カタリーナ・ヴィレン・ブルトラン
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カタリーナ・ヴィレン・ブルトラン
彼女の不幸はブルトラン王の娘として生まれた所からあった。
父に怯える母と姉、そして顔と名前を憶えれないくらいの義姉妹達。
既に嫁いだ姉達は近隣諸国の王族や有権者たちの下へとすでに城を出て居た為に一度もあった事のない姉が呆れるほどいる。
周辺国にはブルトランの血が混ざってないのが不思議なくらい姉達の子供がたくさんいる事も知っている。
そんな中の一人として生まれた為に蝶よ花よと育てられる事は一切なかった。
幼い少女の頃の記憶と言えば勉学はもちろん王族の娘としての嗜みは当前、男児のごとく剣術、体術、魔術を学ばされていく。
それこそ自由と言う時間、自分の意志を知る事なく育つ、それがブルトランの王の娘の務めだった。
ブルトランの自然は生きるに厳しい国ゆえに幼くして死ぬのはもちろん、老いる前に死ぬのも当たり前と言わんばかりに長く厳しい冬が国を蝕んでいた。
故に幼くまだ10才と言う年齢で成人として裕福な他家に嫁がせて労働力、そしてやがて子供を産ませるための妻として育ててもらうと言う、他国からは非難されているがこの国ゆえの伝統を当然と言うように囚われていた。
そんな伝統に則ってカタリーナ・ヴィレン・ブルトランはかつてとある東方の国の王の下へと嫁がされるも、その地位の低さ、教養のなさ、更に持参金の少なさを理由に体よく断られた娘だった。
国を離れ、いくつもの国を越えて辿り着いた土地でのこの仕打ちに従者と共に涙を流した時もあったが、いつまで泣いていても仕方がないと持参金を使って国に帰る羽目になったのだ。
断られた理由はしばらく滞在してよくわかった。
誰もが気軽に勉強を学べる場所があり、そして暖かな気候と豊かな緑、氷に閉ざされてない海という、ブルトランでは夏場の一時しか見る事が出来ない景色が一年中続いていると、滞在中なにかと世話をしてくれた赤髪の少し年上のお兄さんが教えてくれた。
街に出てお菓子を買いに出た時も、色とりどりの見た事もないような、王宮でもなかなか見る事のないお菓子が至極当然と言うようにあまたの店先に並び、自分が最高峰の教育を学び、最高峰の暮らしをしていると思っていた数日前。
この国に乗り込むようにこの国の王に相応しい結婚相手だとやって来た時の自分の首を絞めてでも止めてあげたいと今も思っている。
段々惨めな気持ちになって行く私に従者は国に帰ることを提案してくれたのを機に帰路へと着く事になったのだが、わずか数日の滞在で国に帰ってきた私はこの国の貧困と歪さを目の当たりにして
「送り返された私の価値などこの王宮では邪魔となりましょう。
ここで学んだ事をせめて無駄にしない為にも私にどうぞ仕事をお与えください」
従者を連れての父との謁見の折りに意見を述べれば静まり返る謁見の間で父は一言
「ハウオルティアから奪った土地でお前に目付け役の任を与えよう。
そこの従者を連れて行くがよい」
国内ではなく、他国の、しかも今は敵国の地へと向かえと言われて血の気がひいた。
それが父から私への罰だと言うのは誰もが考えなくても判る処遇で、随従しただけの従者も顔を真っ青にしていた。
王の娘の傍らに侍る事が出来るくらい彼は剣の腕を磨き、そして騎士としてたくさんの物を学び、私を無事送り届けたら婚約者と結婚する予定だと言っていたのに、総て父の一言で白紙となってしまった。
「あの、できれば一人私の身の回りの下女を賜りたく……」
「紹介はしないが誰でも連れて行くがいい」
恐ろしく無関心な父の姿に下唇を噛みしめ、生まれてこの方父に一度も名前を呼ばれなかった事にこれ以上の親子の会話は無理だとその場を後にするのだった。
婚姻を失敗した私に母は冷たく、母の家の下女を一人も譲ってはくれなかった。
姉達は父の恐ろしさを知っている為に私の行く末を案じて沢山の支度金をもたせてくれたがまだ何も知らない妹達のあざ笑う笑い声の中、従者とその母親が私の旅立ちについてきてくれたのだった。
婚約していた娘というのは結局の所、従者の地位と王宮から得られる賃金が目当てだったらしい。
勿論ハウオルティア行きの話しは受けてもらえるつもりで話したのだろう。
