たまには最初から躓く場合もあるんだって
シェムブレイバーごっこがひそかなブームとなって俺達の間で流行っていた。
エンバーやシアー、それにウードさん辺りは俺並みほどもない威力のシェムブレイバーをぶっ放せるようになったがクレイはまだ使え無いようで今日もむきになって何人かと崖に向かって叫んで、時々倒れている。
シェムブレイバーを実際知っているのと知らなくても呪文とルゥ姉の見本と言う制限になるとこうも差があるのかと妙な実験を見ている気分になったが、使える三人はロンサールへの道の木の伐採に練習を兼ねて行くようにとカヤに大量の弁当を用意をさせたルゥ姉に指令を出されていた。
一応何人か何かあった時の為の回収要員として連れて行かれたけど、その人達に俺は一応薪割りのコツを教えておいた。いつどんな場所で必要になるか判らないからね。
めんどくせ―とぼやきながら出かけるエンバー達の後姿を見送れば、ルゥ姉の呆れた声。
「貴方に魔法のバリエーションを広げてほしかったのにどうして教える側になったのですか」
「そう言われてもなぁ……」
まさかの展開に俺も溜息しか出ない。
「それよりもリーナを連れて畑があった所を回りなさい」
「何?今度は畑でも耕すつもり?」
「ええ、そうです。
これからロンサールからくる方々の為に少しでも食料の確保、そして我々の食糧支援も兼ねて今から準備すれば我々の為にもなりますし、今後この地に住む方の為にもなります。
それに貴方イエンティといろいろ農業について語り合っていたでしょ?
ここで実践してみるのも面白いかと思いますよ」
「魔術を使ってだろ?」
ジトーとした視線で睨み上げれば
「当然」
何を今更と呆れた視線が俺を見下ろしていた。
「何のための練習だと思ってるのです?」
「うん。ルゥ姉が無駄な事好きじゃないの知ってるからなんとなく察してただけ」
判っていたとは言え改めて言われるとガクリと項垂れてしまう。
今更論争する事も馬鹿馬鹿らしいし、ルゥ姉の方針を知ってるからこそいちいち反抗するのも馬鹿馬鹿しい。
そうこうしてる間に俺達の下にやって来た雌黄の剣と紅緋の翼の人達にルーティアは指示を出す。
「紅緋の翼より8名を一団として隣の村までの道作りをお願いします。
隣村は既に住人も居ないのが調査で判明されました。
我々もこの地の草刈りも終わったので隣村へと引っ越そうかと思います。
本来この村周辺、かつてはバルハウス領と言いました。
バルハウス領は豊かな山からの恵みの水が流れる穀倉地帯の1つです。
麦を育てるのに適した地域で、牛や馬を育てる農場も多くありました。
今は見る影もありませんが、半年ほど手入れされてない農地を残りの人間で復活させようと思います。
期間は紅緋の翼の調査が終わるまで、そして今ガーネットの居る拠点までの道路の確保と流民の移動を今回お願いしてます」
ハウオルティアに戻ってくるにあたり流民でなくなるわけだよなと誰かが呟くが、それはそれで彼らにとって居心地がいいわけではないだろうと別の誰かが呟く。
「流民に関しては畑仕事に従事させます。
取り扱いについては隷属の魔法でどうとでもなるのであのくさりきった性格は調教次第となりましょう」
「ルゥ姉が言うとシャレにならねーな……」
クレイも黙って頷く。
「因みに農地を復活させるとは?」
クロームが何れロンサールを取り戻した時に覚えておきたいノウハウだと信じて真剣な瞳をしていたが
「それはディックに一任しております。
こう見えても彼はフリュゲールでも農業技術を学んできました。
せっかくなのでその技術の披露の場にしたいと思います」
こんな子供に?と言った視線が集まるも
「派手に火を使いたいけど大丈夫かな?」
ルゥ姉は首を傾げながらも紅緋の翼の探索隊の人に視線を向ければ
「隣村、その隣も既に人はいない。
その先の街に明かりはあったが、そこまで馬の足でも3日はかかる。
多少派手に燃やしても問題はない」
ウードさんが確信を込めての言葉に俺は少しだけ思考を巡らし
「まず、川を復活させる。川の底をさらわないとな。
