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04

__何かひどい悪夢を見ていた気がする。自分の中で二人の自分が争っていた。一人は魔女の格好をして樹人と人間を殺そうとする。もうひとりはその間に立ち、皆ををかばい、癒しの力を振るう。


あの童話のせいだとしか思えなかった。メイシャは酷く嫌な気分で目が覚めた。

自分の中に今まで考えたこともなかった凶暴な感情が眠っているかのようで、酷く恐ろしかった。


行かないと、ラパンを待たせてしまう。メイシャは気を引き締めて、外に出て井戸の冷たい水で顔を洗った。冷たい水は心の淀を洗い落としてくれるかのようだった。


部屋に一度戻り、修道服のベールをかぶる。顔はなるべく見られないに越したことはない。シスターが次の街までと持たせてくれたパンと乳製品チーズの入った袋と路銀の入った小袋と水筒。変えの着替えが一枚。それが、メイシャの全財産だ。

外に出て、実際の時間よりずっと長いこと世話になったような気がする孤児院を眺めていると、待ち人はやって来た。


ラパンは軽くこちらに手を振った。メイシャもおじぎを返す。彼は、旅装束になっていた。右腰には出会った時と同じ長剣を刺し、外套を羽織っている。

「おはようさん」

「おはようございます」

「昨日付けで借りていた家は引き払っといたから、旅の期間は気にしなくていいぞ」


そこまで考えていなかったメイシャはあわてて深く頭を下げた。

「思い至らず、申し訳ありません。あなたには、あなたの生活があるのに、そこまで考えておりませんでした」

「気にするな。傭兵は流れるものだ。俺はたまたまここを拠点にしてただけで、依頼もろくにこなかったから、おんぼろに住んでたんだ。宿を借りるより安かった。それだけのことだ」


行こうかと彼は身振りで合図する。

「どうする?寄り合い馬車も出てないことはないが」

「出来れば、同じ人たちと長時間一緒にいることは避けたいのです」

「まあ、そうだろうな。徒歩だな。あんた、その癒しの力ってやつで、動物は治したことあるか?」


メイシャはちょっと考えてから一度だけと答えた。

「一度だけ、野党に切られたという人を治療したときに、愛馬を治してあげたことがあります」

「そりゃあいい。飼い主の不注意で足のイかれたロバを譲ってもらった」


二人はラパンの案内で歩き始めた。彼は初めてあった日のように、メイシャを置いて行くことはなく、歩くスピードを合わせてくれている。


しばらく行くと、道の隅にロバがうずくまっていた。いや、うずくまってというのは正しくない。それは何度も立ち上がろうとし、崩折くずおれているのだ。

よく見ると、後ろ足がひどく腫れていてむくんでいる。おそらく骨折している。

「こいつはこの場所につながれていて、突っ込んできた馬車にひかれたんだ。馬は逃げたが、御者台にぶち当たった。治せるか?」


メイシャは頷いて、ロバの足に手をかざした。目を閉じ、祈る。ありったけの慈愛をあなたに。ラパンの目の前で、ロバの足が光に包まれみるみる蘇生して行く。彼は思わずと行った風に息を飲んだようだった。


「もう大丈夫よ」

メイシャが目を開け、声をかけるとそこには立ち上がったロバがいた。

「嘘みたいな光景だな」

ラパンは瞠目していた。

「信じていなかったのですか?」

「信じるっていうのと納得できるのは別物だろ?」


「納得していただけましたか?それとも怖気付きました?私は怖いですか?」

今まで、怪我や病気を治した人に、全く怖れられなかったわけではない。化け物を見るような目に変わって行った人たちを思い出し、胸が苦しくなる。もし、目を上げて、ラパンの目が変わってしまっていたら?


