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出立の日、別れの日

フリュゲール編はここで終わりです。

旅は続きますのでどうぞお付き合いください。

「おやおや、今日はこちらでお休みでしたか?」


声を掛けられて瞼が持ち上がる。

ゆっくりと顔を上げれば口の端から涎が一筋……を、ルゥ姉にだらしがないと視線で窘められてしまう。


「ルゥ姉は帰って来たんだ」

「朝になったら起きて、身だしなみを整え食事をし、仕事に出かけるは私の中では至極当然の事です」

「俺は……」

「旅の準備で忙しいからと仕事は終わらせてもらったのでしょ?」

「あー、これ、配りに行かなくちゃ」

「まだ作ってたのですか?」

「そりゃあ……まぁ……」


お世話になった人の数だけは最低限作ったのだが想定外と言う言葉がある以上少し予備を作っておきたい。

まあ、そこん所はルゥ姉は理解できないと顔をゆがめるだけで深く突っ込まないので曖昧なまま終わらせたのだが


「じゃあ、まずは一番にランからだ!」

「今ならまだ学院に行く前なのでお急ぎなさい」

「だな」


たぶんブレッド達も一緒にいるだろうと作った机の上に並んでいるミサンガを手にし、ルゥ姉に先に行っててと慌てて着替えるのだった。

ルゥ姉から遅れる事パン一個分の時差で遅くなってごめんと謝ってから食卓に着く。

ランは今日も一生懸命美味しそうにご飯を食べる隣に座りジルから紅茶を貰う。

暫くの間黙々と食べている中ちらりちらりとルゥ姉がいつアレを渡すのと視線で訴えてくる。

食事中に止めてよ。

ほら、カンの良い人達が気付いちゃったと何やら俺をニヤニヤと見るブレッド、アルト、ジルの視線にもう少し待ってろとハムを大きく齧って飲み込んで、紅茶で口の中を注ぐ。

パンもスープもランの食事のペースに合わせてあわてて進め、アウリールの謎の調理技術を堪能する間も無く食事を終わらせるのだった。

あのドラゴンに塩の使い方をちょっと教えただけで格段に料理の腕を上げやがってほんとうに長寿の戯れって意味不明だとおもいつつもそれより美味いあのガーリンの料理食わせたら絶対弟子入りするとか言いそうだよこのドラゴン。

なんた事を考えながらお茶を飲み終えた後姿勢を正す。

ニヤニヤとしている大人四人も姿勢を正せばさすがにランも何か気付いて姿勢を正す。

何が起きるかは全くわかってないような顔だけどそれはその他も同様。

何が起きるのか判ってるルゥ姉だけが余裕を持ってお茶を飲んでいた。


「ええと、忙しい時間なので手っ取り早く巻で行こうと思ってます。

 フリュゲール行きの船でランに保護してもらって4年が経ちました。

 無事予定通り生き延びて、それなりに知識と剣の技術を教えてもらい、出会った頃にはなかった戦闘力を上げてもらってそこそこ生き延びる力が出来たと思います。

 だけど、俺が15歳になるのを待ってのブルトランへの復讐はここでは学べない事を学ばなくてはいけないので、予定通り3日後にはルゥ姉とハウオルティアの隣国、ロンサール国へと出立します。

 長い間お世話になって何も返せないのが心残りだけど、それは出世で返せたらと思ってます」


無事ブルトランを打ってランの精霊騎士としての願いの手だすけが出来ればと伝えれば、ブレッドが期待してるぞーなんて気合いのない声でエールをくれる。


「そんなわけで、旅立ちまでの時間もどんどん少なくなっていく中、後どれだけそろって食事をする事が出来るのか両手で数えるだけとなり、他のみんなにも顔をどれだけ合わせられるか残りの時間との勝負。

 なので、思い出にみんなにプレゼントを渡したいと思います」


やはりテレからか余計なスピーチを随分と混ぜてしまえば「長いぞー」とアルトのヤジにみんなで苦笑。煩いなとアルトのプレゼントは一番最後だとまずはとランと名前を呼ぶ。


「何作ってるか知ってるし、ランからの提案だから判ってると思うけど、俺がこっちに来て初めて作った奴なんだ。

 久しぶりに作って凄く不器用な出来になったけど、一番最初に作った奴をランに貰って欲しいんだ」


はい、とその手にミサンガをくくりつける。

これでもかと言うくらい目を見開いて、これを作ってたのをすぐそば見てたはずなのに初めて目にするような喜びにこっちの方が照れてしまう。


「これは自然に切れたら願いがかなうみたいな縁起担ぎみたいなもので、実際願いが叶ったって言う人と出会った事はないけど願いを忘れないようにする印みたいなものだと思って欲しい」

「えー?

