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惑星大破

色々突っ込みどころはあるけれど、深くは科学考証しないで下さい、お願いします。

「ちくしょう、まただ」

 窓をのぞいていたハリーが、腹立たしげに呟いているのが聞こえてくる。

 今、この惑星がどんな状態であるのか知らぬ気に風が入ってくる。ああ…玄関のドア、あれから開きっぱなしなんだわ。と言っても今から閉めに行く気もない。もう誰が入って来たって持って行くものはない。

 だって…この部屋には家財道具…何もないんですもの。

 残っているのは、私たちが今着ているこの服…それと…。

「ルア、おまえは悔しくないのか?」

 急にハリーが私に話しかけてくる。けれど、それに応える気がしない。だって、同じ事、何度も言っているんですもの。私が何も言わない事、気がついているのかしら、彼は続けた。

「金さえあれば、俺達もこんな惑星、逃げられたんだ。全財産、その上、売れるもの全部叩き売って買えたのがこれだっ!」

 ハリーが私の横にあるものを指差す。そう、これが私達の最後の財産。小型救命ポット…。

「これじゃあ、赤ん坊ぐらいしか乗れやしない」

 そう、私達には子供はいない。だから…このポットに乗る人はいない…。先刻、ここに入ってきた人達、私達に血走った目を向けていた。けれど、窓辺に佇み、何も言わずに見つめ、寄越せと恫喝しても、抵抗しようともしない私達を不審に思ったようだった。ベランダに置いてある小型救命ポットに駆け寄ったが、すぐに諦めの表情を浮かべ、慌ただしく外へ出て行った…。これではどんなに頑張っても乗れないものね。大人用の救命ポットを探すため、焦がれたように走り出す。私達に手をかける時間すら惜しいというように。

 今頃、あちこちでポットが買えなかった人達が、ポット持っている人達を襲って…そして、それを手に入れた人から奪って…。

 きっとすごいことになっているわね。一時間程前かしら…向かいの部屋から悲鳴が上がったわ。それを合図にあの部屋に、たくさんの足音が消えていったっけ。

 こんな状態の中で、警察もあてにはならない。警官でさえも、この流血沙汰に加わっているんですもの。

 私達は、このポットのおかげで殺される事もなく、そして殺す事もない。

 こう言ったら…ハリー、あなたは怒るかしら?これで良かったって…。私、あなたが生き残るために人を殺すのを見たくない。殺されるのも見たくない。

ねえ…もし、このポットが一人乗りだったら…その先は考えたくない。

「どうして俺は乗れもしないこんな物を買ったんだ!!」

 もう、最後は悲痛に聞こえてくる。

「何故…こんなものをっ!!」

 それは、あなたが生きたかったから…。

 ドウンッ。

 鈍い音。それに、ちょっとした揺れ。

「まただっ」

小さな呟きと供に、ハリーが窓の方を振り向いた。

 空へと突き進んでゆく光があった。また誰かがポットで逃げ出したんだわ。あれは…本当の持ち主の物なのかしら?

 ハリーは光が消えてからも空を眺めている。

 何…?足に気持ちのいい感触…。

「みゃあお」

 かわいい…猫。白くて…まだ小さくて、それになんて人なつこい。一体、何処から…そうか、ドアが開いていたんだわ。私は思わず抱きあげ、その喉を撫でてあげた。子猫は満足げにごろごろと喉を鳴らした。

「かわいい」

「これだから女ってやつは…」

 呆れたようなハリーの声。当分、ハリーの優しい声、聞いていない。

「みゃお」

 私の腕の中で子猫が鳴く。ねこちゃん、あなた、今この惑星がどうなっているか、知らないでしょう?人間が地殻コントロールに失敗しちゃって、この惑星壊れちゃうの。

 最初は地熱エネルギー。地中のマグマの熱を利用して発電する。他の発電も色々試されていたけれど、これが主流となっていった。色んなところに地熱発電の施設が作られると、それだけ建設コストも減ってくる。けれど、エネルギーというものは使えば使うだけ、供給すれば供給するだけ消費されるようになる。たくさん施設を作り、電気を生み出せば生み出すほど、人は電気を大量に消費するようになった。火力や原子力のように目に見える原材料がない分、いくらでもわき出てくる魔法の電気に思えたのかもしれない。どこででも発電所が作られるわけじゃないんだけれどね。

 人間の欲望は不可能を可能にしてしまうのかもしれない。マグマからの地熱ではなく、さらに奥深くまで掘り続け、マントルまで達した。そこからくみ上げるエネルギー。地熱のように水を温めるという手間をかけず、マントルから直接取り出すエネルギー、火力発電みたいに自然を破壊することなく、原子力のように危険でもない、クリーンで理想的なエネルギー、そう信じこまされていたわ。

 それは最後の最後まで、私達には知らされなかった。

 わかったときには手遅れ。というか、今でもどうしてそうなったのかはわからない。惑星の中が、その膨大なエネルギーが活性化、暴走した。この惑星全てを飲みこむように。

 いち早く気がついた政治家達は自分と家族達が乗るために宇宙船を建造し、どういう基準で決めたのか、優秀で貴重な人材を選び、乗りこんだ。

 こっそり逃げようとしたけど、それは無理よね。当然気がつかれた。そんな時に売り出されたのが小型救命ポット。冷凍睡眠装置付き。太陽光発電で半永久的に稼働可能。それは太陽の周回軌道に乗せる推力があるらしい。

 みんな、必死になって買い求めたわ。今から考えると、宇宙船から目を逸らさせる手段だったのかもしれない。あるいは…自分達だけが逃げることへの罪悪感?

 それでも選ばれなかった人達の多くが宇宙船に乗ろうと殺到したけれど。でも宇宙船に乗るはずの人達に殺された。

 そして、宇宙船は飛び立ち、私達は壊れてしまうこの惑星に残された。

 そして今、みんな、狂ったようにポットを求めて殺し合っている。

「ちょっと貸せっ」

 ハリーが私の手から猫を取り上げる。子猫がびっくりしたようにハリーの手の中で暴れる。しっかり押さえつけ、ポットのドアを開け…。

「何をするの、ハリー?」

「こいつをポットに乗せる!」

 ハリー、ああ、ハリー…。あなたは…。

 子猫は逃げようと暴れていたけれど、ポットの中のコールドスリープ用のベッドに固定し、中蓋を下ろす。子猫はすぐに眠りにつき、安らかに目を閉じた。そして、ポットの外郭を閉じる。ポットの横の操作レバーに手を伸ばす。大人用だとコールドスリープに入ってからは全自動で宇宙に飛び立てるが、子供用は中に入れるところから大人が手をかけなければならない。ポットがゆっくりと上がっていき、六〇度くらいの傾きになる。ちりちりと焦げ臭い音がする。

「GO!」

 ハリーがレバーを勢いよく引いた。ポットは勢いよく飛び出した。どんっと突き上げるような振動が部屋を覆う。けれど、ポットの発射台は丈夫に出来ていたらしく、それがベランダの破壊を阻止するほどの性能をみせた。

 私達のポットは、猫を乗せて飛び立った。ポットは青空を突き破るように上へ上へと上がっていった。きらりと光る噴射口。無事に次の燃料に点火したようだ。ポットは大気圏外に出るまでに何度も点火し、重力から逃れるだけのスピードを加算させていく。

「行ってしまえ」

 小さく呟き、ハリーが私の肩を抱く。私、ちょっぴり頭を彼の肩に寄りかからせ…。三時三十八分まで、あと、どれくらいあるのかしら?出来る事なら、私はもう少しこのままハリーと…。


――その時、その惑星は爆発した――

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