悪役令嬢と用務員さん~sideフローズ~
「フローズ!貴様との婚約を破棄する。2度と俺達の前に姿を見せるな!」
キターー!!その言葉を待ってました!!!・・・ゲフン。1度、落ち着きましょう。
私はニヤつくのをバレないように、口元に扇子を当てる。
落ち着きなさい、フローズ・イシュメル。これでも私は公爵家の令嬢なのよ。ここでニヤニヤしてたら、ただの気狂いよ。
でも、ここに至るまでの道のりは長かったわ・・・。
15年前に、イシュメル公爵家の長女として誕生した私は、大きな秘密を抱えていた。
それは、男であった前世の記憶があることだ。
そのお陰で、この世界が、前世の妹がドハマリしていた乙女ゲームの世界であることを知った。
よりによって、悪役令嬢に転生するとは、思ってもいなかったけど。
その辺りの気持ちの折り合いはついているのだが、唯一の抵抗があるのが、男との結婚だ。
しかし、私には乙女ゲームの知識というアドバンテージがある。
だから、婚約破棄をされることは、分かっていた。むしろ、予定通りなのだ。
だから、この喜びは婚約破棄に対するものではない。
私が喜んだのは、事前に陛下に取り付けていた契約を、実行できることに対してのものだ。
やっと、彼にこの想いを伝えられる。
初めは、拒否されてもいい。
私の前世の38年+今世の15年で培った全ての技術で、墜してみせる!
私は、彼が窓の外に居るのを視界の端に捉えつつ、馬鹿王子に向き直る。
向き直った先にいる王子は、何やら理解不能な言葉を、ズラズラ並び立てている。
この馬鹿王子や周りにいる取り巻きたちも、ヒロインが転校してくるまでは、個性的だが仕事はちゃんとする真面目でいい人たちだったのに。まあ、それも今となっては、過去のこと。
今はそんなことより、馬鹿王子との話のケリをつけることに集中しないと。
そう気合を入れ直して、口を開いた。
「それで、言いたいことはそれだけでしょうか?」
馬鹿王子が息継ぎをするほんの僅かな瞬間を狙って、言葉を捻り込む。
そうすると、馬鹿王子は面を食らったように、言葉が詰まる。
しかし、すぐに立て直して、ドヤ顔をしながら、ビシッと私に指を突きつけた。
「フローズ、お前がアリアを虐めていたことはわかっている。素直に認めるのなら、国外追放で許してやる」
事実で無いことを、そんなに堂々と言われてもね・・・。
周りを見てみなさい。みんなが、呆れた視線を向けているから。
思わずため息が、漏れてしまう。
「私は、アリアさんを虐めていませんわ。証拠はありますの?私がやったと言う確固たる証拠が」
「ああ、ある」
あら、私はやっていないのに、なぜ証拠があるのかしら。
てっきり、この台詞で言葉を詰まらせてしまうと思ったのに。
どんなものが出てくるのかと興味津々で待っていると、馬鹿王子は、意気揚々と懐から証拠を取り出した。
その証拠に、私はまた、ため息をつきかけた。
馬鹿王子が取り出したのは、1枚の紙だった。
その紙には、デカデカと『いなくなってしまえ』と書いてあった。
まさか、そんなものを持ち出して来るとは思わなかった。
「その紙は何ですの?」
「とぼけるな!これはお前が書いたものだろう!これが、お前がアリアを虐めた証拠だ!!」
何故、そんな紙切れで胸を張って証拠だと言えるのかが分からない。
その紙には、宛名も差し出しもなく、また筆跡鑑定がされた様子もないのに。
「この文字は、私の文字ではありませんわ。疑うのなら、筆跡鑑定をしていただいてもかまいませんわ」
私が、そんな女の子らしい丸っこい字を書くと思って!?
残念ながら、私の字はもっと雑ですわ。これこそ胸を張って言うことではないのですが。
私が、紙切れを返すと、馬鹿王子は顔を真っ赤にした。
そして、私を睨んで、動揺しているのか早口で怒鳴る。
「そんなはずが無い!それにアリアが、お前に暴言をはかれたと言っていた。だから、お前がアリアを虐めたのだろ!」
「あら、私はアリアさんとお話しするのは今日が初めてですわよ?そもそもなぜ私が、アリアさんをいじめる必要があるのですか?」
そんなこと、少しでも調べればわかることなのに。
馬鹿王子とその取り巻きは、ただヒロインの言葉を鵜呑みにして、このような行動に出ているのだろう。
なんて馬鹿らしい。
しかし、私の耳に、聞き逃せない言葉が聞こえてきた。
「それは、貴様が、俺がアリアにかまってばかりで、嫉妬して・・・」
は?
