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4話


 思い出さなくてもいい――まさかそんな風に言われると思っていなかったレオは自室で大きくため息をついた。

 思い出さなければ、この先やって行ける気がしない、とレオはそう思っていたのに妻は違うと言うのである。

 直近の予定では来週建国祭がある。そこでは国王主催の舞踏会もある。姫付きの騎士であるレオは、仕事をしながら参加するようになるが、ふたりでこなさなくてはならない挨拶回りもある。

 その少し先にはリンゼイの弟、サイラスの結婚式も控えている。昔の話を持ち出されれば、記憶欠落が露呈してしまう可能性があるのだ。

 今レオは第二王女アレシア姫付きの騎士ではあるけれど、実は内々で次期後継者の話が進んでいる。そのため情報の漏洩がないか、姫に絡んでくるような者はいないか、など王宮での仕事はかなり神経をつかっている。

 もしこの状態で姫付きの騎士の記憶が一部欠落しているなんて話が漏れてしまえば、「職務を全うできるか難しい」と言われても反論できず、立場が危うくなることは必定なのだ。

 だからこそ早く思い出したいと考えていた。

 しかし、それ自体妻からすれば大きな問題ではなかったらしい。元々うまくいっていなかったのだから、という理由もレオは気に入らなかった。

 使用人たちはなんとかレオとリンゼイの仲を取り持とうと話をする。特にリンゼイの侍女であるサラはその傾向が強い。主人に随分肩入れする侍女だ、とレオは少し距離を置きたいのだが、あの作り物のような顔で言われると有無を言わせぬ迫力があるのだ。ひっつめた髪にまるで人間味が薄く、意図が読めない表情はある種の恐怖さえ湧いてくる。

 そんなことを考えていると、ノックの音がして妻の侍女、サラが入って来た。

 サラは妻の幼いころから仕えていると聞いている。そうなるとすでに中年と言えるはずの年齢だが、それにしては若々しく、陶器のような肌はきめ細かくてどこか人形じみていて、レオはサラが苦手である。

 

「来週の建国祭の件ですが、奥様はドレスなど何も新調なさっておりませんが……よろしいでしょうか」

「何も?昨年はどうした?」

「昨年はご結婚されてすぐでしたので、嫁入りの際に持ち込んだドレスでした」


 建国祭の舞踏会となれば一年で最も着飾ると言っていいほど、貴族の婦人令嬢たちはここぞとばかりにドレスを新調し、宝飾品を求める。王への謁見という一大行事でもあるからか、王族よりは控えめに、だがしかし祝い事であるから華やかに飾り立てることが普通だ。

 

「新調しないと何か不都合でもあるか?」


 単純にレオは疑問に思ってサラに問う。ドレスならある程度持っているだろうし、宝飾品なら、オーダーでなければ今から商人を呼んで買うことも可能である。


「この一年、奥様の夜会参加は片手でしたので、問題はありません。が、旦那様からそういったことをお話されてはどうかと」

「僕が?思い出さなくてもいい、とまで言われたのに」

「……少しでも、何かきっかけを、と考えたまでです」

「サラは、どう思うんだい?」

「どう、とは」

「妻は僕が思い出さなくてもいいと言う。これまでうまく行っていなかったとも言う。僕たち夫婦は破綻していたんだろうか」

「私はそうは思いません」

「ではなぜ妻は……あんなことを言うんだい?」


 妻を一番近くでみていた侍女にレオは言った。夫婦というのはいろいろあるのだろうことは想像できても、今となっては記憶のないレオは自分がどのように妻に接していたのか分からず、謝るべきことがあるような気さえしていた、


「奥様のお気持ちはわかりません。確かに、旦那様がおられないことを寂しく思っているようではありましたが、私ども使用人には悟られないようにしていたのかもしれません……」


 人形じみたサラが表情を曇らせる。それを見たのは、レオも初めてであった。サラはこの一年、そのどこかとっつきにくさと表情の変わらなさで親しみなど感じたことはなかった。しかし、こうなってくると、事の深刻さがむしろ増しているように感じる。

