02
「紹介したい人、ですか?」
メイシャは聞き返した。危険な目にあう自分に紹介したいとはどんな人なのだろうか。
「はい」
「彼、ラパンは樹人と人間の混血なのですが、腕が立ちます。あなたの旅の同行者に加えられれば心強いはずです。そして、できれば彼を救ってあげてほしいのです」
「救う、ですか?」
「私の口からはこれ以上言えません。彼は朝ならばここにいるはずです」
シスターは手書きの地図を渡してくれる。
「樹人は花の文様を体のどこかに刻んで生まれてきます。ラパンは左手首に文様があります。それが目印です」
「今日は休んで、明日、朝一で向かって下さい」
「はい。ありがとうございます」
メイシャは彼女の好意に感謝して甘えることにした。すぐに出るなら、子供達とあまり親しくしないほうがいいだろうということで、シスターはメイシャを旅の合間に宿を借りたという風に子供達には説明していた。
「いいですか?みなさん、メイシャさんは親しい人を亡くされています。旅の話を聞きたいでしょうが、今は、聞いてはなりませんよ」
はーい。と返事をする子供達は、人間も樹人も混ざっているようだった。みんな神妙な顔をしている。
この子たちは、親しい人を亡くした経験を持っているのだ。深刻そうな顔をしたメイシャに、シスターは言った。
「ここは、小さな子が多いでしょう?そうすると、中には病にかかって帰らぬものも出るのです」
「そうでしたか……」
祈りの塔において、最も遠かった話だった。癒しの力を持つ聖女のつどう塔では、老衰以外の死者が滅多に出ない。
ここに来て、メイシャはいかに自分の感覚が世間とズレていたのかを痛感した。
翌朝、メイシャは地図に指し示された場所へと向かった。そこは、飲食店らしき場所だった。中に入ると、人がなかなかいて、賑やかだ。
入り口で思わず立ち止まったメイシャに一人の女性がぶつかる。
「すみません。ぼーっとしておりまして。大丈夫でしたか?」
メイシャはハッとして声をかける。
「大丈夫。あんた、初めて来たの?私も初めて来たときはそんな感じだったわ。ここすごいわよね。なんか雰囲気?圧倒されるっていうか」
「はい。ちょっとあまりこういった色々なところに来たこともありませんでしたので」
女性は呆れたように肩をすくめた。
「あんた、いいとこのお嬢さんかい?ここは傭兵と一般人の出会いと契約の場だ。知らないで来たのかい?」
「そうだったのですね。知っていたような、知らなかったような。人の紹介で来たものですから」
「紹介ってことは、誰かお目当てがいるってことだね?誰なんだい?」
「あの、ラパンさんという方なのですが」
「ラパン!あいつか!」
「なんでよりにもよって混血なんかを?」
メイシャは豹変した女性の様子に戸惑いつつ答える。
「腕が立つと聞きましたので」
「ふん。確かに腕は立つらしいけどね。傭兵なんて信用商売だよ?いかに強かろうと、裏切るかもしれない混血に頼むくらいなら、私なら別の人間に頼むけどね」
「まあ、あんたの勝手だけど、命はひとつなんだから大事にしなよ」
「お気遣いありがとうございます。あなたもお気をつけて」
どうやら、差別は未だ根強くのこっているらしい。女性の言葉を思い返しながらため息をつく。
「おい」
その時、後ろから声をかけられた。
「はい。なんでしょう」
振り向くと、そこには絶世の美青年が立っていた。緑色の髪、樹液色の瞳。歳の頃は20歳ちょっとくらいで、メイシャより少し上だろうか。ぼーと見とれてしまったが、樹人の特徴にハッとなり左手首を確認すると、赤い美しくも禍々しい花が咲いていた。
「ラパン、さん?」
「ああ、そうだ。俺を名指しで話の肴にしていたから声をかけた。あんた依頼をするのか?しないのか?」
依頼はもちろんしたい。でも一般的な依頼ではない。
メイシャはどう話したものか、迷いを見せた。
