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6話完結です。

 メイシャは、修道服に金の髪をなるべく隠し、青い瞳が見えないようにうつむきがちに歩く。__顔を見られるわけにはいかない。


ここは、大陸の西側、スワルとその北に位置するキルシェの国境にほど近い街である。二つとも、どちらかといえば平和な国と言われており、メイシャもここまでほぼ厄介ごとに巻き込まれることなく、順調に旅をしてきた。


 メイシャは聖女だ。癒しの力を持ち、その力を人のために行使する。聖女は一人というわけではない。同じ年頃の少女たちの顔ぶれを思い出す。みんな、元気にしているだろうか。


聖女は“祈りの塔”という塔に幼い頃集められる。その特殊な力ゆえ、その力を振りかざしたり、慢心したりしないよう、また的確なコントロールができるようにするため、教育を施されるのだ。そうして、5年に一度、12〜17歳の少女の中から、2名が“癒しの旅”と呼ばれる、巡業に出ることが、義務付けられていた。


“癒しの旅”は自由への旅、または死出の旅といわれ、少女たちの憧れでもあり、また怖れでもあった。その内容は、こうである。祈りの塔の関係者が、信頼の置けるものを3人選ぶ、それは、奉仕の心、癒しの力、信仰心などから判定される。


3人のうち、2人の選ばれしものは、祈りの塔が同じく抱える、同じ年頃の少女騎士を一人につき2人護衛とし、まず国内をまわり、それから国境を超え、聖女の存在を同盟国に知らしめるための旅に出る。メイシャは西に、もう一人の少女は東を目指したはずだ。最後に残った1人は国内で最後まで務めを果たすことになっている。


この旅には終わりがあり、また終わりがない。どういうことかというと、国内は必ず回らなくてはいけなく、お目付役もついてくるが、国外に出たら自由なのだ。それゆえ、自由の旅と言われていたのだ。その代わり、本国には決して戻ってはいけないとされている。


でも__何が自由よ。

メイシャはぎゅっと唇を噛み締める。本国を出てスワルに入り、旅は順調かに思えた。メイシャは自分の力を誰かの役に立てたかったし、自ら率先して、村々で癒しの力を使った。スワルでも聖女の話は有名だったので、今代の聖女として噂は、あっという間に駆け巡った。


大変なのは、それからだった。スワルには樹人と言われる植物から生まれたという伝承をもつ種族がいる。彼らは、メイシャが生まれた頃まで弾圧されていたが、今は差別が撤廃され、一見平和になったように聞かされていた。


しかし、その考えは国に入ってから覆された。彼らは反乱の頃合いをうかがっている。メイシャの噂が高まると、彼らは癒しの力を持つメイシャを自分たちのところに取り入れようとしてきたのだ。


初めは使者だった。しかし、メイシャは断った。貴賎なく人を救うのが信念ではあるが、反乱に、犯罪に手を貸すつもりはないと。彼らは激怒し、それから執拗な攻撃が始まった。


__本当に迷惑をかけた。護衛騎士の少女は、メイシャに本当によく尽くしてくれたと思う。朝となく夜となく訪れる襲撃に、メイシャたちは精神をすり減らしていた。いや、メイシャよりもずっと実際に戦う護衛騎士の2人の方が大変だったに違いない。そして__2人のうち一人が、3日前、死亡した。


メイシャは心底後悔した。あの返事が間違いだったとは思えないが、自分が癒しの力を使うのを自重していれば、国を出た時点で、彼女たちを解放していれば、こんなことにはならなかった。


メイシャは残りの一人の少女、ミリーに言った。

「もう、旅は終わりにしましょう」

彼女は泣き腫らした目でこちらを怪訝そうに見やる。

「あなたは自由になるべきです。私などに付き合うべきではありません。もう国での務めは終えました。何も気にすることはありません」


「メイシャ様はどうなさるおつもりですか?キルシェまで行くのではないのですか?」

彼女は静かに聞いてくる。

「私のことなど、気にする必要はありません」

「なりません!あなた様は狙われております」


「私は__しばらく力を封印し、孤児院に身を寄せようと思います。異国の民である私が、よもや異端の宗教に匿われているとは思わないはず。もしあちらの状況が許せばですが」

「そう__ですか。旅はここで終わるのですね」

「あなたは、あの子の分まで生きて、そして幸せにならなければ」

「メイシャ様もです。あなた様も幸せにならなければ」


「ミリー、今までありがとう。どうか死なないで」

「メイシャ様……」

私たちは抱き合ってお互いの無事を祈った。


 街で孤児院の場所を聞いて、そこに向かう。孤児院のシスターは子供達の世話をしてくれるならと快く受け入れてくれた。また、ありがたいことに、布教こそしてはいけないが、信仰を捨てる必要はないとまで言ってくれた。信心深く、また他人を思いやる崇高なお人だ。メイシャはすっかり感激して泣いてしまった。


 メイシャは聖女の力を持っていることを言わなかった。ただ、異国から巡業に出て、味方を失くし、旅を終えようとしていると話した。


「それはそれは……大変だったでしょう?さぞかし無念でしょう。あなたはまだお若いのに、そんな決断をしなければならないなんて。もちろん働いてもらいますが、ここには好きなだけいて下さい。困った時はお互い様です」


シスターは言って、包み込むような慈愛の眼差しを向けてきた。ここなら、大丈夫だろう。なんとか、やっていけるだろう。そう判断し、ミリーと別れることにした。


「それでは、メイシャ様、失礼します」

「ミリー、気をつけて」

「はい。あなた様も」


ミリーの姿が見えなくなると、メイシャはその場に膝をついた。

「ごめんなさい。騙すようなことをして」

メイシャは、その場に定住する気などなかった。ミリーを遠ざけるための嘘だった。樹人はメイシャを狙っている。確かにこの場所は見つかっていないが、全く力を使わないという選択肢はメイシャにはなかった。


目の前で傷ついた人が出た時に、それを無視して自らの保身のために力を使わない。その選択肢は、メイシャには出来なさそうだった。


メイシャはシスターに懺悔した。聖女の力については伏せ、先ほどの旅を終えるという話は、ミリーという少女を逃がすための嘘であること、自分は狙われており、すぐさまここを出て行くこと。すべてを聞き終わったシスターは言った。


「そう、でしたか。何か事情があるとは思っていました。時にあなたは、樹人をどう思いますか?」

「どう、とは?」

メイシャは思い出す、樹人の緑の葉の色の髪、樹液色の瞳。彼らは人間と同じ造形をしている。


「彼らに偏見はありますか?」

「私には、樹人も人間も変わりなく見えます」

「ですが、私は、この国の人間ではありません。彼らがどんな歴史を持ち、どんな状況にさらされ、そしてどんな感情を持ちうるのか、全く知らないのです」


無知は、恥だ。メイシャが目を伏せるとシスターは彼女の手をそっと握った。

「恥じることはありません。あなたは知るという努力を怠りませんでした。あなたは樹人も人間も変わらないと言った__樹人に命を狙われてもそう言える人はなかなかいません」


メイシャはぎょっとして身体がこわばった。シスターは静かに問いかける。

「あなたは、もしかして噂の聖女様なのではないですか?」

__知られていた。

メイシャは黙っていた。沈黙は肯定だ。でもこれ以上嘘はつきたくなかった。


「答えなくて構いません。私は分かった上であなたを引き止めました。あなたの目は何かを諦めた人の目ではなかった。すぐに旅に出るのも分かっていたことです」

「ただ、ひとつあなたに紹介したい人がいるのです」


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