 

「僕と妻は幼馴染だったと言う。サラはその頃の僕たちのことも知っているんだよな?」

「はい。仲睦まじい様子は初々しいものでした」


 仲睦まじいと聞かされると少々面映ゆい。過去自分はそう見えるくらいにはおそらく妻のことを好きで、だからこそ望んで結婚したのだろう。手紙のやりとりに愛の言葉がなくとも、かなり親密な様子は見てとれた。

 しかし、それも国境警備任務について一年も経つと手紙は来なくなっている。このあたりで、実は何かあったのだろうか、とレオは考えているが、記憶欠落と繋がることなのかどうかはやはり分からない。


「サラ、すまないが僕は建国祭までだいぶ忙しい。正直、妻のことに集中できるような状態ではない。彼女のことを放っているつもりはないが、妻はそうは思ってくれないだろう。何かあったら、必ず知らせて欲しい」

「承知しました」


 サラが部屋から出て行くと、レオは長椅子に深く腰掛けた。

 仕事も家庭もごたごたしていてまるで落ち着く暇がない。

 だが何もかも放り出せるはずもないので、目の前のことに集中するしかレオにできることはない。今後あり得る状況をある程度予測して対応しておくべきこともある。

 しかし、思い出さなくてもいい、という言葉がどうしても頭から離れない。そんなことを言われてしまえばむしろ気になるばかりだ。縋って来ない妻に、愛されていないのは僕の方だ、と言ってやりたいくらいだった。



--◆--



 初夏の六月、王宮での年一度の大きな舞踏会がやってきた。

 サラが宝石商を呼んでみたりしたが、リンゼイは結局興味を示さなかった。これほど大きな祭事に着飾ることをしない、というのはだいぶ冷めた人だ。リンゼイ自身が今そういった気分になれないのは仕方なかったとはいえ、使用人たちはだんだんと事の深刻さにリンゼイの様子を見ているしかできずにいた。

 対して建国祭として城下は大変な賑わいだ。特に今日、舞踏会の日は一段と華やかになる。街には国旗が掲げられ、季節の花々で彩ったリースもそれぞれの家に飾られる。お店はセールやキャンペーンに忙しく、露天商も大道芸人も各国からやってくる。街道はお祝いに駆け付けた貴族たちの馬車を騎士団の面々が護り、隊列を組んで進んでいく。そんな中、リンゼイは昨夜領地から到着した義父義母と共に王宮に入り、王族との謁見に挑んだ。


 名を呼ばれ、王と王妃、二人の王女の前でリンゼイは頭を垂れ、膝を折って礼をする。姫の後ろには騎士としての正装を纏ったレオの姿がちらりと見えた。

 

「リンゼイと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「そなたがレオの奥方か。アレシアが負担をかけてしまい申し訳ない。十五になるまではわがままを通すと言ってきかないのだ。あと数か月で誕生日だ、言い聞かせてはいるが、どうかもう少しこらえて欲しい」


 王は威厳たっぷりに言い、王妃は傍らで微笑んでいる。おとなしいと言われるエティ姫はうつむきがちで、レオが付くアレシア姫は最も年若いのに、リンゼイとシュイランテ伯爵夫妻をしっかりと見据え、堂々たる立ち姿だ。


「もったいなきお言葉です。夫が姫様のお役に立てているのでしたら妻として嬉しく思います」


 レオのことは一度もきちんと見られないまま、リンゼイは謁見の間を後にした。

 義父母は挨拶に行く、と言ってひとりになると、リンゼイはイライザを見つけた。イライザは中庭に面したテーブルについて一息ついているようだった。

 

「イライザ様」

「飽きちゃったわね。うちの夫は見てよ。画商ではないかと思うわ」


 イライザの夫であるモントワール公爵は現王の末弟であるものの、気ままに暮らしている。特に芸術方面に熱心で、パトロンをしている画家の話をしているようだった。手持ちできる絵まで持参しているようで、確かに画商の方が向いているのかもしれない。


