実験のお時間です
ハウオルティアに入って三日が過ぎた。
三日前の辺り一面の雑草地帯は既にほぼ見渡す限り刈り取られていた。
俺は地面に手と膝を付いて息を切らし、溢れる汗もそのままに地面を睨みつけていた。
「なぜ出来ない……」
「私の方が聞きたいです」
遥か遠くに見える崖も既に形が変わり、すぐ横には何本も倒された木々が薪となって高く積もられた光景を前にして俺は項垂れていた……
「大体薪何て切れ味を高めた剣で軽く押せば割れる物でしょう?!」
「いやいや、せっかくそんないい剣なんだからもっと効率よく出来るように改良するべきだと俺は思うんだ」
そして力いっぱい剣を振り下ろせば一撃で綺麗に長さと細さが整えられた薪が完成された。
少し離れた所で呆れたかのように見るシルバーを抱えたクレイとエンバーに誰もが遠巻きに眺めているが
「このようなつまらない事で言い争うよりもシアーはディックに魔力のコントロールを教えてなさい。
そしてディックもそんな面白い魔法を開発するぐらいならもっと応用に富んだバリエーションを増やしなさい」
「ちょっと!
せっかく魔力のコントロールを教えてるのに何増徴させるような事を言うのよ!
魔力って言うのわね、本当に僅かな力で針に糸を通す位のコントロールさせないといけないくらいの繊細な物なの!
それなのにバカスカ力のごり押しで押し通して、私が今まで一体どれだけ苦労したと思ってるのよ!」
「そんな些細な事にこだわって過去にどれだけ非常事態を巻き起こしたか、そのまっ平らな胸に手を当てて思い出して御覧なさい。
死人が出なかったのはひとえに私の力のごり押しのおかげでしょう?
その結果自ら得意の白魔法を酷使する環境を作り上げた揚句聖女なんて呼ばれてアホですか?マゾですか?
冗談はそのまっ平らな胸だけにしてほしいと何度頭を痛めたと思ってるのです?」
「ひどい!
何もそこまで全て胸のせいにする必要ないじゃない!
自分がちょっと大きいからって……」
「そう言えば開発していた白魔法の美容と豊きょ……」
「言うなー!!!
って言うか知ってたの?!」
「当然。面白いから貴女のレシピを弄っておきました」
「だからか!」
いつの間にかルゥ姉とシアーのののしり合いに俺達は女の醜い争いを直接目の当たりにする事になったのだが、致命的欠点(?)を持つシアーはあまりのルゥ姉の口撃に涙を流し、どこにダメージを負ったのかよくわからないが吐血をして倒れてしまった。
相手にもならないと言うように鼻で笑うルゥ姉は上から目線で
「だいたいディックには魔術なんて教える必要ないでしょう?
これだけ魔法が器用に使えるのです。
つまらない芸をこれ以上仕込んでどうすると言うのです」
「だったら、なんで、ウインドカッターの練習なんて言うのよ……」
涙を流すシアーにルゥ姉はきょとんとした顔で
「そんなの食事の準備をするための時間稼ぎに決まってるでしょ?」
へ?
と言うようにシアーの視線がルゥ姉を見上げる。
「貴女は何年私の下で働いていたのです?
何年私の友だったのです?