其の場で断られ、婚約も解消となってしまった。
従者に父親はおらず、まだ老いたとは言えない母はそんな息子を案じ、私の旅立ちに亡くなった旦那さんとの思い出の地を捨ててついてきてくれると言ってくれた。
あまりの結末に泣いてお詫びをするも従者の母とは言えでもブルグラントの女。
深く長い極寒の地のように氷りついた顔は何の感情も浮かべる事無く従者の馬車に揺られる間ずっと口を閉ざして私の顔を見ているのだった。
やがて辿り着いたハウオルティア東の小さな村、ミルワードと言った。
穏やかな気候。
豊かな自然。
滔滔とした水量を誇る小川はどこまでも澄んでいて、陽の光を銀色に反射した小魚が泳いでいた。
ブルトランでは見る事の出来ない自然の景色に従者の母親も驚きに目を見開く中、占領地として奪ったこの村の拠点はかつての領主の屋敷で、石造りの家の多いブルトランでは見る事のなかった木造二階建ての屋敷だった。
ブルトラン兵の門番にブルトラン王の勅命を記された封を閉じた紋章に門番はすぐに私を屋敷の中に通してくれた。
屋敷の中は貴族らしく絵画や花瓶などが所狭しと飾られ、そしてこの村の管理を任されていたのはただのブルトラン兵の隊長クラスの一人だった。
私が隊長さんにブルトラン王からの密書を手渡せば深いため息と共に
「手紙の内容を読んでは?」
「いません。
娘とは言え王の密書を開封すれば死罪に値します」
私の言葉に頷き
「では、手紙の内容を伝えよう。
姫にはこの村の長の息子と婚姻を結び、この地に根付くようにとおっしゃっております。
従者殿にはそのまま殿下付としての任を継続。
我々は殿下の指示の下、このまま村の制圧を続ける事となりました」
この長閑なハウオルティアの村で待っていたのはやはり婚姻だった。
そこまで私はいらない物だったのかと溢れそうになる涙を止める術は、東方の国へと送り出されてから国元に戻る合間の一年で学ぶには十分だった。
私を哀れ見るような隊長さんはそれでもこの村はブルトランよりは住みやすいからと言って慰められる中、従者の母は私の部屋を案内させてゆっくり休むように言ってくれるのだった。
それでもハウオルティアの辺境の村に辿り着いたのはある意味幸運でもあった。
ブルトランとハウオルティアとの諍いは小競り合いとはもう言えなくなり、戦争にまで発展していた。
このミルワード村は真っ先に降伏した村の1つでもあった。
対抗するにも人はおらず、若者も少なく、村に居るのは置いた老人と幼い子供が大半だった。
若者は近くの大きな町まで出稼ぎに行き、幼いとは言えない子供達は町の学校の寄宿する生活をしているのだと言う。
年に二度の長期休暇の時に戻ってくるだけだが、大半は一度出て行くと二度と戻ってこないと言う。
ブルトランから手紙は来る事はなく、戦地としては前線からほど遠いこの村は見捨てられたと言ってもいいだろう。
姉たちからの手紙も来る事なく、私は見捨てられたと言う事を実感するしかなかった。
最もそれは先にこの村に来た騎士達もそうだ。
誰もがあか抜けない、騎士の制服を纏っているだけの仕事で、時折山から下りてくる獣や魔物を退治するのがせいぜいの仕事だった。
隊長さん達と共に行動して、村人と交流をして、村長の息子の一番ぱっとしない男の子と婚約をし、村仕事に没頭する彼をよそに私は従者の母を連れて村に残された子供達に勉強と手仕事を教える教師となった。
最初こそ敬遠された物だったが、成果が出るにつれて村の老人達は何時しか認めてくれるようになった矢先、魔獣の大暴走が始まった。
発信源は谷間を一つ越えた隣の村だった。
最近隣の村との連絡が取れないと訝しんでいた村長が心配した矢先の出来事。
魔物が進んでいったのはこの村ではなかったものの、逸れた魔物がこの村に襲い掛かって来たのだった。
屋敷には大きな地下室があり、騎士達は抵抗をしようとする者もいたが、私はその者達にこの村の人をその地下室に案内する仕事の指示をした。
一昼夜。
魔物達はこの村を蹂躙していずこかへと去って行ったが、多少は残っていた魔物もいた。
騎士達が何とかして退治するも、魔物に踏み荒らされた畑ではもう作物は期待できず、立派とは言えない建物はほとんどが魔物によって破壊の限りを尽くされていた。
当然この屋敷もほとんどの扉はなく、窓は壊され、天井から空を眺める事が出来る状態だった。
