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始まりの一ヶ月

この物語は『ネット小説大賞六』に応募させていただこうと思い書いたものです。文字数は約26000字となっております。個人差はありますが、すべて読むのに小一時間ほどかかるかと思います。その点をふまえて読んでいただけると幸いです。

人間には2つの種類があると言われている。勝ち組と負け組、使う者と使われる者、支配する者と支配される者。しかし、俺はどれも違うと思っている。最も分かりやすく、そして単純。


それは、力を持つ者と持たざる者。


あちら側の存在に対抗することの出来る力を持つ者。その者の瞳は青く、その者達はあちら側の存在、魔物を討伐するための力を生まれながらに持っている。


魔法、無から有を生み出す神秘の技。しかし、一般市民は知らない。魔法使いが至る所にいることを。そして、その恐ろしさを知った時、異物を脅威とみなし牙をむくことを俺は知っている。


これは、信じることが出来なくなった二人の物語。


***


一月の中旬。まだ、冬が牙をむくそんな季節。窓の外にはあまりの寒さにマフラーを締め直す学生達が足早に帰宅していた。


「堂島先生、話とは?」


俺の隣に座る長い黒髪の少女が目の前に座る教師に声をかける。堂島先生はコーヒーをすすりながら待てと言うように手を前に出す。


正直にいえば早く帰りたい。堂島先生に呼び出される時はいつもろくなことがない。高校に入ってからも何度も呼び出されたがその全てが雑用や先生の仕事の押しつけなどなど…魔法使いは暇じゃないんだけどなぁ。


「雪月君と櫻井君にはとある仕事をやってもらいたい」


その瞬間俺たち二人は立ち上がる。やっぱり仕事を押し付けるために呼んだんじゃないか。帰ろ帰ろ、撤収!この人に付き合うのはもうゴメンだ。


「待って!待って!話はまだ終わってない」


そう言われたものの目を細めながら睨みつける。まぁ、左目に至っては眼帯で見えないんだけど。沈黙し話の続きをうながす。


「まぁ、とりあえず座りたまえよ」


堂島静、日本国公認の魔法使いだ。腕はかなりのものらしい。実際に魔物と戦っているところを見たことはないがここらじゃトップの実力者らしい。


「櫻井日文君、雪月郡君、君たちには今日限りで魔法使いを引退してもらう」


「なっ」

「えっ」


二人で同時に反射的に声を出す。堂島先生は二人の魔法使いをクビにしたにも関わらずとても穏やかな顔をしていた。


「君たちをクビにするのに一年以上も使ってしまったよ。申し訳ない」


「先生俺達をクビっていうのはどういうつもりで?」


「君たちはもう戦わなくていい。そういうのは私達は大人に任せて青春しろってことだよ」


堂島先生はグッと親指をたててウインク。いやいやいや、そんなに軽い感じで言われてもな。こっちはまだのみこめてないんだが。すると堂島先生はすっと腕を伸ばし郡と俺を抱きしめる。


「沢山辛い思いさせたね。もう頑張らなくていいんだよ。普通の高校生カップルしてなさい」


とても優しい、普段と印象が全く違う。実の母親のような、俺達の監視役だった先生が一年間も俺達を辞めさせるために動いていたとは。一年も他人のために頑張れるかよ…普通…。


じんわりと目の奥が熱くなってきた。必死に涙を堪えながら戦わなくていいという言葉を何度も心の中で呟く。終わったのか?これからは普通でいていいのかな?


魔物も魔法も全てを忘れたとしても。それでも、俺と郡の心の穴は埋まらないかもしれない。先生はそれを承知で俺たちをクビにしたのかもしれない。その証拠に俺たちから離れた堂島先生はとても悲しい顔をしていた。


「しかし先生、そう言っていただいたのは嬉しいのですが…その…私達は先生の言う普通が分かりません」


目に涙をうかべながら郡が何とか言葉を絞り出す。動揺か嬉しさか、それとも不安か。その全てなのかは分からないが、郡の顔を見ていると少なくとも不安は正解だと思った。


「ふっふっふ…その点は問題ない。君達にはこれをやってもらう!」


そう言うと堂島先生はとある紙を俺たちに見せてきた。その紙の真ん中には大きな字で『生徒の生徒相談室』と書かれていた。


「君達にはこの遠坂高校の生徒の悩みを解決し、その過程で普通の高校生とは何かを見て学んでもらう!」


と先生は大きな声でそう言った。でもな先生…俺達にはな分かっちまうんだよ。それが来年度から生徒指導の教師になるあんたの仕事を押し付けているってことに。


「よし、郡帰るぞ」


「そうね、話にならないわ」


「待って待ってお願いします!何でもしますから!」


「「ん?今なんでもするって言った?」」


その言葉を言った瞬間に俺達は堂島先生を取り押さえた。先生…俺達は元魔法使いだからなぁ…何要求されるか分かるよなぁ…。


「俺達の魔法使用許可書を…」


「私達の魔道具研究の資金提供を…」


魔道具とは、魔法をより強力にするための道具の総称である。杖なんかには魔法を装填しいつでも発射できるようにすることも出来る。しかし、魔道具を作るには金がいる。それも沢山。


堂島先生は俺達の気迫にちぢこまりながら小さく首を振った。


「よろしいのですか?先生…」


や、やべぇ郡が思ったよりもマジだ。俺でもこんなふうに言われたら断れねぇよ。


「せ、せめて許可書だけにしてくれませんか」


「先生…今、冗談を言うタイミングですか?」


郡の手から冷気が出る。郡が得意をするのは氷魔法。冷気をまとった手で堂島先生の方に触れた瞬間、服がみるみるうちに凍っていく。


「ヒ、ヒィ!わかりましたわかりました!やりますやりますから!」


その言葉を言った瞬間俺達はカバンを持ち教室から出る。変にはぐらかされでもしたら面倒だしな。


「あ、明日の放課後…特別棟の三階、一番奥の部屋に…」


「「了解しました…」」


ニヤッと笑いながらそう返事をする。再び小さく堂島先生の悲鳴が聞こえた気がしたが…まぁ、どうでもいいか。それよりも…た。


「郡。さっきのはちょっとやりすぎだぞ」


「そうかしら?人間はあそこまでしないとすぐに裏切るから」


「確かにそうだが…」


外に出るとまだ部活動中の生徒が沢山いた。野球部とサッカー部がグラウンドで練習を。なんの部活なのか分からないがだべっている生徒なんかもいた。


郡は他の生徒を見た瞬間に俺の手を握る。郡は人間恐怖症なのだ。一年と少し前のとある事件のせいで、俺と郡は何かを失った。失った影響が郡は人間恐怖症という形で姿を現した。


この心の穴はおそらく一生埋まらない。失った何かは戻らないし、別の何かで埋めることも出来ない。俺達はただ、お互いの傷を舐めあっているに過ぎない。それでもいいと俺は思う。ほかの人間なんてただの背景。俺の目には郡さえうつっていたらいい。


二人で夕暮れの街を歩く。少し遠くから羨ましがる声が聞こえるが無視。郡が言うには俺が何かを失った影響は人間への興味が無くなった事らしい。俺自身としては変わったところなんて何も無いと思っていたんだがな。


「ただいま…」


「…ただいま」


学校からは約十五分。ぼーっと歩いていればつく距離だ。家に帰ると玄関には二つの靴が。母さんと楓、帰ってるのか。リビングから漂う匂いが俺の胃袋を刺激する。料理当番は日替わりで母さん、妹の楓、俺と郡の順でローテーションしている。


当番でないものがその他の家事をする。櫻井家はそういったシステムになっている。苦楽をみんなで分け合う。それが母さんの理想なんだとか。今日は母さんが当番だっけか。晩御飯なんだろ。


「郡、苦しいか?」


そう言って手を差し伸べる。胸のあたりを抑え少し苦しそうにする郡を見ているととても辛くなる。郡は知らない人間が近くにいると苦しくなって息がしにくいらしい。人間恐怖症というのは俺が考えているよりも深刻なようだ。