「それは、私があなたの事を好きだというふうに聞こえるのですが?」
「そうだろう」
その瞬間、私は無意識に周りを氷らしていた。
何当たり前のようにほざいているのかしらこの男は。
私の心は、ずっと彼のもので、馬鹿王子のもののように表現されるのが、酷く屈辱的だ。それだけではない、言葉に言い表しにくい怒りが、私の胸を支配する。
でも、この感情のまま、馬鹿王子を氷らしたら、あやふやなままで、話が終わってしまう。
多勢の観客がいる今だからこそ、話を付けておかなくてはならない。
私は、何とか心を落ち着かせると、漏れ出ている魔力を抑えた。
「何を勘違いされているのかわかりませんが、私はあなたの事を好きだと思ったことはありませんわ」
私が、馬鹿王子に恋心?そんなの冗談じゃない。
あなたが、今までどれだけ私に尻拭いさせてきたと思っているのかしら。
別に、ヒロインが来てからのことだけではない。以前からも、優秀だと謳われる王子の影で、私はずっと耐えてきたのだ。
そんな男をなぜ私が好きにならなくてはいけないのだろうか。
「なっ!」
馬鹿王子が、有り得ないとう声を上げる。
有り得ないのは、そちらの方よ。
「私とあなたの婚約は、お互いの親が決めたもの。そこに私とあなたの気持ちなんて無いでしょう?現にあなたはいま、私と違う女性の肩を持ってそこに立ってらっしゃる。そんな方を何故好きになるのでしょう?」
「貴様、無礼だぞ!」
「無礼?それならそれで構いませんわ」
バッサリと切り捨てた私に、馬鹿王子は、面白いほど怒り狂う。
「ならば、お前の家を、潰してやる!」
「あなたにそれが出来るかしら?優秀な家臣もいない、そしてたった今、この国の貴族の信頼を握りつぶしたあなたに」
私は知っている。馬鹿王子とその取り巻きに失望したという貴族が多くいることを。
この学園は、学園であって前世のような学園ではない。貴族世界の派閥争いなども密接に関わってくるのだ。
そんな中、こんな騒動を起こしたら、さすがの王子でも、立場が弱くなる。そんなことも理解出来ていなかったのか。
私は、ヒロインをみた。ヒロインは、私がゲームのストーリーの様に動かないことに動揺しているようだ。
そうでしょうね。私と同じように前世の記憶がある貴方は、全てのイベントを完璧にこなしてきたものね。
イジメは、自作自演。わざとらしく、攻略者達にぶつかり、媚を売る。
ゲームの世界なら、周りはモブしかいないし、ヒロインに優しい世界だったから、それで良かったのかもしれない。
でも、これは現実。そしてこの様な婚約破棄は、王家への信頼を揺らがすものとなる。最悪、反乱だって有り得るのだ。まあ、そうなると、彼との幸せな未来が消えてしまうから、頑張って手回ししたんだけど。
さて、ここからが本番よ。
「もしあなたが、真実の愛とやらを貫いて、私との婚約を破棄されるのならば、甘んじて受け入れましよう」
わたしの言葉に、会場がざわめく。
そりゃそうよね。婚約破棄をされた令嬢の未来なんて、無いような世界だからね。
ただ、前世の記憶を持つ私に、この世界の価値観なんて要らない。
私は、私の信念を貫き通すわ。
「元々、こうなると思って、陛下や父上からは婚約破棄をされたら、好きにして良いと許可を貰ってます。特に結婚相手は、私が好きになった相手で良いと」
会場がざわめく。それもそうよね。そんな結婚なんて、貴族の間じゃ前代未聞ですものね。
そんな結婚をするのは、平民のみ。
貴族では、余程手回しをしないと、馬鹿王子みたいに、貴族としての信頼を失う。
そのための手回しに、私がどれだけ苦労したと思って!?
それもこれも、彼との未来のため。
まあ、無理強いするつもりは無いから、もしかしたら一生独身の可能性もあるんだけどね。
その辺りは、彼の父親からも、彼の意思を優先するという言葉は頂いているから、ほんとに結婚出来るのかは、彼の返事次第ね。
「誰が、お前の様な女を好きになる?そのような負け惜しみの提案するとは、哀れだな」
やっと頭が追いついた馬鹿王子が、嘲笑いながら私にいう。
哀れなのは、馬鹿王子の頭の方よ。
「私は想い人がいますの。あなたと婚約している身である為、諦めておりましたが、このようなことになったので、今からでもアプローチさせて頂きます」
誰が諦めるもんですか。
そのために、この多勢の観客がいる中で、宣言する。
私には、想い人がいるのだと。
「だから、誰が貴様のような・・・」
「ジョン、君こそ何様のつもりなんだい?」
聞きなれた声が、私と馬鹿王子の会話に割り込んできた。
金色の髪に、金色の瞳。隣国の王子であるレオンは、王族に相応しい覇気を纏っていた。
レオンは、迷わず私の隣に、寄り添う様に立った。
・・・何故だ?