 じゃあ、切れちゃった方がいいの?」

「切れたら新しいミサンガと取り換えっこすればいいさ」

「え?!やだよ!ディがこっちに来て初めて作ってくれた……のに……」


言って暫くの間ランはミサンガを見つめる。

何やら思い出したようで間抜けにもぽかんと口を開け、それから何か納得できたように満面の笑みを浮かべる。


「僕絶対大切にする。紐が切れてもまた直して大切に使うよ!」

「そこまで大層なもんじゃないから、切れたら小さな袋にでも入れて持ってる方が失くさなくていいかも」


お守り袋も必要だなと苦笑。

ブレッドにジルにアルトにも渡すも騎士団の仕事に腕に付けるのはあれだからと結ばずに手渡す。

途中ルゥ姉が使っている石に目を止めて唸りながら難しそうな顔でジルのミサンガを見ていた。


「所であれは……

 いや、まさかね……」


魔石に詳しくない俺と、まったく価値観のわからないランのコレクションを失敬するならトリアに少し教えてもらえばと反省をしておく。

ルゥ姉の審美眼に引っかかる物の正体に冷や汗も、トリアとまた会う事があればそのうち聞いてみるかと楽天的に考えておく。

なんせ再会を願っての思い出なのだから。

未だに嬉しそうに手首を眺めているランにブレッドがそろそろ準備しないと遅れるぞと背中を押した所で朝食の場は終わった。

慌てて学院に向かう準備をするランを見送り俺はアルトとルゥ姉に二人の子供にも作った事を伝えて二本のミサンガをアルトに手渡す。

直接渡さなくていいのか?とアルトは言うが、小さい子供にこの石を飲み込まれたらちょっとと言うか、魔石を口にしたらどうなるのかと考えればルゥ姉は頭が痛そうにアルトに預けましょうと決断。しゃぶられてかぴかぴになるしかない運命の物を想像すればアルトだってそうだなと頷くしかない。

それから俺は二日酔いで頭痛そうな騎士団の方々に挨拶しながらいつも顔を合わせていた事務方の人達にミサンガを送る。

その足で元老院の方に向い、ブルクハルトや、前アレグローザ公達にもミサンガを渡す。

結局体が弱くて領地から出てこれないと言う現アレグローザ公には一度も会えなかったのが……

コンプリート出来なかった悔しさと言うか、レアエンカウントが発生しなかったと言う悔しさと言うのか、まだ見ぬ相手の顔を拝んで見たかった好奇心もあったが、ブレッドはそんな期待する相手じゃないぞと言うあたり、判っていても見たみたい好奇心は最後まであった。

地元に戻っている為に会えなかった四公八家の方々はもちろん、隣国の王様にもレツの手紙と共に送ってもらったりと最後に会えなかった人が意外と多かった半面、いつの間にか増えていた知り合いの多さに驚くしかない。

用意出来たミサンガの数は何とか足りたが、ユキトの世界のように刺繍糸で作ってたらとてもじゃないけど間に合わなかっただろう。

細いとはいえ皮ひもの太さに助かったな、いつの間にか再会を願うお守りみたいな広まり方に驚きは隠せなかったが。

と言うか、紐が自然に切れるくらいには再会できると言う俺が一度も言った事のない言葉が広まっていてどうしようかとブレッドに問うもそんなの知るかとのお優しい答えだけが返って来た。