「大丈夫よ…ありがとう」


俺の手をとると二人でリビングへ。荷物を置くといそいそとコタツへ。はぁ〜あったけぇ〜。青いたぬきのポケットから出てくるだけはあるなぁ。


「おかえり、今日もアツアツだね〜」


コタツには既に楓がぐでーっと机に顔を貼り付けていた。わかるわかるぞ妹よ、でもなそろそろ母さんの雷が落ちる頃だぞ…。お前より長く母さんと生活しているからな…分かるんだよ…さん…にー…いち…。


「楓!洗濯物早く取り込んでってば!」


ズドーン!とまではいかないが、母さん結構きてるぞ。母さんはな、眉間にぐっとしわを寄せている時よりも少しだけ寄せている時の方が怒ってるんだぞ…だから早く行ってこい…。


そういう意図をこめて楓の足をつつく。楓が不機嫌そうに俺の顔を見ると窓を指差し早くやって来いと口パクで伝える。楓は母さんの顔を見るとしょうがないとばかりに席を立った。


「…ふふ」


「なんだよ…」


「楓さんの不機嫌そうな顔、日文君そっくりよ」


兄弟ですからね、当然だ。そんな事よりも俺には大切なことがある。それは…。


「久しぶりに笑ったな、郡」


「そう…かしら」


「あぁ、ここは…この家は安心だからな」


そう、ここは豹変して襲いかかってくる奴も、人ならざるものもいない。魔法結界もはってある。周囲の探知もやっている。何よりも郡を家族として受け入れてくれた人もいる。


「父さん帰るの遅いんだって。先食べちゃおっか!」


キッチンから出てきた母さんが郡に笑顔で話しかける。うっすらと微笑んだ郡は「手伝います」と言って母さんのもとへ。


郡には家族と呼べるものがなかった。父さんと母さんと楓は、戸惑いながらも郡を家族として受け入れてくれた。郡は精神的な話をすれば、良い方向へ向かっている。あの日から進めないでいるのは俺だけなのかもしれないな。


「「「「いただきます」」」」


四人でいっせいに食べ始める。母さんは昔、飲食店で長い間仕事をしていたらしい。魔法使いの仕事をしながらやっていたというのだから驚きだ。父さんと結婚して俺が産まれるてからは魔法使いを引退し専業主婦をやっている。


父さんは現役の魔法使いで今もあちこちを飛び回っている。それこそ何かを魔法で浮かせて飛んでいる。父さんの飛行速度は凄まじく、いつになっても追い越せる気がしないほど。


「そうだ!今日ね学校の近くに魔物が現れたんだって!」


魔物や魔法は一般市民でも見ることは出来る。しかし、魔法使い以外の人間は干渉できないのだ。簡単に言えば魔物に一方的な攻撃をされる。それに対抗するための魔法使いだ。


「誰が討伐したんだ?」


「えっとね、浜崎?って人」


「浜崎さんか、なら安心だな。あの人の魔法はすごいからな」


「そうなの!学校からでもおっきい剣がみえたよ!」


あの人は…。浜崎健太、彼もこの辺りでは主力の魔法使いだ。しかし、彼は心配性なのだ。念には念を…の行き過ぎた人。ゲームならoverkillの文字が出てるぐらいの事を平気でやる。


おそらく今回の魔物の全長は五メートルほど。それにとんでもないでかさの剣を刺す。いや…浜崎さんは二度刺す。


そんなくだらない、和気あいあいとした話をしながらご飯を食べていると気がつけば食べ終わっていた。時刻は夜九時を回っていた。玄関からガチャっと音がして父さんが帰ってきた。


「郡、部屋に戻るか?」


「ここにいるわ、お父さんにも話さないといけないでしょ?」


「無理はするなよ」


あの話…というのは、俺達が魔法使いをクビになったという話だ。こればっかりは父さんにもしっかりと話さなければならない。


「ただいま…」


白いローブを着た父さんが帰ってきた。父さんは主に魔法使いを支えるための物資の運搬をやっている。速さが売りなんだって昔からよく言ってたっけな。


「父さん、母さん、楓。話がある」


唐突にそう話しかけた。こういうのは全員が揃っている時でないと。タイミングを逃せばもう気会は無いかもしれないしな。


「な、なんだ?いきなり」


俺の雰囲気を感じ取ったのか、父さんはローブも脱がずに椅子に座る。楓なんかは緊張してなのか背筋を伸ばし手を膝に置いている。


「俺と郡が、魔法使いをクビになった」


全員が言葉を失う。当たり前だ。自慢じゃない…と言えば嘘になるが、俺と郡は国公認の魔法使いその主力メンバーなのだ。運搬が仕事の父さんの前で仕事の話をするのは気が引けて言えなかったが今回は仕方がない。


「そうか…やっとか…」


「やっと?」


「実はな…堂島先生に俺と母さんの二人で、お前達を辞めさせれないか頼んでたんだ」


父さんと母さんが…。でもどうしてそんなことを?魔法使いの収入は控えめに言っても高額と言わざるをえない。その収入が無くなるんだぞ?一体何を考えて…。


「母さんね…ずっと辛かったのよ。あなた達二人はあの日から、空っぽになっちゃったみたいで。見てて辛かったのよ」


「だから、母さんと二人で頼んだんだ。これからは普通の高校生として、普通に生活してくれ」


その後俺達は母さんと父さんにお礼を言ってから二人、自室に戻った。ドアを開け電気をつけようとすると後からドンッと押されそのままベットに倒れ込む。何事かと仰向けになるとドアを閉めた郡が俺に覆いかぶさる。


「どうした…」


手を抑えられ腰の上に座られる。これじゃいくら俺が男だからって抵抗できないじゃないか…。息が顔にかかる、それぐらいの距離で会話を試みる。


「怖かったわ…」


郡の人間恐怖症は特に男への恐怖が強いらしい。魔物と戦える魔法使いが味方であるはずの人間を恐れる。しかし、こればっかりは仕方ないのかもしれない。あの時助けたのは男だったからな。


「父さんは大丈夫だ…」


「それでも!…怖かったし、気持ち悪かった。あなた以外の男と顔を合わせるのが」


吐き気や嫌悪感いっぱいの顔をしてそううったえてくる。しかし、どんなに頑張っても俺には郡の心の中は理解できない。それは郡も同様で、お互いにお互いの思いをあらわにすることしか俺達にはできないのだ。


「上書きしてくれる?あなたでさっきまでの事全てを…」


「その為に…俺はいる…」


郡の唇が俺の唇と触れ合う。暖かく柔らかい舌が俺の口の中に入ってくる。言葉にするのは難しいが情熱的なものだった…と言えば全ての人に伝わるのではないだろうか。そんなに嫌だったのか…。


「…ねぇ…もっと…」


そう言って俺の眼帯をとる。俺の眼球は白目の部分が黒色。黒目の部分は暗い紫色になっている。あの時の魔物の眼球と同じ配色だ。


「醜いか…?俺の目は…」


「私は好きよ…」


それからしばらく、俺達は体を重ねた…。


***


翌朝六時五十九分に目を覚ます。そしてすかさず右手を目覚まし時計へ持っていく。ジリリリリとなった瞬間にボタンを押す。朝…か…にしても左手が重い…と言うか動かねぇ…。見ると郡ががっしりと俺の腕を掴んでいた。嬉しいんだけどそろそろ離してもってもいいですか?


「…?」


郡の寝顔はお世辞にも良いとは言えなかった。涙の跡が頬にうっすらと付いていた。それに手に込める力も異常なほどに強い。


「…うぅ…いや…待って……」


まずいな…郡は時々こうして悪夢にうなされる。悪夢のトリガーは前日に、精神に響く出来事があった時だ。昨日だと…父さんと…と言うよりかは男と長い間近くにいたせいだろう。


「郡!…郡!…」


名前を呼び肩を大きくゆらす。すると郡は水中から飛び出るかのようにかはっと息をして飛び起きた。文字通り上半身を勢いよく起こして。


「うおっと…だいじょうぶか?」


危うく頭をぶつけるところだった。寝起きから激痛に悶えるのは嫌だからな…あの時は辛かった。起き方…変わりませんかね?変わらねぇか…しょうがないか…。荒く呼吸をする郡の背中をさする。汗…すごいな…。


「水…持ってくるよ…」


ベットから出ようとすると再び郡の手が俺の腕を捉える。痛い…力強く込めすぎだ…。恐怖のせいで身体能力強化魔法を使ってるのか?