「私は、彼女のような素晴らしい女性を知らない。ジョンの婚約者だからと、諦めた恋だったが、彼女がこういうのなら、私も隠さないことにした。イシュメル公爵令嬢いや、フローズ。どうか私と共に、私の国へ来てくれないか?」
はい?ちょっと理解が追いつか無いんですけど・・・。それ本当に言ってるの?
周りの令嬢の黄色い歓声が、私を現実に連れ戻す。
隣のレオンを見ると、彼は優しく私に微笑んでいた。
確かに、この笑顔を向けられたら、大体の女子は、恋に落ちるよね。
でも、私の中の、前世の”俺”が叫ぶの。
イケメン爆発しろって。
確かに、友人としてなら、とてもいい人だとは思うけど、恋愛対象としては、ちょっと・・・。
前世に読んだ物語ならば、ここで私が”はい”と言うべきなんでしょうが・・・。
期待している皆さん、ごめんなさい。
そして愛おしい人、丸く収まったとばかりに、場を離れようとするのやめて下さる?
今からが、大切な場面!!
「レオン王子、あなたのその気持ちは、とても嬉しいですわ。でも、ごめんなさい。私には、心に決めた方が居ますの」
ごめんね、レオン。理由は決して前世の”俺”が、イケメン爆発しろって叫ぶことだけじゃないから。
そして、周りの令嬢達も、あからさまにガッカリしないで。
レオンはというと、まるでそうなることを予想していたかのように、苦笑するだけだった。
「そうだろうね。君はいつも、私の友人としてしか接してくれなかった。でも、それでも私の気持ちを知っていて欲しかったんだ」
本当にごめんなさい。でも、友人にここまで想われていたなんて私は幸せ者ね。ありがとう、レオン。
それでも、私はゼンが好きなの。
「ありがとう。ごめんなさい」
私の端的な感謝と謝罪の言葉を、レオンは正確に受け取った。
そして、行っておいでと、私の背を押してくれた。
彼の様な良い人なんて、滅多にいないでしょうね。
でも、私には、ゼン以上に好きになれる人いないわ。
ゼンは覚えてないでしょうね。
私と幼い頃に1度会ったことを。
そう、あれは8歳の時。転生したら家を抜け出すのは、テンプレだとばかりに、家を抜け出した日だ。
あの頃の自分は、前世の記憶との折り合いがつけられず、よく男の子の格好をしては、家族を困らせていた。
街に行った時は、この世界の街という未知の場所に興奮もしていたし、勝手に家を抜け出したことの罪悪感やらなんやらで、気分がハイになっていて、いろんな場所を歩き回った。
大通りの端にまで行き着いた時だった。
「お前、本当に男かよ」
「いや、絶対女だろ」
下品な笑い声の合間に聞こえてきた言葉に、私は眉を顰めた。
そっと声のする裏路地を覗くと、そこには5人の少年が、1人の少年を取り囲んでいた。全員が、8歳から10歳程の年齢のようだ。
取り囲まれている少年の方は、少年というより、少女といった方がしっくりくる顔立ちをしていた。ただ、この世界の少女では有り得ないほど髪を短くしていたため、少年と判断した。
彼は取り囲んでいる少年達を、冷めた目で見ていた。
「あんた達は、そんなくだらない事で、俺に絡んできたの?」
「なっ!!」
「それに、俺が男かどうかなんて、あんた達に関係あるの?無いでしょ?」
まあ、正論である。正論であるのは、間違いない。
ただ、その状況でいうのは、不味かったんじゃ・・・。
「お前、生意気だな。そんな奴には、ちゃんと躾をしないといけないな」
そう言うと、一際大きい体格の少年が、彼を殴った。
ほら、言わんこっちゃない!!
