Episode5 扉の先に
第2章最後です。
……多分。
ーー気付いたら、とある扉の前にいた。
「へっ?」
可奈は思わず辺りを見回すも、近くには扉以外に何もない。
目の前にあるのは鉄の扉で、どうやら一本道をたどって行き着いたようなのだが、どうにもその記憶が可奈には無かった。
道は暗いが、ところどころにライトが灯っている。そのおかげで、なんとか足元を見ることはできた。
鉄の扉。その先に、何かがあるーー
可奈が、ゆっくりと扉に手を伸ばす。
ドアノブに触れる直前、まるで警告するかのように軽い静電気が走り抜けた。暗闇の中に、その青白い光がやけに目立つ。
「カナ!」
ふ、と、目が霞んだ。
ーーこの扉の先を見てはいけない。あなたはーー
一人の女の声が、可奈の頭の中に響いていた。
「カナっ!」
可奈が目を開けると、目の前にかの美青年の顔があった。
「ア、アイっ!?」
「こんなところで、一体何をしていたんだ?」
こんなところ……?
疑問に思った可奈が首をゆっくりと回す。
可奈は鉄の扉の前に立っていて、アイの持つ懐中電灯ーーというより、ペンライトーーが、かろうじて通路を照らしている。
アイの背の向こうは完全に暗闇で、それでも可奈は、その先に道が一本しかないことを直感していた。
「えっと……ここは?」
「さぁな」
「なんでここにいるの?」
「とうとう記憶喪失か?」
「……」
思いがけず黙り込んでしまった可奈に、アイが首を傾げている。その瞳には、若干の疑念が浮かんでいるように感じられた。
「……気付いたら、ここにいたの」
「……」
可奈の言葉に、その場に沈黙が落ちた。
「そう」という、いつもの素っ気ないアイの声もない。
「……まぁ、いい」
アイはそれだけ言うと、可奈にペンライトを押し付け、自らは扉に向き直った。
「……気配がする」
「はい? 何の?」
ボソッと呟かれた言葉。普段の喧騒があればまず気付かないであろうそれを、可奈は的確に捉えていた。
アイは珍しく若干驚いたような表情を見せたが、それを知るのは、鉄の扉のみであった。
「とりあえず、君がふらふらと左の道に歩いて行って、急に走り出したんで追いかけて、こうなった。……何があったんだ?」
本当に覚えていないのか、という無言の問いに、可奈は同じく無言で返す。
その答えは、「覚えていない」、だった。
「……まぁ、いい。何か感じるか?」
「……何も?」
不自然な間をお互いが感じるも、暗黙の了解か、二人は揃って扉を見つめた。
「もう来れない可能性がある」
「え?」
「飽くまで勘だ。この周辺に巣食っている奴が、ここの存在を隠していたーー」
「どういうこと?」
この周辺に巣食っている、という事は、例の犯罪組織のーー?
「君は確か、足音を聞いていたな」
「え、うん」
「恐らくそれは、人間の仕業だ」
ーーまるで心でも読まれているかのようなセリフに、可奈は知らず息を呑む。
「犯人はアクアツアーが行われたあの場所は、廃園後、とある犯罪組織のアジトと化していたーー今はもう構えてはいないだろうが、レミが捕まえたのはその残党といったところだろう。君はあの足音が追いかけてくると思っていたようだが、実際には錯覚だ。逆に、足音は遠ざかっていた」
「え……?」
……錯覚?
でも、あれは、確かにーー
可奈はそこまで考えて、ふと、思考を中断した。
「……違う」
アイの視線が、じっと可奈に注がれている。可奈は俯いたまま、静かに目を見開いていた。
「あの時、私の中に、誰か、いたーー?」
ピタン、と、水が溢れる音がした。
ポタン、と、また一つの雫が落ちる。
そして、アイの脳内に、一つの仮説が積み上がっていくーー
「……僕は見えない」
「え?」
「僕は、霊が視えない」
「……はぁ」
彼が霊を視る事が出来る、俗に言う「霊視」能力を持つ「霊能者」なのであれば、わざわざ機材を持ち込んでまでデータを取り、例の存在を確かめる必要などないだろう。
だが、霊能者は波が激しい。
つまり、視える時と視えない時の差が激しい。
「今日は、視えないの?」
昨日までは視えていたのに、今日は視えない。だが、データの示すところ、霊は昨日と同じ場所にまだ居座っているーーそんなことも業界ではざらにある。
だからこそ、テレビに出演しているような「いつでも完璧に視える」霊能者が怪しまれるのだ。
実際には、もう一つ理由があったりはするが、アイがそれを語るつもりは毛頭なく、可奈もそれを知る由は無かった。
そしてアイは可奈の問いに答えることはなく、いつも通りと言えばいつも通り、静かな無表情が冷たい扉を見据えている。
ポチャン、と音がした。
「僕は中に入る。君はここにいるか、帰るか、二択だが……」
「え……?」
一緒に行ってはいけないのかーーそんな喉まで出かかった言葉を、可奈は飲み込んだ。
その言葉を飲み込ませたのは、可奈の本能であることには、誰も気付かない。
「それとも、来るか?」
来ないだろう、そんな確信と警告を込めたアイの言葉。
「ここにいる」
可奈の返答に、アイはどこか満足げに頷き、ドアノブに手を伸ばす。
静電気が走った。
だが彼は、そんなことなど気にもとめず、何事も無かったかのようにドアノブを軽く押し、開かないと分かり、引いた。
(開かないで)
無意識に願った可奈の思いも虚しく、扉の先には、深い闇とーー異常なほどの異臭で埋まっていた。
やっぱり、分野が分野だからか、他の私の作品と比べてもポイントの伸びが遅いように感じますね……って、三人称だからか。
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