「リンゼイの旦那様は?」

「……姫に付きっきり。さっきは踊っていたわ」

「本当に?あなたは踊ったの?」

「全然。こちらに来る気配なし、ね」

「ほんと、リンゼイの旦那様って仕事熱心よね」

「……」


 記憶を失くしている、ということはイライザには伝えていない。今のレオにとっては、リンゼイと踊る方がずっと「仕事」や「義務」であるから、姫のそばにいる方がいいのだろうとリンゼイは思った。


「これはこれは、リンゼイ様。私と一曲いかがでしょうか」


 突然、誰とも分からない人に声をかけられ、リンゼイは一歩ひいてしまった。

 そして、着ている服や紋章などからゆっくりと記憶をたどり、その男の手をとる。


「ダーシー騎士長、お久しぶりです」

「お二人の結婚式以来ですな」


 レオより幾分体格のよいダーシーにリードされ、リンゼイは踊る。フロアに中央までに踊り出ると、リンゼイは思わず声を出しそうになるのをぐっとこらえた。

 ダーシーの野性的とも言えるリードやステップにリンゼイは翻弄される。大きく、そして羽ばたくようなステップはついていくのが大変だ。


「あら……素敵ね」


 フロアにいる誰もがリンゼイとダーシーのダンスを目にしてその様子を目で追う。イライザもまた思わず声を漏らした。

 今日リンゼイが着ているドレスは非常にシンプルなデザインで、このような舞踏会には地味とも言える装いだった。

  このところ、レオのことで塞ぎがちなリンゼイは着飾るという楽しみをすっかり失っており、この国では女性であれば誰もが様々に自分を飾り立て、美しく華やかに見せようとする建国祭だと言うのに「ドレスも宝飾品も、新調はしていない」と言っていたくらいだ。

 決して台所事情が大変なわけでなく、本当に興味を失っていたのだとイライザは知っている。デザインこそシンプルではあるけれど、幾重にも重ねられたドレスのスカートがステップで大きくはためくと内側に見える繊細なレースやきらきらと光る貴石がちりばめられている。デザインがシンプルな分、その輝きにとても目が行く。後ろに流した亜麻色の髪もなびいてとても美しい。

 ダーシー騎士長のとても雄々しい様子と相まって、まるでおとぎ話に出て来る舞踏会のようにイライザは見えた。

 そうして曲は終わり、注目を集めたふたりはダンスも終える。


「大変でした、ダーシー騎士長。あんなに大きくステップがくるとは思いませんでした」

「ついてこられたリンゼイ様も大変お上手でした」


 ダーシー騎士長と挨拶を交わしてイライザの元に戻るころには、リンゼイは注目を浴びていた。どこかの未婚の令嬢でもなく、ふたりの王女でもなく、すでに既婚のリンゼイは誰の目にも新鮮に映った。


 それを目の当たりにしたのは誰でもなくレオだ。記憶が欠落している妻を見てこれほど動揺したのは初めてである。

 

(騎士長、こんなの聞いてないぞ……!)


 心でそう思っても、今は王女のそばに仕えていなくてはならない。王女と共に踊ったのも、姫に乞われたからにすぎない。

まして自分以外の男と踊る妻がこれほど注目を浴びるなど思いもよらないことだった。


「ねえレオ、あの方、レオの奥方様だったわね?」

「は、そうです」

「ふうん」


 アレシア姫が聞いたわりに興味なさそうに答える。

 レオがリンゼイの方に目を向けると、幾人かの男が彼女に話しかけているのが見える。リンゼイは丁重に対応しているようだが、婚外恋愛に躊躇しない男は非常に多い。レオは気が気でなかった。