と言うか、これ切れるのだろうか……

当面は切れませんねと笑うジルはティルルには簡単な物で良いので首飾りにしてくださいと言われて彼女の首に太めの皮ひもで編んだものが飾られている。

それを見たアルトもそれならヴィンにもとお揃いの紐が飾られている。

首輪と言う概念が生まれた瞬間でもあった。

やがて契約した妖精達にこうやって首輪をし、そこに契約者の名前や妖精の名前、住所などのタグをつけられるなんて今は誰も想像しないのだろう。

着けられて未だ慣れない二体は取ってくれーと前足で懸命に取ろうとするも、悪いがランによって簡単に取れない縛り方で縛ってもらったのだ。諦めろと耳の後ろをひっかくようにして撫でてご機嫌をとる。


「ディック、そろそろ準備はよろしいですか?」


先に荷物をポーターに運び込ませたルゥ姉と最後にお別れと言うように二人並んで見送りに来た一同を見渡す。

ランをはじめアルト、ジル、ブレッド。

出航の港を取り仕切るイゾルデとその副隊長さん。最後まで誰も名前を呼ばなくても副隊長さんは山ほどいるのにこの人に通じるあたり謎な人だと考え深げに思ってしまう。

主だった人物達とはすでにオルトルートでお別れをして来たので、最後まで見送りに来てくれた彼らに改めてルゥ姉は告げる。


「これからロンサール国に向いディータの15歳の誕生日を迎えた後にブルトランを打ちに向かいます。

 今までこのような充実した日々を送れるとは国を出た時には予想もしてなくて、フリューゲル王には感謝しかありません。

 ですが、私達は既に茨の道を歩むと決めた者。

 二度とお会いできるとは夢にも思わないでしょう。

 そのような私達に今日までの援助を、返せない恩をありがとうございます……」


歯を食いしばり、涙をこらえて凛とした姿勢で笑みを浮かべ感謝を述べるルーティアの強さに俺も涙をこらえて俯かない様に背中に力を入れてこんな時まで強がらなくてもと視線で語るみんなの優しさをきっと俺は忘れないのだろう。