生き残る事の出来た私達は呆然としながらも、村人たちは一人、また一人と街で働く子供達を頼りにこの村を後にしていった。
残されたのはブルトラン人の私達だけでどうすればいいのか悩んでいる合間に最後の村人が着いて来いと言ってくれて、すぐ隣の小さな村へと連れて行ってくれた。
今度はブルトラン国とか身分とかも関係なく、ブルトランから流れてきた移民と言う形で村での居場所ができた。
祖母と兄と歳の離れた妻と、出稼ぎ労働者達。
私達を知っている人は誰もおらず、貧しさに国を逃げてきたと言えば、両国の紛争から縁遠い村の住民は若い働き手となる私達を快く迎え入れてくれて、しばしの平和を過ごす事になった。
だが今度は盗賊が現れた。
魔物と違い一人一人を確実に殺し、部屋の一つ一つを調べて残された金目の物を探す盗賊についに見つかり、私を見て『売れるな』とただそれだけを呟いただけで頷き合って襲い掛かって来た。
そんな外道に元騎士団のみんなは従者に連れて逃げろと言い、従者は母親と私の手を引っ張って穏やかで優しかった村での生活の最後を……
一人一人殺されていく光景を胸に留めるように泣いて謝りながら、でも追っ手を振り払いながら山奥へと逃げるのだった。
だが山奥に逃げたのは最悪の方向だった。
土地勘がまだあまりなく、どんどん進める道を進んだ結果、それは魔獣の暴走によってできた道を旅の業者が通っている道だと勘違いして、既に崩壊しかけた山間の村へとたどり着いた時はそこがハウオルティア国ではなくロンサール国だと言う事にすぐに気付けないでいた。
戦闘の爪痕こそ最近の物だったが、魔獣の暴走はすでに何年も前の出来事。
廃村に迷い込んだ事にはすぐに気が付けた。
人間との関係に疲れた私達は誰もいないこの場を見てすぐに決心が出来た。
打ち果てた村に私達は身を隠すように暮す事を決めた。
最悪な決断だとも気付かずに。
雨ざらしになった廃屋を直し、三人でも幸せな生活は僅かの合間だった。
盗賊から逃げてきたのは私達だけではなく、ハウオルティアの小さな村の住人が何家族と押し寄せてきたのだ。
森の中で薪を焚いて料理をしていた煙を目印にやって来たのだろう。
彼らはすぐに私達にすがってきて、私達もハウオルティアでの温かい受け入れの恩をここで返そうと彼らを受け入れたのが取り返しのつかない過ちになった。
彼らは私がブルトラン王家の娘だと知った途端、私刑にも等しい扱いを始めたのだった。
当然従者だった夫は勿論その母もブルトランの人間と言うだけで同じ扱いとなった。
始めに建て直した家を追い出され、村の火が届かないはずれにあった家らしき床と壁とわずかに雨を凌げる屋根の小屋に追い立てられた。
壊れた入口と窓、そして壁から子供達に石を投げられながらも既に逃げる意志を失っていた私達はただその仕打ちに耐えるだけになっていた。
もともと美貌で王の妻の地位に付いた母の娘だけあって、その美しい姿に村の男にひどい仕打ちを受けるのは想像に容易く、自分の身を、母と偽りの妻の身を精いっぱい守るだけの従者が逃げる事すら諦めたのは一瞬だった……
その頃にはカタリーナに同情して愛情へと変化した夫の逞しい身体はみるみると皮と骨だけの姿となり、苦労と私を守る為からか老人と見間違えるような姿へと変っていた。
私も同様に瞬く間に白髪だらけの髪は美しい漆黒のつややかさは無くなり、従者の母親もカタリーナを実の娘のように、そして大切な自慢の嫁のように、いつしかあの凍てつくような視線はそのように変化していたのが移住者達の気に障ったようで受けた暴力が原因で瞬く間に帰らぬ人になってしまった。
あまりのあっけなさに土を盛っただけの粗末な墓を目の前に呆然とするしかなかった私達はそれからも移住者たちに暴力を振るわれ続けて……
ある日一人のシアーと名乗る女性が現れる数か月ただひたすら耐えつづけるのだった。
「一体これはなんなんだ?!」
魔物に破壊され、そして魔物の巣となったボルシュ村はここ数か月見ない間に村らしい姿を取り戻していた。
そして驚く事に子供がいて、手習いの為の弓だろう。
いきなり矢を放って来たのはさすがに驚いたものの、あまりの驚きに爆風で対応してしまった為に子供は吹っ飛び、家も吹っ飛び、どこからか子供の親らしき大人がわらわらと集まって来た。
