Episode2 運命の始まり
「……誰だ?」
「えっと……」
いきなり管制室に飛び込んできた女子高生など、不審者以外の何者でもない。
さぁどうするかと考える頭も、まともに働いているとは言い難かった。
目の前の美少年は確かに絶世という言葉が恐ろしい程に似合っていて、若干眉をひそめた今の表情でさえ鑑賞に堪えるという、絶世などという言葉ですら生温く感じる程の美の持ち主だった。
彫刻さえも軽く凌駕した、まさしく神の権化とも言える程の美貌である。
「か、可奈と言います!」
だが、可奈――そう名乗った少女の内心に、少年の容姿の美醜に対する評価などは無かった。
彼女は愛らしく、やはり美形の部類に入るが故に、少々他者の容姿に関する評価も厳しい。この美少年に比べれば劣るものの、可奈もかなりの美貌の持ち主なのだ。
そして、悲しいかな、彼女の脳内を今現在支配しているのは、焦り、ただそれだけなのである。
「カナ?」
「はい。可能の『か』に、奈良の『な』」
「別に聞いてない」
「……」
その発言を聞いた可奈の表情が、一瞬だけ険しくなる。
確かに声もその容姿を裏切らない美しさなのだが、如何せん内容がよろしくなかった。
「……で、誰?」
「はい?」
「僕は君の名前を知りたいわけじゃない」
はぁ、と返す可奈に、少年は軽く溜息をついてから続けた。
「僕は、君が何故ここにいるのかを聞いている」
一瞬呆れていた可奈だったが、少年の言葉に再び焦りを募らせた。
「あ、えっと……その、ちょっと、迷いまして」
嘘ではないはずだ――内心で苦しい言い訳をしながら、可奈は「あはは」と乾いた笑い声をあげた。
「そう」
その演技も虚しく、ただ少年は興味も無さそうに(尋ねてきたのはそっちでしょうが!)、機械のデータが映し出された画面を眺めるだけである。
しばらく、沈黙が続いた。ディスプレイに表示される数字が、刻々と変化していくだけである。
「あの」
その呼びかけにも返答は無い。
「あの!」
若干声を大きくすれば、少年は煩そうに可奈のいる方向を一瞥した。が、やはり次の瞬間には、視線をディスプレイに向けている。
「あのっ!」
「君は『あの』しか言えないのか?」
(……コイツ……)
どう考えても悪いのは私じゃない――
「……すみません」
だが、どんな立場なのかも分からない人を相手に、そうそう怒っていては自身の身の安全が危うい。
可奈はピクリと眉間に力を入れたものの、すぐさま深呼吸をして自分を落ち着かせることに専念した。
ようやく気持ちが落ち着いた頃には、再び振り出しに戻ってしまっていた。
「あの、帰り道を……」
返事があることは期待せずに、可奈はなけなしの勇気を振り絞って問うたが、やはりその努力も虚しく、丁度そのタイミングで、少年の物らしきスマートフォンが鳴った。
管制室の机の上には多くの機材が置いてあるが、どれが少年の物(というより、新しい物、かな?)で、どれが元から置いてあった物なのかは一目瞭然だった。埃をかぶっているか否かの問題である。
そして、埃をかぶっていないものに関しては、全て画面が点いていた。データをはじき出しているのは一番手前の、前に少年が立っている机の上に鎮座しているパソコンだけである。その机に関しては、比較的機材は少なく、ノートなどの紙も置いてあった。
他は、――可奈が理解できた範囲の物だけだが――どうやらこの遊園地の監視カメラの映像らしい。
そして、少年に一番近い、比較的機材が少なく、ノートなどが置かれている例の机の上にスマートフォンなどの私物は置かれている。
少年はスマートフォンの画面を顔をしかめながら横目で見、そこに表示されている名前を確認してから慣れた手つきで応対を始めた。
「……何の用だ?」
(第一声がこれ!?)