その間にセイジに畑の区画整理をしてもらいたい。
畑を町のように綺麗な四角に区切って整地をしよう」
「それは私一人で?」
「クロームとか計算とかに強い人を選んでもらいたい。
その上で道づくりも一緒にしていく。
道幅は馬車が余裕ですれ違える幅をこの現在地から隣村までの道のりを確保だ」
言えば再度セイジが俺の言った事をメモを取りながら
「畑の大きさはどういたしましょう?」
区画整備と言うくらいだから一定の大きさに統一するのだろうと言う言葉に
「あまり聞きなれない単位だけど、セイジにはこれを覚えてこのハウオルティアで、何れロンサールで広めてほしい。
もっとも、既にフリュゲールのイエンティでは何百年前からも導入している方法だ。
呼び方は違うけど、単位も面積は同じになる。
せっかく何もない場所からの畑作りをするのなら徹底的に実験をしようと思う」
「実験なんだ」
クレイの突っ込みに大きく頷く。
「じゃあ、俺らは街に行ったら何か種でも見繕ってくるな。
途中何かいい木があれば見繕ってこよう」
頭脳労働者向けの話しになった途端に紅緋の翼はすぐにでも偵察に行くと言い出してそそくさと準備を始める。
「そうですね。
でしたら野生の物でも構いません。
リンゴの木を見つけたら是非苗を持ち帰ってください。
ハウオルティアでは縁起物としてリンゴを食べるのはもちろん家を建てる時には庭に植えたり、何かの施設を建てる折には必ずリンゴの木を植樹もしくはリンゴを作った料理をふるまいます」
「リンゴの木とは、また可愛らしい」
「そうですね。
ロンサールでも魔物の牙とかを魔除けにとそう言った物がありますが、リンゴとは和みますね」
思わぬほっこりとしたアイテムに紅緋の翼の面々もリンゴの木だったら俺でもわかると胸を張る中
「ハウオルティアとリンゴは切り離せない物でもあります。
王家の紋章に描かれる枝がリンゴの木であるように、至る所に植えて在ります。
幸運を呼ぶまじないとしてハウオルティアでは一般的に知られてますが、リンゴの木は堅く木材よりも椅子などの工芸品に向きます。
リンゴ料理も肉料理やサラダ、ジャムにお菓子と多彩に渡ります。
ですので、験担ぎではありませんがもしどこかでリンゴの木を見つけたら根ごとごっそりと土をつけたまま持ってきてください」
「ああ、帰り道に見つけたら引っこ抜いてこりゃいいんだな」
そう言って馬にそそくさと鞍をつけて昨晩から作っておいた肉の塊とナンを大量に持ってあっという間に旅立って行ってしまった。
随分とばたばたした出立だったが、その背後では俺達の準備はとっくにできていると言わんばかりにセイジとクロームが大量のメモとインクを準備して待ち構えていた。
「今度はこっちか」
「準備は万全です」
板に紙の束を乗せていつでもメモが出来る準備は万全というセイジの隣には彼らの主人でもあるクロームが隣にインク壺を持って立っていた。
更にその横にはクレイが紙の束を持ち、その後ろには雌黄の剣の事務系の方達が並び待っていた。
凄い事になったな……なんてさりげなく遠い山を眺めて途方に暮れてみるも、それだけでは何も変わらない。
うっかり変な事は言えないなと溜息を零しながら家の中から一枚の絨毯を持ってきて地面に直接広げた。
何を始めるのかとルゥ姉さえ覗き込む始末に俺はみんなに絨毯が良く見えるように立ち位置を替えてもらった。
「遠い東の大陸の単位だけど『歩』という単位がある」
ユキトの世界の単位だけどこうやって誰も知らない土地の話しにしてしまえばそれらしくちゃんと聞こえる。
「『歩』と言うのは長さの単位の事で、このロンサールやハウオルティアではゼール、エール、ソールといったおなじみの単位の事だ。
『一歩』の長さは180ゼールになる。
大体大人の足で歩くと3歩と言う長さだ。
こんな具合に」
そう言って絨毯の一辺を3歩で歩く。
全員の顔が不思議そうにする。
「それは身長次第で3歩に届かなかったり超えてしまったりするのでは?」
セイジの確かな指摘には頷かずにはいられない。
けどだ。
「だからこの1歩を60ゼールって言う長さが絶対になる。