「分かった…ここにいるから魔法…解いてくれ」


「はっ…えっと…ごめんなさい…」


無意識のうちに魔法を使っていた事を後悔しているのか、縮こまってしまった。んーと、言い方…悪かったかな?


「落ち込むことじゃない…怖かったもんな…」


「日文君が…いなくなる夢だったわ…とても…とても怖かった…」


その肩は通常では見せないほど震えていた。俺はこの震えを完全に消し去らなければならない。どんな手段を使っても。あの時…俺が…あんな判断をしなければ…。


自然と…郡を抱きしめていた。後悔と自己嫌悪で顔が歪む。あの時の、弱かった自分はもういない。今度こそ守りきるんだ。どんな手段を使っても。それこそ…人を…殺してでも…。


「日文君…魔力…漏れてるわよ」


黒い…浮遊する液体のようなもの。魔力と呼ばれるそれは魔法使いによって色は違えど性質は全て同じ。無から有を作り出す。万能の物質。感情の昂りや意識の強さでその姿を露わにする。


「ん…すまない…少し考え事を」


「もう大丈夫よ…朝ごはん…食べましょうか」


弱々しくそう微笑む郡を見ていると心がズキズキする。昔はもっと強かったはずなのにな…郡も…俺も…。俺がお前を弱くしたんだよな…。


***


「…寒い……」


朝の通学路ほど憂鬱なものは無い。ただでさえ面倒な学校に加え寒いし、俺たちに限って言えば今日から『生徒の生徒相談室』なるものが始まる。客が来なければただ学校にいるだけでいい。それだけ聞けば楽な仕事だが、客によっては何日も話し合わなければならない可能性が出てくる。


俺は平気だが…。郡の顔色を確認すると、やはり悪夢のせいかあまりいいとは言えなかった。それだけ…というわけでもなさそうだな。やはり断るか?魔道具制作のスポンサーの件は、正直にいえば欲しいところだが郡が最優先だ。


「郡…相談室の件…断るか?」


「…どうして?」


「郡への負担が大きすぎる」


「大丈夫よ、客が来なければ教室で魔道具制作ができるじゃない」


口ではそう言っているものの、握っている手にはいつもより力が込められている。まぁ、大丈夫だと言うなら断る理由はない…か。俺ができるところは俺がなんとかしよう。


相談者との会話、座る場所、郡と相談者へのフォロー。他にもいろいろやるべき事は多そうだ。様々なケースを想定したイメージトレーニングをしているといつの間にか学校についていた。


校内に入るなり耳に入ってくる喧騒。騒がしい…と一言で言えば嫌な響きだが、決して悪いものじゃない。若者の元気な声というのは聞いたり見たりしているこっちまで元気になってくる。…今のセリフ…もう完全におじいちゃん…。


教室に入るとその喧騒はより大きくなる。ここまで大きいともはや誰が何を言っているのか分からないな。席に荷物を置き廊下を目指す。すると俺の腕を誰かが掴む。


「どこへ行くの?」


「ちょっとお手洗いに」


そう言って廊下を指さすと、郡は不安そうに見つめてくるが俺だって限界なんだ。と心の中で言い訳をして教室を出る。


遠坂高校は決して新しい学校とは言えない。しかし、一昨年頃からトイレや廊下などなどの改装工事を行っていて校舎は綺麗に保たれていた。しかし、それも落書きなどをする生徒がいなければの話だが。


「雪月さんってさぁ…いつも櫻井と一緒にいるけど、もしかして付き合ってんの?」


「…………」


教室へ戻ると郡の周りに数人の男女が取り囲むように立っていた。止めるべきか…しかし、郡には俺以外の人間への対応も覚えてもらわないといけない。受け流す程度のことはできなければ将来ろくな生活ができないしな。ここはしばらく監視ということで。


「無視ってひどくなぁい?ま、いいんだけどさ。今日、俺らカラオケ行くんだけど雪月さんもどう?」


「…………」


「俺さぁ、一応魔法使いなんだよねぇ。もし来てくれたらさ…いいことしてあげよっか?」


最後の一言、それを言うためにその男子生徒は郡に急接近し耳元で何かを囁く。すると、スパァン…という音が騒がしかった教室に響く。一瞬にして静まり返った生徒達は今度は何やらザワザワと騒ぎ出した。


「いってぇ…」


「おい!雪月!お前遠藤くんのランク知ってんのか!」


魔法使いにはランクが設定されており、これは主に魔力量や使用できる魔法の種類なんかで上がっていく。D、C、B、A、S、Master、Grand Masterとなっている。最高ランクのGrand Masterは魔法使いの中で最も優れている五人に与えられる称号だ。


「あまり…近ずかないで…」


ようやく郡が口を開いたが、それではますます相手を怒らせるだけになってしまう。けど、そろそろ限界か。遠藤が郡に手を伸ばしたその手を俺が掴む。


「なんだよ…櫻井…俺は雪月さんと仲良くなりたいだけなんだけど?」


「そうか、悪かったな。自分の女に他の男が手を出そうとしてるのかと思ってな。ただの嫉妬だ許してくれ」


話しながら郡を背中に隠す。もたれかかるように郡が俺の背中に触れる。その手は俺の制服を強く掴んで離さなかった。


「前から思ってたんだけどさ、お前のランク教えろよ。その目、お前も魔法使いなんだろ?」


バレてたか…そりゃそうだよな。ハーフでもないのに青い目してんだから当然か。教えるべきか否か、別に隠すようなものでも遠藤のように自慢するものでもないし…。俺はポケットから財布を取り出しその中から紫色に光るのカードを取り出す。


「Master…」


「なっ!」


その瞬間、教室中から驚きの声が湧き上がる。自慢…するつもりはなかったが、結構うるさくなってしまったな。ここは早く逃げよう。


「ちなみに郡もMasterだ。魔法、使われなくて良かったな」


ポンッと肩を叩くと遠藤崩れるように膝をついた。Masterだった驚きと、今更やってきた恐怖によるものだろう。もしあの時平手打ちではなく魔法だったら、遠藤の上半身は消し飛んでいただろう。正直に言えばそうなって欲しかったと少しだけ思う。


「保健室へ行こう」


「…え、えぇ…」


フラフラした足取りの郡を支えながら教室を出る。震える郡を見えていると遠藤の上半身…やっぱり飛ばしてやろうかなと思ってしまう。


「日文君…魔力…また出てるわよ」


「…すまない…」


「どうして謝るの?」


「もっと早くに助けられた…でも、郡ためとか勝手に思って助けなかった」


「いいのよ…あなたは優しすぎるわ…」


俺の頬に触れる手はいつにも増して、弱々しかった。その後、郡は廊下を曲がったところで気を失った。初めは焦ったがあれだけのことがあったんだ仕方ないか。郡を抱えながら保健室へ向かう。窓から見ていた生徒から冷やかしの声が聞こえたがあれに構う暇はない。


保健室にはベッドが三つ用意されており、今は朝ということもあり保健室の先生以外誰もいなかった。


「橘先生、タオルを用意してもらってもいいですか?」


「あらあらまぁまぁ、どうしちゃったの?」


「精神的な疲労…だと思います。ベット借ります」


「そうね、早く横にしてあげましょ」


白い清潔感のあるベットに郡をそっと下ろす。橘先生の持ってきてくれたタオルで額の汗をふく。ここに来るのはもう何回目か、数えるのも面倒なほど来ているな。それだけ、学校という空間は郡にとって生きずらいみたいだな。


「櫻井君、私職員室へ行ってくるから戻る時、鍵よろしくね。あと、いたら静ちゃん呼んでくるね」


そう言って保健室を出る。堂島先生のこと静ちゃんって呼ぶのあんただけだよ。どっからそんな勇気湧いてくるんだか…。幼馴染パワーってやつか。


それからしばらく俺は郡の汗を吹く事に専念した。時々目を覚ますがその時に水を飲ませるとまた、すぐにねむってしまう。これ…毎回思うんだが俺の精神が持たなくなるんだよな。


