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03

「本当ですか!?」

メイシャは自分からお願いしたことなのにびっくりして彼をまじまじと見つめてしまう。

「ああ。で、目的地はあるのか?」

「それは……」

「まさか、当てがなければ流石に無理だぞ」


メイシャは恐る恐る切り出す。

「あなたは北の隣国、キルシェの動向を知っていますか?」

「そこが目的地か?国に戻った方が安全なんじゃないか?」


彼の言い分はもっともだ。しかし__

「私は、祖国に帰ることを禁じられています」

言うと彼は驚いたような顔をした。

「妙だな。癒しの力を持つ聖女。俺が国王なら、そんな貴重な人材、頼まれたって国外に出さないが」

「しかし、そのように言付いいつかっております。破れば身の安全は保証しないとも」


彼は呆れたように肩をすくめた。

「残念ながらキルシェの詳しい状況は知らん。八方塞がりか。この国は危うい、祖国には戻れない、あとはキルシェに賭けるだけ、か」

「はい……」


言われてみると絶望的な状況だった。思わず顔が暗くなる。

「やはり、この話はなかったことに……」

「おいおい、なんでそうなる。逆だろう。ここまで聞いて放り出す奴は心のない化け物だ」


「いえ。ここまで聞いてくださったからこそです。私は、あなたのような人を危険な目に遭わせたくない。率直に言って、死んでほしくないのです」

メイシャが真っ直ぐ言い放つと、彼は目をちょっと泳がせて、ガリガリと頭をかいた。


「それはこっちの台詞セリフだ。これで放り出してあんたが翌日死んでたとする。俺はそうとう夢見が悪くなる自信がある」


「お互い様だ。諦めて旅をする方向で考えろ」

「それに、キルシェは寒いだろう?俺も一度行って見たいと思っていた」

「そうなのですか?寒いところへ?ここは温暖ですよね」


「理由は今は話せない。だが、旅が長くなりそうだから言っておく。もし、道中何らかの原因で俺が突然死しても、決してお前のせいではない」

「死なないでください!私のことは見捨てても構いませんから」


メイシャは思わず言ってしまった。彼は自分が死ぬことを当たり前のように話す。それは、事故だとかそういうものでなく、何か歳をとって死期を悟っている人と話しているみたいで、怖ろしくなった。


「俺だって死にたくはない。努力はするさ。だが、それでも誰にでも死は訪れるものだからな。保険だ」


ちょっと待ってろと言い置いて、彼は姿を消した。しばらくして、彼が持って来たのは地図だった。

「ここが、俺たちのいる街だ。ここからキルシェに入るには、山を抜ける方法と海沿いを回り道する方法がある」

「山沿いはこの街からすぐに国境があるのですね」

「ああ」


「しかし、俺たちは海沿いを行くぞ。お前は到底、山を越えられないだろうからな」

「はい」

「この街を出て、2つの町、小さな村も入れれば5つ経由する。2つめの町、漁港ミレーユからキルシェに抜ける。そこをまず目指すぞ」

「漁港……」


「お前の故郷は海がないんだったか」

「はい。というか私は祈りの塔という場所にずっとおりましたので、あっても見る機会はなかったと思いますが」


「そうか……」

「ただミレーユにはきな臭い話がある」

「きな臭い?」

彼は大きく頷いた。

「南の樹人至上主義の国とつながりがあるという話だ。港は海でつながっている。南とは友好関係にないが、密入国した連中が反乱の指揮を取ってるとも言われている。まあ、ただの噂だが」


用心するに越したことはない。と彼は言った。

「わかりました。教えてくださってありがとうございます」

メイシャは神妙に頷いた。


「できるだけ早めに立とう。この場所がバレて襲撃されたらさすがにまずい」

「重ね重ねありがとうございます」

明後日の朝立つぞ。準備をしておけ。そう言い残して彼は去って行った。


「話はまとまりましたか?」

小部屋から出るとシスターが声をかけて来た。子供達は日課の洗濯が終わり、今は外で遊んでいるようだ。楽しげな声が聞こえてくる。

「はい。おかげさまで」


明後日立つことを伝えると、そうですか。と彼女は何度も頷いた。

「お世話になっているのに、何もお返しができずに申し訳ありません」

「いいえ。これも神のお導きです。あなた様が謝る必要などないのです」

「ありがとうございます」


「キルシェに向かわれるということですが、言葉は大丈夫なのですか?この国の言葉も随分流暢に話されているようですが」

「はい。祈りの……私たちの国の信仰の塔では、巡業に出るものたちのために、異国語は熱心に研究されています。私はそこで教育を受けました。キルシェの言葉も、自信はありませんが片言なら話せるかと」