長さを計る人は急ぎ足で歩いても、ゆっくりと歩いても絶対60ゼールと言う歩幅を無意識で歩けるぐらいに訓練しなくてはならない」
無理な話しではない。
実際マーチングバンドといったパレードに出場する楽団の皆さんは5mを8歩で歩く歩幅を完璧に体に叩き込んで一糸乱れぬ隊列を編成する。
この世界にも打楽器、弦楽器、木管楽器と言った物があるから俺が知らないだけでそう言ったパレード演奏があるかもしれないが、この1歩60ゼールと言う単位は覚えておいて損はない単位だと思っている。
実際にこの絨毯だって一辺3歩の180ゼールなのだから。
ロンサールでもフリュゲールでも売っている絨毯の最小サイズはこの大きさなのだから、この世界でも規格と言う物があるのだろう。
まさか異世界に来ても畳2枚分で一坪って言う単位と出会うとは思いもしなかったんだし。
ほら、田んぼ農家だから家に行くまでに近道して田んぼのあぜ道を通って一畝とか、一反とかそう言った単位を体で覚えてるなんてあまり自慢できなかったから。
ユキトの学校には吹奏楽部もブラスバンドも何もなかったしね……
今は思い出に浸ってるわけにもいかないのでちょっと溢れそうになってる涙を手の甲で拭えばどうした?と言うようにクレイが心配してくれていた。
「畑はこの3歩180ゼールを基本に一畝が30歩1800ゼール、一反300歩18000ゼールを基本とする!」
始めに決めつけてしまえば後から計算も楽だろうと思うも、真剣にメモを取りながらなるほどと呟いて居たセイジが
「所で一反って言う基準は何なんですか?」
確かじいちゃんが言っていた。
「実は麦とは違うコメと言う作物での基準なんだ。
一反から取れるコメは人一人が一年で消費する量だと言われている。
俺は麦を育てた事ないから何とも言えないけど、何とかこの単位で数値化してみたいと思ってるんだ」
フリュゲールでも提案してみたが、3歩180ゼールの単位は既にイエンティでは浸透している物の国内中総てにはまだ広がってない。
一次産業のお家が既にやってるのだ。
やってみて損はないとこのハウオルティアにも浸透するように広めるのは悪くはないはずだ。
「実際出来高次第で量は変るけど、それにより不作良作かが一目で判る」
「なるほど。
コメは話で聞いた事ありますが実物を未だに見た事が無いのであまり浸透しないでしょう。
麦を主体としての畑作りにしましょうか?」
「当面はそれと簡単な野菜になる。
あとずっと同じ植物を植え続ける事を連作と言って、畑の栄養が無くなってしまうから、休耕地を必ずつくるように。
誰か詳しい人は?」
聞けば何人かが実家が農家だった人がいてくれた。
俺の事を言ってるのが判るらしく、その人達で畑に植える苗のスケジュールを立ててもらう事にする。
「そして一番必要なのはこの畑の土を解して栄養を行き渡らせなくてはいけない。
まずは……
畑を焼こう」
「は?」
「畑を焼くって、何で?」
クレイが首を傾げれば誰ともそうだと頷く。
どうやら焼き畑農業はこの世界にはない方法らしい。
と言うか、俺も焼き畑農業をするつもりもない。
自然環境云々と言うより、山火事になったらどうするのと言うのが本音だ。
山火事ほんと怖いんだよと、危うきに近寄らずって奴だね。
「まぁ、簡単に雑草を焼いたり、今回は刈り取った草も燃やしてしまおう。
その燃え立た後の草を肥料として耕した畑に混ぜ込む。
石は小さい物でも拾い上げて畦道の補強に使おう。
地中に残った草の根もみんな燃やして肥料にしてしまおう。
村周辺の森の木と木の間が近すぎる。
森の為に間伐をしてその木も灰にして肥料にしよう」
「待ってください!
そんな農法聞いた事もありません!」
俺だってテレビでしか知らないよと投げやりな事を心の中で毒づくも、牛も居なければ鶏も居ない。
堆肥すらまともにない状態で畑を作るとなると手っ取り早く木を燃やして灰を作って混ぜ込むしか思い当たらなかった。
油かすも有効だけどカヤにとっといてもらうんだったな……
動物の骨も粉砕すればイケる……か?