俺はふと思い出したかのように眼帯を外し、人間のものではない左目で郡を見る。右目を手で隠す、そこには青いオーラで包まれた郡が映っていた。魔物は人間の魔力を見ることが出来る。


郡の魔力はとても綺麗で、眩しかった。海のような青く澄んだ色をしている。


「俺の魔力は…醜いな…」


空いている左手を見つめながらそう呟く。ドス黒い、ふつふつと煮えたぎっているかのように蠢く魔力。


「そんなことないわよ」


「聞いていたのか…」


「私は、そんな事であなたを嫌わない…」


心の中まで読まれているのか…。昔…幼い頃、この醜い魔力のせいでひどいことを何度もされた記憶がある。そのトラウマ的な記憶のせいで、俺は魔力を見せるのをひどく嫌うようになった。


「ここは…?」


「保健室だ、倒れた郡を連れてきた」


「あまり…覚えていないわ…」


「覚えなくてもいいさ…あんなこと…」


「そんなに酷い目にあったの?」


「いや、それほど酷い目にはあっていない。ただ、くだらない事だったよ」


そう、くだらない事だったんだ。俺が郡のためと自分を騙して郡を傷つけた。それだけの事。ほんと…最低だな…。


「郡…俺はお前だけを守るからな…」


「どうしたの?急に」


「いや、深い意味は無い…」


「そう、でも、ありがとう」


無理をしながら笑顔を作る。郡のそんな表情を見ているとこっちまで辛くなってくる。俺は郡だけを守る。あの時のような、くだらない決断はもうしない。


***


放課後、特別棟三階最奥の教室。ストーブの熱が俺の体を温めてくれる。教室の半分は机やら椅子やらの壁によって塞がれており、奥にも荷物がぎっしりと詰まっている…ように見える。


「本当にあなたの隠蔽魔法はすごいわね、まるで違和感がないわ」


「誰だって出来る、第一魔法なんだし」


魔法には全部で三つの階級がある。


第一魔法、これは魔法使いなら誰でも使用可能な一般的な魔法。ランクで言うとDからBまでの魔法使いなら問題なく扱える。しかし、攻撃系の魔法にかぎらず威力や能力がある低い。


第二魔法、これはひとつの魔法を使い続けることで習得できる。氷を作り出す魔法を使い続けるとより巨大で破壊力のある氷を作り出す魔法を習得できる。これは時間と数が必要になり、ほとんどの場合第二魔法が使えればAランクに上がることが出来る。


第三魔法、この魔法はたった一人しか扱うことの出来ない魔法のこと。その種類は多種多様で、対象を操ったり、山を砕いたり、ハリケーンを起こしたり、魔力を奪ったりなどなどの魔法使いによって違ってくる。第三魔法が扱えればMasterへの昇進は確実と言ってもいい。


聞いた話によればGrand Masterは魔力の多さゆえか第二魔法よりも第一魔法の方が使用に苦労するらしい。


「嘘よ、触っても解けない隠蔽魔法なんて聞いたことないもの。これは第二魔法ね」


「郡に隠し事はできないな」


隠蔽魔法、ものを隠したり別のものを見せたり。攻撃とは程遠い上に触れれば消えるこの魔法は、戦闘にはあまり使用されなかったらしい。俺からしてみればそんなこと考えられない。


自分を隠せば敵に見つからずに接近でき、あっさりと奇襲を取れる。使用し続ければ弱点だった触れれば消えるは解消されるのだ。


隠蔽魔法を解くとそこには水晶玉と、乱雑に積まれた本。今日、仕入れたばかりの品が運び主の性格が出る積まれ方をしていた。


「まず、片付けからだな」


「そうね…」


この世界には魔力を注ぎ続けることで変異するものが数多くある。例えば今目の前にある水晶玉に魔力を注ぎ続けると赤色に変色する。赤くなった水晶玉は魔力を貯める効果がある。


魔力は無尽蔵に湧き出てくるものではない。しっかりとした食事や睡眠など体を休めることで回復する。魔道具には大量の魔力を注入した素材が必要になる。その為にも魔力を貯める装置が最優先で必要なのだ。


「こんなものかしら?」


「そうだな」


元々この教室にあった机を並べ、その上に本を並べる。しばらくは無理のないように水晶玉に魔力を注ぎながら、魔道具についての勉強か…。俺と郡は魔道具についての知識をあまり持っていない。


というのも戦うことが仕事だったし、魔道具なんてほとんど使い捨てレベルにしか考えていなかった。勉強すれば魔道具の開発組の気持ちが分かるかもしれない。そして、わかった時にでも心の中で謝罪を。


「そろそろ切り上げるか」


「そうね、じゃあこれ隠してもらえる?」


「はいよ…」


隠蔽魔法をかけ教室の後ろ半分を隠す。一般人は魔法使いやその道具を見ると興奮してしつこくなる。海外じゃ魔法使いでもないマフィアなんかが魔道具の取引をしているとかなんとか。


「でも困ったわね、何をしようかしら」


「なんでもいいんじゃないか?」


「そう、なら少し肩を借りるわよ」


「あぁ…」


郡は俺よりも魔力の最大量が少ない。なのに、なんの意地なのか俺と同じ量の魔力を注入したみたいだ。魔法使いは魔力を使いすぎると疲労感が一気に押し寄せる。さらに使い続けると恐ろしい睡魔に襲われ、さらに使い続けると気を失う。


まぁ、仕方ないか負けず嫌いだし。知ってて何もしなかったんだけども。教室には郡の寝息とページをめくる音。グラウンドの方から部活動中の生徒の声が聞こえてくる。


「こんにちは、二人とも。相変わらずアツアツだね」


しばらくすると堂島先生がやってきた。しかし、やってくるなり職員会議の愚痴を始めた。あの人は口だけだとか、押しに弱すぎるとか、無茶ぶりばっかりとか…etc.。教師って大変だなぁ。


俺の中でなりたくない職業の上位にランクインしているのは堂島先生の愚痴を聞きすぎたせいだ。郡も寝ているしもう少し静かにしてもらってもいいですかね?


「今日は君たちにこれを渡そうと思ってね」


ひとしきり愚痴り終えたのかなにやらカバンの中から分厚い紙の束を取り出した。


「これは?」


「報告書だよ。相談者が来たら相談内容や君たちの助言なんかを記録して私のところまで持ってきてくれ。」


「相談者がそれを拒否したら?」


「その場合は名前とクラスと日程だけ記録してくれ」


「了解しました」


魔法使いの任務の報告書みたいだな。あの時は必要なさそうな情報まで書かされた記憶があるが、これはそれほど細かく書く必要は無さそうだ。なら、気楽でいい。任務よりも報告書制作の方が苦痛だからな…。


「それじゃ私は戻るよ。君たちもそろそろ帰宅したまえ」


「はい、そうします」


その後しばらく本を読んだあと郡を起こしその日は帰宅した。


それから一週間、俺たちはただただ本を読んでいるだけだった。相談者は現れず、特別棟の三階に来る人物すらいない状況だった。


そもそも、『生徒の生徒相談室』自体あまり知られていない可能性もある。だが、一番の原因は生徒が相談をあまりしないことなのかもしれない。恥ずかしい、かっこ悪いなどの固定概念のせいか。こればっかりは難しいな。


まぁ、人が来ないということはそれだけ何もしなくても良いということだ。魔法使いとして魔物と毎日戦っていた日々を思い出すと今の平和は、怖いほどに穏やかだった。本当に怖い…いつこの状況が壊れるのか…。


