授したりと教育にも大いに携わってくれたんだ。

そうこうしているうちに、僕ら“人間”は年老いてきた。僕とレオナがいい歳のオッサンになりかけている一方で、エルフのアーク様は出会った時とさほど変わらず若々しいイケメンのままだったけどね。

 僕は、旅をやめて故郷に戻ることにしたんだ。レオナは「僕は死ぬまで旅を続ける!僕の墓には墓標は要らない!」とか、どこかの漫画のキャラのセリフでもパクったようなカッコいい事言ってたけど。アーク様は未完成の街道を繋げる作業やら、村や街の文明の進化の手伝いをする旅を続けると仰ってた。そんな訳で、僕らはパーティーを解散して、それぞれの道を歩むことになったんだ。

僕が故郷に戻ると、皆が暖かく迎えてくれたよ。兄貴も初老のオッサンになっていたし、ロアなんか恰幅のいい貫禄のあるオッサンになっていたし。両親なんてヨボヨボの老人になっていたし。かつて“村”と呼ばれていた僕の故郷は、暫く見ないうちに“街”という感じに進化して見違えっていた。ロアが長となってムジク村を発展に導いていたって事を、皆から聞いたよ。兄貴は兄貴で、村人たちの有志で形成した兵士団を鍛えて、積極的に魔物討伐に出かける等で村の治安を維持したり、村の領域を少しずつ広げていったんだって。

 僕はみんなに、旅の色々な出来事を歌にして聴かせてあげた。みんな、とっても喜んでくれて楽しんでくれたんだけどね。一番人気があった歌が、伝説の賢者アーク様の話。ミステリアスな緑のフンドシをなびかせながら魔物を瞬殺する姿は本当に神々しかったからね。いや、一応は服は着ていたんだよ。誤解のないように補足しておくね。初対面の時のインパクトが凄すぎて。フンドシのイメージしかなかったのは否定できない。でも、僕らがムジク村を出発する際にはアーク様はきちんと着衣していたよ。村の女達がこぞって彼の服をあつらえていたからね。

 僕の最期?それ聞いちゃうの?うーんと、面白くも楽しくもないよ。のどに餅詰まらせて死んだとか、笑いすぎて召天とか、そんなんでもなんでもなくて。普通に老衰。認知はいることはなかったけど、徐々にヨボヨボになっていって、ある日突然ぽっくりだよ。縁側で日向ぼっこしながら、気づいたら死んでた、みたいな。

 で、こっちの世界で死んだらさ。意識が飛んで、しばらくして意識戻った瞬間、なんていうか、A’sに居た時の「ルーン」として過ごした記憶があたかも夢だったかのような感覚になった。不思議だよ。オリオン人の僕として目覚めていたって事。転生の仕事が終わったと自覚した瞬間だったね。

 そうそう、最後に僕がアーク様の人探しを手伝うために書いた歌で〆ようと思う。マナトと約束したんだってさ。マナの樹の騎士の適任者を探す約束なんだって。

では、聴いてくださいッ!心を込めて歌うからねッ。楽器はないからアカペラで!!!


♪大きなマナの樹の下で 探すは騎士候補

 ルルラルラー

 3Lサイズのフンドシの 強ーい戦士を 我は待つ

 ルルラルラ―

 3Lサイズのツワモノは エルフでフンドシ似合うやつ

 ルルラルラ―

 かの大賢者アークは 待っているー

 お電話今すぐ ピ ポ パ

 下手なセールスお断りー

 オレ オレ オレ オレ よしとくれー

 さぎはさぎでも 食えぬさぎー

 お電話今すぐ ピ ポ パ

 大きなマナの樹の下で 抜けない剣が待ち望むー

 マナの樹守る 強い騎士

 お電話今すぐ ピ ポ パ

 フンドシ賢者アークまで

 しーくーよーろー しーくーよーろー

 フン フン フン

 フンドシ フンドシ

 フン フン フン


ここまで読んでくださった皆様、有難うございます!!登場人物の絡みも含めて、まだまだ魔法文明の世界に沿って書いていこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