改めてイエンティの所でこの世界の農業事情をもっと調べておくんだったと反省してみるも既にあとの祭り。
まさか土づくりから始めないといけないとは想像すらしてなかったからね。
出来上がってる畑からの農業しか学んでこなかった手前、一番最初から躓く事になってしまった。
何とかするしかない。
拙い知識でも総動員して何とかしないと話にならない。
行き当たりばったりだなあと、とある行き当たりばったりの国民性の人達に言わせるとそれは臨機応変だと、開き直った顔で言われた時は殴ってやろうかと思ったけど今になって理解できる。
自分に対する言い訳だと言う事を……
そう言う言葉を使わないとやってけないよなーと言っていた金の悪魔のお言葉に周囲が黙ったのも今になって気付けた。
だからと言ってなんだと言われても困るが。
「今は肥料もまともな畑も何もないんだ。
使える物は使う。
とりあえず川の復活を何とかするからリーナと何人か土魔法が得意な人は俺と一緒に行動しようか。
他の人はセイジさんと一緒に畑の測量の前に一面森を焼かないように注意して草を焼いて行ってください。
後程見本を実演します。
あと数名ほど一歩60ゼールをその絨毯を使ってマスターしてください」
言えば俺とリーナの所に5名ほどの土魔法が得意な人が来てくれた。
大半は簡単な野焼きに回ってしまったが、一歩60ゼールには意外な人が手を上げてくれた。
「それなら私達が適任だ」
名乗りを上げてくれたのはクロームとクレイ。あと数名の元騎士の人。
どこか誇らしげな顔をして並ぶ一団に俺は首を傾げれば
「一歩60ゼールは王族が歩く歩幅の基準なんだ」
クレイは苦笑しながら説明をしてくれた。
「式典とかで歩く歩幅が違うと美しくないだろ?
だから一歩60ゼールと言う歩幅をダンスを覚える頃から叩きこまれるんだ」
「王族の幼少の頃はそれは大変な歩幅ですが、我々騎士団も同じく60ゼールで歩くように訓練されています。
王宮の大理石が一辺60ゼールで切ってあるのをご存じでしょうか?
常日頃から無意識でも訓練できるようにとのサイズになっております」
言われて納得。
色違いでモザイクのように嵌められた大理石はただのデザインではなく機能美だったのかと納得するしかない。
「もっとも、文官だったセイジは知らないだろうがな」
笑われて顔を赤くするも畑違いの出身地では、それは仕方がないと言う物だ。
「5年前の戦い、後に獣暴の乱と呼ばれるようになった魔獣大暴走事件の末期に彼女は現れた。
北西の村が魔物に襲われた事を皮切りに、我が国の南に向かって魔物が押し寄せてきた頃だ。
知っての通り同時に我が国の南側より海からも魔獣が押し寄せ南東のアルカーディアももともと裕福ではない為に応援は断られた挙句彼らはロンサールの国境に防衛ラインを築いて我が国は逃げ場を失い追い込まれていた。
だが、我らがロンサールはまだ地形に恵まれていた。
南の海に面した海岸は観光には不向きだがアルカーディア国は陸地からの入国は断る物の海側からの入国をゆるし、港を挟んだでドゥーブル国を始めとした東側諸国は同盟国として魔物の対策に連携が取れていた為にかろうじて港の崩壊は堪える事が出来た。
だがロンサール国は小国と言われても隣国との国境に隣接する地は広大な森を抱えた国の為に魔物の増殖に気づいた時にはすでにどうしようもなく、そして季節も悪かった。
夏の前から人里に現れるようになった魔物の出現に作物の種まきもできず、、わずかな苗は踏み荒らされ、実りの秋には森の恵みも望めず冬には大飢饉が国中を襲う事になった。
さらに森を切り開いて出来た都市と都市の間には必ずといっていいほど森があり、やがて連絡は途絶え、ロンサールはその土地を理由に滅ぶ事になった。
ロンサールとハウオルティア国境から魔物達は食料を求めて南下を始め、既に国内の森の中で増殖を始めた魔物達と合流し、討伐と防衛の為の騎士団も崩壊寸前まで追い詰められ、ついに王都ロンサールにも魔物が押し寄せてきた。
市民からの義勇軍、のちにギルドとなるわけだが、彼らと王国騎士団を城の庭に集めきっとこれが最後の出陣になるだろう……
その時にはすでに前国王は崩御し、王を継ぐべき長兄も戦いの騒乱の中行方不明となり、玉座を母が、代理で王妃が埋めると言う異例の中で彼女、ガーネットは真っ赤なドレスを身に纏い女王の前に現れたのだ」
「うわー……
当時のガーネットって、なんか空気読めない人みたいですね……」
クレイの隣にいた細身の男はクロームの副官としても有名なセイジ・ドーミーだった。
当時は下級官吏でその場にはいなかったと言う。
博学で魔術が得意だとは聞いた事があるが、一度討伐の場で会った事があるが剣術も一見の価値を持つそんな印象を残した男だった。