慣れない馬での移動と死に別れた知人の住まう地に戻ってきたリーナの心の準備の為の時間稼ぎであるぐらい見抜きなさい」
ルーティア様、なんてリーナは感激しているが、未だ地面と仲良くしているシアーは大地を抱きしめて
「もっとわかりやすく言ってよぉー」
流す涙に俺達は誰ともなく不憫だなとそっと目を反らすのがやっとだった。
ルゥ姉は何時の間に用意したのか知らないがパラソル付きのテーブルと椅子に優雅に座り、タイミングよく差し出された紅茶をカヤから受け取って一口だけ口をつけ
「言っておきますがディックは私と出会った最初から魔法を扱いました。
馬鹿な宮廷魔導師達が何年もかけて学ぶ初歩の治癒魔法も見本を見せただけで扱えるセンスを披露してくれました。
そんな想像力豊かな子供に今更教科書通りの誰でも使える魔術なんて教えてどうするのです。
むしろその環境はディックの才能を潰すしかない物。
教科書通り、先生の言う事通りの良い子の貴方には人に言われるがままの教育が合っているのかもしれませんが、この子はそれでは才能の目が潰れてしまいます。
人の数があるようにそれだけ教育の方法はあります。
勝手に魔法を創造し、勝手にふざけた魔法で遊んでいます。
この薪割りとて良い例の1つでしょう。
見本を見せてそこからくるインスピレーションと言うか悪改造を好きなようにさせる。
無限にある魔法の世界の扉を叩き割って行く姿をなぜ止める必要があるのです?」
「まったく褒められている気がしねぇ……」
これだけの付き合いだ。
ルゥ姉のべた褒めのはずなのだが褒められている要素を一切感じさせない言葉にクレイが元気出せよと言ってくれるも涙しか出ない。
あの女が評価してくれるだけましだろ?と言うエンバーの声にもそうだけどさ……と、素直に喜べない俺にカヤはそっとテーブルに俺のお茶と、お菓子を一つ贈呈してくれた。
気を使ってくれるのは嬉しいけど、つまりみんなルゥ姉と同意見と言う事でいいんだよなと涙を拭ってしまう。
「今この子に必要なのは魔法のバリエーションを広げる事です。
せっかく見通しの良い土地ができたので皆さんも沢山の魔法、魔術を見せてあげて下さい。
この子はそれだけで適当に自分に都合よく仕上げますので多少失敗して転がってるようだったら拾って連れて帰ってきてください。
もっともそんなドジをしたのは数度しか見た事が無いのですが」
くいっとお茶を飲んで静かに茶器を置けば遠くに紅緋の翼の一団が戻ってくるのが見えた。
それを見たルゥ姉は立ち上がって俺を見下ろし
「今までは知識と体力と魔力の底上げに力を注いできました。
魔力の量だけを見ればエンバーやシアーと同程度だと私は思っております。
後は魔力の量をいかに温存しながら効率よく戦えるか実験してなさい。
その為にシアー、貴方の考え方が必要になります。
魔力をケチる事に関してはシアーは天才的な才能が有るので、技術的なヒントにするにはちょうど良いでしょう」
雑草が無くなり、道が無くても安心して馬を走らせることのできる草原に小さな人影はすぐに目の前までやってきて、紅緋の翼の一団は途中捕まえてきた鳥やら熊やらを今晩の夕食にと持って来た。
鳥はともかく、こいつらにかかると熊もただのごちそうにしかならないのかと呆れてしまうも、紅緋の翼の一団は早速裏でバラすから水を用意してくれと指示を出してきた。
そこはカヤがやると言ってリーナを連れて行ってしまえば、シルバーも何かおやつでも貰えるのではないかと着いていき、シアー、エンバー、クレイ、俺が残されて後の一団は家の中で紅緋の翼の情報を基にこのあたりの情勢をまとめに入っていた。
「ルーティアの言葉じゃないが、ディックの魔法は本当にバラエティーに富むよな」
「うん。魔法って、1つ覚えるのに何日だったり何十日だったり、物によっては何年も係るのに、あっという間に魔法を創造するだろ?
