怒れるエルフの間
・ラッシュ :黒髪の戦士。パワーバカ、主につっこみ役。
・フロウ :金髪の魔法戦士。美少年。
・サンダー :ドワーフの戦士。白髭でボケ。
・エクセ :エルフの魔法使い。常識人。
・アビー :ダークエルフの盗賊。褐色の腹筋美女。
・エリス :人間の女僧侶。かなりの天然。
層が浅いこの階は、陽の光が届くので明瞭に見える。
通路はまっすぐに伸びて、扉までつづいている。
ラッシュが、扉の取っ手に指をかけようとしたときだった。
「――不思議におもわんかの?」
と、おもむろにサンダーが、彼の肩を叩いた。
「なにが?」
「ダンジョンに扉がついとることじゃよ」
「―—? 普通じゃないのか」
「その普通に疑問を抱かないとダメなんじゃ」
「どういうことなの……?」
と、フロウは小首をかしげる。
「だってここ、モンスターしか住んでおらんのじゃぞ。奴らに扉とか必要かのう?」
「もともとは、ドワーフが造った迷宮に、モンスターが住み着いたってことじゃないのか?」
「いーや、このダンジョンにドワーフは関与しておらぬ」
「なぜ、そんなことがわかる?」
「だってワシだってドワーフじゃもの。こんな荒い造りの壁など、ドワーフの仕事ではないわい」
どきっぱりと、サンダーは断じる。
「モンスターが自分で作ったのかもしれないー」
ほのぼのとした顔で、エリスが口を挟んだ。
「なんでモンスターがそんなことを?」
「モンスターにもプライバシーが必要なのかもー」
と、エリスはどこまでも朗らかだ。
「モンスターのプライバシーってどんなんだ」
「中でゴブリンがすっぱだかで水浴びしとるとかかのう?」
「う、気分が悪くなってきました……」
思わずエクセは口許を覆った。
「そんなきもいプライバシー想像すんな!」
「ほう、ではラッシュは何を想像する?」
「俺か?」
不意の質問に、腕組みして思案するラッシュ。
「……どうせなら、エルフの美女が裸で水浴びしてるとか」
「ありえません!」
ぷんぷんとエクセが抗議する。
「こんな不潔な場所で、エルフは水浴びなんてしません!」
「まあまあ、どっちかといえばの話だから」
と、ラッシュはエクセをなだめる。
そして今度こそ、扉を開こうとしたときだった。
「――まあ待つんじゃ若人よ」
笑みとともに、ぽんと肩を叩くサンダー。
「いいかげんにしろジジイ。まだ何かあるのか」
「さっきのわしらの想像はありえない話かもしれん。じゃが、この扉を開かなければ、どちらも複数の可能性として存在しつづけるんじゃよ」
「あー、そういう話聞いたことありますー」とエリス。
「つまり、扉を開かなければ、ゴブリンが水浴びしてる未来と、エルフの美女が水浴びしてる未来の両方が存在する……」
「ロマンじゃろう?」
――そのときだった。
「「「いいかげんにしてください!!!」」」
大きな声でつっこみが入った。
「――えっ?」
と一行がふりむくと、複数のパーティーが、背後から睨んでいる。いくつもの怒りの双眸が、ぎらぎらと燃え盛っているその光景は、ちょっとした見ものだった。
さすがのサンダーたちも、思わず息を呑んだ。彼らがダンジョンへ降りる、ひとつしかない扉の前でバカみたいな会話をして立ち往生しているものだから、先へ進みたいパーティーで渋滞を起こしていたのである。
「ご、ごめんなさいー」
ぺこぺこと頭を下げるエリス。
「すぐに道をゆずりましょう」
「だからワシは言ったじゃろう。つまらぬ会話はやめて、さっさと先へと進もうとな」
と、ふてぶてしく抜かしたサンダーを、般若のような面で睨みつけた人物がいる。
「こ、このビア樽め……」
その後の惨劇は、筆舌につくしがたい。
こののち、ある美しいエルフが銀の長髪をふりみだし、杖を振り回して一人のドワーフを追い掛け回している姿は、しばらくこのダンジョンの語り草になった。
それから、この部屋は誰がよんだか、こう呼ばれることになった。
「怒れるエルフの間」と――
バカダンジョンはつづく・・・・→