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1 はじまり



 俯いて、めそめそとする私の頭上から、焦った声が聞こえる。


「泣くなよ、気持ちはわかるけどさ、一人じゃないんだから。」

「・・・一人の方がよかった。なんでケン君となんて、最悪。」

「っ・・・お前、いくらなんでもその言い方はないだろ。」

「ケン君にそんなこと言われたくない。私のことブスとか、顔が汚いとか、頭悪いとか散々いじめて・・・最悪。」

「今は、仲間割れしてる暇ないだろ。」

「仲間・・・?」

 こいつ、何を言っているのか?あまりにおかしな現象続きで遂に狂ってしまったのだろうか?いじめられっ子と、いじめっ子が手を組むなんてありえないだろう。


 でも、今はその話に乗ることにした。


 勇者だ、聖女だ、なんて祭り上げられて、なんだかよくわからない化け物の前に連れてこられた。あんまりな話だと思う。

 確かに、力はあるけど・・・あるけど!


「で、チカ。お前はなんか力をもらったのか?」

「・・・回復魔法。」

「・・・あー、完全サポート役だな。てことは、俺があいつと戦うわけか。」

 ここは、おそらく王都。今私たちがいるのは城の中で、大きな門の前。あの向こう側に町があって、そこを今人型の炎が歩き回っているのが塀越しに見えた。かなり大型の炎の化け物で、私達の背後にある城と同じ背丈がありそうだ。


「ケンカはしたことがあるけど、俺柔道とかならってないんだが・・・もちろん剣道部でもないし、弓道部でもない。」

「わ、私・・・こんなところで死にたくない!こんな意地悪男子と一緒になんて、本当に嫌だ!」

「やる気をそぐなよっ!くそっ・・・」

 落ち着きなく周囲を見回すケント。頼りないし、心の底から嫌いな奴だけど、ケント以外に周囲には誰もいない。この状況なら、誰もが同じ判断をするだろう。

 スッと息を吸い込んで、ケントの服の裾を掴んだ。若干背が高いケントを見上げて、目が合ったことを確認する。


「なんだよ、怪我でもしたのか?」

「・・・もう一つあるよ。」

「?」

「私に与えられた力・・・回復魔法だけじゃないの。でも、その・・・」

「なんだよ?何でもいいから言えよ。」

「力を底上げできるんだけど、一人しかできないの。」

「なんだ、そんなことか。どうせ俺しかいないんだから、俺の力を底上げしてくれればいい。さっさとやってくれ。」

 パシンと拳を打ち合わせるケントは、どうやら武器ではなく拳で戦うことを選んだようだ。いや、やけどするでしょ!?


「ケント・・・私を守ってくれる?」

「・・・お前がいないと、力の底上げが無くなるだろうから、守るよ。」

「それを、誓ってくれる?それが条件なの。」

「はぁ?こんな時に何を言って、はぁ。お前を守るって誓う。だからさっさとやれ。」

「・・・」

 ケントの体が一瞬だけ光る。おそらく契約が成立したのだろう。

 私が感じたことは正解だったようで、ケントは気合を入れてから飛び上がった。目で何とか追った先は、門の上。人間離れした運動能力に若干引いたが、これくらい簡単にこなしてもらわなければ、あの化け物を倒すことは難しいだろう。


「・・・無事に、帰って来てね・・・」

 心の底から祈って、私は化け物といじめっ子の戦いを見守った。






 それから5年後。

 無骨な鉄格子が遮る青空を眺めて、私は時が過ぎるのは遅いのか早いのかわからないが、今思うのはやっとここまで来たという感想だ。

 勇者と聖女として召喚された、ケントと私。私は特に何をするもなく、ケントが5年前に魔物を退けた褒美として賜ったこの離宮で暮らしている。

 本来は王族が住む場所なのだが、特例として勇者に与えられることが認められたのだとか。実際は、王族がわが身可愛さで勇者に守ってもらうために用意したものだと思っている。わからないが。


 なにせ、この離宮から私はほとんど出ることがない。なので、この国の王様がどのような人物なのか、全くわからない。私の世界は、この離宮の中だけだ。


「聖女様、勇者様がお戻りになられました。」

「え、本当?今日は早かったのね。」

 鼻歌でも歌いだしそうな足取りで、私は帰ってきたケントの元へと向かった。途中で執事に居間で待って欲しいと言われたので、大人しく居間へと向かう。


 今のソファに座ると、メイドたちが手早くお茶の準備を始めた。

 前は、帰ってきたら片時も離れないような状態だった。帰る前に連絡が来て、それを私が出迎えて、それからずっと一緒。2年くらい前の話。


「ふふっ・・・」

「いかがなさいましたか?」

「ケントが帰って来てくれたのがうれしくて。」

 にこにこと笑って、そわそわとケントが入ってくるであろうドアの方をうかがう。そんな様子の私を、メイドが少しだけ不憫そうに見ている。


 それはそうだろう。だって、明らかにケントは無駄に時間をかけて、ここに来るのを遅めているからだ。にこにこ。


 メイドがいれてくれた紅茶が冷めたころ、やっとこの離宮の主の登場だ。私は駆け寄ってケントの胸に飛び込んだ。


「やめろよ。・・・危ないだろ?」

「だって、嬉しくて!おかえり、ケン君!」

「・・・ただいま。」

 何とかこらえたようだが、飽きれたようなため息を吐きたい様子。ケントは執事に私の1日の様子を確認している。今日はずっと、ぼーとして過ごしていた。


「会いたかった、ケン君。」

 ソファに座ったケントの隣に腰を下ろして、私はケントに寄りかかる。いつもの香水の香りに気づいて、にこにこ。


「昔とは、真逆だな。」

「ん?昔って・・・あぁ、ここに来る前?やめてよ、もう。あの時はケン君の良さがわかってなったの。意地悪したことだって、私のことが好きでしたことだって知ったら、もう愛おしい思い出でしかないよ。」

「・・・」

 そうではないと、ケントの顔にはかいてあったが、疲れたような表情をして何も言わない。にこにこ。


「ねぇ、ケン君。今日は何したの?」

「・・・別に。普通に働いてきた・・・だから疲れてるんだよ。ちょっと休んでくるわ。」

「なら、私も!」

 ケン君の腕に力がこもったが、特に何もせずケン君は遠慮して欲しいと言った。残念。


「夕食の時間になったら呼んでくれ。」

「はーい!」

「お前じゃない。お前は、少しは勉強でもしたらどうだ?」

「えー・・・この国の文字って、英語よりわからないから嫌だ~もう、暇だから小説とか読めたらいいのに、日本語の本無いから本当に嫌。」

「だから、勉強すればいいだろう、この国の文字を。」

「だから、嫌!ケン君が読んでくれればいいじゃん。そうしたらケン君の声がずっと聴けるし、その間一緒にいれるし・・・ねぇ、ケン君」

「俺は忙しい。それに疲れているんだ・・・別の人に頼んでくれ。」

「・・・ケン君じゃないと嫌だよ。」

「・・・」

 ケントは何も答えずに部屋を出て行った。しょんぼり。


 口数少なくなったね、ケント。







連載中「死にたくないから、ヒロインを殺すことにした」もよろしくお願いします!



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