あの薪割りだってどっちかと言われたら確かにディックの方が便利だしね」
「ええ、魔力があれば、の話しです」
どうやら薪割りに論点が集まっているようだ。
因みにこのイメージはリンゴを八等分する便利グッズの応用。
ナイフで小さくサクサク切るのと、八等分に切り分けるグッズで一度でサクッと斬るのとどっちが時短出来るかと言えば後者だろう。
だけど、異世界から来た事はこいつらにはまだ内緒の方で話をしているルゥ姉の言葉に従えばこんな事を言えるわけもなく
「例えばだが、ナイフで一回切る魔力消費量を1とする」
おもむろに始まった俺の説明に3人は黙って俺を見る。
「さっきの例でシアーの薪割りは9回切ったから魔力消費量は9だ」
数値的に説明すれば何故かクレイは姿勢を整えて話を聞く体勢を取っていた。
「その点俺の切り方だと8つに割ったとしても1回は10だとする」
「シアーの方が効率がいいわけだな?」
エンバーの言葉に俺は頷くが
「だけど、その前のシアーが15に切った薪だと魔力消費量が15になる。
しかし俺の割り方だと16に割ったけど1回だから消費量は10だ。
木を一本薪をするにしても一回で割れるから消費量は10なんだ」
丁寧に言えばなるほどとエンバーは天を仰ぐ。
シアーは胸の前で腕を組んで黙ってしまうのを眺めながら
「それに薪を割る時間もだ。
俺は一回1秒としよう。
シアーは切る回数だけ時間を必要とする。
昔読んだ本だが、その本の世界では時間はお金で買う物だと言っていた。
いかに時間短縮してその空いた時間で他の事が出来るか、総てに等しく流れる時間はとても貴重な物だと書いてあった。
ルゥ姉も時間の貴重性は身に沁みて判っている人だ。
お金を出せば既に割った薪を手に入れる事もできるし、その労力を雇用と言う形で誰かを支える事もできるかもしれない。
けど俺に求められているのはそう言う事じゃなくて、いかに効率よく魔法を扱う手段を身につける事だ」
改めてシアーをみる。
彼女は町の子供達に誰でも容易く扱える初心者向け魔術を俺に教えるつもりだったのだろう。
だけど俺は初心者でもなければすぐの魔力切れを起こす程度の魔力量でもない。
「すまなかった。
私は、平和ボケしてたんだな。
君は町の子供達とは違う。
紅蓮の魔女に育てられた、だったな」
何所で見誤ったんだろうかと呟いて居たシアーだったが
「集落で魔物退治していた時に気付けよ」
小さくもない声で突っ込むエンバーの声にそっぽを向いた。
「だって、一緒に居たお前達がやったと思う方が普通の印象じゃないか」
「コンビネーションの練習してたからそう見えても仕方ないかもしれないけどね」
そういや森の中ではずっと木々に阻まれた状況を踏まえた戦い方の研究をしてたんだっけとシアーの言う事にも納得してしまうが
「でしたら私の持てる魔法を全て見せましょう。
もし何か心に止める魔法があれば是非とも試してみなさい。
時間は限られていますが、ここでは自由に実験できるので、ぜひともこの機会に試してみなさい」
試してみなさいと言われてもなぁ……と、所々禿げ上がった草原を眺めていれば
「さっきルーティアが言っていたドジしたのはって奴はどんな魔法だよ?」
そういえばさ、とクレイが好奇心を抑えきれずに俺の肩をバンバンと叩いてきた。
痛いわけではないが、おもちゃを見つけたような子供の瞳をするクレイに苦笑を隠して俺は魔法剣を取出し
「フリュゲールに住むシェムエルの森に住む妖精からヒントを得たんだ」
クレイもエンバーも、そしてその二人に倣うように俺の後ろの方に移動するのを待って剣を大きく振りかぶり
『シェムブレイバー!』
気合を入れて全力で前方に向かって振り下ろす。
ヴウォン……
前に聞いたよりも凶悪な音と奏でながら大地に詰め跡と、短いながらも左右に折り倒された通り道を残して遥か遠くの崖に当たり、派手な砂煙が舞い上がるのと同時に
ドゴッオオオオオォォォォォ………
これだけの距離があってこの音ってナニ?
崖の一部が抉れたような気がするけど何で?
すぐ背後の三人をちらりと盗む見るも無言のまま。
三人が俺を見ると同時に家のドアが相手紅緋の翼のナンバー2ことウード・ウーヴェが慌てて外にやってきた。
当然紅緋の翼の皆さんを筆頭に家の裏でクマをさばいている人達まで手が真っ赤のままやってきちゃいました。
「敵か?!