「それでは」


「さようなら」とも「また」とも繋げずに船に乗り込むルーティアの背中を追いかけて俺も船に乗り込む。

強く握りしめているアルトの拳に寄り添うヴィン。

まだ何かできたはずだとここに向かう直前まで船の中でもと宿題を作ってくれたブレッド。

フリュゲールでもお世話になった湿布や薬を詰め合わせて持たせてくれたジル。

そして……


強い海風に胸元でランが作ってくれた首飾りがふわりと揺れて。

お守りと言って渡してくれた首飾りが首元をとんとんと遊ぶ。

今日の朝も剣での訓練の相手をしてくれて、こうやって俺の無事をひたすら願ってくれた王様の願いは純粋な物ではない。

だけど


デッキから四人と二体を見下ろす。

国を逃げ出してからずっと一緒だった人達。

俺が異世界から来た人間だと知っても態度を変えなかった人達。

許されるのならずっと一緒に居たかった。

願わくば、いつまでも家族として一緒に暮らしたかった。

でもそれは目標があっての俺だからこその優しさで、でも下心だけじゃないのはとっくに知っていて


「ラン!」


船の上から大声で叫べば周囲の喧騒に呑み込まれながらも何とか聞こえたようで俺を見て手を振って笑っていた。


「絶対、会いに、フリュゲールに来るから!」


未来を語る。


「その時はまた剣の相手をしてくれよ!」


望む未来は些細な事。


「また来るから!」


隣で驚くルーティアが俺の肩を抱き寄せる。

ルーティアに課せられた使命と遂行させる残酷な命令を受けた彼女は静かに涙を落とし


「その時は私も一緒です!」


力強く吐き出すような、でも小さな言葉は俺の耳にやっと届く程度だが確実にみんなにも届いただろう。

四人の視線がルゥ姉に集まり出航間近の喧騒の中いつまでも待ってると届いたアルトの声にルゥ姉はついに崩れ落ちて泣き出してしまった。

俺は大丈夫と手を振ればアルトが心配げに一歩と足を踏み出すもそこまでで止まっていた。

船に上がるタラップはなく、ゆっくりと船は動き始める。

こんな別れは最初から分かっていた。

だけどこの自然な成り行きはどうしようもなくて、見ている俺達はただ歯がゆくて。


「ルゥ姉、絶対またフリュゲールに、胸を張ってあいつらに会いに行こう」


たった二人でブルトランに戦争をけしかけるのだ。

たった一人で戦争に挑み勝った者もいるこの世界。

希望はある。


「俺達はこれ以上大切な物を失わない為に生きぬくんだ」




やがて港も遠くに見えた山々も水平線に隠れてしまって一面の穏やかな海を眺めた後ルゥ姉の手を引いて部屋へと向かう。

フリュゲールに来た時と似た特等客室で、老齢の執事が部屋の前で待ち構えていた。

泣き腫らした目でも毅然として顔を上げ、執事の身分を確認し、室内に入るなり荷物の片づけを命令する。

執事はルゥ姉の泣きつかれた姿にまずハーブティーを入れて、寝室を整える中、俺は自分の荷物に見覚えのない鞄を見つけた。


「なんか知らない鞄が紛れ込んでる……」

「そうでしたか、こちらの不手際です。

 ですが、こちらの鞄にはグレゴール様の客室番号の札が付いておりますが……」

「悩むよりもまずは鞄の中を確認しなさい。

 中身次第で考えを改めましょう」


窓際のソファにゆったりと座り、久しぶりの海を眺めながらハーブティーのカップを傾けるその指示に俺は鍵のついてないいかにも怪しい鞄を開ければ中から何かが飛び出してきた。


「グレゴール様!」


執事が俺の体を引っ張るよりも早くそれは俺に飛びついてきて……


「わぁうんっ!」

「シ、シルバー?!」


俺の胸に飛び込んできて、ペロンペロンペロンペロンペロンペロンペロンペロン……

と、まぁ……熱烈歓迎を受けて執事さんもルゥ姉もあっけにとられるのであった。


「そちらは?」

「フリュゲールの妖精のウェルキィの子供でシルバーって呼んでる」


これが、と初見なのかあっけにとられる執事だったが、俺の顔に張り付いて舐めまくっているシルバーを何とか引きはがそうとしていれば


「グレゴール様、鞄に手紙らしきものが……」


驚きに目を白黒とする執事からいかにも上質な封筒に納められた手紙を渡してもらう。

封筒にはディへと書いてある所文字と言い、おそらくランだろう。というかラン以外ありえないと一緒に勉強した仲間としてランのどこかまだたどたどしい文字は見間違える事はない。

手紙を取出し内容をざっと読む。

その後ルゥ姉が「何て?」と聞くので痛くなる頭を押さえてたった一枚の紙にたった数行の文章。

考えるのもばかばかしくて手紙をルゥ姉に渡す。


『ディへ。

 シルバーがどうしても君について行きたいと言うからフェルスにばれないよう鞄に隠してみました。

 見たとおりお荷物にしかならないけど、良かったらこの子に世界を見せてあげて下さい。

 ランセン・レッセラート・フリューゲル』


「確かにお荷物にしかなりませんが……」


言いながらルゥ姉は俺に張り付くシルバーを力任せに剥がす。

思いっきり首筋にひっかき傷が出来てしまった……

首の皮をむんずとつかまれて無抵抗におとなしくなってしまう可哀想な習性だが


「まぁ、よろしいでしょう。

 ですが旅は道連れ世は情け。

 貴方の食費やこれから支払わなければならない船の追加料金、ひょっとしたらこれから向かう国では貴方の入国料も支払わなければなりません。

 貴方にはそれだけの資金をお持ちとは思えませんので、体で支払ってもらう事にしましょう。

 貴方程度の毛皮ではとてもこの旅の旅費には足りません。

 そんなに怯えないでください。何も取って食べようとしてるわけではありませんので。

 ええ、簡単な事です。

 貴方もディックと一緒に来たいと言う程度に信頼をお持ちなのなら妖精らしく契約してくださればいいのです。

 安心してください。

 もしフリュゲールに帰る事が出来てフェルスに怒られるような事になれば私も頭を下げて謝りましょう。

 希望があれば契約解除もディックに説得して見せましょう。

 悪くない話でしょ?」


どうします?と魔女らしく笑みを浮かべての話の内容にシルバーは息をのむもパタパタと羽根を動かして俺の顔の正面まで浮かび上がる。

ブレッド曰く、ウェルキィはどの個体も空を飛ぶ能力を生まれた時より持っているが、この能力が固定化する前はこの羽根で飛んでいたらしい。

片翼の妖精達は必要性の無くなった翼の名残の姿だと言う。

聖獣達は妖精達と比べるとの圧倒的な寿命差にその姿の変化がまだ表れてないと言う。

もっとも両翼の妖精は居る事は居るのだが、翼が成長しないと言うオプション的なパターンもあり、りっぱな翼がアピールポイントになる種族としては末期と言うか、新たな種族として確立した方がいいのかもしれないという説明を思い出していた。

