-序章-
あの日の朝、ある男に起きた悲劇まで。
そこは夏が過ぎ冷え込む秋の朝だった。私は暖房の効いていない部屋でないと朝起きるのは苦手だった。布団から出ようと思っても中々出れないというのがしばらく続き、何度か寝なおそうとするが直ぐに起きてしまう。今日は休日でもっと長く寝ていたいという思いがあったからだ。
カチカチと時間を刻み続ける時計、頭の上の窓から聞こえる騒々しい音、カメのぴーすけのために使っている浄水器から聞こえる水のちょろちょろとした音、朝に緑茶を飲む為に沸かしている給湯器から聞こえる水が沸いたと知らせる音、スマートフォンがブー、ブーと持ち主に出来事があったことを知らせる音。それら全てがその思いを邪魔しているかのようだった。眠い目をこすって電話をした犯人を見る。弟のようだ。スマートフォンの時計に目をやる。まだ8時じゃないか。私は掛かってきた通話の着信に応えた。
「あー…。今日は休みじゃないのか?」
「それどころじゃない!さっさとテレビをつけてみろよ!」
朝から大きな声を浴びるのは母親からで昔に懲りている。いらつきを覚えながら、布団から起き、机に置いたリモコンを手にとって買ったばかりのテレビをつけた。普段から見るチャンネルからは、暴動と大きな文字でテロップが出ていた。
「なんだ、これ?」
スマートフォンの向こうの弟に問いかけた。
「まずいんだって!」
「だから何が?」
全く、朝から起こしておいて頭が回らないというのにはっきりと物言わない。
「それの場所、兄貴ん家の近所なんだよ!」
頭が一気に冴えたが、頭は回らない。
「あー?今日は外の事なんて知らないよ」
「そういう話じゃないだろ!」
正直もう一度布団に入りたくて仕方なかった。
「え?あ、待ってください…兄貴、後で掛け直す!」
プッ、プープー…通話が終わった。向こうから掛けてきたのに何なんだと、重ねていらつきを覚えた。
段々頭が回り始めたところでテレビから聞こえる声を聞いた。
「…日の天気です。東京は正午まで雨、それ以降はすっきり晴れになりますが…」
なんだ、いつも通りだ。弟は警察、所轄勤務ではあるが上手くやっているので信用はしていたのだが。なにぶん、兄より出来が良かったから。
昔からよく比べられる。年が近い兄弟としてはよくある話だろうが。母とよく話してた近所に住むおばさん、正月に来る親戚の全く会わない年が大きく離れた従兄弟やその父のおじさん、そういや自衛隊なんだっけ?いや、だいぶ前の話だったが…従兄弟も何故か弟と同じ職場に勤めてる。しかも署長をやっているらしい。何でこの家系でお前はここまで出来の悪いのかと良く俺は言われた。そういや姉もあの時出ていったきり何をしているのだろう。あー、思い出した。海外で永住権取ってハワイかグアムかで銃器インストラクターとライターを兼任してた。連絡はつかないが上手くやっているのだろうか。姉といえば…
「…お天気コーナーの途中ですが、ニュースをお伝えします。現在、東京都内にて暴動が発生している模様です。周辺住民は厳重に施錠し、直ちに脅威に備えて下さい。繰り返します…」
日本にしちゃ珍しい事だ。日本という一般人に対して厚い法治がされた国家において、暴動というニ文字は海外で起きた事に対してしか言わないと思っていた。鍵はつけていただろうか。そう思いながら何故かテカテカに光るフローリングの床に足をつけると、突き刺さるような冷たさが前に進む意思を少し削る。玄関には鍵とチェーンがついているのが見える。大丈夫なようだ。胡散臭いセールスや宗教の勧誘が来ても安心だろう…。
「ここで中継に繋がっています、安田さ〜ん?」
「はい、こちら現場上空です!目視で確認出来る限り、約20名程が一般の方々を襲っているようです…」
ドンドンドンドン!ドンドンドンドンドンドン!
玄関だ、びっくりさせるな。
「全く、誰だよ…」
チェーンだけをつけたまま無機質な金属の玄関扉を開く。
「こんにちはー…私」
オイまじかよ勘弁してくれ。誰だよ人の休みにわざわざ品もん売りつけに来る野郎は。目の前に立つこの糞野郎か勘弁してくれよ。
ふざけるなありえないありえないありえないありえないありえないありえないあ
りえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない
ありえないありえない
ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないあ
りえないありえないありえないありえないありえないありエなィぁリエなぃあがぁ………ぃま何ヵしダノ…
「ようし、少し待てばこいつも始まるよ。さて、次の実験対象の部屋はどこだい?あ、そこのチェーン切断して早めに車の準備して待っててね。何かあったらすぐ逃げちゃっていいからさ」
1章は来年のいつかからか。
期待しないでね