棍棒や錆びだらけの剣を構えて威嚇するもかつて聖女と呼ばれ、今では紅緋の翼の実質ナンバーワンのシアーには子猫を相手にする程度で、あきれ返ってかつての友人を真似てふっとばす事で彼らの実力を自覚させることにしたのだ。
シアーが管理するようになってからは表立った暴力行為はなくなったものの、総てに目が届くわけでもなく、そして言葉の暴力が目立つようになってきた。
言葉はカタリーナを蝕み、夫となった従者は猟に出かけた折に崖から足を滑らせたと言う。
その真実はシアーが調べても死人に口なしで真実は判らず、孤独となってしまったカタリーナは亡き夫と義母の帰りをひたすらあの家で、シアーの協力で形ばかり家として最低限に補修された場所で待ち続けている事にした。
「と言うのが前回の捜査の後からの出来事だ」
難しい顔をしてカタリーナの話しを語るシアーとそれを聞くルゥ姉とクローム。
俺とクレイは隣の部屋の片隅で俯き加減に立ち尽くしている彼女が気になり話は聞けど集中できないままちらりちらりと様子を見るばかり。
無残に短く切られた髪は形こそ整えられているものの白髪交じりのそれは俺と歳が大して変わらない娘とは到底思う事が出来ない。
シアーの監視の目を潜りながらこんな目にあった恨みを総てブルトランの王の娘と言うだけで向けるには彼女の小さな体では無理な話。
そもそもその恨みはブルトランの王に向ける物であって、少女へと向ける物ではないだろう。
「なるほど。
同郷のよしみとは言え胸糞悪い連中ですね。
いっその事死刑に出来ればいいのですが……」
「残念な事に死刑にまで値する事ではないんだよ。
良くて暴行罪、傷害罪、淫行罪、器物破損程度だ。
呆れるだろ?
それにここはロンサール。
法は適応しないし、私の一存で断罪するには夢見が悪くなる。
まぁ、好きにして良いんだけどね」
「さすが聖女。こんな時でも人の命を慈しみますか」
「あんたなら一瞬でやっちゃいそうだけど……」
「人聞きの悪い事を。
私としては彼らがしたように使えるだけ使って使い尽くす方法を考えますね」
「死ぬより辛いわね」
「彼らと同じ事をしようとしているだけです」
しれっと顔のまま紅茶を飲むルゥ姉の物騒さ加減にかなりのご立腹さ加減がうかがい知れる。
「とりあえずそんな所でしみったれた顔をしていると美味しいお茶もまずくなるのでこちらに来て一緒にテーブルに着きなさい」
ルゥ姉が隣に椅子をどこからかだし、新たなカップを取り出す。
俺はソーサーの片隅にドライフルーツを沢山練り込んだパンケーキを置けば、ルゥ姉の早く座りなさいと言うように机を指先でトントンとたたいた事でびくりと恐怖に身体を振るわせてガタガタ震えながら席に着いたのだ。
カタリーナがお茶を口にするまでお茶会は進まないので、カチャカチャと食器を鳴らしながらも何とか一口飲んだのを見守ってからルゥ姉もシアーも口を開く。
「改めてですがお互い自己紹介いたしましょう。
私はルーティア・グレゴールと申します。
これは弟のディック。
あちらの男性が年齢順でクロームと彼の甥のクレイ、そして壁際で寝ているのがエンバーです。
我々はロンサールの雌黄の剣と言うギルドに所属していて、そちらの依頼でこの地へと調査にまいりました。
そして予備知識としてお忘れになって欲しくないのが、こちらのクロームはロンサール国の元王子でクレイはロンサール国次期国王予定の息子になります。
そして我々は姉弟と名乗ってますが、ごらんの通り似ても似つかわない赤の他人で、私はディックの家で雇われていた医師の娘ですが、このディックは今ではハウオルティア国の唯一の王位継承権を持つ未成年の子供になります」
がたんっ!
可哀想な事にあまりの驚きぶりにカタリーナは椅子から転げ落ち、衝撃で傾いたカップが揺れて跳ねた紅茶を頭からかぶる事になり、やっぱりこうなったかと溜息を零すクレイと慌てて彼女を立ちあがらせようとするクローム。
「あんた絶対楽しんでるでしょ?」
「笑えもしなくなった人の所に幸運何て来ませんので」
誰がどう見ても怯えて震えているカタリーナに心の底から
「俺達じゃむりだ。諦めろ」
さっきとはまた色の違う絶望とした瞳が俺達を見上げるものの、こればかりはどうしようもないんだと誰ともなくそっと視線を外すのだった。