ぱたぱたと羽ばたくのはその名残だと言うシルバーだが、出会った頃から気持ち大きくなったような気もしないのがそれだけ長命な種族の証拠で、フェルスの年齢が一体幾つか考えてしまうもアウリール曰くガキと言う事なので、千年過ぎてもまだまだ若いのかとその長寿ぶりには呆れてしまうしかない。

ぼんやりとそんなやり取りを思い出していればまたベロンと顔を舐められた。

ったく、こいつ舐めるの好きすぎるだろうと思いながらも


「無事フリューゲルに帰るまでが契約だ。

 シルバー、これからよろしくな?」

「わんっ!」


勢いよく返事をしたシルバーはふよふよと宙を泳ぎながら俺の頭の上でポンと羽を休めるのだった。

だけど俺はむんずとシルバーを掴んでソファーへと投げ出す。


「ティルルからも言われてるんだろ?

 空を飛ぶ練習は今以上にきっちりとしてもらうからな」

「くうーん……」

「甘えてもだめだ」


言えばソファーの下へと隠れてしまう。

そんなシルバーに執事さんは何かいいたげに俺へと目配せをするが俺はジルからこいつらの生態を教えてもらっているので胸を張って気にするなと言う。


「こいつらこう言った狭い所が好きなんだ。

 だから、椅子の下とかベットの下に隠れているかもしれないが驚かないでもらえると助かる」


そうだと鼻を鳴らすシルバーのおかげでルゥ姉はやれやれと頭が痛いと指を添えながら 


「シルバーの乗船許可を遅ればせながら船長に許可を貰ってください。

 なにか目印になるようなものがあれば頂いてくのも忘れないように。

 ディックはシルバーに首輪を。保護者が貴方だと言う事を判るようにしてください。

 私は少し休みますので食事の時間になったら起こしてください」


そう言って箱から小さな袋を取り出せば俺へと渡してくれた。

それは不純物の混ざる緑色の石が輝くシルバー用の首輪で、石をはめ込んだ金属のプレートにはシルバー・グレゴールと名前の刻まれた名札になっていた。

こうなる事は判っていたと言うか、この選択以外考えてないと言うような準備の良さにはもう笑うしかない。

勿論小さな袋の中にはシルバーの食費なのかいくつもの魔石がごろごろと入っていて……


「ルゥ姉、ほんと俺の兄貴には頭が上がらないよ」

「何を今更」


そう言い残してベットルームへと消えたルゥ姉の姿を確認したのち


「早く船を見て回りたいから許可を頼むよ」


初めて船に乗った日。

俺の一生を左右するだろう出会いがあった冒険の始まり。

同じ事が続くとは思ってない物の部屋の中に閉じこもってる理由はどこにもない。

初対面の時の暗い表情は俺達にはすでになく、この一連の出来事を見て笑みを浮かべていた執事は恭しく頭を下げて、俺にお茶の準備をしてから部屋を去るのを今は不思議と普段の日常の中のような穏やかな気持ちで眺めていた。

―――それが彼の正体―――



レツがウィスタリアの工房に来たのは前回から15日ほど、涎を垂らす少女と出会ってから2度目の訪問だった。

窓を開け、埃っぽい空気を入れ替え、シュネルはお気に入りの梁の上で羽を休め、フェルスは出かけてくると既に姿はなかった。

フリュゲールが家だとしたらこの大陸全域が庭だと言う行動範囲の広い彼らはこのウィスタリアにも知人がいるようで挨拶してくると出かけて行ってしまった。

もっともアウリールを呼べばいつでもどこからでも瞬時にやって来るので不安も何もないのだが、防犯やら掃除やらいつもなら誰かがやってくれている物を1人でやるのは大変だとは思いつつも自分のこの小さな秘密基地の生活は楽しくてしょうがない。