何があった!!」
これ以上とないくらいの険しい顔で、武器を携えて正しく警戒する一同に俺は数秒空を見上げてから全力で
「すみません!
力加減間違えました!!!」
思わず速攻の土下座。
この世界にはない謝罪方だから全員からお前何してんの?的な視線を集めてしまう。
「で、貴方は一体何をしたというのです?」
最後に登場して来たクロームはともかく、ルゥ姉は未だ土煙の治まっていない崖へと視線を向けて溜息を零している。
「シェムブレイバーの実演?」
「遊んでいたわけではないそうですね」
やれやれと言うようにこめかみに指を添えるルゥ姉が話の続きに戻りますよと家の中に戻ろうとするも
「どうすりゃこの距離であの威力が出るんだ?」
ウードが頭をぼりぼりと掻きながら風の魔法を崖に向かって放つ。
距離もあるが、紅緋の翼のナンバー2と言われるだけの実力は遥か先の崖にぶち当たる様子は見えた。
だけど遠目に見ても崖にぶち当たって魔法が消滅したという印象。
シアーもエンバーも風の魔法を使ってみるもウードと似たような感じでぶち当たって風が霧散したと言うように魔法は消滅した。
「なるほど」
こめかみに当てていた指先はなにか面白い物を見つけたというように顎に指をあててて少しの逡巡。
取り出した魔道具はラン兄がルゥ姉の為に作った物。
初めて受け取った時は至宝のごとく両手で恭しくその両の手に乗せられた物だったが、今では相棒と言うように魔法に補助が欲しい時はルゥ姉の手にはそれが輝いている。
魔法を使う予備動作と言うか、取り出して今から魔法を使いますよと言うようにタクトのごとく振り上げると同時に全員何も言われないのにルゥ姉の後ろに移動する。
それを気配で感じ取れば少しだけくいっと顔を持ち上げる。
『風よ音となり超えて行け、唸り、屠るは勇者の剣
不可視の刃となりし、シェムブレイバー!』
俺の魔法を見て構成した呪文は前に使っていたのとは少し変わっていた。
呪文が変わるように解き放たれる魔法が作り出す一瞬の魔法陣も今まで見た事のない輝きと精密な図柄が描かれていて、何が描いてあるかは全く読めないけど俺の知る限りルゥ姉の使う魔法で一番美しい光景が作りだされていた。
だけど感動はここまでだった。
解き放たれた魔法がほんの数秒後に派手な爆音に俺達は思わず手で耳を塞ぎ、そしてそれからほぼ時間差もなく崖にぶち当たった。
爆音に耳がやられてあまりそっちの音は気にならなかったが、俺以上に派手に砂埃を巻き上げた崖は明らかに抉られて景色が変わっており、ルゥ姉のシェムブレイバーの通った後は俺の傷跡を更に抉ったかのような大きく地面が裂けていて、周囲の草もどこかへと吹っ飛んでいた。
誰もがポカンと動けずに風に砂埃が攫われてあらわになった変わり果てた目の前の景色を見ながらルゥ姉は言った。
「ディック、いいですか?
この魔法、今後許可なく使う事を禁じます」
後姿だけだが珍しく少しだけ動揺したようなルゥ姉はなんでこんな事にと両手を腰に当てて変わり果てた景色を眺めていたが、どこからかやって来たシルバーが飛びながらルゥ姉の魔道具を持つ手をしきりにくんくんと鼻を鳴らしていた。
うん。判ってるよ。
あまり考えないようにしていたけど原因はそれしかないよね?