「日文君…?」


「ん?なんだ?」


「なんだか暗い顔をしていたわよ」


「あぁ、少し考え事を」


「どんなことを考えていたの?」


「いつか、この穏やかな日常が崩れるんじゃないかって」


「そうね、でも私はあなたとならどんな状況だって構わないわ」


「そうだな…」


実際今までの人生を見ても普通の子供では出来なかった事を何度も体験した。魔物との戦闘、魔法使いとしての訓練、魔道具制作、そしてあの事件。


思い出に浸っているとふいに教室のドアがコンコンと音を立てた。相談者か?隠蔽魔法をかけ教室の後ろ半分を隠す。俺達はなるべく自分たちの情報を隠して生きてきた。その習慣のせいか今でも他人に自分の事を知られるのを酷く拒絶する。


「失礼します」


目の色は黒、魔法使いでは無いのか。ひとまず警戒する必要はなさそうだ。だとしたら郡の心配をするべきか…。郡は顔こそ平常時を保っているが、その手は制服のスカートをぎゅっと握りしめていた。やっぱり辛いか…。


「そこに座って。学年とクラスと名前を」


とりあえず俺が質問なんかをするか。郡にはあまりにも負担が大きすぎる。俺の目の前に座るように誘導すると教室を見回したあと席についた。


「一年四組、藤井瑞希です」


「今回はどのような相談があってきたんですか?」


「はい、実はですね…最近彼氏がその…物理的に距離が近いと言いますか…彼のこと嫌いじゃないんですけど…あまり近づかれたくない…と言いますか…」


途切れ途切れながらも、その心の内を、声に出す。パーソナルエリアなるものが原因なのかもな。


「パーソナルエリア…かしら…」


「そうだな」


「あの…パーソナルエリアとは?」


「パーソナルエリアは他人に近付かれると不快になる空間のことです。恋人や家族などの親密な関係になるほどそのエリアは狭まってくる。藤井さんは恐らくそのエリアが彼氏さんよりも広いのでしょう。彼氏さんをもっと信用してあげてください。そうすればそのうち近さなんて気にならなくなりますよ」


あぁ、気持ち悪い。久々に長くじゃべってしまった。それも、心にもない事しか言っていない。だが、藤井の顔を見る限りでは満足のいく回答だったみたいだ。


「わかりました、私頑張ってみます!」


失礼しました!と元気よく挨拶をして出ていった。郡は…と思い右を向くとものすごい目で睨まれていた。隙あらばその首落としてくれる!みたいな目だ。あれ?なんで怒ってんの?


「ど、どうした?」


「いえ、なんでも…ただ…」


「ただ?」


「随分と楽しそうだったなと思っただけよ。ついでに首を落としてやろうかとも思ったわ」


やっべぇあながち間違いじゃなかったみたいだ。ここは早く弁解しないと、俺の首が落ちる前に。


「楽しいわけないだろ、俺がコミュ障なこと知ってるだろ」


「なら、証明して…」


「しょ、証明?」


「パーソナルエリア…あなたは私に対してどのくらいあるの?」


ん〜、うん?これどうやって説明したらいいんだ?一つはあるがこれで行けるのか?まぁ、やってるしかないか。俺は郡にグッと急接近した。


「パーソナルエリアなんてないぞ…」


その瞬間ガラガラっとドアが空いた。


「あ、あ、えっと」


藤井か?ん、待てよ俺の位置と郡の位置、それから藤井の位置。まずいなこれじゃあキスしているように見えてるんじゃないのか?そう思った瞬間振り向き藤井に手を伸ばす。


「ストップ…」


俺の手から半透明の物質が発射されそれは一瞬で藤井に命中した。すると、藤井は氷漬けになったかのように静止した。そのままゆっくりと体を元の体制に戻す。手をおろすと藤井は再び動き出した。


「あ、あれ?いま、え?」


混乱する藤井をよそに俺は魔法を使用した影響でどっと吹き出した汗を拭う。そして、藤井の座っていた席の隣に小さなポーチが置いておるのを目にする。忘れ物か…。


「忘れ物を取りに来たんじゃないんですか?」


「え、あ、はい。それじゃ失礼します」


ポーチを取ると走り去っていった。ふぅ、危なかったな。もう少しであらぬことを噂されるところだった。いや、無いわけじゃないんだけど。噂されるのって嫌じゃん?


「ふぅ〜ん…」


郡を見るとまたもや冷たい目をしていた。なんで?なんでそんな目になっちゃうの?無限ループって怖い。怖くない?


「すごい笑顔だったわよ」


「処世術だよ」


その後、相談者が来ることは無かった。俺は何とか郡の誤解をときその後帰宅した。


***


その日の夜、俺は一人夜道を歩いていた。郡は楓と母さんに捕まって動けなくなり、俺はアイスが食べたいという楓の一言のせいでこのクソ寒いなか、コンビニへ向かっている。


左目には眼帯を。両手には黒革の手袋を着用していると、コスプレイヤーかと声をかけられることがあるが魔法使いだと言えば皆信じてくれる。青い目をした変な服装の人、と言うのが世間一般的な魔法使いのイメージだ。


俺の手袋は魔道具となっている。この黒革の手袋は道具をしまう機能が付いている。しまえるものの大きさは注いだ魔力の量によって違いがあり、着用者の魔力を吸い続ける。


魔力が枯渇すれば、閉まっていたものを強制的に吐き出す。左手には杖が、右手には刀が入っている。どちらもそれほど大きい訳では無いから、消費する魔力量も少なくすんでいる。


コンビニに向かって歩いていると見た事のある顔を発見した。あれは…藤井と…なんだっけ?え、え、江戸川?いや、そんな推理力ありそうな名前ではなかったはず。まぁ、いいや話もしない奴の名前なんて。


何してんだろ、見た感じだと口論か?藤井が一方的に話していて…遠藤がなんとか説得している感じ。あ…遠藤か…やっと思い出した。そして、藤井が頭を下げて走り出す。遠藤はそれを見ていることしか出来ない…と。


藤井の彼氏って遠藤だったのか。クラスメイトのこと知らなさすぎだな。もっと周りのことを見て情報を集めないと。まぁ、あの二人についてはもうどうでもいいや。興味ないし。とりあえずさっさとアイスを買って帰ろう。


その日、帰宅したあとに藤井と遠藤の件を郡に話した。二人で藤井の彼氏は遠藤であると言う確信が取れ次第堂島先生に報告書を提出することを決め、その日は就寝となった。


***


日本の魔法使いを管理している組織である魔法使い管理局、魔法使いや一般人には《管理局》と呼ばれている組織は今、慌ただしく動いていた。原因は二つ、一つ目はMasterランクの魔法使いを、同じくMasterランクの魔法使いが解雇したと言う件。


もう一つが、あちら側と呼ばれている《魔界》から魔物を強制的に召喚する新たな魔法が生まれたとの報告が入った件。そして、その情報源が解雇された魔法使いが監視していた地域だということ。


大きな会議室、その中には部屋にふさわしくこれまた大きな円卓。そこには十名の人間と、その中心には囲まれるように一人の女性が立っていた。


「どういうことが説明してくれるかな?堂島君」


「説明も何も、さっき言ったではありませんか。私の独断で櫻井日文と雪月郡を解雇しました」


「………」


重い沈黙が会議室にのしかかる。堂島の開き直るかのような態度に皆言い返す言葉がなかった。


「その二名の魔法使いの解雇を取り消す。意義のあるものはいないな」


「異議ありです」


「堂島君、君には聞いていない」


「あなた達は、あの二人の小さな魔法使いをまだ苦しめたいのですか!」


その言葉は事実だった。魔法使いの仕事は運搬などの雑務のような仕事から、危険な魔法使いの逮捕や、魔物との戦闘など過酷な任務まである。それを今まで今年やっと高校二年になろうとしている若者がやってきたのだ。精神的な欠陥が現れるのは時間の問題だった。