 記憶を失い、妻に対してよそよそしい態度でいたくせに、こうして他の男といるところを見るとそれはちょっと違う、とレオは苛立っている。


「そんなに怒るな、レオ」

「それをあなたが言いますか、ダーシー騎士長」


 フロアから戻ったダーシーがレオを宥めた。


「奥方が寂しそうだったから、お相手してきただけだぜ?」

「かといって、あんなに注目浴びるなんて」

「あれは奥方が素晴らしいダンスをしたからさ。大胆なところもあって見どころがある」

「騎士長!」

「いくら俺が独り身でも弟子の奥方には手を出さない程度の分別はあるんだがな」

「騎士長がそうでも、他の男はそうじゃないでしょう!」

「それに、あのダンス、あれはお前だろう」

「……」


 記憶のないレオはぐっと言葉をのみ込む。ダーシーはレオの記憶欠落の事情を知っているが、アレシア姫は知らない。


「あの俺の大きなステップについてこられるということはそういう男と踊っていた、ということだ。それはお前しかいないだろう?さあ、ここは俺が一時引き受けよう。あんなに囲まれてはさすがに夫の出番だ」

「いやよ、私ダーシーよりレオがいいもの」

「姫様、部下の気持ちを汲んでやらないと、後々嫌われてしまいますぞ」

「だってダーシーおじさんなんだもの」

「おじさんは大人しくしておりますから、どうかご容赦を」





(思えば、レオ以外の男性と話すことなどほとんどなかったわ)


 ダーシーはダンスをしながらレオの近況をいくつか教えたのだった。それによると、姫の執着が激しく、なかなか手放さないらしい。


「おそらく姫の初恋でしょうな」


そう言われてリンゼイはどきりとした。


「既婚の騎士をつけたって恋する気持ちは止められませんから。そこを諭すのが本来レオの役目なのですが、まあ完全に振り回されております」

「……」

「気に病むことはありません。姫は手に入らないものがある、ともう理解できる年頃です。縁談が本格化する前の最後のわがままでしょう。奥様も今はお寂しいでしょうが、レオは決してあなた様をないがしろにしているわけではありませんから、どうぞご安心を」

「それは、夫本人から言って欲しい言葉です」

「そういうことができないからいいのですよ。気が回る男というのは厄介ですからね」

「そういうものでしょうか」

「……それなら、私があなた様の心をお埋めしましょうか」

「?」

「それほどまでにレオを思っておいでなら、毎夜のひとり寝はさぞ寂しいでしょう。私で良ければいつでもお声がけください。いくらでも時間は作りますから」

「……それは、口説いていらっしゃるの?」

「どうとって頂いてもかまいません。私は待っております」


 耳元から囁かれる言葉にリンゼイは縋りたくなる。

 レオが決して言わない言葉。

 囁かない言葉。

 求めるように強く抱き寄せる腕。

 そのどれもがレオから与えられたいもので、でもそれは叶えられていない。

 それほどまでに弱っている自分を自覚して、どうにか流されない様に姿勢に力を込めた。


「……亡くなった奥様に恨まれそうです」

「確かに、うちの家内はなかなか嫉妬深いですからね。これは失礼しました」


 ダーシー騎士長と離れると、どこから来たのか見知らぬ男性がリンゼイを囲んだ。これまでそんなことはなかったため、リンゼイはイライザと共に後ずさりしてしまう。

 男性たちがそれぞれ言いたいことを言うものだから、それがダンスの申込だと分かるのにしばらくかかってしまった。その上、断るのがどうも困難になっている。確かに、ダーシーの誘いは受けたが、それは夫の上司だからだ。それにこのままでは上司でなくとも爵位が上の男性などが来てしまえば断ることは難しくなってくる。そうなる前になんとかこの場から逃げた方がいいとイライザの視線も言っていた。


「僕の妻に何か御用でしょうか」


 リンゼイは肩を抱かれて誰かの胸に抱き寄せられた。その力強さに思わず体がよろめくも、すっぽりと男の胸におさまっていた。


「これはこれは、シュイランテ伯爵のご子息、でしたか」

「はい、妻は少し疲れていますので、休ませますのでこれで失礼します」


 イライザに視線だけで謝罪をすると、レオの早足に必死でついていく。リンゼイはレオに肩を抱かれながら舞踏会の控室に連れて行かれた。リンゼイは今、恋しく思う夫に今肩を抱かれ、気遣われていることがおそらく初夜以来のことであり、一気に鼓動がはやくなる。

