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1話


 淡く、強制力もない青いプロポーズは、リンゼイが恋に落ちた瞬間だった。


 リンゼイの両親が彼女の嫁ぎ先を探しているうちに、レオとの縁談がまとまったのは偶然だった。

 それから全寮制である士官学校を2年、卒業後は騎士の師弟制度にのっとり2年の国境任務。それを経てようやくレオが戻ってきたのは婚約からすでに四年経っていた。レオが戻ってから両家が結婚準備をし、ようやくふたりは去年結婚したのだった。

 士官学校の時は休暇があり、そこで会うことができた。しかし国境警備任務の期間は手紙のやりとりのみだった。それも半年ほどで途絶えてしまった。レオからの返事がなく、リンゼイは催促することができなくなってしまった。

 この頃、イライザを含めリンゼイの友人は嫁いでいくことがあった。ひとり、またひとりと新しい生活を始めているのを見て、取り残されていると思ったことは誰にも言った事はない。

 誰にも打ち明けられないまま任期を終えたレオが戻ると聞いた時は、婚約破棄になる可能性すら考えていた。音沙汰無しの婚約者が今もあの青い約束を覚えている自信がなかったのだ。

 ところが予想に反してレオは結婚に積極的だった。

 ――きっと、国境警備任務は忙しかったのね。交代で夜間勤務などもあると聞くし。

 リンゼイは戻ってきたレオが少年でなく、青年になりつつあるのを見て頼もしさを感じた。それもまた、新しいレオを見るようで心ときめいたのだ。

 だからレオに引っ張られるようにしてリンゼイも結婚準備に取り掛かった。特にレオの両親は婚約期間が非常に長くなってしまったことをとても負い目に思っていて、リンゼイの負担を減らそうと手を尽くしてくれた。

 自分が不安に思っていただけで、周りはこの結婚をとても喜ばしいことだとお祝いしてくれる。

 そうして二人は一年前、若葉が輝く季節に結婚したのだった。


 ほんの一年前は、式の準備でおおわらわだった

 そんなことを思い出してリンゼイは長椅子に深く掛けた。

 夫婦の居室を中心に夫婦の寝室、そしてレオとリンゼイそれぞれの居室が繋がっている。リンゼイの居室は日当たりがよく、衣装部屋と長椅子、テーブル、ドレッサーの他に書き物をするデスクに仮眠のためのベッドがある。テーブルには季節の花が日替わりで小さな花瓶に活けられて、リンゼイの目を楽しませる。


 レオの居室は仕事柄、帰宅時間が読めないこともあり、ひとりで寝るためのベッド際の窓には陽の光があまり入らない重いカーテンで覆っており、昼間でもしっかり眠れるように考えられている。他には本棚とどっしりとした執務机がある。時折疲れて片付けるのを忘れられた服がベッドやソファにそのままになっていることがあり、リンゼイはそれをそっとしまう。


 対して夫婦のリビングはあまり使われていないこともあり、調度品はあるもののどこか殺風景で生活感がなかった。

 リンゼイはひとりのときは自分の部屋で過ごし、レオはそもそも帰宅してもリビングで寛ぐ暇はない。

 夫婦の寝室も同様だった。

 結婚して一年、同衾したのは何度だろうか。リンゼイは初夜からずっとふたりで寝るためのベッドで朝を迎えている。しかし、その相手はいつもいない。もうそろそろ、自室の仮眠用のベッドを毎日寝るためのちゃんとしたベッドにしようかと考えて始めている。

 来ない人を待つのは、なかなか心が抉られるものだった。

 ただ、これを実行してしまえば後には戻れない気もしている。どうにかならないものかとため息を漏らすが、そもそもろくに顔も合わせない人とどうやって距離を縮めたらいいのか、リンゼイには分からなかった。


-◆-


 初夏にある建国祭に着るドレスを選びたい、ダンスのステップを教えて欲しい。

 王国第二王女、アレシア姫の申し出は騎士としての範囲ではない、と何度言い聞かせてもこの姫はそれを無視した。

 この国の王子王女はそれぞれ一人か二人の騎士を必ずつける。身の回りの世話などをする従者は別にいるため、護衛が本来の目的だ。しかし、それ以外にも国境警備任務を終えた若い騎士が王宮という場所を知る機会にも、従者や教育者とは別の立場の騎士の話が王子王女の教育にも繋がるとして古くからのしきたりでもある。

 国境から戻り、リンゼイとも結婚していよいよ王宮での仕事が始まると思うとやる気がみなぎって空回っていたことは否めない。

 師であるダーシー騎士長に「楽で出世ができる方と厳しいがあまり出世は望めない方のどちらの仕事を選ぶか?」と言われた時、将来自分は爵位を継ぎ、領地経営をすることは決まっていたから、騎士としての出世はあまり考えていなかった。

 実際、士官学校や国境でどっぷり騎士のような生活をしてはみたが、やはり強い者は自分とは全く違う存在だった。鍛えれば体つきや剣術は追いついても、人の裏をかいて犠牲を最小限にする作戦など思いつくはずもなく、戦いにおける頭の良さというものが別のものだと思い知ったのだった。