「使える物はなんでも使う。人類の平和のために」


「人類の平和のために、人類を苦しめるんですか!」


「話にならないな…」


「なら…せめて緊急時以外は…あの二人を自由にしてあげてください」


「しかし、それではあの区画の監視を誰がやるのだ」


「私がやります。あの二人には私から伝えます。ですから…」


「分かった…しかし、一度でも何か問題が起きれば…」


「分かっています…失礼します」


食い気味にそう言うと堂島は会議室をあとにした。部屋を出て一つ目の通路を曲がる。


「クソっ…」


ドンッと壁を殴りつける。無意識のうちに身体能力強化魔法を使っていたせいで壁が大きくへこむ。くっきりと拳のあとがついた壁を気にすることもなく、ただただ苦悩する。


俯いていた堂島の視界に一つの影が入ってきた。顔を上げるとそこには普段は養護教諭として教師をやっている橘がいた。


「あらあらまぁまぁ…どうしちゃったの?静ちゃん」


「春香か…実はな…」


堂島は橘に会議の内容を説明した。その話を聞くと橘は暗い表情を浮かべた。その理由としては、あの二人を魔法使いと言う仕事から解放できたその日の堂島の嬉しそうな顔と。今の悔しそうな顔の両方を見ているからだ。


「静ちゃん、とりあえず休みなさい。あなたは少し、頑張りすぎよ」


「それじゃ…あの二人は誰が救ってやればいい…」


目に涙をためながら顔を上げた堂島を橘がギュッと抱きしめる。


「今は休みなさい…養護教諭として…見過ごせないわ…」


「それでも…私が…あの二人…を…」


「ちょ、ちょっと!静香ちゃん!」


橘にもたれ掛かるように堂島は意識を失った。橘は過労によるものだと診断しそれからしばらく堂島は休養をとった。なぜか、橘も一緒に休んでいたが二人が何をしていたかは誰も知らない…。


***


薄暗い岩に囲まれた空間。その中央には紫に光る巨大な岩が中に浮かんでいる。その岩を囲むように二十名の青い目の男女が立っている。


「さて、そろそろ次の実験に入ろうか…」


「長老様…それならば僕にやらせてはくれませんか」


長老と呼ばれた長い白髭の男に、黒い髪の少年が名乗りあげた。


「策はあるのか?」


「これをご覧ください」


少年は手袋から少し大きな手鏡を取り出す。そこには二人の男女が映っていた。鏡の映像は昔から今へと順番に映像が映し出されていた。


「何者なんだ?いったい」


「この近くに住んでいるMasterランクの魔法使いです」


「ほぅ…Masterランクとな…」


「はい、注目すべきはこの男の左目。眼帯をしていても長老様には見えていると思われます」


「む…こ、これは…魔物の瞳!」


「その通りでございます。この男がどうやってこれを手に入れたのか…この瞳にどんな力があるのか。見るだけでも価値があるかと」


「そうじゃな、ならば今回はカイトに任せよう」


「ありがとうございます」


頭を下げると円形に広がる空間の片隅に置かれた円盤。その上にカイトは乗った。長老は紫に光る岩の欠片をカイトに手渡した。


「魔石は貴重な品じゃ。失敗は許されんぞ」


「心得ております」


青白く発光したカイトは一瞬眩く光ると姿を消した。魔石…それは魔物によって場所は違えど体のどこかに存在する物。角、尻尾、爪、心臓、その場所は様々で生きた魔物から取り出さなければならない。


そして、この者達だけが知っている。魔石は鍵なのだと。魔界へと繋がる扉を開くための。カイトは久々の外の空気を大きく吸い込んだ。


「すぅ…はぁ…さてと、使えそうな人間は…おや?あの学生…少しだけ櫻井日文の魔力がついてる」


ニヤッと笑い走り出す。その早さは人の限界を超え、踏みしめる土は砕かれた。


「待ってて、母さん…今度こそ…僕は…」


夜の闇に紛れて、真実より黒い悪意が動き出した。


***


藤井と遠藤が破局したという噂は風のように広まった。一週間もすれば、校内で知らない人間はいないほどに。藤井はバドミントン部でその腕を認められ、遠藤はサッカー部の一軍に入っているそうだ。


スポーツができて容姿もいいとか、なんかもう色々な方向から殺意のこもった視線が飛んできそうなスペックだな。学校には来ているが二人ともいつも浮かない顔をしている。遠藤に至っては常に顔面蒼白で近寄るものもいなくなった。


堂島先生が一週間休んでいたせいで報告書も出せずじまいで、二人の行動の記録だけが増えていった。まぁ、探偵ごっこみたいなことが出来て楽しかったんだけど。尾行とか盗み聞きとか盗撮とか。あ…これ完全にストーカーだわ。


「日文君。報告書…かけたわよ」


「ありがとう、なら今日は帰ろう」


「そうね」


堂島先生は明日から出勤の予定だ。時計は五時三十分を回っている。今日は相談者がきても何も出来なさそうだし、早く帰ろう。もう少ししたら帰宅ラッシュで郡が心配だ。


帰り道、少し大きな道路。人通りも多く郡が通学中で一番辛くなる場所。そんないつも通りの街並みに一つだけ異様な光景を目にした。


それは道路のど真ん中に呻き声を上げる学生がいることだった。周りの人間は気持ち悪がって近寄らないし、若い人間はふざけるように早く救急車呼べよと笑った。ん?あの男…もしかして…。


「え、遠藤君?…どうしたの…だいじょ…」


そう言って駆け寄ったのは藤井だった。そして、うずくまっている学生は遠藤だった。顔を上げた遠藤の目からは大量の血が流れていて、その目に黒い部分はなかった。


「きゃぁぁあああ!」


藤井の叫び声がその場の空気を揺らす。そして、連鎖するように叫び出す女。遠藤の顔を見て吐き気をもよおす男。周りの異様な雰囲気に泣き始める少年。そして次の瞬間、遠藤の手にしていた紫色の石が光出した。


「なんだ!?」


咄嗟に目を隠し何とか視界を確保する。激しい光を出す石は遠藤の手から離れ、宙に浮いていた。そして、ピキンッと粉々に砕け散ったあと。空間がひび割れた。


「まさか…魔物!?」


どうやら郡も同じ考えを持っていたようだった。今、目の前で起きている現象は魔物が魔界からこちら側へと侵入するために空間を砕いているのだ。しかし、今回は魔物が侵入するために砕いたのではなく砕かれた空間に魔物が飛び込んだのか?


だとしたら怪しいのはあの紫色の石か…見たことはないが恐らく管理局は知っているはずだ。あの石が魔物を呼び寄せることを。知っているうえで黙秘したのか…知っている魔法使いが少ないだけか。


あの二人…まずいな。遠藤は完全に気を失っている。死んでいる可能性もあるのか。藤井は腰を抜かし動けない状態か。魔物の大きさにもよるが、間違いなく踏み潰される。


「あの二人…死んだな」


そう、口にした直後だった。魔物が時空の裂け目をくぐり抜け地面に着地する寸前、二人の学生は地面に飲み込まれた。そして、ドサッという音と共に俺たちの後ろに倒れていた。


「間に合ったか…良かった…」


地面に寝ている二人の生徒を、女教師二人が安堵の表情で見つめる。堂島先生と橘先生か、偶然か…それとも何か確信があってここに来たのか。確信があったなら間違いなくあの石のことだろう。


「郡…帰るか。俺達には関係ない」


「そうね、魔法使いもいるみたいだし」


堂島先生の周りにはローブを着た魔法使いが数人駆けつけていた。歩き出した俺達の前に堂島先生が道を塞ぐように姿を現した。空間転移の魔法か?すごい制度だな。第二魔法、いや第三魔法の可能性もあるな。


「二人に…あの魔物を倒してほしい」


「お断りします。俺達はもう戦わない…」


「私達では、あの魔物を倒せるかどうか不安なんだ」


「倒せると思いますよ…ただ、過半数の犠牲を出しますが」


チラッと駆けつけた魔法使いを見る。その中には数名だが管理局に支給される装備をつけた者がいた。恐らくランクはBかA。今年魔法使いになったばかりなんだろう。新人の頃は魔道具の制作の依頼はできないからな。支給されたもので何とかするしかない。