ルゥ姉の視線も宙を泳いでいたが
「ランから頂いた魔道具で今の内に魔力の調整をしておきなさい」
頭が痛いと、ふらふらする足元は魔力の使い過ぎだけが原因ではないはず。
「って言うか、誰がこんな物騒な魔法使うんだっつーの?」
「さすがにちょっと使うの怖いよな?」
エンバーもクレイもちょっと気になるけどルーティアの後に試し打ちしてみる気はないと言う謎の笑顔で牽制しあっているが
『風よ音となり超えて行け、唸り、屠るは勇者の剣
不可視の刃となりし、シェムブレイバー!』
ルーティアの言葉を真似してみた勇者はシアーで、やはりというか一度見ただけではまともな魔法になるはずもなく、シェムブレイバーなるものが一体どういった物か判らない状態では俺達と違い確かなイメージが作れず、結果ルゥ姉の呪文と発動した魔法に類似したものが具現すると言う事になる。
のだが……
風の刃らしきものがまっすぐではなく大きくカーブして地面に激突して大地をえぐり取って砂埃を大量に巻き上がらせてくれた。
「うわっ!」
「いてっ!石が降ってくる!気を付けろ!」
「貴女と言う人はもうちょっと周囲に気を配りなさい!」
刈り取られた草も巻き上がり、ずいぶんと埃っぽくなってしまった中シアーが突然ぱたりと倒れた。
「シアー?」
「おい!どうしたんだ?!」
「シアーっ!」
ウードが慌ててシアーを抱きかかえてみれば、彼女は明らかに顔色が悪く、血の気の無い色をして意識を手放していた。
「おい、石か何か当ったのか?
傷口ないか探せ!」
躊躇いながらも怪我の場所を探そうと服に手をかけようとするも
「何馬鹿なことしてるのです。
これはどう見ても魔力切れの症状でしょう」
脱がそうとする手を杖でピシリと叩く。
魔道具で物理的攻撃を普通はし手はいけないんですよと言ったのはルゥ姉だが、これぐらいは大丈夫と言うのだろうか。
それともこの魔道具が頑丈の証拠なのだろうか、考えるのも今はめんどくさい。
「私もディックも初めてこの魔法を使った時に魔力切れを起こして倒れました。
よほど魔力を抑えて使わないとごそっと持っていかれます。
なにせ、このイメージの基は実存する妖精です。
人と妖精の魔力の使い方が違う以上、警戒して使うのは当然と言う物です。
なので、もし試し打ちする場合は絶対一人では行わないように」
「じゃあきくが、ルーティアもディックも制御してるように見えるのはその魔道具のおかげか?」
真摯の眼差しでエンバーの投げられた言葉にこれは素直に頷くしかないだろう。
「ロンサールに来てから使い始めたのでまだまだ馴染んでいませんが……
我々もご迷惑をかけないように自分の武器を馴染ませないといけませんね」
やれやれと言うように部屋に入って行くルゥ姉を誰もが見送るが
「とりあえずカヤ、シアーが起きた時に何か食事を10人前程度準備しといてくれる?」
「そんなにも?」
「後ルゥ姉にも、今すぐなんでもいいから何か食べさせておいて」
「今すぐですね。承知しました」
リーナ手伝ってくださいと言って台所へと駆けだした二人を見送りなぜこうなったかと空を見上げ、あまり考えたくないようにと無理やり思考を替えた結果出た言葉はただ一言。
「腹減ったな……」
エンバーとクレイに両脇を抱えられて無理やり家の中に連れて行かれた先はキッチンだったのは、当然の結果としよう。
俺は用意された馬に乗って道案内を兼ねて先頭を走り、その横をクロームが並走する。
俺は全員に聞こえるように声を張り上げ
「ここから森までは平坦な道のりになる。
あまりに目標もなく平らすぎて方向感覚、距離感が狂うから気を付けてほしい。
今夜の寝床はこの先にある岩山だ」
どこに岩山があるのかと後方から聞こえたが俺は方位磁石を掲げ
「目印はない。まっすぐ西としか言いようがない」
それだけを言ってほぼ平らと言ってもいいような平原をまっすぐと駆け抜けていく事になった。
予定通りの強硬日程で日が沈んでだいぶ経った頃ようやく今日の目的地にたどり着いた。
切り取られた巨大な岩が幾重にも重なってできた岩山はそばで見れば城よりもはるかに高く積み重なっていた。
クローム達一行は初めて見るだろう岩山をぽかんとした顔で見上げ、俺はここに立ち寄る度に塒にしている穴倉へと一行を案内した。
入口は狭く中は広く、そして少し下へと続く穴倉の奥には巨大な空間があり、そこには地下水がこんこんと湧き出てどこかへと流れていた。
「驚きだ。何もないと思っていたのに洞窟があり、ましてや水脈が通ってるとは思いもしなかった」
クロームの呟きに雌雄の剣のメンバーも休みのない行程に馬に水を飲ませたり自分達も水たまりの中に飛び込んで渇きを潤していた。
「ガーネットがまっ平らにしてくれた割にはこういう場所はいくつか点在してくれていて正直助かってる」
「点在してるのか?」
「あー……内緒な?
