雌黄の剣、紅緋の翼
「雌黄の剣」「紅緋の翼」と書いて「しおうのつるぎ」「べにひのつばさ」とそのまんまで読んでいただければ幸いです。
少ない荷物を持ってルゥ姉は近場の食堂へと足を運ぶ。
情報収集だろう。
ちなみに荷物の大半はルゥ姉のいわゆる魔力収納に片づけられている。
ほぼ手ぶらで楽だが、欲しい物はルゥ姉に言わないと出してもらえないのが不便だ。
ちなみに俺もやっとできるようになったが、収納できるのはフリュゲールで作ってもらった剣とハウオルティアでルゥ姉と作った剣だけ言う極狭収納スペースだった。
『訓練しだいで広くなりますので可能な限り常時まんぱんにしておくように』
と言われた。
常にいっぱいにしておくと少しずつその容量に馴染んで広がっていくと言う説明に風船みたいなものかと理解しておく。
イメージが大切な世界。
そんな発想でも魔術として確立すると言うのならそう思う事にしておく。
無限に広がる収納スペースと。
愛用の剣一本からフリュゲールの剣が一本追加できるようになったのは結構な収穫だと思う。
ちなみに死ぬと遺体の周りに収納したものが強制排出されるので変な物は入れておかない様にとありがたい注意を頂いた。
何でも昔、とても仲の良かった部下を戦場で亡くした時とんでもない性癖が暴露されて悲しむにも悲しめない状況を何度か経験したとかしないとか。
うん。気を付けるよ。
とりあえず今の所入れようにもそう大して入れる事が出来ないから愛剣といつでも捨てても構わないようなものを入れている。
なんとなく重量で入れれる気がしているので剣が二本入れる事が出来た今はいつの間にか小さくなってしまった靴が片っ方入っている。
まだ両足揃えて収納できない悲しき未熟の証明だった。
町の入り口にあった食堂はそれなりに繁盛している活気のある店だった。
色々な国の衣装が目立つ中俺達も元気な給仕姿の店員の挨拶を受けて壁際のテーブルへと着いた。
「いらっしゃい!みかけない顔だね。
この国は初めてなのかな?」
まっすぐストレートの長い髪の元気いっぱいの少女はメニューを置いて興味深げに聞いてくる。
「そうですね。
三日に渡る移動で疲れた所。どこか安全と信頼のお宿を探す所の前の段階です」
「み、港から三日で来るなんて……
ひょっとして仙斎の風ってギルド、使った?」
「ええ、そこそこの旅を提供していただきました。
料理は今一つだったので我々の食材を提供させていただきましたが、可もなく不可もなく、無難が適当な評価かと思います」
「相変わらず無茶してるねぇ。
三人ともそこそこの戦闘能力しかないのに馬車の運転だって乱暴なのに……」
「別にその所ははなから期待してないので問題ありません。
なので、足の速さを求める以上別にそんな所考えるまでもないでしょう」
「おねーさん割り切ってるねぇ」
「ええ、辻馬車だと7日と聞いてうんざりしましたので。
乗り心地の悪さや運転の乱暴さならもっと上を知っているのであれぐらい可愛い物ですよ」
確かにとフェルスの背中を掴まっての移動は半端ないスリルが蔓延していた。
いつ振り落されるかとか置いて行かれるのではないかとか道なき道を何故進むのかとか。
あれを慣れた今ではあれぐらいの揺れぐらい何とも思わないし、しっかりと個室になった馬車は安心感につながる。随分感覚がずれてきたなと修正方法は何だと考えながらも適当にメニューからいくつかの食事を頼めば、元気なウエイトレスさんは颯爽とした足取りでキッチンに注文を届けに行った。
この店は町の入り口のせいか他にも元気なウエイトレスの声が響き渡っている。
客人も街の入り口らしく少々ガラが悪い物の、でも犯罪につながるような部分は何もないのでこんなもんだろうとやがて運ばれてきた久しぶりの味の薄い薄味嗜好料理に俺もルゥ姉も顔をしかめるのだった。
無言のまま料理を何とか平らげて店を後にする。
周囲のように料理に舌包みを打ったりテンション高く昼間からエールなんて飲む気分にもなれなかった。
困った事にフリュゲールに滞在している間に随分舌が肥えてしまったと、美味い料理屋を探すか自分達で料理を出来る家を見つけるかとルゥ姉と悩む羽目になった。
ちなみに俺はユキトの能力でそこそこ家庭料理程度の自炊が出来る。
ルゥ姉は戦争時に部下と食べる戦闘糧食は毎度作ってたと言う程度。
口には出さないが兄貴情報で彼女の家の都合上ルゥ姉が一家の食事を賄っていた事は知っているので控えな情報開示には俺に調理をしろとの遠回しの言い方にちょっぴり涙が出そうになった。
そうこうしているうちにギルド紅緋の翼はあっさりと見つかった。
城を含む王都はそれなりの規模は在れどぐるりと所々崩れた外壁が囲むこの世界にはよくある街づくり成れど、それでもふらりと回って見つけれる位の大きさしかなかった。
あっけにとられて赤い旗がはためく紅緋の翼の本拠地を二人して見上げていれば
「どうなさいました旅のお方」
正面の扉を開け、俺達を覆うような長身の影と共に来ました。
悲しい位のイケメンイベントが発生しました。
今回は金髪長身の爽やかスマイルのルゥ姉と釣り合う年齢っぽいイケメンです。
うん。
俺そろそろ泣いていいかな……
だってここは美少女と出会うポイントじゃないかと……ひょっとしてさっきの食堂のウエイトレスがそうだったとか?
