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4 ご乱心



 あ、帰ってきた。

 ケントが帰ってきたので、私はケントのお出迎えをする。


「ケン君!おかえり!」

「あぁ・・・チカ、話がある。」

 おや?ケントの様子がおかしい。いつもなら疲れ切った顔をして、面倒そうに私の相手をするというのに、今日は表情を引き締めて話がしたいだなんて。

 にこにこ。


「なになに?ケン君が私と話したいなんて、嬉しいな~」

「・・・大事な話だ・・・そうだな、夕飯の後にしよう。・・・俺の部屋に来てくれ。」

「!?」

 俺の部屋に来てくれ!?聞き間違いではない、はっきりとケントの口から出た言葉だ。

 正気を疑って、私はケントの顔をまじまじと見るが、真剣な表情をしているだけで、正気を失っている様子はない。


 本気・・・まさか、ここまで来て


「とにかく、時間を空けておけ。」

「うん・・・」

 何とか返事を返すが、頭の中は大混乱だ。

 大事な話・・・まではいい。俺の部屋、ケントの部屋に来てくれとはなんだ?


 一度だって、あの部屋に入ったことはないのに!

 どうしよう・・・




 夕食後、ケントの部屋の前に立つ。ドキドキと、ドクドクと、嫌な音が心臓から聞こえる。大丈夫か、私の心臓。


「すーはーすーはぁーすぅーはぁーーーーーーー」

 息を吐きだした勢いのまま、ドアをノックした。


 こつんっ。

『入れ』


 軽いノック音を鳴らせば、すぐに返事が返ってきた。に、にこぉ?

 笑顔、笑顔だよ私!


「し、ししつれいっ!」

「あ、あぁ。悪いな急に。」

「全然気にしてないよ!むしろ嬉しくて、て、天国行くかも!」

 ぴょんと飛び跳ねて、くるりと一回転。気持ち悪い。


 とりあえず、ソファに座った。

 さて、なぜこのようなことになったのか。私は一つの仮説を立てた。馬鹿馬鹿しい仮説だが、勇者・聖女召喚されたくらいなので、馬鹿馬鹿しくても可能性はあると思っている。

 もしも、この仮説が正しければ・・・私は大ピンチである。


「えっと、ケン君・・・」

「なんだ?」

 まともな返事が返ってきたことに胃が痛む。まさか、嘘だよね?

 今までのケントであれば、私に話などないだろうが・・・もしあったとしてもさっさと話して終わらせるはずだ。それなのに、話し始めない?

 私の話など、たわいもない、大した話でないことは経験上理解しているはずだが、それでも聞く姿勢を見せた彼に戦慄する。


 やはり、ケントは・・・記憶喪失なのだろうか?


 私のことを嫌いになったケント。それが、私に話があると真面目な顔をして言っても、私の予想の範囲内だった。でも、自室に呼び寄せるとは・・・絶対、私を嫌いなケントは嫌がるはずなのに。

 そこで思ったのが、ケントがここ数年の記憶を失っているのではないかということ。これを確かめるのは簡単だ。


「この世界に来て、何年経ったかな・・・」

「・・・5年だ。」

 正解・・・ほっとした。ここで1,2年などと言おうものなら、まだ私のことが好きなケントになってしまうので、身の振り方を考え直さなければならないところだった。


 でも、ならなぜ?

 いや、もういいだろう。ここにいる時間が長いほど、私にとって都合が悪くなる。さっさと話しを進めてしまおう。


「もう、そんなに経ったんだね・・・そういえば、話って?」

「・・・」

 ケントは、そっと息を吐きだした。一度目を閉じて、ゆっくりと開くと、私を見つめて口を開いた。


「・・・そのネックレスを、返してくれ。」

「・・・」

 あぁ、なんだ。

 にこにこ。


「面白い冗談だね。」

「返してくれ、本気なんだ。」

「・・・」

 にこにこ。


「俺は」

「なんで、ここに呼んだの?」

「・・・使用人にこんなところ、見られたくないだろ?」

「そっか、ケン君は優しいね。優しいからきっと、騙されているんだよ。ねぇ、ケン君・・・誰に何を言われたの?」

「俺が、騙された?・・・ははっ。」

「うん、優しいケン君は、誰かに騙されているんだよ。」

「誰かって・・・俺を騙したのは、お前だろうが!」

 ドンと突き飛ばされた。ソファの上でなく、床に敷いてあるカーペットの上に着地する。体が机にぶつかって、少し物音がたった。


「ケン、君?」

「俺が好きなのは、お前じゃない。俺が告白したのは、お前じゃない!お前みたいな、ニートのクズ女じゃない!」

「え、え?でも、ネックレス・・・求婚のネックレスって・・・」

「だから、騙されたんだよ。まんまとお前に、俺は騙された。そして、告白しちまった。だから、今日・・・その間違った告白を正す。そのネックレス、返してくれ。」

「・・・!」

 口元を右手で押さえて、うつむく。

 首を横に振った。


「・・・返す気はないと?」

「だって、これ・・・ケン君が私にって。」

 震える小さい声で答えれば、鼻で笑われる。


「そんなに欲しければ、くれてやる。だが、もうそのネックレスはただのネックレスだ。思い出の品としてほしいなら、どうせ捨てるつもりだったからくれてやるよ。でもな、そのネックレスに石がはまることは永遠にこない。」

「どうして・・・私、ずっと・・・待っていたのに。」

「お前がクズニートだからだよ。俺が働いている間、お前は何をやっていた?疲れている俺をいたわらず、お前は俺に話しかけてかまう。それがどれだけ面倒だったか。」

「・・・そんな・・・ひどいよ。」

「ひどいのはどっちだ。とにかく、話は終わりだ。さっさと出ていけ・・・数日は待つが、この離宮からも出て行ってもらうからな。」

 ぎゅっとこぶしを握って、顔を俯けたまま立ち上がって部屋を出た。


 あぁ、そろそろ終わりか。




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