「虫のいい話をしているのはわかっている。君たちをクビにしたのは私だ。けど…それでも…私は君達にお願いしたい。一人でも多く生き残るために」


決意の顔だ。この後何を言われてもいいという決意の顔。でもな先生、俺達には普通の人間にする説得は意味なんてないんだよ。俺と郡は再び歩き出し堂島先生とすれ違う。


「何人死のうが、興味ない」


「お前!堂島さんがこんなに頼んでるのに!なんだよその態度は!」


新人君か…堂島先生は随分と信頼されているみたいだな。後輩に好かれる先輩、俺には無理だな。


「………」


「何とか言えよ!仲間を見捨てるのか!」


「仲間…フフッ…あなた今、仲間って言ったの?」


その言葉に、郡が反応した。まずいな、この感じ、今からでは止められないか。郡は身体強化魔法で作り出した圧倒的な脚力で瞬時に新人君との距離を詰める。そして首をつかみ、結構重たいはずの男の体を軽々と持ち上げた。


「私たちに仲間なんていないわ!人間なんてすぐに裏切るじゃない。そんな信用できないものを仲間なんて思ったりもしないわ!」


ゆっくりと歩き出し、郡のもとへ向かう。たまにはガス抜きしないとな。魔法を使おうとする堂島先生を止めてさらに距離を詰める。


「あんな物!…必要ない!」


その瞬間、郡の腕の力が抜ける。新人君はよっぽど苦しかったのか激しく咳き込み、郡は過呼吸を起こす。


「大丈夫か…?」


「はぁ…はぁ…大丈夫よ。久しぶりに大きな声を出してしまって、ちょっと息が詰まっただけだから」


郡を支えながら再び歩き出す。ここにいる理由はもうない。ここにいる人間が何人死んでも。


しかし、俺たちに戦意はなくても魔物にはあったようだった。既に地面に着地して数秒経過している。魔物は俺達を見ると真っ先に走り出した。新人君達には目もくれず俺へと突撃してきた。


「郡、立てるか?」


「えぇ、大丈夫よ」


大ぶりのパンチ。目で追うのも避けるのも容易い…がその威力は恐ろしく、砕かれたコンクリートの破片が散弾銃のように飛んできた。…っ…身体強化…。魔法の使用速度はイメージと実力が優れているもが、より早く魔法を使うことが出来る。


手をクロスさせ顔を守る。郡の方も無事みたいで、俺よりも早く氷の壁を作り身を守っていた。そして…魔物は俺しか見ていなかった。


「狙いは俺か…なら、殺るしかないか」


右手の黒革の手袋に魔力を少し込める。そして、手のひらから刀の先端が現れそれを引き抜く。


「久しぶりだな、黒刀」


真っ黒な棒のように見えるこれは、魔物を着るための刀。装飾品は一切存在しないその刀を腰にさす。鞘から抜いてあらわになる刀身は黒く光っていた。


「…ッ!」


短く息をすると、強化された体をフルに使い魔物との距離を詰める。全長五メートルのゴリラのような魔物、いや巨大化したゴリラと言っても過言ではない。目元は赤く、黄色い瞳をしたゴリラ。黒い毛皮を風に揺らしながら魔物の方も距離を詰めてきた。


大ぶりのパンチか…やはり知能はないか…。難なく回避し今度は魔物の足元へ走る。そして、アキレス腱の当たりを斬ろうとしたが黒刀は見事に弾かれてしまった。硬ぇ…黒刀でも切れないとかどんなだよ。


「これは、骨がおれるな」


「ほんとに折られないようにね」


体制を立て直すために魔物から距離をとると、郡が駆け寄ってきた。黒刀を鞘に収め、刀を手袋へ収納する。


「郡、第三魔法を使う」


「構わないけれど…人が…」


「あいつらを吹き飛ばしてでも遠ざけてくれ。そして、巨大な壁を」


「無茶を言うわね。終わったら援護するわ」


そう言ってお互い逆方向へはしりだす。しかし、また第三魔法を使う日が来るなんてな。さっさと終わらせたいし、やるか…。


郡は俺と分かれるとすぐに巨大な氷の壁を作り出した。強度も恐らく申し分ないほどのとのを。


「さてと、やるか。第三魔法…死肉鴉」


死肉鴉…か。これ、最初に呼んだやつはいいセンスをしている。体中から溢れ出るドス黒い魔力。俺の大量の魔力は全身を包み込み、手と足にはそれぞれ鋭い爪が。背中の、肩甲骨のあたりには大きな漆黒の翼。そして、顔には大きなくちばしを身にまとった。


***


郡は日文と分かれるとすぐに魔法使いの集団の元へ走った。


「今すぐここから立ち去りなさい」


「第三魔法を使うんだね?」


「そうです。だから、早く立ち去りなさい」


郡は魔法使いを睨みつける。堂島や橘も含めて。日文の第三魔法を知っているのは堂島だけ。情報源を作らないのが郡の成すべきことだった。


「ダメだ!俺達も戦う!」


そう言ったのは新人の魔法使いだった。その言葉を聞いて郡は新人の胸ぐらをつかみ思いっきり遠くへ投げ飛ばした。


「言わなきゃわからないの?あなた達は足でまといなの。だから、さっさと消えなさい。それとも、いくつか骨を折らないと分からないのかしら?」


「ヒィィッ…」


堂島と橘、そして気を失っている生徒二名以外は逃げ出した。郡はキッと堂島を睨みつけた。


「いくら先生でも、いうことを聞いてもらいます」


「私の得意な魔法は空間をいじる魔法だ。吹き飛ばしても無駄だよ」


「チッ…なら、そこの二人は外に出してください。橘先生、あなたもです」


「私もかぁ。なら仕方ないかなぁ」


地面に寝ている二人と橘を交互に見ながら郡はそう言った。、地面に両手をつける、すると瞬時に郡を中心とした半径百メートルの位置に巨大な氷の壁を作り出した。


「…援護に向かわないと…」


そう言って走り出した郡を確認すると堂島は、近くの建物の壁に触れる。すると、一瞬丸く光った壁が次の瞬間には別の空間に繋がっていた。


「新人君、君には見届けてもらう」


手を伸ばした先には、呻き声をあげる若き魔法使いがいた。


***


第三魔法…『死肉鴉』、俺の第三魔法の名前だ。この魔法は名前の通り魔物人間に問わず死肉を食えば食ったものの力を少しだが得ることが出来る。だが、この名前はほんとは少しだけ間違っている。


俺の第三魔法の真の能力は恐らく、他者の力を奪う魔法。恐らくと付けたのはまだ、一度しか奪えたことがないからだ。あの時、怒りのあまり暴走した第三魔法の影響で俺は…。


「ゴァァァアアア!」


「………」


何か言いたいんだけどね…この状態だと喋りにくいんだよね嘴のせいで。アニメやマンガの主人公なんかはカッコいいこと言うんだろうけど、そういうの面倒臭いからいいや。さっさと死んでくれ、じゃないと食えない。


巨大なゴリラは腕力だけでなく、脚力のほうも恐ろしかった。十数メートルはあった距離が一瞬にして詰められてしまう。これは、距離をとるのは無意味だな。


巨大なゴリラが腕を振り上げる…。その後すぐにゴリラの目に大きな氷柱が刺さる。


「グガァァアアア!」


郡か…なら、今のうちに…。腕に生えた漆黒の爪は恐らくだが、どんな物でも切り裂ける。試したことの無いものが多いが多分なんでも。だからこそ、黒刀でも切れなかったゴリラの体も簡単に引き裂ける!