いくつかあるけど、俺達城壁の外に出るギルドの財産だ。簡単には教えないさ」
いつの間にか運ばれた種子から育った雑草をかき集め火をつけて暖を取る。
夜とはいえ生暖かい洞窟内だが濡れた衣類から体温を奪うのは当然の事。
それにやはり温かい食事を食べたいと思うのも当然の事で、簡単にヤギ乳に香辛料を混ぜて食べる事の出来るパン粥を作る。
「5年前の戦いの折りガーネットの戦いを目にしていたはずだが、こうして彼女が作り上げた荒野を通ると改めて彼女の恐ろしさを改めて思い知る」
「まぁ、この大陸で5人もいないのSSSギルドランカーだからな」
「おや?紅緋の翼の秘蔵っ子のSSランカーのセリフとはおもえないな?」
「バカ言え、近くで剣を振るえば振るうほどガーネットの異才を感じずにはいられないよ。
あれは強すぎるなんてもんじゃない。生きる天災だ。歩く災厄だ」
「ずいぶんな言われようだな……」
「まぁ、だから俺達紅緋の翼はガーネットを戦いに出さないようにギルド本部で好きな事をさせる為に討伐に出かけるんだ」
「ほう?」
「ガーネットだって自分が簡単に力を振るっちゃいけないことぐらいわかってる。
だからその思いをくみ取って俺達は強くあろうとしている」
いつの間にか集まった雌黄の剣たちもじっと俺達の会話に耳を傾けている。
「だが、平和になればなるほどガーネットの存在は尾鰭のついた話程度にしか思われないようになって何とかして外へ連れ出して、あわよくばあれを好きにしたいと思うような奴らが現れるようになっている」
言えばクロームは口に含んでいた紅茶をぶっと吹き出し
「あれを好きにしたいだと…
この世の中にはなんて命知らずがいるんだ…」
「この荒野を作り上げたのはガーネットだなんて、普通ならだれも信じないからな」
「確かに。私も初めて出会った時はこのご婦人の頭は大丈夫か?と思ったぐらいだからな」
そんな話をしていれば雌雄の剣のメンバーの中で若いだろう男が側にやってきた。
「隊長、よかったらその話俺にも聞かせてくださいよ」
俺とあまり歳が変わらないだろう男はそういいながら俺に紅茶を渡してくれた。
ありがたくそれを受け取れば
「彼はクレイ・フェリウ。出掛けにイングリットに会っただろ?あれの腹違いの兄だ」
「じゃあ王族?」
「いや、俺は妾の子供だからな。
向こうとは縁を切って今は隊長に養ってもらってます」
と笑うが
「言っておくがお前と同じ16歳だぞ?」
「イングリットより4か月早く生まれただけの義兄だけどね」
暗い洞窟でもわかるような明るい茶色の髪を後ろで束ねた人懐っこい顔には生まれや育ちの苦労しただろう影はどこにも見当たらない。
「なあ、みんなも伝説の女帝の話聞こうぜ」
クレイが一声かければこちらを伺いつつも声を掛けれずにいた雌黄の剣がたき火を中心に集まり、簡単な食事を食べながらクロームの話に耳を傾けるのだった。