そこから先の話を聞く気にはなれず(だってプライベートかもしれないし)、可奈はそろそろと辺りを見回す。
「名前? 彼女の?」
相手の声は聞こえない。ついでに可奈は、その通話相手の名前も見ていない。少年の一人芝居のようにも聞こえた。
可奈は生まれた若干の余裕に(機械は苦手だし。女の子なんだから別に良いよね)、少年の注意が向いていないのをいい事に、まじまじと彼の観察を始めた。
顔が整っているのは確認済みだ。日本人ですら最近はあまり見ない、ストレートな漆黒の髪に、同じか少し薄いくらいの切れ長な瞳。そこに細い黒縁の眼鏡をかけている。
期待を裏切らず、スタイルも良い。白いポロシャツにジーンズ、傍には黒いロングコートが無造作に放り出されている。そのシンプルさが、かえって彼の魅力を際立たせているようにも思える――というのが、可奈の感想。
だがしかし、プラスの面だけではなく、先程の言動やその無表情さ、声の抑揚の無さなどが、彼の印象を「冷たい人」として固定させてしまっていた。
(モテるだろうけど、モテないんだろうなぁ……)
要するに、面食いにはモテる、ということである。
「……君、苗字は?」
「え、あ、ホルスターです」
「カナ・ホルスター?」
「はい」
可奈・ホルスター。それが彼女の名であった。
少年はそれだけ聞くと、再びスマートフォンを耳に当て、通話相手と話し込み始めた。が、再び顔を上げ、可奈に「ハーフ?」と尋ねる。
どうやら、通話相手からの指示で、可奈の名前を聞いているらしい。
「あー……ホルスターって確かに外人みたいですけど、もうほぼ日本人です。ドイツ人の血が入ったのは、かなり――記録に無い程昔の話ですから」
「そう」
やはり少年の返答はそっけない。
可奈もそれには慣れたもので(順応の高さが売りですから)、質問にのみ、的確に答えていった。
もはや、作業である。
しばらく同じようなやり取りを繰り返し、ようやく通話が終わった。
「……そういえば、何故ここに来たんだ?」
「だから、迷ったんだって」
「そこじゃない」
スマートフォンを傍らに放り投げながら、少年は続ける。
「何故、この廃園にわざわざ入ってきたんだ?」
何となく――そうとしか答えられないと、可奈は思った。
特別、何かをなそうと思ったわけでも、気になることがあったわけでもない。ただ何となく、門が開いていたから――そう、門が開いていたからだ。だから、入ってきたのである。
「門が開いてたんです」
「門が?」
「はい。だから、何となく……」
説明していながら、どこか筋が通らないな、と、同時に可奈は考えた。
尤も、少年は特にそれを気にした様子など見せず、相変わらずの無表情でディスプレイを見つめているだけである。
「あのー……名前は?」
これまた直感で尋ねた可奈だったが、戻ってきたのは怪訝そうな視線だけだった。
――まだ、ディスプレイから目を上げてくれただけでもいいか。
そう思うあたり、彼女もだいぶ毒されてきている事に違いはない。
「答える必要性を感じない」
「いや、だって、こんなのフェアじゃないですよ」
「どこが?」
「だって私、名前知りませんし」
「記憶喪失にでもなったのか?」
「いや、何で」
「自分の名前を忘れる事は、果たして記憶喪失以外で起こりうるのか? ……演技?」
――駄目だ、こりゃ。
相手の名前を聞きたいのなら自分から名乗れというが……果たして彼に、その正攻法が通じるかどうか、怪しいものである。というよりすでに可奈は名乗っている。
しかし、物は試し。
半ば自棄になった彼女を制御できる御仁は滅多にいない事を、この周囲で知っている人はまだ少ない。
「可奈・ホルスター、高校生。可奈でいいです。あなたの名前は?」
にっこり笑顔で問いかけた可奈。いつの間にか呆けたように少女の顔を見つめていた少年だったが、可奈の笑顔にぎこちなく顔を逸らした。
答えてくれるよね、と言外に訴えた、無言の圧力である。
そして、沈黙。
しばらくは、無機質な機械音が響いていた。
「……、……G.I.」
正に『ぼそっ』と、少年の口から二文字のアルファベットが呟かれた。
――これが、この二人の、奇妙な出会い。
そして、「運命」の始まりである。
……少年が、誰かさんと誰かさんを掛け合わせたようなキャラクターになってしまいました。誰かわかる人は、きっと同じ趣味の人、要するに、心霊オタク(笑)
ぜひ語り合いたいですね。なのでどうか、感想よろしくお願いします(笑)