「どうした?さっきの女と話して怖気付いたか?」
「いえ。違います。私は孤児院のシスターから紹介を受けたもので、その、旅の護衛を探しているのです」
「旅?あんたが?」
「はい」
彼は難しそうな顔をした。
「それにシスターだって?俺はあの人に恩がある。あんた、訳ありか?どうにもきな臭い」
「それは……否定できません。ですが、お話だけでも聞いていただけないでしょうか?」
彼は、顎に手を当てて考える風にした後、クイっと指を立て、出入り口を指し示す。
「出るぞ。ここじゃ出来ない話だろ」
背を向けて歩き始めた彼に慌ててついて行く。
彼は孤児院に向かっているようだった。メイシャが後を必死に追いかけていると、気づいたのか歩調を緩めた。
「あんたは俺の髪と瞳を見ても、何も言わないんだな」
「私は隣国から来たのです。それで、その、この国の人とは違うのかと」
「そうゆうもんか?隣国から来たって同じだろ?今は樹人がいたるところで反乱している。それまで知らないわけでもないだろ?」
「ええ……まあ」
「反乱を起こしてる連中と同じ容姿、同じ血が流れてるってだけで、こっちはひどい目にあってる。依頼は来ないし、良い迷惑だ」
「そうだったのですか。いえ、私の持ち込んだ依頼の方が厄介で迷惑かもしれませんが……」
「そんなに酷い依頼なのか?あんた見た所、世間知らずのいいとこ育ちだし、なんか理由はありそうだけど、っと着いたぞ。続きは中で」
いつの間にか孤児院に戻って来ていた。
「シスター!」
「ラパン。いらっしゃい」
「どこか部屋を貸してくれないか?」
「この部屋をお使いください」
シスターが示したのは、人々の悩みを聞くための神聖な小部屋だった。ラパンは眉を跳ね上げる。
「いいのかよ?こんなとこ使って。神とやらの罰が当たるんじゃないのか?」
「その方の話は、他の人に聞かれてはなりません。さあ」
うながしてくるシスターに小部屋にまとめて押し込まれる。
中で椅子に腰掛けたラパンは腕を組んだ。
「なんなんだ一体。あんたそんなヤバいのか?」
メイシャは、今までの孤児院にくるまでの経緯を話した。
「ふうん。隣国の聖女ね。噂は聞いたことある。金髪に青い瞳の見目麗しい女。あんたのことか」
彼はじろじろとメイシャを頭の先からつま先まで眺める。
「ご立派なことで。で、旅の護衛だっけ?ちょっとリスクが高いんでないの?」
「やはりそうですか……」
やはり、こんな無茶な条件飲んでくれるはずもなかった。メイシャが引き下がろうとすると彼は言った。
「なんだ?そんな簡単に諦めるのか?」
「人に迷惑をかけるべきではありませんから」
「あんた、自衛できないだろ?俺が引いて、襲われたらどうするつもりなんだ?」
「それも運命です。私はここで死ぬべきだったのでしょう」
彼は非常に不愉快そうな顔をした。
「あんたの覚悟ってその程度なのか?」
「私にどうしろというのですか?危険なことに変わりはありません。事実です。それがわかっていて、これ以上どうしろと」
「……あんた駆け引きが出来ないというか、ものを知らないな。普通はこういう時、自分を売り込むべきだろう?」
「売り込む、ですか?私はただの足手まといですよ」
「あんた、聖女なんだろう?怪我したら治します、とか、普通言わないか?」
「目の前で怪我をされた方の、治療するのは当たり前のことです」
メイシャがきっぱりと言い切ると彼ははぁっとため息をついた。
「あんたと話してると頭が痛くなりそうだ」
「それは失礼しました」
「そういうことではなく……なんで通じないかな。まあいい。で、路銀の当てはあるのか?」
「少し心苦しいのですが、村で治療するときはお代を少々頂戴することにしておりましたので」
「あんたの少々ってほんとにありえないくらい少しなんだろうな。まあ、いいだろう。護衛の依頼、受けてやる」