「本当は、スワル国内で巡礼を続ける予定だったのです。この国の言葉は、たくさん勉強しました」

「そうでしたか。それは残念でしたね。せめてこれからのあなた様の旅路を、光が照らさんことを祈っております」

「ありがとうございます」


「少しお待ちください。キルシェの童話が確か1冊あったはずです」

シスターは子供たちの本棚から、一冊の本を持ってくる。

「南の魔女の物語?」

手渡され、タイトルを見たメイシャは思わず読み上げてしまった?

「中をどうぞご覧ください」


それは、こんな内容だった。ある時より南から魔女を名乗る一人の女がやって来て、辺り一面の木々を枯らしてしまった。その時、北にいた樹人と人間は手を取り合い魔女を討とうとしたが、樹人は魔女の呪いにあい、半死半生に陥る。残った人間が、魔女を打ち取るも、魔女の呪いを恐れた樹人たちは南に移り住み、南に樹人たちのみの国ができた。


「これは、本当にキルシェの本なのですか?」

「はい。そう聞いていますし、この言語はキルシェのものでしょう?」

「確かに。この話は本当の話なのでしょうか。キルシェが樹人の国の成り立ちを語るのは不思議に思うのですが」

「さあ、どうなのでしょうね。所詮しょせん、昔々のおとぎ話ですから」


その時、一人の樹人の少女が部屋に入って来ているのに気づいた。

「その本、おねえちゃん読めるの?」

「ええ。読めますよ?」

「後で読んでよ。ラパンの兄ちゃんが出て行っちゃってから、その本を読める人がいないんだ。久しぶりに聞きたい」


「ラパンさんがここにいたのですか?」

「うん。そうだよ。もう結構前の話だけどね」

彼のシスターに恩があるとは、そういう意味だったのかとメイシャは悟った。


その後、メイシャは子供たちを集めて、本を読んであげた。初めて聞くもの、もう一度聞きたいもの、それぞれだったがみんな静かに聞いていた。


「なんだか悲しいお話ね」

一人の少女が言った。

「なんで?魔女は悪いやつだろ?」

少年が反論する。

「だってなんで魔女が木々を枯らしたのか、書いてないんだもん。もしかしたら木や樹人に恨みでもあったのかも」

「おいおい。樹人を悪者にするなよ」

少年が噛み付く。


「そういうことを言ってるんじゃないわ。世の中には悪者にも悪者なりの事情があるでしょう?おとぎ話は、そういうの書いてないから不公平」

「おとぎ話ってそういうものだろ?」


「おねえちゃんはどう思う?」

ふいに話をふられたメイシャはキョトンとしてしまう。

「え?」

「このお話悲しいでしょ?だから私考えたの。この魔女はきっと人間の恋人を樹人に殺されてしまったのよ。だから、木に呪いをかけてしまったの。悲しい悲しい魔女なんだわ」


メイシャは肯定も否定もできなかった。困っているとシスターが助け舟を出してくれる。

「想像するのは大切なことですよ。でも、人間が悪いとか、樹人が悪いとか、そういう話はやめましょう。みんな、仲良くしないと」

「はーい」

彼女はちょっとだけ不満そうにしながらも、引き下がってくれた。


 次の日はあっという間に過ぎた。子供たちがメイシャに懐いてしまったからだ。あっちこっちに引っ張り回されているうちにすっかり日が落ちていた。

「おねえちゃん」

気がつくと、借りていた客室に、あの本を読んでほしいと言った少女が立っていた。

「明日行っちゃうの?」

「ええ」


「ラパンの兄ちゃんと一緒に行くんでしょう?」

「そうよ」

「兄ちゃんのことよろしくね。私、兄ちゃんのこと大好きだった。でもおねえちゃんも大好きになったから」

「私ね。結構勘が鋭いの。ラパンの兄ちゃんは、もうここには戻ってこない気がする」


「だから、よろしくね。おねえちゃんも、私みたいにラパンの兄ちゃんを好きになって。応援してるから」

ニコッと笑って彼女はいう。

それは、どういう意味なのだろうか。聞き返すかどうかメイシャが迷っていると彼女はサッと扉から出て行く。

「おやすみなさい。おねえちゃん」

「おやすみなさい」


メイシャはしばらく、ぐるぐると彼女が言ったことを考えていたが、気づけば眠りに落ちていた。


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