それがたとえ黙認されている我が儘であっても、それを許してくれているブレッド達には感謝が尽きないでいた。

埃を落し、窓を磨いて床をモップで綺麗にして今日も簡単に家の掃除を終えればお楽しみのガーリンの食堂へと向かう。

ギルドカードを入れた財布をポケットに入れて小さなカバンを持って歩いて一分の所に在る食堂の扉を潜れば相変わらず美味しそうな匂いと賑やかな喧騒に満ちた世界が広がっていて、お目当ての人物をすぐに見つければ挨拶をする。


「トリア久しぶり!」

「レツ!相変わらず元気そうだね。

 とりあえずランチでいいだろ?」

「うん、お願い。

 後、頼まれていた奴で来たからここで渡してもいいかな?」

「ああ、じゃあ先に貰っとこうか」


メニューと焼き立てのパンとサラダをレツの前に広げる間にレツは鞄から布に包んだものをいくつか並べ


「今日の追加は鳥のクリーム煮にするよ!」


しっかりとメニューも確認していた。

トリアが大声でメニューの追加をガーリンに伝えれば、食堂の中は一気にレツの周囲に人が群がる。


「今日のアイテムは何だ?」

「って言うか、トリアももったいぶらずに早く見せてくれよ」

「ったくお前らは……

 これは依頼された物なんだよ?」

「見るだけならただだろ?」

「眼福眼福」


周囲の注目が集まる中、トリアが5つの依頼の内の1つ目を確認する。

いわゆるバングルで、サイズは既に計り、依頼主の希望通りに腕にぴったりと装備されるデザインの通り模型に嵌められた状態になっていた。

ちなみに今回一番の大物である。

持ち込まれたワイバーンの皮にこんな感じにと言う簡単なデザイン画と見比べ、はめ込まれた石の具合とか、縫い合わされた縫い目の状態とか細かくチェックをしていれば


「これなら相手方も文句言えないだろうし、一生使える良い物になるだろうな」

「カロン!」

「よう、早速噂を聞いて駆け付けたぜ。

 トリア、こいつは俺の眼からもお墨付きだ」


いい物作るようになったなあと感心するカロンの目はそれでも職人の目だ。

あの辛口で滅多に褒めないガエルとうり二つと定評のある一番弟子が素直に褒めるしかない以上本当にいい物だろうとトリアは信頼するしかない。

実際トリアの目からも文句なしなのだ。

意見も合わさった所で次の依頼の品の検分をしようとしたら……


「レツがいる。本当にレツがいる……」


入口の所で一人の女の子が感極まったと言わんばかりに涙ぐみながら持っていた鞄をぽとりと落とした。

誰ともなく入口を見れば


「おや、ラトリオじゃない。

 10日ごとに来たかいあったじゃないか。

 ほら、本物のレツだよ」

「本物のレツって……」


なにそれと言う間もなく誰ともなくレツの作品を持って別のテーブルへと移動する。

何で移動するの?と突然の展開を理解できないレツはきょとんとした顔で見送っていれば


「レツ!会いたかった!!!」


ラトリオが駆け寄ってきて隣の椅子に座ったかと思えばレツを抱きしめていた。

何を突然?!と思いながら目を白黒としつつもレツは冷静に机の上に在ったパンを手に取りとにかく落ち着けとラトリオの口へと突っ込む。

ブレッド達と出会った頃勉強を習っていた時覚えきれなくてパニックになっていた頃パンではないが小さな甘い果物を口の中に放り込まれて落ち着けとされてた事を思い出し、残念な事にパンしかないテーブルではそれに頼るしかなかった。

僕のパンだったのにと涙を呑んで物凄い勢いで咀嚼していくラトリオを眺めながら


「落ち着いた?」

「ええ、もう少しで死ぬかと思ったわ」


だろうなとすぐ隣の集団の一角から呆れた声が聞こえるも聞こえなかったふりをしておく。

正当防衛だもん。僕悪くないもん。

とりあえず心の中でそんな主張をしておけば、ラトリオの背後にエリアスさんが立つ。

主従は同じ席に座らないらしいが、その場その場に合わせて許可を貰わずに場に合わせて行動してほしいとのラトリオの指示に食事はなるべく一緒にすると言う。

今は食事の場ではない為、護衛として背後に立っているのだろう。


「前に来た時だけど工房に私の魔道具置いてあったの見てくれたかな?」

「魔法剣だよね?