うつむいたままのメイシャに彼は言った。

「人間に差別される人間か。あんたも大変だな」

「恩を仇で返される、か。ない話ではないが、穏やかな話じゃない」

「俺もあんたも半端者ってことだな。これからよろしく頼む」

ラパンは右手を差し出してくる。


「どうした?握手だ」

「はい」

おそるおそるその手を握ると大きくて暖かい。メイシャは凍えていた心が溶けて行くようだと思った。

「よろしくお願いいたします」


ロバに荷物を積んで歩き出す。

メイシャにはさっきから気になっていることがあった。

「つかぬ事をお聞きします。先ほど握手をしていて思ったのですが、ラパンさんは右利きなのですか?」

そう聞いたのは彼の剣が右に刺さっていたからだ。


「てっきり左利きだと思っていたのですが、指を指したりするとき右ですよね?」

「よく気づいたな。俺は両利きだ。小さな頃は左利きだったが、樹人の文様が咲いてから、力をうまく制御できなくなってな。右利きに矯正した。だが、剣を振るうのには力が有り余るくらいで丁度いい。だから剣だけは左で振るう」


「そうだったのですね。私は樹人のことをあまり知らないのです」

「俺もよくは知らない。だが、実際そうだったという体験談だ」

「そうでしたか」

孤児院に預けられたということは、彼の両親は亡くなってしまったのだろう。これ以上聞くのは失礼なことだ。


二人は街道沿いを行く。街道沿いには川が流れている。街からまだそんなに離れていないこのあたりはまだまだ治安が良さそうだ。たまに警備の人間が巡回している。


彼らはすれ違いざまに、修道女と樹人の組み合わせを興味深そうに二度見して行った。


それを抜けると、彼は街灯のフードを深く下ろした。

「ああいう連中には、フードを被ると余計怪しまれるからな。だが、俺の髪の色と瞳の色は、この先不利になる。なるべく隠しておきたい」

なるほど。と思った。さすが傭兵である。彼は依頼がなかったと言っていたが、全くなかったわけではないのだろう。


この国で頼れるのは彼だけだ。旅慣れていた方が心強い。お昼を過ぎた辺りから、彼は適当な枝を拾いながら歩きはじめ、日が斜めになった辺りで、足を止めた。

「今日はこの辺で休もう」

「はい」

「村は全部寄るんだろう?」

「はい。路銀を稼がなくてはいけないので。リスクはありますが……」

「次の村は、歩いて3日だ。いや、この歩調だと5日かもしれん」

「そうですか。詳しいんですね」


「この次の村は一応行ったことはある。仮にも傭兵だからな」

「何でも屋みたいなもんだ。雇われて獣狩りもしたことがある」

「そうなのですね」

それはメイシャの傭兵の仕事の想像と、ちょっと違っていたので驚いた。


「ほれ」

彼は火を起こし、予備の外套みたいなものを投げ渡してくる。

「そのままだと汚れるし冷える。どうせ持ってないと思って、勝手に用意させてもらった」

「いいのですか?ありがとうございます」

ありがたく好意に甘えることにする。そして気づく。メイシャが護衛騎士と共に旅をしていた時は、2人は交代で見張り番をしていた。


「あの、夜の番は交代ですればいいのでしょうか?」

「あんたは慣れてないだろう?役に立たん。却下だ」

「ではどうするのですか?」

「今はまだ日がぎりぎり落ちてない。俺はこれから寝るから、完全に日が落ちて暗くなりそうになったら起こせ。火の番だけ頼む」


それだけ言うと、メイシャが言葉を返す前に、座って膝の上に腕を乗せ、目を閉じて伏せた状態になった。


彼といると、ごめんなさいと、ありがとうしか言っていない気がする。メイシャは暗くなるまで、そのまま沈黙を守り、火をつついていた。

「ラパンさん」

声をかけると、彼は一発で起きた。

「その、眠れました?」

「ああ。ぼちぼちだ。食事にしよう」


食事をすると借りた外套にくるまる。

「早朝には出発するぞ。少しでも距離を稼ぎたいからな」

「おやすみメイシャ」


彼に初めて名前を呼ばれた気がする。それが、不思議と心地よくて安心して、メイシャは大きな外套にすっぽり守られるようにして眠りについた。

悪夢は見なかった。


4話目でした。次の5話から一気に話が動きます。

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