いや、ありえないだろう。
オリヴィアやアデラ、フランそして知り合ったばかりだがラトリオと俺の中では四大美人に指定している彼女らを見慣れた目ではあのウエイトレスはただの元気が取り柄の女の子にしか過ぎないモブキャラだ。
個性がない……じゃなくって、舌だけじゃなく目も肥えたなーとしゃがみこんでシルバーの頭を意味もなくなでてしまう。
ルゥ姉と謎のイケメンはそんな俺に小首をかしげたが
「こちらにガーネット・マダーがいらっしゃるとお聞きしましてお伺いしようとしていた所です」
言えば男は苦笑して
「居る事はいるが、ひょっとしてギルドに入りたいとか?」
「おや、既に見抜いておいでで?」
「よくある名物光景なので」
「それは良かった。話が早く進みそうですね」
そう言って俺を引きづりながらギルドに入ろうとすれば男は慌ててルゥ姉を止めようとするも、その男の手ごとルゥ姉はギルドのドアを潜ってしまった。
うん。
驚いた顔をしてるけどルゥ姉に常識を求めちゃいけないよと俺は服が汚れないようにおとなしくシルバーを抱えて自分の足でドアを潜るのだった。
「いらっしゃいま……せ?」
元気なドスの効いた声のつるっぱげのおっさんがカウンターに居座ると言う、普通は美人の才女、でも凶悪ツンデレというお約束をぶち壊してくれた上半身裸男はタオルを首からぶら下げている状態で、下半身はどうなっているか想像もしたくない。
そんなおっかない面の男が今出て行ったばかりの男が数分もせずに戻って来たのを疑問に持ちながらも部屋の一角へと視線を流す。
テーブルに居たのはルゥ姉とよく似た赤い髪の、でも豪快なウエーブを背中に広げるルゥ姉とは違う豪快な美人だった。
婀娜っぽい視線で俺達を見て真っ赤な口紅を引いた口元がにやりと笑う。
何かルゥ姉が進化するとああいうふうになるかなあとぼんやりと考えるも二児の母親はああにはならないだろうと否定する。
うん。
ならないでほしい……
女はふらりと立ち上がりゆったりとした足取りで俺達の所にやってきて
「クローム、あんたいつこんなガキに手を出したんだい?」
意味ありげに口元に笑みを浮かべれば
「先ほど数分前の事です。
見知らぬ地で戸惑っていた所を「どうなさいました旅の方」という何の捻りもない親切かどうかも見極めるには判断材料に乏しいナンパで知り合った所です」
ルゥ姉の思考回路にクロームと呼ばれた男は顔赤くするなり青くするなりと忙しそうだが
「貴方がガーネット・マダーですね?