 当然、このまま騎士団長を目指すという者たちはえてして我が強く、レオは自分が箱入り息子だということも知った。そうすると彼らのような騎士と、それをさらに上に行く騎士団の面々を考えたら、人がやらない方を選ぶことは自然だった。


「厳しくて出世が望めない方で」

「本当にお前は素直というか。楽に出世できた方がいいだろう?」

「そうは言ってもいずれ爵位を継ぎますし、騎士だけでやって行こうとは思ってないですからね。むしろ出世競争からは距離をとりたいところです」

「欲がない男よ」


 そうして任命されたのは第二王女の騎士だった。

 自分が厳しく出世が望めない方を選んだというのもあるが、何より婚約済みで式の日取りも決まっていたからである。年若い姫に独身の男をつければ、時折あってはならないことが起きてしまう。

 この国でも過去何度か騎士の男と王女の悲恋は繰り返された。しかし、騎士をつけなければいざという時に護る者がいない。そうして姫の騎士には基本的に既婚者がつくようになったのだ。

 なお第一王女のエティ姫ももちろん同じだ。

 エティ姫はとても穏やかで口数は少ない。が、妹のアレシア姫は真逆だった。国境の街の話を聞きたがり、ドレスを選べと言いだしたり、行ったことのない離宮の庭に連れて行け、など活発で護衛というよりは完全に遊び相手に近かった。

 昼間姫の相手でへとへとになったあと、騎士としての事務的な仕事をこなし、宿直があればそれもこなす。当然王宮内で何か起こればすぐに集合を命じられるから行かなくてはならない。

 確かに報われない仕事だ、とレオは疲れた体を投げ出して思った。

 そういえば、建国祭は国中の貴族が呼ばれるため自分も含まれる。騎士の仕事をしていても、貴族となればそっちの方もこなさなくてはならない。領地の本邸にいる両親にも招待状は届いているだろう、さて自分はどうしたものかと思った。


「失礼します」


 執事が今日の邸の報告にやってきた。


「本日の奥様の外出先はモントワール公爵家にてイライザ様とお会いになられました。奥様から伝言でございます。建国祭は本邸の旦那様方共に行くこと、レオ様は騎士としての仕事に専念するように、とのことでした。他にいくつか奥様にお茶会のご招待がありましたが、全てお断りされておりました。来月、セシルさまのお誕生日がありますので、プレゼントを準備してもかまわないか、とのことです」


 帰りが遅かったり、昼間に帰ってきたりと、リンゼイが寝ていたり外出中で顔を合わせないことも増え、今は確実に連絡がつくよう、執事に言づてを頼むようになった。最初は書置きだったが、それにレオが気づかないことも多かったためだ。


「あ、そうだ、最近あたたかくなってきたから、あのハーブティーにしてくれないか。鼻と喉がすっとするあの」

「奥様がすでにそちらを指示され、今日からそれになっております」


 冬から春になろうとするこの頃、寒暖の差が激しく、気温差に弱いレオはこのところ風邪気味でもあった。

 まだ子供だった頃、リンゼイの母がレオの母に「このハーブの香りが喉にいい」と譲ってもらったことがある。レオはそれをいたく気に入り、この時期はいつも愛飲するようになった。全寮制の士官学校時代も、国境警備時代もわざわざ自分で持参したほどだ。

 この家でリンゼイと共に暮らしてからは二度目の春になるが、去年は結婚式と姫付きになったことでそれどころではなかったのだろう、 レオはどうやって春を乗り切ったのか覚えていなかった。それなのにリンゼイがすでに指示を出していたことに感嘆する。


(そう言えば、ハーブを送りましょうか、なんて手紙に書いてあったっけな)


 よく気が付き、先回りするリンゼイといると、何もしなくても一日が回ってしまう。それは心地いいが、ひとりの男としてリンゼイに頼ってばかりではいけないと思って士官学校に入った。



 夫婦のリビングの向こうのドアは、夫婦の寝室だ。本当はそこに行って眠りたいが、今日も湯浴みをすることができない。

 執事が持ってきた清拭の道具を使って体を拭くが、さっぱりとしてもすっきりはしない。そんな体でリンゼイの隣に潜り込むのは憚られて、今日もひとり自室のベッドで眠るのだ。

 静かに寝息を立てて眠るリンゼイの頬をそっと撫でる。

 しばらく口づけもかわしてないと思うと少し自分の境遇を憎らしく思うが、家に戻ればこうして最愛の妻がいる。それでどうにか今はやっていけているだけだ。触れ合うどころかまともに話す時間さえ取れなくなっている今、この気持ちだけでも伝えたい、とこうして眠るリンゼイの隣で祈る。


 一瞬、視界がぐらりと揺れた。

 

「おっと……めまいか……さっさと寝た方がよさそうだ」


 蓄積していく疲れがどうにもうっとおしい。

 せめて妻の隣で眠れるよう、簡単にでも湯浴みのできる時間に帰宅したいところだ――レオは自分の部屋に戻ると冷たいベッドに体を入れて、泥のように眠った。



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