私は、今こそ転生チートの力を見せる時だと言わんばかりに、飛び出した。
「何をしている!?」
「お前には関係ないだろ!!」
まあ、そこからは、大混戦。何とか少年達から勝ちをもぎ取った時には、私も彼も肩で息をしていた。
でも、さんざん暴れて、気分がスッキリしたのも事実だ。
運動後の爽快感に浸った私は、肩で息どころか、体力が限界だったのか、座り込んでいる彼に近づいた。
「大丈夫か?」
そう言って、手を差し伸べると、彼はその手を掴んで立ち上がった。
「ありがとうございます、お兄さん。おかげで助かりました。何か、お礼できるものがあればいいのですが・・・」
そう言ってカバンを探る彼の隣で、私は打ちひしがれた。
お、お兄さんか・・・。確かに、今は男格好をしていて、なおかつ同年代に比べると、身長が高い私は、よく実年齢よりも上に見られていたが、まさか、そう呼ばれるとは、ちょっと複雑である。
まあ、公爵家の令嬢とバレるよりかはいいか。
「どういたしまして。お礼はいいよ。そんな大したことしてないし。でも、あの状況で口答えするなんて、無謀だよ?わた・・・俺がいなかったら、どうなっていたか」
「ごめんなさい。でも、あいつら、いつもしつこいから」
そう膨れる少年は、ポツリと呟いた。
「俺が女だって、俺が俺であることに変わりないのに」
確かにそうなのだろう。でも、それは前世の記憶がなかったらの話だ。前世の記憶がある私は、前世の”俺”と今の私のギャップに苦しんでいる。
「じゃあ、前世が女だったら、君はどうする?」
何となく、少年に問いかけてみた。別に答えを求めていた訳でないが、彼は以外にも、すぐに答えた。
「父さんが言っていた。人が死んだら、その魂は綺麗に洗われて、またこの世界に戻って来るんだって。」
この世界では、有名な言い伝えだ。私も、さんざん両親から聞かされた話だ。
「人は生まれる時に、男が女か決まって、生まれてくるけど、魂に性別はないから、精神は変わらないんだって。性別が変わったとしても、精神が変わっていなければ、それは紛れもない同一人物だと俺は思うよ」
少年のあっけらかんとした物言いと、その回答に、私の中の歯車が、かっちりと合わさった感じがした。
考えはまだ纏まってないけど、それでも先程までの辛さはなかった。ようやく、この世界を正確に現実だと認識した瞬間だった。
そして、彼に惚れた瞬間だった。チョロイと言うな。
自分の好みの子に、そんな事言われたら、恋にも落ちるって。
それから、私達は2人で街をめぐって、色々おしゃべりをした。
その中で、彼の名前がゼンで、父親が冒険者であるということが分かった。
私の将来は決まった。婚約破棄に乗じて、平民になり、彼に告白すると。
それがたまたま、学園に入学してすぐの頃だった。
授業で分からなかった部分をニコ先生に聞こうと、先生を探していた時だった。
ニコ先生は、職員室の前の廊下で見つかったのだが、私の意識はニコ先生と談笑している人物に持っていかれた。
まさか、こんな所で会えるなんて。
それは、成長して美人度が増したゼンだった。
その時から、私はこの婚約破棄の場を利用して、彼に思いを伝えようと決め、今日までその準備をしてきた。
だから、今伝えないと。あなたの事が大好きですと。あなたに救われた日から、私はあなたがずっと好きでしたと。
彼が先程までいた窓に駆け寄る。
みんなが、道を開けてくれたおかげで、スムーズにたどり着いた。
窓を開けるとそこには、道具を片付け終えた彼が、立ち去ろうとしている所だった。
間に合ってよかった。
そして、そそくさと立ち去ろうとする彼の腕を、ガシッと掴んだ。
「やっと捕まえましたわ。私の愛おしい人」
彼は、驚いた表情のまま固まってしまった。
うふふ、可愛い。食べちゃいたい・・・って、落ち着いて。
私は、彼に理解してもらえる様に、もう一度口を開く。
今度は、周りで騒ぐ観客達に宣言するように。
「この方が、わたしの想い人の用務員のゼン様です!」
私が言い終えた瞬間、様々な悲鳴が轟いた。
さて、ゼンはどうでるのかな?
じっとゼンを見つめると、ゼンは理解が追いついたのか、じわじわと顔を紅くした。
何この可愛い生き物は・・・。
アワアワとするゼンに、私はほんわかと癒されつつ、彼を落ち着かせるため、口を開く。
「別に、無理強いするつもりは無いですし、今答えを出す必要はありませんわ。まずは、お友達として、交流していく中で、答えを出していただいたらいいの」
どう?と、小首を傾げながら、私が聞くと、徐々に落ち着いてきたゼンは、困った様に眉を八の字にしている。
この状況だと、とても断りづらいだろうから、断られることはないだろう。
卑怯だと言われようが、これくらいは許して欲しいわ。
私は、ずっと片想いだったのだから。
「と、友達でいいなら・・・」
予想通りに頷いてくれたゼンに、私は顔を綻ばせた。
「よろしくお願いしますね、ゼン様」
これが、私の恋の物語の序章である。
お粗末さまでした。