 魔力のない僕でも自由に剣を取り出せたり片づけたりできてすごく便利!

 ほら、今も使わせてもらってるよ」


そう言って右腕を飾る魔石で出来た腕輪を見せる。

ラトリオの技法ならでわの美しい石は、3つの石の切り替えの部分で嵌めたりする事が出来る。

それを見せれば嬉しそうな顔をして


「よかった。石の製造は得意なんだけど、腕輪にしたり、ペンダントトップにしたり、加工って言うの?私どうも苦手で……」


真実味が増すかのようにラトリオの背後で神妙な顔でエリアスが頷いている。

何か大変な事が起きてたのかと察してそれ以上は突っ込まないようにしておいた。


「だからね、この間好きに使って良いよってメモを残してくれていた魔石でアイテムボックスみたいなものを作ってみたから、持ち運びしやすいようにレツに仕上げてもらいたいかな……なんて?」


言いながらも可愛らしく小首を傾げて両手で黄色がかった白の細長い石を見せてこれなんだと照れながらも披露する。

会話を隣にいる面子が聞き逃すわけがない。見逃すわけがない。

隣でぎょっとした顔が二人を見つめるが二人とも華麗なまでに気付いてないのをエリアスだけが知っていた。

ハイクラスの魔法使いになれば自分の魔力空間にアイテムを片付ける事が出来るが、まだ未熟だったり、それほど収納できない個人差だったり、便利グッズとして一般にもかなりの高額で滅多に出回らない物でもあるが、流通している以上タイミングさえ合えば誰もが欲しいアイテムベスト3に挙げられるくらいの人気商品だ。

そんな希少アイテムの作り手となれば誰もが見逃すわけがないのは仕方がない事でもある。

トリアを筆頭に全員でレツを羨ましいと眺めていれば


「じゃあ、早速作りに行こうか。

 ガーリン、お金此処に置いておくね。

 悪いけど僕とラトリオとエリアスにお昼を持ってきてもらえる?」


聞けば了解と手を振りかえしてくれるのを見て金貨を1枚置いて行くのをラトリオとエリアスは目を点にしてみていた。

ここのランチは大体銀貨一枚で食べる事が出来る。

その10倍となれば三人の食事としては多すぎるのは誰の目に見ても判る事だが、金貨を置いた手でそのままラトリオの手を引いて店を出るレツに誰もが茹蛸寸前のラトリオに同情しつつも生暖かい目で見送り溜息を吐く。

お嬢ちゃん頑張れと。


それから数時間過ぎてレツとラトリオ、エリアスはまたガーリンの店にやって来た。

食器を下げればガーリンからレツは昼食のお釣りをもらっていた。

こういうシステムかと二人は感心しながら周囲はレツの腕輪に先ほどの黄みがかった白い石が付けられると言うカスタマイズをだまって見ていた。

3つの石の内の1つがラトリオがさっき見せていたアイテムボックスに変っていたのだ。

メインの大きな石が剣を収納している物で、残りの2つは機能性のデザインだったらしくその一つを変える形で作り直したのだ。

ちなみに取り除いた石はラトリオの腕輪となっていた。勿論前にプレゼントしたと言う首飾りのお花と同じモチーフを使っている。

魔石がただの宝石ではないのでそれだけでもかなりのお守りだろうが、レツが作りなおしてプレゼントしてくれたと言うのが彼女がさっきからニコニコとしている原因なのだろう。

周囲はリア充めと冷たい視線を流すも、密かにレツ狙いだった女の子達の嫉妬交じりの視線は半端ない。

強い者がギルドでは絶対の勝者だがレツは別枠だった。

何せ持ってる資産が桁違いなのだ。たとえレツの中ではただの石ころだとしても。

ギルドでなくてもレツは男女問わずもってもてだった。資産目当てと言う限定が付いているがそこはトリアが目を光らしているから心配はない。

もっともレツの中の彼女達とラトリオは同列で、冷静に観られる周囲だけがこの事実を知っていて、他人の恋愛に口を挟まない程度の良識を心得ている大人は生暖かい視線で口を閉ざしていた。