 長椅子にリンゼイは腰かけ、メイドが持って来た水をこくりと一口だけ飲む。

 レオも隣に座った。

 締め上げられた体にはたいして飲み物も入っていかないが、思いがけずレオの体が近くにあり、リンゼイは明らかに緊張してしまった。

 夫婦とは言え、初夜以降、レオとはこの一年まともな夫婦な営みの時間がなかった。

 それはレオの意図なのか、本当に仕事で時間がないのかリンゼイには分からない。ただ募っていく不安をごまかすように毎日夫婦のベッドで寝てはいたが、それだってもはや意地になっていただけである。

 それが今はリンゼイのことさえ忘れてしまった、他人とも言えるレオの行動にリンゼイは困惑している。


「ダーシー騎士長が少し無理をさせてしまっただろう?君もあれだけ踊ればぐったりなんじゃないか」

「……まあ、そうね……」


 リンゼイとしてはダンスはただ楽しかった。むしろそのあとの男性たちからのダンスの誘いの方に戸惑い、今はレオとの思いがけない密着に戸惑っている。

 そっけなく聞こえたのか、レオは少し機嫌が悪そうに眉をひそめた。


「僕と踊らずに騎士長とあんなに注目を浴びるなんて、まったく、騎士長も人が悪い……疲れただろう、少し休んでから邸に送る。父と母には僕が伝えておくよ」

「はい……」


 そんなに注目を浴びていたのか、とリンゼイは自分が何かしてしまっただろうか、と一瞬思った。

が、夫の上官のダンスの誘いを断れるはずもないので、あの場で選択肢はなかったと思うとダンスそのものがいけなかったのだと思い至った。

 結婚して一年、夫婦そろっての夜会は二度、半年前と、去年の建国祭だ。しかし、建国祭の時は結婚してまだ一ヶ月程度であり、挨拶回りで終わってしまい踊ってはいなかった。

 だから、半年前に一緒に踊ったのが最後だ。リンゼイも今ほどレオとの関係を悲観していなかった。

 元々幼い頃から踊ったことのあるレオとはいつも息が合ってとても楽しかった。

 今回ダーシー騎士長とのダンスはレオとは違うものの合わせやすいもので、思わず興に乗ってしまったのだ。

 終わってみたら確かに注目されていたのかも、と感じたが、それはダーシー騎士長だとリンゼイは思っていたがそうではなかったらしい。

 子供の頃のように体をめいいっぱい使うダンスは淑女らしくはなかった、と言われた気がした。


(建国祭だから義務でここにきたのに、結局、レオとはうまくやれない……)


 久し振りに夫とふたりで話しているのに、リンゼイの心には雨雲がかかっているかのように重い。

 ダーシー騎士長のささやきが思いだされ、そしてそのあとダンスを、と誘ってくれた男性たちを思い浮かべ、レオ以外に乞われても意味がないと痛感する。

 しかし、レオに対するこだわりを取り去ってしまえば、伯爵家でため息をついているよりもできることがあるような気がしてしまう。

 夫が同伴できないからほとんどの夜会は断っているけれど……出てみてもいいのかもしれない。


「リンゼイ?」

「あ、大丈夫。私は」

「何が大丈夫なんだい?さあ、馬車の準備ができたようだ。送って行こう」

「大丈夫よ。まだお勤めあるでしょう?姫様がお待ちでしょうし」

「夫が妻を家に送り届けることを咎められることはない」


 馬車の中でもレオは不機嫌だった。リンゼイがぽつぽつと話を振っても、気のない返事ばかりで興味を示さない。リンゼイは途中であきらめ、ため息をついてから目を閉じた。

 夫の役に立つことすらできなかったのだと、自分の不甲斐なさに少し涙がこぼれた。




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