初めまして私は……」
「断る。今うちはちょうどいい構成メンバーがそろっているからあえてこのバランスを崩すつもりはないよ」
「うわー、交渉の余地なしって奴だね」
あまりにも気持ちよいお断りの言葉を俺は思わず受け入れてしまうしかなかった。
「当然だ。
大体うちに入れるならここで骨を埋めてくれる奴以外お断り。
どうせここで強くなって国に帰るなり目的を果たしにどこかへ行ったり、人一人育てるのに一体どれだけ手間暇金がかかるか本当にわかってるのかい?」
「なるほど。
ボランティア活動はしていませんでしたか」
「慈善団体じゃないんだ。
うちは他じゃ手の付けようのない魔物を相手を専門にするスペシャリストってのが売り。
小奇麗なお嬢ちゃんと童貞の坊やはお断りだ」
「この子はまだ14歳なので体験済みだった方が姉としてそこの所は詳しく聞かないといけない話ですが、そう言う事なら諦めるしかないですね」
ふー、と疲れたと溜息を落とすルーティアはくるりと首を回して
「と言う事でクローム・フロスでしたね。
雌黄の剣へのギルドに入りたいと思います。
少々戦闘訓練も兼ねてますので魔物討伐をさせていただければと思います」
よろしくお願いしますとルゥ姉が手を差し出せばクロームは顔を顰めて
「うちは来るもの拒まず去る者追わずだから構わないが、魔物討伐希望となれば命の危険がある。
実力を測る為に試験をするが?」
「命は大切ですものね。
実力を見てくれるのならそれこそ願ってもない事。
私達長い事フリュゲールに居たので魔物討伐とは縁がなくて……
自分の今の実力を知るにはちょうど良い機会。
私ルーティアと弟のディータ共々よろしくお願いします」
眩暈がしそうなくらい丁寧なルーティアの言葉に色々と理解が追いつかなかった。
言ってる事は正しいが、魔物討伐はガーランドで討伐ではなく駆除と言う言葉で魔物をばっさばっさと殺してきた。
海に魔物が出れば訓練だと海まで呼ばれて何度か溺れかけた。
精霊フリューゲルの加護は陸地のみだから海は面白いほど魔物がいる。
普段は聖獣のヴェラートと言うリヴァイアサンが締めているらしいが、何分忙しいとか海軍の訓練の為にとか何とか言って放置しているらしい。
なので、魔物が出ない事で有名なフリュゲールの為に海の魔物の事はあまり話題に上がらず、実は海洋国家としてそこそこ発展しているらしい。
何故海の魔物の事が有名にならないかは漁の延長としている為に討伐とか駆除とか言う目で見ないからだとさ。
うん。魔物の肉美味しいからね。
陸上の蛋白源が限られている以上海の魔物は御馳走で、それを気にいったルゥ姉は市場の価格が崩れるくらいばっさばっさと切り倒して……
よって、魔物討伐と言う文字を認識して居いないという酷い事実だった。
「じゃあさ、一応うちらからの紹介って事でここで入隊試験、やっていきなさい。
あたしも二人の実力見たいし。
文句はないだろクローム?」
面白い事見つけたと言わんばかりに笑う視線にクロームはうんざりしながらも拒否はせずに
「試験官はガーネットの所から借りれるんだろうな?」
「ああ、エンバー出番だ」
「はあ?俺かよ……」
予想外と言う驚きの声はこのギルド内から声が上がり、その声の主へと視線を送れば窓際でこの様子を眺めていた年の頃は十代後半だろうか、少し気だるげな、でも視線の鋭い若者がめんどくさいと視線でガーネットに訴えていた。
「なーに、最近退屈してただろ?
ロンサール以外から来た奴らの戦い方を勉強する機会だ。
それに勝負何て関係ない。
クロームが二人の戦闘技術を見るだけだから、遊ぶ程度に技術を引き出せばいいさ」
「それが一番難しーってって言うか、お前幾つだ?」
頭一つ半上からの視線を見上げて14歳と言えばきゅっと眉間が狭まる。
「14ってガキだろ?
ほんとギルドに入れていいのかよ」
文句を言うエンバーに俺は中身はもっと年上だよーと心の中で突っ込むも
「エンバーがギルドに入ったのは13だろ?文句言える立場じゃない」
「時が時だっただろ……
今は急いで入隊させる時代じゃないよな?」
「それは向こうの都合だ。
とりあえず命令だから、さっさと準備をして裏庭にきな。
それともあたしが暴れた方がいいかい?」
「じょーだん」
止めてくれとようやく重い腰を上げてくれた。
命令は絶対なのか、しぶしぶとエンバーと呼ばれた若者はルゥ姉と同じように何もない空間から剣を取り出して、ひょいと肩にかついで重たそうな足で誰ともなく裏庭に続く扉を潜るのだった。
俺達もクロームに案内されて裏庭へと案内されればそこには野球場の内野程度に広い煉瓦張りの地面と申し訳程度のレンガを積み上げた壁があった。
「あんたらの準備は?」
ガーネットが俺達に早速始めようと声をかける。
俺もルゥ姉も剣と杖を取出し
「我々はいつでもかまいません」
「なら早速始めよう。
面白い物が見れると期待してるよ」
口元は既に笑いが堪えないと言うように歪むガーネットに悪気がないんだと何故か謝るクロームにシルバーを預ける。
「悪いけど、悪戯すると困るんで」
そう言って渡せば片翼の獣を魔物かと思い警戒するも、フリュゲールの妖精ウェルキィのシルバーですと簡単に紹介すれば愛想よくワンと吠えた所で謎の生き物に警戒する程度となり、ひとなくこっく甘えるようにクロームの手を潜っていつものポジションに着く。
後ろ脚を肩にひっかけて立ち上がり、前足で頭をがっちりとホールドする肩車状態に誰ともなく視線を反らし肩を震わす。
イケメンにぬいぐるみのようなウェルキィの子供のトーテムポールについにどこからか笑い声が溢れてしまっていた。
うん分かる。
この人こういうキャラっぽくないよねとシルバーにいい仕事したと心の中で褒め称えておく。




