呪法
ルゥ姉の気落ちした声に机に置いた手の指先がまるで机に食い込まんと言わんばかりに震えていた。
俺も出来る限り考えたくなかった最悪を突きつけられて、でもまだどこか希望を持つ目でルゥ姉を見る。
少し目まで見上げていた視線はいつの間にか並び、やがて見下ろして、ルゥ姉が見上げるのだろうと言う年月の付き合いに、一瞬俺を確認するかのように目があって、でも間に合わなかった最悪にまたすぐに机の上に視線は落ちた。
「ところで、精霊地図とは?」
やはりあまり知られてない大陸地図本来の云われはあまり知られてないようだ。
「判りやすく言えばこの大陸の国である証明書。
精霊王が作った精霊地図はその地に選ばれた精霊が選んだ者、つまり王ですね。
精霊と王との契約書になります」
当然のように困惑した顔が広がって行く。
「それが一体この件にどんなつながりが?」
フリーデルの疑問にルゥ姉は机に置かれた地図を眺めたまま
「地図は精霊と王との契約の証だと思ってください。
聞いた話では莫大な魔力によって書き換える事が出来ると聞きました。
それによって地図に描かれた領地の変更、そして国名の変更が、各国にもある精霊地図にも反映させる事となり、その精霊の恩恵を受ける事が出来ると言います」
「なるほど。だから戦争で領地を得たのに領地と認められないとはこの地図が原因でしたか」
「この地図は各国にも同様の物があると聞いております。
自国だけが主張しても各国の地図が変化なければどの国も認めないでしょう」
色々な利権も絡んでいるし力関係もあるのだ。
早々認めたくもないし、これが証明書である以上それを越える物を提示しないと誰も認めないだろう。
在っても認めるかどうかは別の話しだが。
「所で、この状況は精霊がらみと考えていいのか?」
エンバーが精霊地図の事でざわつく空気に早く先に進めと言うように口を挟む。
視線で射殺そうかというようなものがエンバーに向けられるも、そんな物で俺が怯えるかよと言う様に少しだけ顎を上に持ち上げて鼻で笑っていた。
まあ、場数もレベルも雲泥の差だけどあまり挑発するのはやめてほしいと心の中で突っ込んでおく。
ざわりと膨らむ殺気を無視するかのように
「精霊がらみと言うか、強制的に精霊との契約を切られた為に精霊の恩恵を受け取れなくなった結果でしょう。
少なくとも精霊と契約した確かな身元の王族の末裔は存命なのです。
言っておきますがアメリアの事を言っているわけではありません。
彼女はその身元を聞けば聞くほどハウオルティア王家とは全く関係がない事が解っております。
彼女が悪いわけではないのです。
母親が少々思い込みの激しい方のようでして、彼女はそれを教え育てられたと言う被害者でした。
母親の方は私も知っている方なのでこの件についての保証は私がします」
あわよくば彼女を女王と祭りたてて伴侶になりたいと言うアホもこの中には居ただろう。
服の裾をぎゅっと握りしめて俯く彼女に複雑な視線がいつも向けられているが
「となると、マルクの弟か」
腕を組んで顔に傷をつけた男が俺を見下ろしていた。
誰だ?と思ってルゥ姉に視線を移せば
「レオン・ザックスでしたね。
マルクが初めに所属した隊の隊長です。
でしたらディックの存在は知ってて当然でしたか」
「ああ、エレミヤ親子は何故かみんなそっくりだからな」
成長してけば兄貴達そっくりになって行くんだろうなと懐かしそうに目を細めて笑うレオンは
「俺がマルクの弟の護衛をしよう。
これも何かの縁だ。ただ見送るしか出来なかった俺にチャンスをくれ紅蓮の魔女よ」
見下ろす瞳には涙をこらえていると言う様だが
「あんたは何で生きてるの?何でここに居るの?」
率直な疑問。
大体の地位の人達はブルトランに連れて行かれて幽閉されていると言う。
そう考えると、公爵家の子供を預かるような人材がこんな所でレジスタンスしているのは不思議でならない。
だけど周囲はぎょっとしたような目で俺を見ていて何で?と首を傾げていれば
「ディック、お前も物騒な事を言うようになったな」
エンバーがそう言う事は面で口にするなと確かめられてもう一度考えてみればなるほどと言う前に顔を真っ青にしてしまう。
「違う!そんな意味じゃない!