さっきと同様、アキレス腱にあたる部分を切裂く。赤いドロドロとした血が飛び散る。これ、魔力纏ってるからいいけどそうじゃなかったらって考えるとゾッとするな。


「ゴガァァアアア!…グゥゥ」


ふらつきながらも俺を睨みつけることはやめないか…いいねぇ…そうじゃないと食ってもいみねぇからな。その時俺は、嘴の奥にある口角が吊り上がっているのを感じた。


フラフラと距離をとる魔物のあとをゆっくりと追跡する。歩いているとベチャッと水溜りを踏んだ時と同様の音がした。あの魔物そう何出血してたか?自己治癒力は人間とは比にならないはずだ。


魔力の反応がある。足元…この血溜まりか!そう思った時には既に遅く。血溜まりから雷が発射された。


「うぐっ…」


間一髪と言っていいほどギリギリでかわす。しかし、目のすぐ横を雷がかすり眼帯の紐が焼かれてしまった。ヒラヒラと眼帯が落ちる中で距離をとり、目が完治した魔物はニヤニヤと笑いかけていた。


「なめるなよ…魔物が…」


柄にもなく怒っていた。シンプルに馬鹿にされた気がした。左目で地面を見る。血溜まりからは魔力の反応。人間では感じることが出来ないほど隠蔽されていた。血溜まりを避け、時には飛び越え。魔物へ強襲をしかける。


トラップをすべてかわされた魔物は動揺し、反応が遅れた。その瞬間に右腕を削ぎ落とす。たまらず魔物が悲鳴をあげるが、躊躇なく胸を引き裂く。


その後の戦闘はもはや戦いと呼ばれるものにすらならなかった。失った左手のせいで手数を失い。速度でも劣っていたため、残っていた右腕は容易に潰すことが出来た。最後はガラ空きになった頭を貫いて終了。


腐っても魔物と言うべきか、なんとも呆気ないものだった。これぐらいなら本当に俺がいなくても良かったな。まぁ、それは後で考えるとして。今はこいつを食うか。


嘴を大きく開け魔物の肉を引きちぎる。実際には俺の喉は通っておらず、嘴に吸収されているからどんな味かは知らないが。たぶんまちがいなく不味いだろう。


死肉を貪る漆黒の鴉。それが、『死肉鴉』の由来。それは恐らく魔法使いではない人間からすれば、おぞましく汚らわしい。侮蔑の対象になってもおかしくないほどの、嫌悪感を生み出す。


だが、俺はこの魔法を使い続ける。一人で守りきるため…そのための力をつけるために。


気がつけばそこには血溜まりがあるだけで魔物の姿は無くなっていた。記憶が無いがまぁ、食ったんだろう。早く家に帰ろう、そう思った時だった。背後からパチパチパチと手を叩く音が聞こえた。


「素晴らしい!流石ですね『死肉鴉』」


そこにはいつの間にか俺と同じくらいの歳の男が立っていた。やはり…来たか…いつか誰か来ると思っていたよ。


「僕の事覚えてますか?覚えてないですよね、だってあなたには人間らしい心なんて持ち合わせていないんだから」


嘲笑などの人を馬鹿にする感情全てを込めたかのような言葉と顔。やべ、ものすごいイラッときた。


「とりあえず、自己紹介でもしましょうか。僕の名前はほ…」


「黙れ、お前の事ぐらい知っている。何しに来た、北条海斗」


「覚えてましたか…」


まさかの返答にお辞儀をしながら肩を震わせる。俺はこいつの身内でも知り合いでも友達でもない。だが、知っている。最後に見たのは三日前だったか。


「何しに来たか…だと…僕の事を覚えているならわかるだろ…」


再び上げた顔には確かな信念と、静かな殺意が宿っていた。


「お前があの体育祭の日、母さんから奪ったものと同じものを奪ってやる」


そうは言ったが戦う気は無いのか、武器らしいものは持っていなかった。今日は挨拶だけとか?


「とりあえず訂正だけしておく。俺はお前のことなんて覚えていない。知っているだけだ。たまに夢に出てくる。お前の母親の記憶にな」


「なっ…」


そう、夢に出てくるのだ、あの体育祭の日。怒りのあまりに暴走させ、数え切れないほどの人から色々と奪った。視力や脚力。魔法使いなら魔力や覚えた魔法。北条海斗の母親からは記憶と…寿命…。


どうして奪ったものが分かるのか…それは俺にもわからない。ただ、何を奪ったのかと。奪った人の記憶だけが夢の中でぼんやりとだけ見える。そして最後には…。


「お前が…自分のために人から奪ったものを返せとは言わない。ただ、同じものを失う覚悟はしておけ」


「自分のためだと…そんなわけないだろ。あんな物!欲しいわけない!」


気がつけば北条海斗の目の前にいて。気がつけば北条海斗の首を掴んでいて。気がつけば北条海斗を地面に叩きつけていた。


「毎晩夢に出てくる奴らが、なんて言うか知っているか…」


北条海斗が右手を俺の顔の前に持ってくる。そして、その手からは火炎が飛び出す。瞬時に離れ、その攻撃を回避する。


「その目、あの時の魔物の目か。皮肉だな、人性を狂わせた魔物の力が役に立つとは」


「なんとでもいえ。お前にはその権利がある」


「なぁんかつまんないなぁ。さっきみたいに怒ったりしろよ。まぁ、今日は見に来ただけだし」


そして、北条海斗は目の前から姿を消した。どこいった、空間転移か?なら、後ろ!しかし、そこには誰もいなかった。


「こっちだよ」


耳元でそう囁かれる。俺が振り向くのも計算済みか。つくづく人をイラつかせるのが上手いやつだな。


「あの女、雪月郡だな。お前があの女に夢中なのは知っている。いいか、櫻井日文。あの女必死になって守れよ?そうじゃないと面白くないからな」


振り返り、その頭を飛ばしてやろうと思ったが。既に北条海斗の姿はなかった。言われなくても守ってやる。何をしても、どんな手段をとっても。


「今の、知り合い?」


「あんなやつ、俺は知らない」


グラッと視界が傾く。流石に魔力を使うな。体に力が入らねぇ…。ぽふっと郡の肩に頭を乗せる。


「すまない…」


「いいのよ、お姫様抱っこして帰ってあげる」


「新手の羞恥プレイなの?」


「ふふっ冗談よ」


その後、一連の事件は魔物の出現とそれによる被害があったことしか報道されなかった。あの、石の正体と。北条海斗の目的。謎は増える一方だった。


***


広大な平原。綺麗な湖。深い緑の森。そして、そこらじゅうには多種多様な色をした魔物がいた。ここは、魔界なのか…。とりあえず今分かることはここが夢の中だということ。


初めて見る夢だな。あのゴリラの夢なのか?それにしても綺麗だな。ん?どこかに向かっているのか?洞窟か…もう一匹ゴリラがいるのか。


洞窟の中、もう一匹のゴリラ。自然豊かな世界。それだけが見えていた。舞台のライトが暗転するかのように、唐突に視界には何も映らなかった。ってことは…あれが来るのか。


真っ暗になった視界。研ぎ澄まされた聴覚。そして…。


「返せ!…それは、俺のだ!」


耳元でそう言われた。


***


あれから数日がたった。第三魔法はありえない量の魔力を消費するため。しばらく活動らしいことは出来なかった。堂島先生の話によれば。遠藤が持っていた石は魔石と言い。時空の裂け目を作るものらしい。


北条海斗という青年は、数年前から母親と行方不明になっており。母親の方は衰弱していて、まともに動けなかったらしい。


取り調べの結果、遠藤は北条海斗と思われる人物に魔石を持って俺達の通学路にいるようにと言われていたらしい。魔石は遠藤の魔力をすべて使い魔界へと繋がる穴をつくりだし、そこへ運良く俺達が通った、なんて都合のいい事は考えられない。


何らかのトリガーがあるはずだと伝えると堂島先生も同じ考えだったようで、その線も視野に入れて操作をしてくれるそうだ。


魔物の出現と、白目を向く少年。そして、巨大な氷の壁が世間で騒がれる中。俺と郡は今日も特別棟の三階最奥の部屋にいる。本を読み魔道具制作をし、相談者が現れれば対処する。これを普通と言うのならそれも悪くないなと思えた。


「日文君、何を書いているの?」


「俺たちの普通の生活の日記だ」


「読んでもいいかしら?」


「構わないが…これは何週間分のものをまとめるつもりなんだが」


「いいのよ、また書けたら教えてくれるかしら?」


「あぁ…」


***


今回書いたものにサブタイトルをつけようと思う。俺と郡が普通を目指す始まりの話。


『始まりの一ヶ月』

まず初めに、この物語を読んで頂きありがとうございます。


個人的には良いものが書けたのではないかと思っております。しかし、まだまだ未熟者ですので。不足な部分がありましたらご指摘のほど、よろしくお願いします。


最後にもう一度、ここまで読んで下さった方々、


ありがとうございました。

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