ただのめんどくさがり屋ではないと思いたい。

だけどトリアはちゃんと見ていた。

護衛のエリアスの腰に佩いている剣が鞘からメンテナンスをされていた事を。

鞘の先端を覆っていた金属が取り換えられていたり、剣の柄についていた罅の入った宝石が取り換えられている事にエリアスにどういう事だと視線で伺うも、ただ彼は俺に拒否権はなかったんだと情けない顔をするだけ。

まあ、そんな事だろうと思っていたが、三人はお茶とケーキを頼んだようだが何やらまた一人エリアスを取り残しておしゃべりを楽しんでいた。


「所で前に居たユキトだっけ?

 どこに引っ越したの」


ふと思い出したかのようにラトリオが何気なく聞いた一言にレツが初めて連れてきた同年代の友達を思い出せば


「ロンサール国だよ。

 ユキトの姉の知り合いを頼って行っちゃったんだ」

「ロンサール国って、5年か前に魔獣大暴走があった所だろ?」

「最近になってやっと復旧が進んだんだっけ?」

「って言うか、まだ魔物が跋扈する状態だって聞くが?」

「ああ、時折討伐依頼が来るな」

「王族ももう女王と三男が一人、二男は王族を抜けたとか」

「長男は魔獣大暴走の時に亡くなったんだっけ?」

「ああ、でも噂じゃ長男の隠し子がいるとかいないとか」

「じゃあ、ロンサールは安泰だな」

「だけどまだ国としては不安定だよな?」

「って言うか国として認定していいのかよ」

「なんで?」

「知らないのか?

 ロンサール国は王都以外全滅したんだよ」


シーンと静まり返る店の中で知らない誰かがフォークの先っぽで掬っていたケーキを落した。

二人が向かった先の状況を漸く理解したらしい。

そっと誰もがレツの様子を伺うが


「まあ、二人が一緒だから僕は心配しないし、二人が向かうのはその隣のハウオルティアだ。実質ブルトランだけどね」


こくりと紅茶を一口飲んだレツの言葉にトリアは椅子を引き寄せてレツのテーブルに着く。


「それこそ正気か?!

 あの狂王ブルトランの国に行くなんてなんで……」

「あの二人、家族をブルトランに殺されたんだ。

 復讐の為にブルトランを討たなくちゃいけないんだ」


今度こそ店内は絶句した。


「復讐の為にブルトランを討つって、一体ユキトって何者なんだ!」


トリアが机をドンと叩くもレツは小首を傾げて


「誰とは言わないよ。

 家族、一族皆殺しにされて唯一生き延びる事が許された子供さ」


言いながらぱくりとケーキを食べて幸せそうな笑みを浮かべるも、それが誰を指すのかわかったトリアは顔を真っ青になる。


「生きてると噂に聞いたが、何で今更……

 死に行く事はないのに……」


言葉にならない声でブツブツと呟くトリアの様子にユキトが誰だか察しの良い者達は理解していく。


「二人の決意は固い。

 僕のお願いくらいじゃ止まらないんだ」


船旅の時に知り合って以来の友達の言葉じゃ止まらないんだと付け加えれば


「まぁ、ブルトランも沈む寸前だし、勝機は全くないともいえないしな」


誰かが励ますように明るく言えば


「フリュゲール相手よりまだましだな」


誰かの言葉に店内がうんうんと頷く。

生き延びる可能性が見えたと口々に励ましてくれる言葉に何で?とキョトンとした顔でレツは周囲を見回していれば


「フリュゲール国の事は噂位でしか知らないけど何で”まし”なの?」


と言うラトリオに周辺国まで情報通のトリアはあの国には係るなと今まで見た事もない位の真面目な顔をレツとラトリオに向けて


「フリュゲール国は今では40万人を一瞬で殺した男が支配する殺戮王が統べる国。

 愛に狂った王が統べる国なんかよりももっと恐ろしい血に狂った王が統べる国……」






フリュゲール王は正真正銘のバケモノだよ

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