優秀な人達はブルトランに連れて行かれて処刑されたって聞いたから、マルク兄様の元上司なら連れて行かれて当然だと思ったんだよ!」
慌てて俺の言葉に説明を加えればなるほどと答えたのはフリーデルだった。
「疑問も確かですし、その情報もあながち間違いではありません」
俺の言いたい事を理解してくれる人の言葉に周囲はもちろんレオンもほっと息を零す。
俺の言い方が悪かった。
多分誰が聞いても『兄が死んだのに何で上司のお前がまだ生きてこの場に居るのだ?』と言う意味にしか聞こえないのだから、どう考えても俺の言葉足らずが悪いとしか言えない懸案だった。
「それで?」
ルゥ姉ですらどこかほっと息を零す様子にエンバーが背後から「こっちは一晩中走って来たんだから早く段取り付けて休ませてくれ」と急かしていた。
「我々はブルトランの王によって確かにブルトランの地へと送られました。
ですが、送られた土地は我々が想像する以上に貧困が酷く、脱走するのもまた簡単でした。
隷属の魔法を掛けれるような人材もおらず、送られた地では置いた老人ばかりの地で
「食べる物ものも、貴方達を監視する人間も世話をする人間もいない土地だ。
逃げたいのなら逃げなさい」
と、私達を見逃してくれました。
老人に村の出口まで案内を頼んだのだが、誰も彼も痩せ衰えていて生きる希望すら目に輝きはありません。
若者はどうしたと聞けばハウオルティアに連れて行かれたと聞いて、何が起きているのか送られた流刑の地を巡って合流できたこのメンバーと共に戻って来たら王都の人間は総てブルトランの人間にすり替わっていました」
あまりの気味の悪い話にルゥ姉は俯き加減に額に手を当てて、まるで泣いてるような姿に誰もが口を閉ざす中
「ブルトランが今やっている事は大体理解できました。
ただし保証はありません。
ただ言える事はブルトラン王は既に正気を失い、おぞましい呪法にすら手を染めてしまったと言う事でしょう」
誰もがブルリと身を振るわせる。
呪法
その文字も恐ろしいのだがかつてルゥ姉に教わった話からするとそれは人の命を媒介とした魔法の一種だったと思った。
ブルトランの民をこのハウオルティアに連れて来てまで行った呪法は何だと考えれば自然に血の気が引いてしまうと言う物だ。
「失敗したとはいえ地図の書き換え、城壁と言う結界に込められた呪いに民は病に倒れたり死人まで出る始末。
どういった類の物かまでは判りませんが、確実に城壁内、そしてその周囲に暮らす方々の命を吸い上げているはずです。今も……」
文献でしか読んだ事が無いので詳しい事は判りませんがと断りを入れるルゥ姉の言葉に誰もが顔を青くするしかない。
そんなおぞましい呪法を使用しているなんてと誰もが無口になってしまう中
「で、その対策はあるのか?」
エンバーが壁にもたれながら次を促す。
呪法と言うおぞましい言葉に思考が停止している中、多分この場で唯一冷静なエンバーにルゥ姉はどこかぎこちなく彼を見て
「呪法を掛けてある何かがあるはずです。
それを破壊する事が出来れば……
ですが、十中八九城壁に関係ある物でしょう。
最悪城壁そのものが印だとすれば、一部だけ壊しても他の部分が補う可能性があると思います。
城壁と仮定すれば一気にすべてを壊す以外方法はありません。
ですが、皆様も知っての通り、この壁には攻撃魔法に対する対魔法がかかっております。
上級魔法程度なら耐えれてしまう事を覚えておいてください」
絶望が広がった。
周囲がどれだけあるか判らないがこの砦にさえ頑丈で大きな岩を使っているのだ。
城壁にもこれと同じ規模の岩を使ってるとなると想像は容易く、どれだけの人数があればこの城壁を崩せるのか眩暈がしてきた。
「どうしようもないのか?」
あまりの頑丈な城壁にさすがにエンバーも壁から離れてテーブルに置かれた城壁周辺の地図を見る。
薄そうな場所はないか聞くもフリーデルは首を振るだけ。
「私に考えがないとは言いませんが、避けて通りたい最悪の方法はあります。
これは最後の手段として、地味に城壁を削る事を考えましょう」
「城壁を削るってなぁ……」
イヴァンが途方に暮れた呟きを落すが
「でもまあ、最悪の方法とは言え手段があるなら道は開けるでしょう。
所でそれは何時頃になりますか?」
フリーデルはそれまでに城壁を物理的に崩して行きましょうとみんなに声をかければ
「残りの時間はあと半年ほどです。
冬が明けた春先。
ハウオルティア王家最後の生き残りのリーディック・オーレオ・エレミヤの成人の年齢を迎えます。
その後すぐに仕掛けようと予定してます」
「タイミングとしては確かにそこですね」
フリーデルも頷いた所で、次の誕生日が命日になるのかどうなるのか、俺はただ残りの人生がどう変わるのかなんて想像が出来ない未来を考えるのを放棄していた。
エンバーの物語が完結しました。
ゴールデンウィークなのでお時間ある方はよろしければ覗いてみてください。
ちなみに私はサービス業の逃れられない運命としてみっちりお仕事してきます(吐血)
始まりの剣
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